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niji
イタリア猫ショートショート<最終回>
 

エピローグ


「猫って空想したり考えたりするのかい?それとも本能だけ?」

「猫はいつも夢を見てるんだよ」

「どんな夢を見るんだろうね」

「いろんな夢さ」

カロータはどんな夢を見ながら、この長い年月を過ごして来たのだろうか。

「カロータ!』と呼ぶと、彼はこちらを振り返り、ゆっくりと近づいて来た。体を擦り寄せるカロータを抱き上げると、僕はソファーにうずくまり、時間が経つのも忘れて物思いに耽るのであった・・・・                         

             *

『おーい、カロータ、来てごらん。昨日バルコニーで撮った写真見てるんだ。 ほら,すごいだろう。最新のデジタルカメラで撮ったら、毛一本一本がこんなにきめ細かく撮れているんだ』

『ほんと、きれいだね。無理して買ってよかったね』

『葡萄の鉢植えの下で撮ったのが特にいい。葡萄も去年以上に実がついて、秋の収穫が楽しみだ。たっぷり2キロはありそうだ』

『去年はさて食べごろだと思ったときに、一粒残らずホシムクドリに食べられちゃって、KENは泣きそうな顔してたものね。今年は充分気を付けないと』

『このサボテンの横に座っているのもいいぞ。真っ赤な夕日を背景に、ちょっと逆光だけど情緒があって。お前も結構カメラポーズが良くなってきた』

『生まれてこのかた、きっと千枚は下らない、KENに撮られたのは。だから、もうお好みのポーズも呑み込んじゃった。KENは気取ったポーズが好きだもん』

『と言うより、ネコの美しさをとことん追求したかったんだよ。お前は今まで我が家にいたネコのうちで、一ばん足が長く尻尾も長いんだ。だからどんなポーズだってサマになる。だけと何だな、近頃の写真、奇麗に撮れてはいるけど、何となく覇気のない諦めきった顔しているのはどうしてだい?何が不満なんだい?』

『だってさ、「おれが先かお前が先か」なんて、この頃しょっちゅうKENから聞かされるんだもの。つい、顔に出ちゃうんだよね』『完』 



辛抱強く、最後まで読くださった皆さん。
<イタリアネコ猫ショートショート>も、ちょうど一年経って100話に達しました。

『質より量』の面からは、頑張ったね、と言われそうです。
途中で、やめてしまおうかな、などと考えたこともありましたが、無事に達成出来たのは、これ一重に皆さんのおかげです。

カロータはあの世から、
『貢献したんだから、もっと書いて!』と不服そうですが・・・


みなさん!ありがとうございました。

登場ネコ、一同『ありがとうございニャーした』

  
 
    
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| 猫.cats,gatti 100の足あと | 09:25 │Comments6 | Trackbacks0編集

イタリア猫ショートショート<あと1話>


2ninn

マーチョ先生


「ブラーヴォ、カロータ、お前、とってもブラーヴォだね」
「本当ですか、マーチョ先生?カロータはそんなにブラーヴォなんですか?」

他の猫患者に比べてずっと?
僕はすっかり嬉しくなってしまった。

「いや、そう褒めて猫を安心させるのです」

『マーチョ獣医院』は、我が家の表門を出て、右に20メートル位い行った所にある。
そこへはじめてカロータを連れて行ったのである。




今まではカロータを13年間、グイド氏に任せっ切りだった。
お公家さんのようにおっとりとした風貌のグイド先生は、不似合いなボロ自転車で、昼休みに往診や予防注射に来てくれて、『20ユーロでいいとも』

そしてまた自転車にまたがり、口笛をふきながら去って行った。
不似合いと言ったのは、ベンツの最新型を乗り回しているからである。

ところが、信頼しきっていたグイド先生に、僕は疑問を感じはじめたのである。
あれだけ丸々と肥えていたカロータが、だんだん痩せほそってきた。

「グイド、どうしてこんなに痩せてしまったんだろうか。それに、ゲロゲロ吐き散らすし、食べ物の好き嫌いが多くなって来た。レントゲンかけなくてもいいの?」

「むしろこの年では、これくらいスマートのほうがいいんだよ。太り過ぎだったもの。アメリカ製の缶詰でいいのがあるけど、それを与えてごらん?」

そして、
「ちょっと腸のあたりが堅いけど、しばらく様子を見てみよう」

 快く来てくれるけど、同じ返答ばかり。
「獣医を変えて見たら?あなたの家のすぐ近くに開業したばかりの所が有るみたいだけど、意外といい獣医かもね。」と、親友のB夫人の助言に従った。


