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食いしん坊!自己流イタリアンのミャオけん。
200kmの高速走って、イタリア最高のピッザを食べに行って来た報告です。

Pizzeria Toninoto 1
そうなんだよねえ。ちょっと遠いんだよねえ。ミラノーボローニアだもんね。

「200kmも走ってピッザを食べに行くなんて、イタリアだから出来ることよ。あたしも行きたいわあ」
とM夫人。
じゃあ行こう、決めたっ!

目的のお店は『Pezzeria TONINO』
ナポリはイスキア島出身の超ナポリピッザを期待!

凄い!東京にも店持ってるんだって。
3人兄弟が力を合わせてやってるんだそうな。
そんなエピソードも魅力的だよね。

車は、やはりピッザには眼のないL氏ので。
これ新車。トヨタの何とかいう車。まだ、3日前に購入したばかりなので、他人に運転させることは絶対にゼッタイにイヤだそうで、おかげでミャオけん、しめしめ、これで安心して飲めるぞ!

秋晴れのロンバルディア州、エミリア州を走りに走って、着いたのは1時過ぎ。予定より遅れた。
何しろ新車なのでスピードは御法度だそうで、piano pianoだったものでね。

タイトル

ご覧のように馬鹿でかいピッザではなく、こじんまりしたもの。中は徹底的に薄く、囲いだってパリパリではなく、ふっくらと出来たてのパンのよう。
これが、伝統的なナポリピッザの真髄なんですね。
一番シンプルな『Pizza napoletana』、アンチョピがたっぷり。おいしい!
やっぱり真髄に触れることは至上のこと。
何と、このピッザ店、イタリアピッザ協会から、最高のピッザとしてプレミオを受けたそう。
ミラノからわざわざ来た甲斐はあったってわけ。

と2

簡単なピッザでも、まずは素材第一。
大盛りの新鮮なトマト見て下さいな。これを使うんだから、ひと味違うのは当然。
カンズメなどとてもじゃあないがと、大量のトマトを仕込んでいる光景は、シチリアでもよく見かけた。
輝かしい太陽を思う存分吸収したトマト達。
真っ赤なトマトの国イタリア。

若いピッツアイヨーロが、愛想よくカメラに答えてくれる。
僕らのピッザで昼の部はおしまい。パスタをぽーんと宙に投げての大活躍をカメラに収められなかったのが、ちょっと残念。でも、次の機会に。

ろb

この抜群カッコいい青年は経営者3人兄弟の末っ子、ロベルト君。
彼が、我々のサービスにあたってくれました。


もちろんピッザ以外のものも食べました。
『PIZZERIA TONINO 』何て言っても、実は本物の Mediterranea(地中海)料理も食べさせてくれるところでもありました。
これはご覧の通りムール貝。
ムール
他にタコとじゃいものいわえたものは、ティピコ・ナポリ料理。
一度食べたら忘れられないという日本人はいっぱいいる。残念ながら写真が大失敗だったので紹介できません。ちょっと酔ってたんだよね、もうすでに。真っ昼間から飲むのは謹んでいるので。

ワイン

ワインはイスキア産の BIANCO SUPERIORE。12度。
写真は小型ボトルです。
何しろミャオけん意外は一滴も飲まない方々だったもので、ミャオけんもこれ一本で昼間っからホワーッとした感じに。それがたたってぶれた写真が多かったのは遺憾この上なし。

desa

それぞれのデザート。これは最高だった。
このデザートについては次回改めて書きます。失礼!メモがどっかにいってしまったので。


NOI
食事の後の満足した我々。M子さん、L氏、そしてミャオけん。
インテリアも素敵です。ふるーい南部(イスキア)の崩れた民家のようなインテリア。
実際は天井もぐーんと4m以上もあって広々として、ゆったり。ところどころに蒼のカラーがしみ込んでいて(又は照明で?)真っ白な壁面と調和して、透明な海の中を連想させます。

ROBLUCA
ルカ氏とロベルト兄弟。
このフォトもボケてしまって、ごめん!!
食後は必ず眠気が襲うので。
トニーノ氏は東京のお店。
ボローニアと東京を結ぶ同時放映も出来るそうです。すごい!

さて、これからL氏の運転する新車の中で一眠りか・・・・
いいなあ、遠くまでピッザ食べに来るなんて。(K)

ボローニアと東京のお店のアドレス書いとかなきゃあ。

VIA CAIROLI 16 BOLOGNA      051ー5882700

東京都世田谷区松原3-28-10  03-3324-3090






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| けんじの自己流イタリアングルメ | 04:57 │Comments1 | Trackbacks0編集

食いしん坊・自己流イタリアン

ピンツィモーニオ的サラダ
酷暑を吹き飛ばすビタミンC120パーセント

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暑いですね。今日は7月最後の日。
日中は雲一つない天気が続いているイタリア半島。
そこで暑さ惚けと食欲不審を吹っ飛ばすサラダを考えてみました。

イタリアのクラシックな生野菜の前菜・・・Pinzimonio と呼ばれるドレッシングをつけて食べるのがありますが、何のことはない、オリーブ油に塩胡椒を加えた簡素なドレッシングです。

チョーク型に細長く切った野菜(セロリ、人参など)を、思い思いにドレッシングにじゃボンとつけて、カリカリっと食べる,素朴な前菜です。

それからヒントを得て、少々手の凝ったものを。
野菜アイスベルグ、ラディッキオ、キュウリ、花が落ちたばかりの若いズッキーナ、フィノッキオ、トマト,ピーマン何でもござれ。
(この写真に人参が入っていないのは、暑さ惚けのために忘れてしまったためです)

特別参加として、じゃがいもの茹でたものと、梨(ウイリアムス)を加えました。
ゆで卵ではありきたりになるので、ここではじゃがいもに登場してもらったってわけです。

ウイリアムスはイタリアではチーズと一緒に食べるので、ここでご登場依頼。

さて、ピンツィモーニオ風ドレッシングはちょっと凝ったものを。
こってりしたオリーブ油、塩、胡椒の他に、レモン、アンチョピとニンニクをほんの少し、バジリコ、をミキサーにかけたものです。

野菜は大切りにしてあるので、自分で皿に取って,ドレッシングをかけます。
それぞれの野菜の風味を別個に味わいながら食べる良さがいいです。
青シソ、バジリコなどといっしょに食べると、また変わった風味も楽しめます

その後は・・・・
唐辛子がうんと入った『0lio,Aglio,Peperoncinoのスパゲッテイ』を、ハーハーしながら食べるのは、いかが?
これで、少しでも暑さを吹っ飛ばせたらいいのですが。(K)

| けんじの自己流イタリアングルメ | 20:15 │Comments0 | Trackbacks0編集

食いしん坊自己流イタリアンの時間です。
まだ、おなか空いてませんか?
ポッロ
ちょっと幸せな気分に・・・

旅行中などに、予期してなかった小さな、意外なことが起きたりすることがありますね。
それが、良いことだったりするとその日は何となく気分がさわやかだったり。
そのひとつです。

この春は南スペインのマラガ近辺を旅行しましたが、正直言って、基本的にはト-レモリノスというきれいな海岸の街で本拠を置くた、だぼんやりのヴァカンスだったのですが・・・

あんまり金も使えないから・・・ってなわけで、その日も昼はごく簡単に。
(その代わり夜は最高に旨いファエッラの店を探そうってなわけで)

砂浜のレストランで食べたときのことです。
もちろん水着のままで。

ボクはチキンを頼みました。5ユーロ。
20分くらい待たされて、ウエーターが運んできた皿がこの写真のものです。
ベット(胸の肉)は、炭焼きでさらっと焼かれ香ばしい匂いがいっぱい。大きさもどっしりしたもの。
(どのレストランも、魚や肉の炭焼きのため、すでに火がおこされている)

新鮮なサラダ、ポテトフライなど、盛り付けかたも凝ってなく、慣れた手つきでさっと仕上げた感じが最高。
こんな砂浜の安いレストランで期待してなかった、とびっきりの一品料理でした。
ミラノのストランでも中々お目にかかれないようなシロモノでした(大げさではなく)。

このポッロ(鳥)の一皿は、灼熱の太陽と紺碧の空と海とともに、必ず思い出させるものです。
あの日は何となく気持ちよく過ごしたことも。

ついでですが、友人はオムレツを頼みました。やっぱり5ユーロ。
(それも写真に撮ったのですが、ボケていたので残念)(K)

| けんじの自己流イタリアングルメ | 00:10 │Comments1 | Trackbacks0編集

シチリアの太陽と海とアランチーノarancino
食いしん坊、自己流イタリアンの時間です。
まだ,おなか空いてませんか?
アランチーノ!!

シチリア島を旅行した日本人だったら、涙を流して喜ぶ(?)、いや、かぶりつく食べ物、
それがアランチーノです。

アランチーノには2種類あって、まん丸なボール型と円錐形です。
まん丸のは、ご飯とミートソースを混ぜ合わして丸くおにぎりにし、パン粉で揚げたもの。

円錐形のは、チーズと蒸しハムなどがご飯と混ぜ合わされています。

この形による見分けは、シチリア全島での約束ごとらしいので、中身を間違えるということはありません。まあ、日本人にはミートソース(グリンピースも入っている)のほうが合っているような気がします。

どのバールでも大体売っていて、買いにいくと、「もう、売り切れだよ」と言われることも、たまにあったので、シチリア人にもとても親しまれている「手軽な食べ物」なのでしょう。

ガイドブックを頼りに教会や遺跡をまわり、さて、遅い昼ごはん。
田舎のバールのパラソルの下でアランチーノをかぶりつき、グーっとビールを流し込む。
これぞ、シチリアならでの、安くて気軽な旅行の小さな幸せと言おうか。

はじめてこれを食べたのは、もう何十年も前に、一人でシチリアを回ったときでした。
すっごい田舎の午後3時頃、それも8月半ばの太陽の下。人っ子一人いない静まり返った広場で、バスを降ろされた自分。
「ここが終点だよ」と言い残して去っていったバスを見送りながら、さて、乗り継まであと一時間半をどうして過ごそうかときょろきょろしていたら、たった一軒だけ開いている小さなバールを見つけてさっそく入った。急に薄暗いところに入ったので、目が慣れず真っ暗だった。
そこで初めて食べたのがこれ。アランチーノという親しみのある名前もバールの主人が教えてくれました。

写真は先週シチリアの友人が来たとき持ってきてくれたものです。
手荷物で充分気をつけて持ってきたとはいいながら、少し変形してたのは、無理ないことですが、味は忘れもしない、シチリアのものでした。(K)

| けんじの自己流イタリアングルメ | 23:49 │Comments0 | Trackbacks0編集

無花果のデザート
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食いしん坊、自己流イタリアンです。
まだ、おなか空いてませんか?

甘い、冷たい・・・でも、ホットなマンマの心・・・無花果(イチジク)のデザート

待ちに待った無花果の季節です。
知人のおくさんから教わった無花果の砂糖煮です。
その奥さんは、なすびでも野生ノキコでもズッキーニでも何でも瓶づめにしてしまう、瓶詰め女。
一年分のトマトソース弁詰めはもちろんの、ボクにしては典型的働き女です。
(イタリアの主婦は働き者と、在留邦人はみな、思っているようですが)

さて、無花果は実のしまった新鮮なものを選びます。
平たい鍋の中に均等に置き、水を底から1センチくらいのところまで加え、
もちろん砂糖もたっぷりと。
蓋をして、これ以上は無理と思えるくらいのとろ火で、約3時間(最低)くらい煮詰めます。
ときどき開けて、木のスプーンでこわれないように、コントロールすることもわすれずに。
カーネーションの釘(チョウシ)も2粒くらい加えることを忘れないでください

セピア色に変色して出来上がると、火を止め、すぐに数個のガラス器(瓶)に詰め込み密封します。
そのとき、スープも蜜のようにとろっとしていたら成功。
そのまま、毛布などに包み込み、2,3日かけて、徐々に平温に戻していくのがコツです。

平温に戻してからは、棚にしまっておくとか、近々食べる分だけ冷蔵庫に保存します。

結構しつこい甘さなので、デザートは一個だけでも充分のようです。(K)

| けんじの自己流イタリアングルメ | 23:31 │Comments0 | Trackbacks0編集

Alice(アリーチェ)とオリーヴ
alice
食いしん坊!
自己流イタリアン。
まだ、お腹すいてませんか?


この春スペイン南部のマラガ一帯を旅行したとき、一ばん美味しかったのが、このアリーチェのオイルとレモン漬けでした。アリーチェはアンチョピのことです。

この愛らしい名前は「不思議な国のアリス」のアリスと同じ名前、つまり、アリスのことをイタリアではアリーチェと呼ばれていて、この名前のイタリア女性は結構います。


さて、このアリーチェですが、どの店でも盛りつけは全く同じでしたから、伝統的なものなのでしょう。
一盛り、6~7ユーロくらい。

とろけるような舌鼓、生ビール、爽やかな潮風を肌に感じながら、行き来する人々を飽きることなく眺める・・・夕食前の解放されたひと時、そのうちお腹も空いてきます。
7時くらいになると、バールはレストランとしても活動し、旅行者や現地の人々でいっぱいになります。(K)

| けんじの自己流イタリアングルメ | 06:06 │Comments0 | Trackbacks0編集

バカラーの野菜煮込み

BACCARA
食いしん坊、自己流イタリアンです。
まだ、おなか空いてませんか?

塩付けにした鱈(たら)のことをバカラーと呼ばれています。
鱈で思い出すのは、ポルトガルを旅行していたときのことですが、今、思い出すには鱈をフライにしたようなものが多く、重すぎて、自分の口には合わなかった記憶があります。

ここに紹介するバカラーの料理は、ミラノの知人の家でご馳走になったもので、「おいしいねえ。これどういう風に作るの?」って聞いたら、こうしてこうしてこう、簡単だから,やってみたら?といわれて作ったら、最初からまあまあの出来で、以来、ときどきお客さんが来られるとやります。

塩付けの鱈の塩を除くのに、2日くらいかかります。
3日くらいたっぷりと水を替えると、塩っけがまったく取れてしまって、塩っけファンの自分としては、ちょっと物足りない感じなので2日くらい。

さて、フライパンにオリーブ油をたっぷり入れて、みじん切りのたまねぎを、とろ火で時間をかけて炒めます。これは、イタリア料理の煮物では、基本的なことです。まずそれを準備していろんなことが始まるって感じです。
この料理には、最初からにんにく、黒オリーブも加えて炒めます。

たまねぎが黄金色に、又は透明に煮詰まったら、にんじん、セーダノ(セロリ)、ピーマン、トマトを加えて煮詰めます。最後にジャガイモです。

ジャガイモがほとんど煮詰まったところで、バカラーを加え、白ワインで整えて、蓋をして煮ますが、煮すぎないこと。これで、出来上がりです。(K)



| けんじの自己流イタリアングルメ | 06:00 │Comments6 | Trackbacks0編集

なまなましい生肉の思い出
namaniku.jpg
イタリアでは生肉を前菜で食べる。
日本人が刺身や寿司を頻繁に食べるほどとは思えないけど、とにかく当たり前の食べ物なのだ。
「今夜は生肉かい?たまにはいいな」って感じなのだ。

さて、食べ方は・・・・
一つはカルパッチョと呼ばれるもので、生ハムのように薄くスライスしたものの上に野菜のルーコラや薄く削ったパルミッジアーノをあしらい、レモンとオリーブ油をかけて食べる。
これは僕も大好きだ。イタリアに来てかなり早く慣れた。見掛けも悪くないし、抵抗なく馴染んだ気がする。やっぱり眺めた印象って大切。

もう一つはひき肉の生を食べる。
これは日本人にとってけったいなものに違いない。
これに馴染むために、何とボクは25年もかかったのだ。
ボクも若かったし、何でも食べてやろーって、冒険心もあったけど、やはり勇気のあることだった。見た目もちょっとグロだ。
  

生肉の始めての経験・・・食べなかったけど。
ちょっと古い話になってしまうけど、1970年の初期のこと。

日本からミラノに着いて、すでに見つけてもらっていた場末のペンションに入ったのだったが・・・
 普通のアパートをそのままペンションにしたものだったが、入居人は男ばかり5人。ポスティーノ(郵便配達夫)、クラブで歌っているという長髪の流行歌手、ナポリ大学を停学して働きに来ている学生、それと失業中のシチリア人、そしてボク。

ペンションのオーナーは100パーセント南部の女性で「ベンツィ夫人」と皆が呼んでいた。
何やら車のような名前の彼女は、小柄な男性入居人たちよりも大柄で、色が黒くどこか動物的な印象。

ベンツ夫人は、たまに下宿人を夕食に招待することがあった。

初めて呼ばれたとき。
ジャーン!
奇妙な物がでてきたのだ。
これ,一体なに?
「生肉よ!おいしいわよーっ!」
「うまいぞ!ベンツィさんの生肉は特別なんだ」
と言っても,別にベンツィ夫人の贅肉を食べるわけではない。

小鉢にねちゃっとしたけったいな物が入っている。これが生肉。
ニンニク,トマトケチャップなどなどがミックスされているんだそうな。
彼女はその中に、レモンを加えようとしていた。

レモンをポンっと真っぷたつに切ると,一つを口に。
これ以上健康な歯はあるまいと思われるようなまっ白な(そして大きな)歯で,ジューっと汁を絞り出した。汁は一滴も無駄なく小鉢の中へ。
ますます動物的だ。
レモンって、手で絞るもんだと思っていたんだけどね。
それをまた,スプーンで丹念に混ぜて出来上がり。
そして、食べろ,食べろと進めるのだ。
どうしても,食べられない。
「日本人は魚を生で食べるのに、生の肉が食べられないって、変じゃないか」
結局その夕食では生肉はご辞退した。胃が『入れないでくれー』って叫び続けてるんだもの。

ベンツ夫人は食事中赤ワインをがぶがぶ飲み、若い男達に囲まれて上機嫌。
そして、上気したうつろな目でジーッとボクを見ながら、
「日本ってどこにあるの?アフリカの近く?」などと聞くのだ。

「わたしは若い頃、スカラ座のコーラスにいた」
食事中、いきなり彼女がしんみりとした調子で言い、『恋は野の鳥、〜〜〜』などと急に歌い出したりした。

そのペンション、半年経って出て行ったけど、ボクのイタリア生活の出発点だったのだ。40年近くも経って、たまに思い出すこの頃。
場末のペンション、ベンツィ夫人、生肉とハバネラ・・・

         *

数年経って、あるデザイナーと親交があり、夕食に招待された。
テーブルについたとき、彼は女房に言った。
「あれっ!生肉をこいつ(ボク)に食わせることにしてたんだろ?」
ボクが生肉恐怖症ってこと、彼は知ってたから、特上の生肉をボクに食わせたかったってわけ。しぶしぶご招待を受けたボク。

「今日は仕事が遅くなったので、あの肉屋さんには行けなかったの。冷蔵庫にあるけど、生で食べるにはもう古いわ。だからこの次にね」
職業婦人の奥さんはすまなさそうに言った。
テーブルの上には、美味しそうな料理がいっぱいある。なんで、生肉を食う必要があるのかね?と、ボクはほっとする。