「マーチョ先生、往診に来て頂けないでしょうか。この隣のとなりの49番に住んでいるのですが」

「僕はよっぽどの急患でない限り、外診はしないのです」

「そうですか・・・では、ここに連れて来るため何処かで籠を買わなくては。家中探したけど見つからないので」
「籠はお貸ししますよ。明日の朝、9時15分に来れますか?」

 翌朝、カロータは何の抵抗もなく、マーチョ先生が貸してくれた籠の中に入ってくれた。僕らは表通りに出た。カロータはいつもバルコニーの格子の隙間から、賑わう大通りを見下ろしている。
だから始終眺めていた下界に、ついに降りて来たとでもいう心境であろうか。
被せた布の隙間からきょろきょろ覗き見していたが、「ミャーォ」と小さく泣くこと、2,3回。そしてもう医院に着いてしまった。

「体温はノーマルです。でも痩せ過ぎですよ」

 縁なし眼鏡で長身のマーチョ先生は、多分30前。頼りなさそうだ。しかも表情が乏しく冷たい印象を受けるし妙に鼻筋が目立つ。
猫を金属製のテーブルに横たえると、「ブラーヴォ」を繰り返し、体をさすりながら何やら模索している。
胃のあたりに何か詰まっているらしい。

「これは、ウンチがたまっているのかなぁ?」
などと言うので抗議する。

「そんなはずないですよ。毎日必ず黒くて堅いのを出しているのです」

「快便だからと言って、健康に問題がないわけではないですよ」

それもそうだ。
オレだってそうだもの。
カロータの奴、快便にもかかわらず、家中吐き散らす。

いきなりマーチョ先生は、猫の口を大きく開けると、自分の顔をぎりぎりに近づけて、犬のようにクンクンと鼻をならし始めたのである。うへぇ凄い、グイド先生だって一度もこんな事したことなかった。

臭いに敏感な僕には、ネコの口の中を嗅ぐなんて考えることさえなかった。
鼻クンクンの情景に、僕は一瞬にしてマーチョ先生へのプロとしての信頼を高めたのであった。 

先生は点滴を一本、そして、抗生物質とやらの注射を二本もブスリとやった。

「籠は後で返しに来ます。金曜日の市場で買いますから」

「いえ、籠はカロータへプレゼント。どうぞ」
うーん、気に入った、マーチョ先生!

 週明けからレントゲン、血液検査、そしてエコロジー検査が始まる。

「どうします、少し考えますか?お金もかかることだし」マーチョ先生は言った。

だが、僕はこの際徹底的にやってもらうことにした。カロータの一生にただ一度のことかもしれないのだ。少々金が掛かったって、それが何だと言うのだ。

 結果は・・・レントゲンでは肝臓のところに大きな黒い物を見つけた。そして、血液検査の結果が出た。肝臓の何やらの数字が正常より十倍近く高い。

「癌ではないが、これは致命的な病いですね。約一年前から始まっている。」

「手遅れなんでしょうか。それにもう13歳、年を取っているし」

「いや、近頃は20歳まで生き抜く猫はいっぱいいるんですよ。この病気はかかってしまうと治らないのです。あと6ヶ月の命かも知れない。水をガブガブ飲み出したら危険信号です。とにかく、食欲が完全に無くなったら最期だと諦めるのです」

6ヶ月・・・目の前が白くなるほどがっくりして家に戻った。これほどカロータが哀れで、愛おしく感じたことはなかった。
マーチョ先生は魚はだめ、牛肉もだめだと言った。鳥や七面鳥の胸の肉、チーズのリコッタなどが良いと言う。
栄養剤も必要だ。毎日鳥のささみを蒸し焼きにして細かく刻み、アメリカ製の缶詰のパテと混合したカロータ用食事は、今までの『餌』に比べると、超豪華版である。
食欲が無くなるまで、続けてやろうと決心する。

 そして四ヶ月近く経った。カロータの寿命も後2ヶ月限り?
いや、かなり回復に向かっているようだ。心無しかふっくらとして来てた。
カロータはいつも腹を空かせている。腹が減って我慢出来なくなると、後ろ足で立って、前足で僕の体にしっかりと寄りかかる仕草を又始めた。
「うーむ、この調子だと、まだ、1,2年は大丈夫かもしれんぞ」