友人は冷蔵庫の中をごそごそやっていたけど、生肉を見つけ出し、クンクンやっていたけど、
「全然,悪くなってないじゃーんか」
「ねえ、あなた、火を通しなさい。間違いないから」
彼はそれには耳を傾けず、挽き肉を小鉢に入れて、ベンツ夫人がやってたように、色々な物を混ぜて、こねまわしている。


「お前も食べて見るかい?美味いぞォ」
と、ボクに進めようとしたときだ。
女房はボクの腕をがしっとつかんで,哀願するように言ったのだ。

止めなさい、食べないで!私は生肉は肉屋でミンチしてもらったその日にしか食べないの。バカな亭主が食べるのは彼の勝手だけど、お客さんには絶対進められないわ」

数日経って彼の事務所に電話したら・・・
ショック!
生肉を食べてあったと言うのだ。
生肉には眼のない彼が、女房の忠告を聞かずに食べたのでバチがあたったのである。「あの夜からすごい下痢と発熱が続き、私は一睡もせず看病だったの。医者をよぶやら、もう,大変だったわ」
と,電話口でまくしたてる女房。そして最後に、
「あんたに食べさせなかったことが、せめての慰めだわ」
と、しみじみ言ってくれた。

戦後の食料事情最悪のときに育った僕には、挽き肉のイメージはあまり上等なものではない。何か余計な物まで混ぜてひいてあるのではないかという疑いが絶えず頭の何処かにあった。そんな不信感の伴う挽肉を使った、まあ好きな食べ物といえば、せめてお袋が作ってくれたジャガイモがたっぷり入った揚げたてのコロッケとか、オムレツくらいだったのだ。
 だから、そんなべちゃべちゃした生肉食うなんて、飛んでもないことだった。

ま!そんなこともあって、「絶対ひき肉は食わないぞーっ。一生食わないぞーっ」って天に誓ったボクではあったが。
こうも長いことイタリアにいると、『郷にはいれば何とか・・・』でいつの間にか馴染んで来るものである。


『美味しいわよ。片意地張らないで食べてみなさいよ
などと、やんわり言われると、『ノー!』と押し通す勇気がなくて食べてしまう。そしていつの間にか、平気で食べられるようになったというのが事実。

「要は信頼だよ。ちゃんとした肉屋で生肉用を買い、その日のうちに食べてしまえば、全く問題はないんだから。君ね、刺身と同じなんだよ
などと、この頃は日本から来る友達にしたり顔で言って、何とか食わせようとする自分。

ごく最近、ちょっと洒落たレストランで昼を食べたときのことだ。
その日は祭日で、予約制の一律メニューであったが、前菜のトップに生のひき肉が出て来たのである。ちょうど握り寿司くらいの大きさと形で、大きな金縁の皿の真ん中にちょこんと一つだけ乗っかったものだった。
淡いピンク色だったから子牛の肉かもしれないが、鮮やかな色からしてテーブルに出す直前にひいたことは間違いない。

 口の中で、微かに広がるレモンとショウガのハーモニー!
僕の知らない薬草も入っているのかもしれない。これほど生肉をうまいと感じたのはイタリアに来て初めてのことだったし、その日、六皿も出て来た前菜の中でもトップに掲げたいものであった。(K)

| けんじの自己流イタリアングルメ | 17:09 │Comments3 | Trackbacks0編集

生肉
namani
食いしん坊、自己流イタリアンです。
まだ、おなか空いてませんか?

暑さも日ごとに増してきた今日この頃。
ひんやりとした生肉はいかがですか?
ギョッ!そんな!

生肉は基本的に2種類の食べ方があるようです。
ひとつはカルパッチョ(薄くスライスしたもの)で、ルーコラやパルミジャーノの削ったものを加えて食べるもので、もうひとつは写真のようにずばり、ひき肉のナマ

日本からお客さんが見えても、無理に進められないのが、この生肉です。
強引に進めて、もし何かあったら・・・・って不安があるからです。
こんなにおいしいものなのにィってわけですが、実を言うと生肉が’食べられるようになるまでに、
20年の歳月があったのですから、やっぱり無理には進められませんね。

、食べ方は、トマトケチャップやレモンン生卵を加えて、塩、故障して味わうのが、一般的のようですが、
これでは肉が変色し、食欲も進まなくなります。
レストランでこの頃盛んに出るようになったのですが、ほんのショウガや、薬草の風味を加えた、シンプルなものが多いようです。客の注文に応じてミンチする。それもミンチの器械で引くのではなく、細かく包丁で切る・・・のが最高と言われてます。

イタリアに来たときは試してみてください。
写真の野菜はバルコニーに伸び放題の青シソです。この取り合わせは最高でした。

「生肉」の生々しいエッセイに関心あるかたは、「食のエッセイを訪問してください。

| けんじの自己流イタリアングルメ | 11:36 │Comments0 | Trackbacks0編集

マグロのオリーブ漬けを使ったパスタ
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食いしん坊自己流イタリアンです。
まだ、お腹空いてませんか?

ボクはオリーブ油漬けのマグロが大好きです。
と、いっても市販している缶つめのこと。
サラダなどにも理想的ですが、使い道はいっぱい。
ヴィテッロトンナート(子牛の薄切りにマグロ・マヨネーズ・カッペリなどをミキサーでクリーム状にしたものをかけて食べる)などの料理が代表的ですが、ここではパスタのソースを使ってみました。

煮込むと魚の蒸れた匂いがわずらわしいが、ピーマンを使えば、匂いを消せます。
プッタネスカと同じように、にんにく、黒オリーブ、カッペリなどにマグロを加え、たっぷりしたオリーブ油で炒めるのは同じですが、白ワインを加えてから、ピーマンを加え、固形スープなども加えてさらに煮込んで終り。
トマトもいれたら最高。生のよく熟れたトマトを少し後に加えると、さっぱりしたものが出来ます。
皿に盛ってから、イタリアンパセリをパラリ。
粉チーズは、自分の好みから羊のチーズを使いました。

パスタは気分を変えてルマ-ケ(カタツムリ)を使いました。
このパスタ、正式には「パイプ」などとよばれていますが、くるっとカーブしたところが、パイプに似ているからなのでしょう。でも、「カタツムリ」のほうが、ぴったり来るような形です。
パスタの中にグが入り込んでしまって、返って食べやすい点も面白い。
イタリアのパスタにはいろんな形のものがあって、目と舌を楽しませてくれます。
これも少しづつご紹介しましょう。(K)

| けんじの自己流イタリアングルメ | 07:22 │Comments2 | Trackbacks0編集

Spaghetti alla puttanesca
スパゲッティ・アッラ・プッタネスカ
娼婦的スパゲッティ?

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食いしん坊、自己流イタリアンです。
まだ、お腹すいてませんか?

ナポリのプッターナ{娼婦}が、忙しい仕事の合間に、サッサッと手早く作って腹ごしらえをしていたので、そう呼ばれるようになったとか、彼女らが腹の減った客にこれをもてなしていたからとか、説はいろいろあるようです。でも、正直なところ、どこまで信じていいのやら、疑問です。

パスタは有名でも、その名前の由来まではっきりと知らないイタリア人は結構いるからです。
唐辛子をたっぷり使っているので、Piccanteピッカンテ(辛い)なパスタというところから、この名前がついているのだろうという人もいます。(Piccanteは、性的な刺激的な意味でも使われることがあるようです)
ともかく、自由に判断してください。「雰囲気」はこう言ったたぐい、とてもイタリア的名前です。

トマト、にんにく、とうがらし、カッペリ、黒オリーブ、ありあわせのアンチョピをオリーブ油で炒めて出来上がり。
30分足らずで、もう、食卓にプロント。ナポリの娼婦ならずとも、忙しい現代人にだって欠かせないプリモなのです。
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南部でもずいぶん食べましたが、味は濃く辛く、どす黒く、見かけはあまりいいものではありませんでした。
これ、ミラノの大衆食堂に行けば、たとえメニューにはなくても、頼んだら作ってくれるところは多い。

けんじレシピとしては、基本的には同じでも、さっぱりとしたイメージのものを作ってみました。
濃い目のオリーブ油で炒めるのは同じですが、トマトは少し後に加えます。
缶詰目のトマトではなく、よく熟れた生のトマトを使いました。

唐辛子はたっぷりいれ、悲鳴をあげるほど辛い・・・のがこのパスタの真髄?。
アンチョピとにんにくの焦げ目の香ばしい味。カッペリがそれを緩和してくれる・・・

仕上げのみじん切りのパセリ(イタリアン)は欠かせませんね。

食べた後は、生き生き!
元気回復しそうなパスタです。(K)




| けんじの自己流イタリアングルメ | 12:11 │Comments1 | Trackbacks0編集

ラゲットで昼食を
la

今年のメーデーは,憂つな雨からやっと解放された快晴の一日だった。
ピエモンテの知人が小さな湖を持っており、そこで食事をするというので、楽しみにして出かけた。

湖と言ってもラゲットと俗に呼ばれる沼のような小さな湖で、何十年も前に元の地主が水田用に掘り起こしたものらしいのだが、最近、知人が単なる投資の意味で、買い取ったものだ。
ラゲットはゆっっくりひと回りするのに、6、7分もかからない。それを縁取る輝く芝生、野性のすみれ、たんぽぽ、白いマーガレットなどが、あたかも童話の中の星のように散らばって、初夏の陽射しを享受している。
ただ、それだけのことだから、冬の間は閑散としているにちがいない。

 正面の鉄門のすぐ近くに木造の大きな納屋があって、知人はそこをきれいに整理して、長い木のテーブルと椅子を置き、食事やトランプに興じることが出来るようにしたので、一年に四、五回くらいこうして顔なじみが集まるのだそうだ。
 その日は老人が七割、後は、若い人や子供で、総勢30人くらいだったろうか。
 ボクは手みやげとして、ピスタッキオと椎の実500グラムずつ持って行った。

参加者全員が何でもいいから気持ちだけのものを持参することになっている。

気持ちだけと言っても、皆が持ち寄ったワイン、サラミ、生ハム、蒸しハム、乾燥トマトの油浸け、オムレツ、マヨネーズとジャガイモが入ったロシア風サラダ、オリーブ、ピーマンのロースト、多種のチーズ、自家製ケーキ、やはり自家製の無花果のビン詰め、果物など、差入れはいっぱいだ。

大きな木のテーブルに店開きされたこれらの持ち込みは、みるみる内に客の胃袋の中に姿を消していく。隣の元警察所長の老人がボクに盛んに赤ワインを注いでくれるので、良い気分になって来て片っ端から飲んで食べていたら、『本番』に入るまでにもう満腹してしまった。

前菜は控えめに、という自分で作った掟を守れないのはいつものことだ。

 さて、プリモ。
リゾットは、マルタさんが、自分の家で大鍋2つにかなり煮込んで来たものを、納屋の火で仕上げたものである。
彼女の家族は知人の家のすぐ裏に住んでいるので、もう顔見知りの人である。
『たくさん食べてよ』などと言い、、差し出した皿に、でっかい木のしゃもじで、どん! とにのっけてしまう。
すごい量だ。
ああ、こんなに食べられない、少し減らしてくださいと嘆願すると、
『あたしを怒らせるの?』などと言いながらも減らしてくれる。

リゾットはキノコとサフランがたっぷり入ったものである。このキノコは昨年の秋、この村を少し丘へ登った森の中で取った、いわゆる野性のキノコである。これまた大ヒットで、鍋はすぐ空になってしまった。

 納屋を出た所に炭焼きの設備が出来ていて、男性3、4人が付きっきりで肉を焼いている。回りで腕を組んで喋っているのもおじさんたち。
男の仕事。女は口出しせずに、納屋でまってろ、って感じなのだ。

羊と豚のあばら骨つきの肉がメインだが、その他に、サラメッラ(腸詰め)や鶏の腿などもある。
ピーマンやズッキーナ、フィノッキオが味をそえる。油がしたたり煙がもうもうと立ち上ぼり、フィノッキオとローズマリーノの香りが納屋の中まで漂う。

ワイン製造を営んでいる太っちょで。マンゴの愛称で呼ばれている老人がシェフ。
大きな2本歯のフォークとへらで手際よくさばいている。奥さんは、

「マンゴは家では何もしないのに、こういうときだけは、人が変わったように働くの」
などと言って、回りを笑わせるが、当人は聞いているのかいないのか、くそ真面目で精を出している。彼女の話では、旦那は恒例のラゲットの昼食で肉を焼くのがとても楽しみなのだそうだ。

やがて、テーブルに座っておしゃべりをして待っている女性達の前に、焼き上がった肉を載っけたごつごつしたアルミの大皿が届いた。
80近いおばあさんが豚のあばら肉を取り上げ、かぶりついているのを見て、腹一杯のボクはフーッとため息が出てしまった。
それはもう、信じられないくらいによく味がついているから、空き腹に食べたらどんなにうまかろうに。
サラミやリゾットをあんなに食べなければよかったと後悔してももう遅い。

腹いっぱいになったところで、人々は外に出て来てラゲットの回りを散歩したり、久々の再会を楽しんだり、寝転んだり、さまざまだ。食べてしまえば用はないとばかり、さっさと引き上げてしまう若者たちもいる。
けたたましいバイクの爆音が遠くなると、また、にぎやかな「中年以上」のはしやぎだけが続く。

老人たちの半世紀以上の長い付き合いは、こんな田舎では当たり前のことらしい。
それもそのはず、僕の隣に座った2人の老人は幼ななじみで『生まれた時からの友達』などと言っていた。一人は近くの街の警察所長だったそうで、もう一人は米作に従事して、現在は娘夫妻に譲り渡したとか。
2人は5歳のころからズーッと友達だったのだそうだ。

 話は逸れるが、知人の祖母の葬儀で、ミサに参加した人々の数に驚いたものである。
教会の中に参列者が入りきれず、多くの人達が外で「待機」していたほどだった。
ミサのあとボクも、墓地までの行列に参加した。
こんな閑散とした村に、これほど多くの人が住んでいたのだろうかと不思議な気がするくらいだったが、もちろん、近隣の村からも駆けつけて来た知人もいっぱいいたとか。

『だって、93年前にここで生まれて、ここで死んだのよ。誰だってピーナのことは知っているのよ』
とは、歩きながら当然とばかりに言ったのはマルタ夫人だ。


 ベルギーに長年住んで酪農に従事し、老後ピエモンテに戻って来たという夫婦と、芝生に座って話した。
 今はベルギーから送られて来る年金で生活しているそうである。この人たちは昔の出稼ぎの人達なのだろう。一人息子はアントワープで外科医をしているそうで、それが自慢のようだ。

 食べ物はまだ終っていない。若い奥さん達が手製のケーキを持って来てくれる。フルーツケーキ、ティラミスー、松の実をたっぷり入れたチョコレートケーキなどだ。僕はさすがにケーキは辞退して、無花果のビン詰めを冷たく冷やしたものと、スプマンテだけをもらった。

チンチン!
ああ、甘い!冷たい!

そしてやっと一人になってひっくり返って青空を眺めていたら、いつもの癖で正体もなく寝込んでしまった。

明るい声がボクをよんでいる。
薄ら寒い。陽はそろそろ傾き初めている。

マルタ夫人が笑ってボクを覗きこんでいる。
随分行儀の悪い日本人だと思ったかもしれない。(K)
 

| けんじの自己流イタリアングルメ | 16:21 │Comments0 | Trackbacks0編集

フランスパン
fpan

『フランスのパンは美味しい。イタリアのパンなんかと比べると、天と地の差があるほど美味しい』
そんな神話化された言葉をボクも信じていた。

実際、35年くらい前に、初めてパリに行ったとき、
本当に美味しい!
さーすが!
と思ったものだ。
そのまろやかな風味は忘れられないものとなった。

その頃のミラノのパンなんて、あの丸くて上に傷がついていて、中が空っぽのミケッタと呼ばれている類いくらいで、レストランや、招待してくれる家庭でもそればっかり、不味いことこの上なしだった。

『空っぽの脳味噌のかっこうをしたパン、えーっと、何て名前だったっけ』
などと、パン嫌いのボクは悪態をついて友人達を笑わせたものだ。

ボクが大のパスタファンになったにもかかわらず、パンが嫌いになったのはこのミケッタのせいではなかろうか。ローマではこのパンのことを、ロゼッタと呼んでいるそうである。
我々のほうのが旨いとローマとミラノで張り合っていたそうだが、あまり関心ない議論である。
                   
                    *
去年の夏、何年ぶりかでフランスをドライブした。
ベルガモ市のオリオ空港から出発の航空券があまりに安いので(何とパリ郊外の空港まで片道16ユーロ)、それを自慢気に言うボクに、
『パイロットは見習いの人たちなのね、きっと』
とはある知人の奥さんの言葉。まさか!

『無事』に着陸して、予約していたルノーに乗り継ぎ、西海岸を下ってボルドーまでの12日間、イタリアが40度近い猛暑が続いていた時だったから、最高30度くらいの旅は快適この上なしであった。
こんなに毎日葡萄畑を眺めながら走った旅も初めてである。

レストランで我々が注文するワインはデカンターの普通の赤、それでもおいしい。
特産地とは言え目玉が飛び出るほどの高級ワインがずらりで、我々は横目で眺めているだけである。
アルコールにそれほど興味を持てない自分にも友人にも好都合のことであった。

でも山盛りのムール貝のスープ、大好物のパテを心ゆくまで食べた。

 さて、パンの話に戻ろう。正直言って、『フランスパンは旨い。イタリアのパンなんて足許にも及ばない』という先入観で今回も食べたけれど、

『なるほど悪くはないよね、フランスパンだもんね』

くらいの程度で終ったのである。どうしてだろう?
言うなれば、イタリアもあのけったいなミケッタ一点張りの時代は過ぎ去って、今はもう、ミラノのパン屋ではびっくりするほどの種類のパンを出しているのだ。そして、ぐーんと美味しくなって来ていることも確か。(本場フランスのパンも毎日空輸されていると聞く)

海岸街の小さな広場で、出発前に早朝のパン屋に入る。7時過ぎだったろうか。
ガラスのケースの中は、色とりどりで目移りがするほどだ。
『あれにしようか、いや、これにしよう』
と悩んだあげく、やっとくるくるっと捲いたクルクルパンに決めて、これ4つ下さいとマダムに言う。

だが・・・彼女は知らん顔をしている。
もう一度繰り返すが、マダム、耳が遠いのか全くの知らん顔。

そのうち、鈍いこっちもやっと分かってくる。並ばなければならないのだ。
いつの間にか7、8人のパン購入者達が、行儀よく、だが眠気がまだ取れないブッチョウズラで並んでいる。ボクたちが入って来たとき、先客は2人いただけだったのだから、こっちの番ではないのでしょうか、マダム?
それが不可能なら、少なくとも『お客さん、並んでくださいね(フランスはこうなのよ)』くらいは言ってくれてもいい筈だけどね、と思う。

ところが、沈黙によって、相手を無視することによってわからせるやり方・・・これは旅行中、フランスのあちこちで出会った客扱いなのである。
うんざりするのは、殺風景な郵便局や切符売り場と同じ感覚で、美味しいパンを売りさばいていることだ。

割り込み客?を無視するマダムやムッシューの表情は、どこか
『神秘的な微笑を含んだ不思議な沈黙のフェイス』に見えるのである。

『変てこなジャポネーと相変わらず行儀を知らないイタリアーノ、何時になったら、我々の文化をわかってくれるのかしらねえ』
そんなところか。

 ふと、ミラノの近所のパン屋を思い出す。
パン屋の中でまで並ばなければならないなど、夢にだに考えないイタリア人だから、混雑するのは当たり前ではあるが、そこに店員の明るい声が響く。

『A chi tocca?(お次はどなた?)』

すると奥様方は『あら、あなたが先ね、どうぞ』
と譲り合う。
 とにかく、行列のビリに回って、やっとクルクルパンは購入した。そして車の中で食べたがとても旨かった。さすが!フランスパン。

 買ったパンを抱えて歩いている光景を、盛んに見るのもフランス特有のものだ。
それは主食となる長ーいパンが袋から飛び出しているから、我々にはそう感じるのであろうか。

『汚ったねえなあ。あれを見ろよ!』

 いきなり友人が叫んだ。
ここはボルドー市 の川沿いの下町。
なるほど、道の反対側を脂ぎった若い男が、袋なしの裸のパンを小脇に挟んで歩いているではないか!
フランスのパンは長いから、脇に挟んで歩くにはちょうどいいサイズにはちがいない。だが・・・
真夏だから、ランニングやTシャツだけの汗ばんだ脇に、パンを挟んで歩いているのを見ると、ボクも

「やっぱりやめて欲しいなあ」

と思うし、ワキガが強いイタリア人がそれを指摘するのだから実感がある。
そして気を付けて見ていると、ワキパン族がいること、いること!
 フランスパンの旨さの秘訣は、

『あの脇の下にあり』
と皮肉ったのはボクではない。

『フランスって何回来ても、どっか好きになれないなあ、どうしてかなあ』
と呟いていた、このイタリア人の言葉である。(K)




| けんじの自己流イタリアングルメ | 07:46 │Comments0 | Trackbacks0編集

おでん
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「金曜日の夜、食事にいらっしゃいませんか?」
E嬢からの電話があった。料理の腕前は自他ともに許す、久しぶりの彼女のご招待であるから、即座にOK。
「もちろん!」とボクは喜んで受けた。
 E嬢はミラノの高級ブティックで店員として勤めている。
イタリアに来る前は、神戸でバッグの小さなお店を経営していたそうだが、神戸大震災で店を完全に破壊され、この際ゼロから未来を開拓しようと、単身ミラノにやって来たフィーバーある女性である。

お父さんの仕事の関係で、子供の頃、ケルンやヘルシンキにも住んでいたと言うE嬢は、服装や顔立ちからでも、どこか国際的センスを感じさせる魅力ある女性だ。将来はコーディネイターとして身をたてることを夢見る彼女は、今、夜学の講義に通いながら、チャンスを狙って、着々と準備を進めている。
 秋も深まった約束の金曜日の夜、手みやげに小さなアーモンド・ケーキをたずさえて、彼女のアパートを訪れた。
 琥珀色のブラウスのすらりとしたE嬢が、にこやかに僕のコートを受け取って、ドアの側にかけてくれると、いつもの彼女の癖の、相手をじっと覗き込むような瞳で、開口一番こう言った。
「今夜はね、おでんにしたの。おでん、お好きかしら?」

 え?おでんだって?

 ヨーロッパ風に洗練された彼女と『おでん』のイメージがちょっと結びつかないので、無言のまま、つい彼女を見上げてしまった。(彼女のほうが6、7cmくらい長身なのである。その点でも国際的サイズ)二人の眼と眼が合う。

「・・・勿論」
 と、僕は一応嬉しそうに眼と口で答えたが、正直言って、この意外なメニューにちょっと失望した。おでんは僕にとってあまり魅力がある食べ物ではないからである。せっかく招待してくれるのなら、料理の得意な彼女のこと、もっと他にもいろいろあるのに・・・ラザーニャ、ロースト何でもござれ、いずれ料理の本まで出したいと考えているほどのE嬢なのだから。何でまた、洒落た彼女のサロンで、よりに寄っておでんを食べなくてはならないとは! 

でもE嬢としては、久しぶりに僕に日本の味を味合わせてあげようと、優しい気持ちでおでんにしてくれたのかもしれない。その好意を無にしてはいけない。キッチンからそこはかとなく漂って来る、あまり有り難くない蒸れた臭いを、胸一杯に吸い込み、「よし!食うぞ!」と心を決めた。
 
 どうしておでんが嫌いのか?
舞台変わってここは日本。
おでん屋ののれんをくぐる。まず醤油と出汁(だし)を煮込んだ蒸れたような、得体の知れない臭いが、腹ぺこだったはずの胃に、いきなり食欲を減退させる。いつから、なぜこのたぐいの匂いが嫌いになったのかは覚えていない。食料事情の悪かった小さな時からだったかも知れない。僕は子供のときから臭いには敏感で、嫌いな臭いを嗅いで、胃痙攣を起こしたこともあった。学生時代には四十キロそこそこの体重だったし、胃痙攣には悩まされた。

 だが、僕のようなおでん嫌いとは反対に、おでん好きにとってはどうだろう。
 外は木枯らしで凍るような寒さでも、きり炬燵を囲んで食べる湯気もうもうのおでんは、一家団らんの幸せのひとときの食事ではなかろうか? 
または仕事を終え、疲れはてたサラリーマンたちが、我が家に戻る前にたったの30分だけ、屋台のおでんと焼酎でいっぱいやりながら、仕事場の不満をぶち負け、女房との不和をもらす・・・おでんには、なにかそんな安らぎや悲哀を感じさせるものがあるようだ。

 年末に実家に戻った時のことだ。
 大晦日の夜遅く、高校時代の友達と一緒に何処かへ飲みに行こうということになった。だが、飲み屋もバーも飲食店も何処もここもすでに閉っている。
諦めかけていたとき、『あそこなら開いているかもしれない』
と友人が言った所・・・二人は白い息を吐きながら、細い夜道を右に左に曲がって、街の中心からやや離れた、それでも飲食店らしいのが数軒黒く影を落としている中を、やっとたどり着いた店。
ただ一軒、すかなともしびの洩れる小さなおでん屋であった。

 ガラス障子を開けて入ると、例の蒸れた臭い。ドアぎりぎりに三人くらいが何とか座れそうな木の長椅子がはべり、カウンターの奥の湯気の向こうに客待ちの老婆の顔があった。友人にはいくらか顔なじみの店らしい。
 肥満体の友人と二人して腰掛けただけで、ほぼ満席である。四角い鍋の中には、これ又、これ以上は無理、と言いたいくらいに真っ黒く煮染まった汁の中に黒い個体が、どぼん、どぼんと浮いている。

老婆はゆっくりとかき混ぜる。中をじーっと見つめていると、もう一週間も二週間も煮詰めっぱなしなのではなかろうか、などと勘ぐってしまいたくなる。めったに食べない僕にとっては、この薄暗りと湯気の中で、もうどれが大根でどれが厚揚げか、見分けがつかないくらいなのだ。

「よーく味がついてるぞ!好きなだけ食えぇ!」

上機嫌の友人は、焼酎をついでくれながら叫んだ。
「ばあちゃんも一杯飲めやい!」
 老婆との距離は一メートルにも満たない。細々とした裸電球の下の彼女のプロフィール・・・接待を終えていかにも無関心げに、煙草を吸いながら何かを書き付けている。我々の皿に盛った物をメモしているのだろうか。はんぺん1、さつま揚げ2、大根2、それから・・・それともおでんは、どれを食べても値段均一なのであろうか。

客のどんな細かい言葉も、吐き出す息の音までもキャッチしてしまいそうな、そんな老婆の顔を、僕はそっと盗み見る。大声で喋りまくる友人の、禿げて、てかてかした額と口に眼を移しながら、僕は無言で、小鉢の中の物を箸で突っ付くのである。
そして、どうしてこんなものが美味いのだろうかとじめじめと考える。

とにかく2畳そこそこの店の中は、我々三人だけだ。そして、遠慮なんかすっこったあないと友達の開き直った喋り方。こっちは老婆の耳も計算に入れて話さなくてはならない気分になり、実際そういうふうに、まるで昔、サラリーマン時代に気の合わない上役の前で喋っていたときのように、ぎこちなく言葉を選んで喋っている自分に気がつく。
手が空いてぷかぷかと煙草を吸いながら、老婆は無関心を装っていながら、実はときどき相づちを打ったり、あたかもそれが客に対する義務でもあるかのように、教訓めいたことをちらっと言ったりする。このしたたかな耳も舌も、客から聴き拾った話題や愚痴でぐつぐつと味付けされた、眼の前の黒いおでんのように見えてくるのだ。


さて、又,イタリア・ミラノのE嬢のサロン。
 おでんの夕べに話を戻そう。
 その夜の客はイタリア人の夫妻も呼ばれていて、少々遅れてやって来た僕がサロンに入って行くと、彼らは愛想良く手をさしのべてきた。女性のほうは有名なH書店に、旦那のほうは旅行代理店に勤めているらしかった。E嬢とこの女性、2人の勤め先は隣りどうしで、ほとんど毎日、顔を合わせる間柄だそうである。
 アペリティーボの白ワインを飲みながら、雑談をしている間、僕はふとこんなことを考えた。

『この夫妻はおでんを今までに食べたことがあるのかな? もちろんそうに違いない。だからE嬢は作ったのだ・・・いや待てよ、もし初めてだったとしたらどうだろう。二人ともうまいうまいと食べるだろうか?』
などと、いつものお節介の黒い雲がむくむくと沸き上ってきたのである。
『もし、初めてだったら、これは大変な事になるぞ』

 まだ東京に住んでいたころ、学生や若い夫妻の指導にあたっている、あるスペイン人の神父さんがこう言ったことがある。
「大切なことは、感謝の気持ちです。例えばの話だけどね、その人は『おでん』が嫌いだとするね。でも、彼におでんをご馳走してくれた人の親切な心を感じることが大切なのです」

 僕はあれっと思った。
「分りましたよ! 神父さんはおでんが嫌いなんでしょう?」
「いや、そんなことはないですよ。わたしはただ,一つの例として言っているだけでね」
とやや赤らんだ顔になって、神父は口を濁した。
「隠さなくていいんですよ。僕もおでんは嫌いなんだから」
 そして、顔を見合わせて笑ったものである。

 この神父さんは、もう日本に四十年以上も住んでいる著名人で、あらゆる階層の人々と付き合っている人だから、日本料理なら高級料理も大衆料理も何でも食べている筈である。そしておでんだけは、何回食べても好きにはなれなかったのだ。
『神よ、日本人はどうしてこんなけったいなものを食べるのでしょう?』
おでんを出されるたびに彼はそう問いかけたにちがいない。招かれた先で、不幸にもおでんが出て来て、無理して呑み込んでいる神父の顔がちらつく。

 それ以来、おでんはヨーロッパの人達には、あまり好かれないのだと、僕は勝手に思うようになった。その理由は? おでんには日本人の舌にしか分らない(愛されない)、逆に言えばヨーロッパ人の舌ざわりには拒否反応を起こさせる、独特の風味と色がある・・・という定義みたいなものをつくってしまったからだ。
だからこのイタリア人夫妻のおでん反応には、すごく興味がわいたのである。

 洗練されたイタリアンスタイルのアンティパスト(前菜)が終って、いよいよおでん様の登場。彼女がスパゲッティなどに使う、我が家で使っているものなどより数倍しゃれたジノリ風の深めの皿に、おでんを山盛りにして、客の前に並べてくれる。

だが、出て来たのはおでんだけ、ずばり『一品料理』である。
外人も呼んだのだから、もうちょっと工夫した出し方はなかったのだろうか。僕だって、口直しに柴漬くらい出してもらいたいと思う。
 そしてやはり、予想していたことが起こったのだ。

イタリア人の夫妻にとって、やはりおでんは初めてだったのである。
この生まれて初めて食べる東洋の料理に、旦那のほうは『俺も男だ!』と果敢に挑戦し、『なかなか行ける!』などとの宣って、全部平らげてしまった。あまりのスピードに、いっときも早くこの悪夢から抜け出したい一心なのではなかろうかと、つい勘ぐってしまう。
美人のE嬢を失望させてはならないとのイタリア男の思いやりから? もしかしたらこいつ、E嬢に気があるのでは?

 だが奥さんのほうが・・・正直な彼女は、匂いだけで拒絶反応を起こして、
『あたし、どうしてもだめ!』
を繰り返し、一口もフォークを運ばなかった。イヒヒヒっと僕は忍び笑いをし、「ほらね、ここにも『おでん拒否』の外国人がいますよ」

 正直言って、E嬢のおでんは、僕にとっては想像していたほどには悪くはなかった。それは、あまり煮詰めすぎていないためだったからだろう。だから,一応全部たいらげた。

 その後なんと、『オデン大好き!』という風変わりのイタリア人にも2、3出会ったのだから、今までの固定観念を変えなければならない気にもなる。
出張で日本に行ったとき食べたり、ミラノの親しい日本人の家族の家でたびたびご馳走になるらしいのだが、不思議! 最初から全く抵抗がなかったのだそうな。

「お前、オデン作って招んでくれよ。俺、オデン大好きなんだ」
 そんなことを言われたらボクは困ってしまうだろう。作った事もないし、作り方を勉強しようとも思ったこともないし、まず嫌いなのだから、おでんで招待するなど夢にも考えられないのだ。

「あれはすごくやっかいなんだから勘弁してくれよ。それよりも、最近覚えたばっかりのピッツアをご馳走するよ。自信満々なんだ」
と、僕は答えるに違いない。(完)
 

| けんじの自己流イタリアングルメ | 11:39 │Comments1 | Trackbacks0編集

pasta
Poveri ma buoni(貧しい でも おいしい)

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『Poveri ma belli(貧しい でも 美しい)』
もともとは50年代に大ヒットした映画のタイトルのようですが、1970年後半、若者向きアンダーウエアーの広告のキャッチフレーズとして使われていました。
イタリアに来て間もない、言葉も不自由だった自分にとって、このフレーズは、深く心に刻み付けられ今日に至っています。
下着姿の若い男女が、いたわるように抱き合っている写真も慎ましいモノクロだった。(1970年のはじめの頃の若い女の子の下着は、今のように露出的なものではなく、実にフツウのものだった気がします)

『Poveri ma buoni 』こそ、トマトソースのスパゲッティに並ぶものはないと思う。貧しい人から、贅沢三昧をしている人にまで、イタリア人全てに愛されているのが、このプリモです。

最も質素で簡単なトマトソースは?
「オリーブ油とニンニクを炒めて、トマトを加えて煮込んだもの」
と、これ又,分かりきった答え。

夏、南部を旅すると、家の前に腰をおろして、話に花を咲かせながら、トマトの茎や傷んだ箇所を取り除いている女達の姿をよく見かけたものです。なにしろ、一年分の自家製ソースの準備だから、結構大変なようです。奇麗になったトマトは大鍋でゆでられ、その後、バジリコひと葉と一緒にビンに詰められてカンティーナ(物置)の中に。

「スーパーの缶詰など、とてもとても」
なんだそうです。

ところで、上記のスパゲッティのパッケージもごらんください。
ヴォイエッリVoielliは、イタリアの最も伝統あるナポリの製品です。このプチネッラ(ナポリの道化師)のイラストは、ボクが描きました。オッホン!(笑)
デザイン事務所に勤めていた時のものです。
グラフィックは変わりましたが、イラストはそのまま。35年間も使われています。やっぱり嬉しいですね。(K)


| けんじの自己流イタリアングルメ | 20:59 │Comments0 | Trackbacks0編集

INSALATA RUSSA  ロシア風サラダ

russa

ここでは、オリーヴ油浸けマグロの入ったサラダです。

生のニンジン、カリフラワー、セロリ、ピーマン、カブ、オリーブ、小さなタマネギなどが、酢水に入ったものが売られています。普段これはハム、サラミなどの前菜と食べるものです。

カッペリも数粒加えて、野菜を細かくみじん切りにします。

茹でてつぶしたジャガイモ、マグロ、マヨネーズをミックスして出来上がり。
野菜の酢、カッペリの味がほんわかとして、ちっとも重くなく、つい、たくさん食べてしまいそう。

ピエモンテの田舎の総菜屋さんは、自家製のものを売っていますが、自分の自家製のほがいい。野菜、マヨメーズ、ジャガイモの割合を好みに応じて作れるからです。K

| けんじの自己流イタリアングルメ | 09:00 │Comments0 | Trackbacks0編集

PERA COTTA/梨のデザート
NASI
食いしん坊、自己流イタリアンです。
まだ、お腹空いてませんか?

小粒のナシを深めの鍋に敷き詰めるように配置し、リンゴ一個かその半分を隙間に入れます。

リンゴは甘みを出すためなので、砂糖は一切入れません。底に1センチくらいまで水を入れ,白ワインも少々。Canella(ニッケイ)もほんのすこーし加えると、コクがでます。

蓋をよく閉めて中火でごとごと煮るだけ。リンゴの甘さが加わって、とてもすっきりしたデザートが出来上がり。もちろん、冷やしたものをたべます。

写真のは、ちょっと煮過ぎた感じになってしまいましたが。

この類いのデザートでは。先に紹介したリンゴの他に、無花果、野生の桃などをするようですが、
その季節になったら、ご紹介しましょう。(K)

| けんじの自己流イタリアングルメ | 02:40 │Comments1 | Trackbacks0編集

リンゴのオーブン焼き
rinngo

数日前、デザイナーの誕生パーティに呼ばれたとき、あるコピーライターの女性が作って持ってきたデザートです。
りんごまるごとオーブンにかけたしごくシンプルなものです。
水とワインを少々加えただけのものだが、ワインは甘口のマルヴァジア(Malvasia)を使ったとのこと。甘さにコクが出て、これが秘訣のようです。
物価もべらぼうに上がって住みにくくなった時代、手作りを持ち寄ってのパーティが多くなったようですが、余計楽しさはありますね。(K)

| けんじの自己流イタリアングルメ | 19:11 │Comments1 | Trackbacks0編集

北欧風ニシンのアンティパースト
何年も前に、北欧に住んでいたというイタリア人に習ったアンティパーストです。
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諸材料はーーー
玉ねぎの薄切り、レモンの皮の薄切り、月桂樹、粒胡椒、チョウシ(イタリアではカーネーションの芯と呼ばれている。
どれが欠けても困る絶対に必要な素材です。

そして、ニシンのくんせい。塩味の真空パックのものは、身が締まっていてよい。

容器の底に諸素材を散らすように敷き詰め、その上にニシンを敷き詰め、段々重ねでそれをくり返す。
砂糖水(甘さは人によりますが、ボクはほんの少々甘味が感じる程度に押さえています)を用意し、よく冷してから、すっかりおおわれまで浸して終わり。冷蔵庫に半日くらい寝かせること。

今晩のためだったら、午後一番には作業は終っていて欲しいですね。

ニシンの持つ塩っけと諸素材がミックスして、円やかな風味になります。
やっぱりこれも、大人のアンティパースト。

市販の瓶づめとは、天と地の差です。(自画自賛?!)

え?もっと美味しい食べ方をしっている?ぜひ教えてほしいものです。(K)


| けんじの自己流イタリアングルメ | 17:45 │Comments0 | Trackbacks0編集

Bufala(水牛の乳から作ったモッツァレッラ)

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我が家のすぐ近くに『モッツアレッレ専門店』ができたので、さっそくこれを。

buffara(水牛)のモッツァレッラです。

丸ごとの大きさは、大人のにぎり拳をふた回りも大きくしたくらい。
その存在感に圧倒されます。
味が濃くて敬遠する人もいますが、ともかく食べごたえ充分。

初めて食べたのは1980年半ばの夏、カラーブリアからローマへ、車で戻る途中の田舎のトラットリーア(小さな食堂)ででした。

注文したら一人分として半分に切ったのもを出されました。塩も胡椒もかけず、ガブッ。
周りの人もそうして食べていたので。
このフォトは、そのときのイメージを再現したものです。

これだけでお腹いっぱい。あとのメニューは省略し、コーヒーだけ飲んでおわり。

ひんやりとした薄暗い店から出たら、紺碧の空が目に染み焼け付くような暑さ。そのままローマへと車を走らせました。
のんびりとした、良き時代の思い出のひとつに、このブッファラがあります。(K)

| けんじの自己流イタリアングルメ | 11:40 │Comments0 | Trackbacks0編集

生ハムとワインの昼飯

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今日の昼食はごくごく簡単。生ハムとラルドと赤ワインだけです。
生ハムの向こうにある白いのは、豚の脂身の燻製(Lardo)をスライスしたもの。

これ、見ただけでコリステロールがあがりそうな食べ物ですが、気分転換に少しだけ。
この数年来、よく見かけるようになりました。でも、ダイエットには大敵かも。塩、ペペ、ローズマリーノの風味が感じられます。

乾パンのようなものはスカルダテッリ(Scaldatelli) といい、南部の食べ物です。
塩、オリーヴ油、黒オリーヴの実、ローズマリーノごく少々、などで味がついていて、独特の風味が広がります。

他にニンニクやローズマリーノの味付けなどのヴァリエーションも売ってました。スーパーで買うのはむずかしいが、週一度の市場では、現地から届いた美味しいものが買えます。(K)


| けんじの自己流イタリアングルメ | 16:13 │Comments0 | Trackback-│編集

カルチョーフィ・ロマネスキ
kk

このすてきな名前のカルチョ-フォは、その名の通り、ローマ地方のものです。
先日書いたカルチヨーフォは、先が尖っていて棘があり、気をつけないと、手を刺してしまいますが、ロマネスコには棘もなく形もまるっこく、人間の拳ぐらいの大きさです。
味は先が尖っているカルチョーフィと同じ?ようです。

さて、ローマ風、伝統的な食べ方をご紹介しましょう。と、いっても、自分でも初めて作ったので、あまり自信はないのですが。

*皮をどんどん取り除いていって、先の所を切って平らにする。
*茎のところを、適当に切ってしまい、鍋と同じくらいの長さにする。
*というのは、鍋の中では寝かせずに、立てた状態にしておくからです。
*オリーヴ油1センチ、水1センチくらい入れ、ニンニク、アンチョピ、パセリ(イタリアン)をみじん切りにしたものを加える。塩、胡椒もする。
*蓋をして中火で30分弱、時間は適当に。フォークで刺してみて、柔らかければ出来上がり。

汁が蒸気となって全体に味をつけるので、混ぜたりする必要はまったくありません。
余った茎も捨てずに、適当に切って、回りの筋を除いて一緒に入れる。

出来上がってすぐに食べず、冷やして食べると、美味しい。
こってりとして、味は良くついていてコクがあり、最初の冒険としては、上出来でした。(K)

| けんじの自己流イタリアングルメ | 10:29 │Comments0 | Trackback-│編集

gnocchi a
ニョッキとゴルゴンゾーラのソース

ニョッキは茹たジャガイモと小麦粉をこね合わして出来ている団子状の。これが最もポピュラー、でも、もっともっと種類があるようです。かぼちゃなどで作ったものもあります。

今日、市場場のチーズ店で新鮮なニョッキを買うことができました。店のシニョーラが、そのとき教えてくれたソースは以下の通り。

Gorgonzola Dolce(甘口のクリーム上のゴルゴンゾーラ)を使ったもの。

小さなフライパンにオリーヴ油少々、牛乳少々、ゴルゴンゾーラを適当に加えて、とろ火で、溶かして行きます。同時にニョッキを茹でる。

熱湯の中にニョッキを入れ、浮き上がってきたら、すぐに笊に移して、水を切り、溶かしたクリームを混ぜて、出来上がり。チーズは好みのものを。僕は羊のチーズをかけました。

*ジュゼッペ・ヴェルディの故郷、ブッセート市に、DUE FOSCALI という立派なレストランがあります。
(レストランの名前はヴェルディの初期オペラのタイトルから取ったもの)
オーナーはヴェルディ・テナーとして世界的に名を馳せた、カルロ・ヴェルゴンティさんです。
そこのプリモピアットが、ニヨッキ・ノンノ・ヴェルディでした。ほうれん草が入っていて、緑色のニョッキです。
ヴェルデはイタリア語では緑色のこと。『ヴェルデおじいちゃんのニョッキ』というわけです。
味は忘れてしまったが、可愛い名前は、いつまでも覚えています。(K)

| けんじの自己流イタリアングルメ | 14:06 │Comments0 | Trackbacks0編集

カルチョーフィの季節です。
天ぷらやリゾット、その他たくさんの食べ方がありますが、今日はごく簡単な(いつも簡単な料理ばっかりでごめんなさい・・・)生のカルチョーフィのアンティパスト(前菜)です。ナマの

*皮を取りのぞいていって、芯の柔らかいところを、薄切りにして、レモンを入れた冷たい水でさっと洗い、ざるに取って水を切ります。そうすれば、どす黒くならず、青い新鮮なカラーを保つことができます。
*皿に盛ってから、パルミジャーノを削ったもの(粉チーズではありません)をのせます。レモン、オリーブ油のドレッシングをかけて、きあがり! 簡単ですね?

カルチョーフィの癖のある風味とレモンとパルにジャーノがミックスして、不思議な風味が口の中で広がります。生なので腹ごたえはあり、2人分だったら一個だけで充分です。ワインが楽しめる大人向けの前菜です。(k)

| けんじの自己流イタリアングルメ | 12:21 │Comments0 | Trackback-│編集

鱈のオリーヴ油焼きをご紹介します。

先日知人の所で夕食を頂いたときの料理です。写真に撮ったものをご紹介します。
シニョーラは職業婦人。だから、あまり凝ったものは出来ないと言いながら・・・なるほど簡単にあっという間に出来上がりました。

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鱈のオリーブ油焼き
作り方ーー
* カッペリ(ケーパー)、ニンニク、パセリ(italian)をミキサーにかけます。
* 大型フライパンに、たっぷりとオリーヴ油を入れ、その中に
* ミキサーにかけたものを入れて、黒オリーヴも加え、とろ火で軽く煮込む。
* 鱈を寝かせて又、しばらく煮込み、
* コップ半分くらいのVino Biannco(白ワイン)を加えて、スプーンでまわりの汁をかけながら、最後   の煮込みをする。好みによって、オリーガノ、ペペなどを加える。

オリーヴ油をたっぷり使うので、ちょっと重そうな感じですが、カッペリが利いていて風味があり、ぴりっと塩辛く、さっぱりした味です。(K)

| けんじの自己流イタリアングルメ | 20:42 │Comments0 | Trackback-│編集

リグーリア地方のパスタ、トロフィエッテ
TROFIETTE  トロフィエッテ セーモラ

今日はとても忙しかったので、簡単にパスタを茹でて食べました。
トロフィエッテ・・・ご覧のように普通のパスタとちょっと変わった形をしています。
これを茹でて、ペストと名乗るソースをかけ、粉チーズをかけるだけ。
面倒でやる気のないときの食べ物として理想的です。

パスタの小麦粉はセーモラと呼ばれ、粒子を荒めにひいてあるとか、普通の小麦粉よりもっともっと高級な粉だとか、イタリア人はそれぞれ思い思いのことを言いますが、荒めにひいた粉という点は確実のようです。そのためか身がしまっていて、とっても歯ごたえがあり、腹ごたえは普通のパスタ以上です。

ソースはペストと呼ばれるもので、バジリコ、ニンニク、羊のチーズ、松の実、オリーヴ油をミキサーでかけた物で簡単なようですが、自家製となると、やっぱりね。安いから買った方が良い。

出来上がったパスタの上にペストをかけて、羊のチーズをかけておしまい。
歯ごたえがあり、それだけでも腹いっぱいって感じです。

出生地、リグーリア地方(ジェノバ方面)に行けば、沢山のパスタ専門店があり、トロフィエッテもペストも計り売りで変えますが、自家製で、しかも前夜作られた新鮮な物です。冷蔵庫で数日は保管できますが、あまり置いておくとカビが生えたり味も落ちるので出来るだけ早く食べてしまわないと。

残念ながら、生のトロフィエッテもおいしいペストは、ミラノのスーパーではそう簡単に手に入らない。
工場製品の乾燥したのは見かけますが、手作りとの違いは比較にはなりません。パン屋などで作って売っていることもあるが、気まぐれパン屋さん、いつも作ってくれるわけではない。普通のスパゲッティのように、食べたいときに簡単にってわけにはいかないのが残念。(k)

| けんじの自己流イタリアングルメ | 01:45 │Comments0 | Trackback-│編集

こんにちは!すっかり春めいてきました。
プンタレッレのサラダ

今日はプンタレッレのサラダを作りました。プンタは、先っちょの尖ったところの意味です。
写真のとおりのユニークな形です。
この野菜別名カタロニアとも呼ばれていまして、もともとローマ地方の野菜なのですが、この数年前から、ミラノの市場にも見れるようになりました。苦味のある不思議な味です。

初めて食べたのは、30年くらい前だったっけ。帰国途中ローマで一泊したとき、連れて行ってもらった大衆食堂(トラットリア)ででした。サクサクして美味しかったこと。

でも2、3年前からミラノの市場にもやっと出るようになったのです。随分遅いところがイタリアらしいです。名前さえ知らないミラノ人もいたのですから。
日本にも既に出ているようですが、さすが市場進出のスピードったらすごい。

この野菜、寒い時期にしか存在しません。
今日は3月14日。そろそろ時期も終わりというわけで、大好物の僕としては、しっかり食べておかないとって気持ち。

『食べ方』
みじん切りにして、水の中に1時間つけておいた後、よく水を切って皿に盛りつける。
ドレッシングは・・・
オリーブ油、ニンニクみじん切りと塩漬けのアンチョピを少々、レモンの汁。レモンの変わりに、本当は何とかいうバルサミコがあるらしいけど、これは我が家の質素な家庭料理ですから・・・
ドレッシングして、しばらくおいとくと味がしみ込みます。

プンタレッレの苦味と、アンチョピ、レモンがミックスして、ザクザクと歯切れよく、ワイン、ビールの肴にもぴったり。美味しーい!! いっくらでもたべられます(K)

| けんじの自己流イタリアングルメ | 12:36 │Comments0 | Trackback-│編集

TORTA DI NOCI
TORTA DI NOCI

みなさん、こんにちは!
今日は『食いしんぼう!自己流イタリアン』 の 第一回目です。
自慢の鱈の料理をご紹介したいと思っていたのですが、写真が大失敗! 次回に回させていただきます。料理の写真って、撮るの大変だとカメラマンから聞いていたけど、本当ですね。ましてや、バルコニーから射し込んでくる朝の光で、素人がパチリってわけなのですから、いい物が撮れなくて当たり前でしょう。
このグルメコーナーを長く進めたい自分にとって、写真撮影でたっぷり悩まされそうです。

さて、そういったわけで、一回めは、大急処置として、自分の大好物のチーズ{Torta di Noci}をご紹介することにしました。形はご覧のようなもの。Torta(トルタ)はタルトのこと。(タルトってなに?)
一般に丸いケーキのことを、イタリアではトルタと呼ばれています。 Noce(ノーチェ)はくるみの意味です。
出来上がった形がケーキみたいだから、そう呼ばれるのでしょうかね。

素材はなんなの? ご説明いたします。マスカルポーネと ゴルゴンゾーラを軽く混ぜ合わせただけ。ぱっと見ただけでははっきりは分らないけれど、2つの素材が、交互に積み重なって出来ているようです。
とにかく食べていて、舌と喉で、あっ、ここがマスカルポーネね、あ!今、ゴルゴンゾーラって、はっきり区別出来そうなくらいの、大まかな混ぜ合わせ。口の中で混ぜ合わさって、とろけるような風味です。切られる前の丸ごとは、直径40センチ、高さ15センチはありそうな、堂々としたもの。見ただけでコリステロールが上がっちゃいそうな、威風堂々のトルタです。
上に胡桃の実をちょんちょんと乗せて出来上がりですから作り方は簡単なようです。でも・・・

自分でも気楽に出来そうですが、やっぱり、金曜日の市場の行きつけのチーズ店で買わなくては。

僕が行く店のが一ばん人気があって、遅く行くと、『もう売り切れよ! もっと早く来なさいと行ったでしょ』と 奥さんが言うのです。だから、金曜日の朝は、買いはぐれ、食いはぐれのないよう、ちょっと緊張したひととき。なにしろ、大好物なのでして。
日本からくる知人も、『へえ!イタリアにもこんな美味いものあったのかヨ』などと。

完全なナマ物ゆえ、残念ながら春、夏、秋の半ば頃まで、店から姿を消します。今が『食い納め』の時期です。

次回は冬だけしか食べられないサラダをご紹介しましょう。K


| けんじの自己流イタリアングルメ | 22:11 │Comments0 | Trackback-│編集

ケンタッキー 1
「どうしても食えないなあ、ケンタッキー・フライドチキンだけは」

 Y氏が我が家の食卓でこう言った。あの脂っこさにはうんざりするというのだ。
 あれェ、そんな変わった人もいたのかと、大ファンの僕にはちょっと信じられないくらいだった。

 外国を旅行をしていて、K・Fチキンの看板に巡り会うとほっとする。アメリカやカナダの大自然の中を走り続けて、やがて小さな街が見えてくる。

 そして、必ず・・・森や林や切り立った岩石を背景に、白地に赤のデザイン、にこやかな眼鏡のおじさんの看板を遠くから見つけたときは、砂漠でオアシスを見つけたような気分になる。
だんだん近付いてきて、窓の外いっぱいに広がるおじさんのニコニコ顔は『おお,君たちか、よく来たな』そう呼びかけてくれているようだ。

 さて、ミラノに来てほどない1972年頃、僕はミラノのイタリア人の家族のアパートにいそうろうをしていたが、事務所から戻ってきて一息つくと、ふらりと夕食に出かけるのが日課になっていた。
 近所にはレストランや飲食店などひしめき合っていたが、毎夕のこととて、貧しい懐具合もあったから、『もっと簡単に、安くて旨い物食えないかなあ』などと考えたりする日々が続いていた。

 ところがある日、古くさい電車通りにK・Fチッキンの、赤と白の真新しい看板を見つけたのである。
 ついに!さっそく開店したばかりの店に飛び込み、大きな袋にいっぱい買った。

 熱々の袋を持って公園のベンチに座って、水もコーラもなしに頬張った。
 うまかった。暖かい袋を下宿に持って帰って、ソニーの携帯ラジオから流れてくるオペラに耳を傾けながら、こっそりと食べた。
 将来はどうなることやら見当もつかない、不安定な日々の終わりの、唯一の安らかなひとときでもあった。

 あまり頻繁に行くものだから、赤白のユニホームの店員とすっかり顔なじみになり、閉店間際に行くと、一つ二つおまけをしてくれたりした。
 食べ残した分はそっと引き出しの奥にしまっておいて、夜食につまんだり翌日仕事から戻ってきて食べた。

 これほど僕を嬉しがらさせたケンタッキー・フライドチキンだったが、半年も経たずに閉店してしまったのである。そう言えば開店当時から、驚くほど客は少なかった。 こんな旨いものなのに、なぜミラノの人達につれなくされたのだろうか。

 下宿先の10才の子供の誕生日に食事に連れて行く事にしたとき「ケンタッキー・フライドチキンなんか食べさせないでくださいよ。」と奥さんに冗談めいて釘をさされたことがあった。
 もちろん!今日はもっとましな物をレストランで。
 でもどうして?
 子供が道々説明する。
「マンマはアメリカ人が食べる物なんか、絶対食べないんだ」

 あんな野蛮な国のものなんか食べて、腹でも壊されたらたまったもんではないと言うことらしい。

 なるほど70年代のイタリア人は自分の国の料理こそ世界一だと信じ、アメリカ人なんか料理もろくに知らない田舎者であり、中華料理や日本料理だって蛇や得体の知れないものを食べさせるらしいと、偏見を持つ人達も少なくはなかった。

 80年代になって、マクドナルドやブルガー・キングが店を出し、若者たちから熱狂的な支持を受けた。安くて気取りがなくて、とにかく新しい食べ物・・・そしてちょっぴりアメリカ的に生きている感覚・・・

 あれからまた20年も経っても、ますます彼等は繁盛して行くのに、不思議、K・Fチキンの看板だけはお目にかからないのである。
 今では訪れたほとんどの国々で見つけることが出来るのに、である。
 
 夜、ふらりと家を出て、ほかほかしたのを買ってきて、頬張りながらテレビを見たり本を読む・・・などは、未だに自分にとって懐かしいやってみたいことなのだ。

『ねえ、おじさん、どうしてイタリアで又、店を開けないの?』
 すると、いつもの眼鏡のニコニコ顔が、縦じわを寄せたきびしい顔に変わり、おじさんは答えるのである。

『わしは誇り高き頑固者でな。三十年前のあの愚かなイタリア人を今でも許すことが出来ないんだよ。あのとき、『将来絶対に、イタリアでは開店させないぞ!』と誓ったんだ』

 これは僕の勝手な想像にすぎない。だが、いつの日か笑顔のおじさんを、再びミラノの街角で見れる日を楽しみに待っているのである。(完)

| けんじの自己流イタリアングルメ | 15:05 │Comments1 | Trackbacks0編集

サーモンとスパーニァ

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食いしん坊自己流イタリアンです。
まだ、お腹空きませんか?


サーモンと玉ねぎの中に、白豆とカッペリを加えていつも食べています。
これで、2種類くらいのアンティパーストの存在感があります。

Spagnaはまっ白な豆で、長さが2センチ近くもあり、サラダなどにも使われています。

イタリアは穀物の種類が多いが、砂糖で甘く煮る料理は、ボクの知った限りではないようです。
でも料理も急速にインターナショナルになって行きつつある時代ですから、イタリア人も甘く美味しい料理を考え出して欲しいものです。
いや、もう存在するかも。この国は地方色豊かな料理が多く、意外なところで意外な料理やお菓子がたくさんあるので。

今では豆のスープなどにも抵抗はなくなりましたが、『白あん』『お汁粉』に慣らされていた自分の舌には十数年の時間がかかりました。


あァー、お汁粉たべたーい。
あァー、大丸の地下食品売り場の計り売り大福たべたーい。(K)

| けんじの自己流イタリアングルメ | 09:00 │Comments0 | Trackbacks0編集

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すむらけんじ

作者: すむらけんじ
ミラノに住む広告イラストレーターです。このブログは今まで飼った猫、今飼っている猫のことを綴ったものです。
作者は左耳は生まれつき難聴にかかり、人口内耳に踏み切るまでの耳の歴史、未来のことなども連載しています。

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