         *


あれから4年。

「マーチョ先生、うちのネコ、まだ生きていますよ。先生は6ヶ月の命って言ったけど」

「そんなことぼく、言ったっけなあ」

「言いましたよ。忘れたんですか?」
老いてぼろぼろになったカロータはドロンとして目つきでボクとマーチョ先生をみている。




「あと、1,2ヶ月の命です。残念ながら今度は確実です」

そして4ヵ月後・・・・

カロータは逝ってしまった。(K)

| 猫.cats,gatti 100の足あと | 01:56 │Comments4 | Trackbacks0編集

イタリア猫ショートショート<あと2話>
 
amicimici

アミーチ・ミーチの主人

2度ほど、カロータを『アミーチ・ミーチ』という猫専門のペンションに入れたことがあった。
(アミーチは友達、ミーチは子猫のこと)

『アミーチ・ミーチ』 を紹介してくれたのは、トニーと呼ばれ、犬から蛇までペットならナイモノなしの『アニマルハウス』という店の若い主人であった。

「ロンバルディア州では最も良い施設の一つと言われていてね、動物協会から賞も貰っているんだ。なにしろ希望者が殺到するので、すぐにもここに電話してごらん」と、熱心だ。

翌朝、さっそく電話してトニーさんからの紹介ですが、と言うと、

「トニーはわしの甥でのう」

老人の渋い声が、いくらか予期していたようなことを言った。

クリスマスの旅行を翌日にひかえ、約束の時間に、老人自身がグリーンの編み籠をぶらさげて猫を引き取りに来た。
長身で威風堂々としていて一時代前の軍人タイプってとこ。

ニコリともしない。

『愚猫の面倒は見よう。至らぬ危惧は無用じゃ』

「暖房付きがよかろう。一日に8ユーロ高くはなるが」
と抜け目ないところが、軍人っぽくない。

2週間後、旅行から戻って来ると、奥さんらしいやさしそうな初老の婦人がカロータを届けに来てくれた。

『カロータって、とってもお育ちがいいのね』

ありがとうございます。厳しくしつけていますので。

檻から出たカロータは、こっちの心配などなんのその、ケロリとして尻尾を立てて懐かしそうに、部屋から部屋へと歩き回っている。

すっかり信頼を厚くしたので、その次の旅行も ペンション『アミーチ・ミーチ』に預けることにした。

ところがである。
休暇から戻って来てカロータと再会したら、尻の穴が真っ黒に汚れている。
バスケットから解放されるやいなや、落ち着きなく辺りを見回していたが、いきなり砂箱の置いてあるバルコニーに向って、一目散に走り出した。
我慢に我慢していた黒い糞はどろリとしている。

「一体これはどうしたってことです?下痢をしていますよ!」
ボクはネコを連れてきた老人に苦情を言った。

「そうなんじゃ。3日位前から下痢を始めてのう。薬を飲ませて、餌も特別のを与えたんじゃが、まだ・・・」
と、いとも申し訳けなさそうに言う。
あの気位の高そうな老人がまるで人が変わったように、詫びるのを聞いていると、いたく心を動かされた。

老人が「これを続けて飲ませればよかろう」と、置いていった薬で、下痢は翌々日には嘘のように治ってしまった。

数年後にトニー君に会ったとき、老人は心臓マヒで亡くなって、ペンションは彼が引き継いだという。

カロータもあの世で再会しているのでは?



「おじいちゃん、ここでもペンションやってるの?」

「そうとも。猫も人間も一緒に住めるペンションをな。無料で永久滞在ができるんじゃ。おまえのご主人もそろそろやって来る頃じゃとて、一部屋空けといたよ」(K)

| 猫.cats,gatti 100の足あと | 01:00 │Comments2 | Trackbacks0編集

猫ショートショート<あと3話>


mmm


カロータの失敗 & M夫人<その2>



「ジョヴァノット(お若いかた)、ちょっと来てくださいな」

M未亡人は、怪訝な顔の僕の手首を、骨ばった大きな手でしっかとつかむと、ドアの外へぐいと引き出した。

すごい力だ。ヨーロッパの人間は女だって大きな手をしている。
年取ってくると、骨と皮とシミだらけになり、体全体のバランスを崩して、むしろ逞しさが倍増するイメージだ。

片方の手で手すりに体を支えながら、強引に階段を下りていく。

「シニョーラ、いったい何事です?」

こっちを振り返った老婆はまたニーっと笑った。

僕の手首をしっかりと握ったまま自宅のドアを開け家の中に入って行く。
意外とさっぱりとした感じだ。家具も明るい色のものが多い。これは先に逝ってしまった旦那の趣味か、それとも彼女の趣味か。

サロンを通り抜け台所に入り、バルコニーに出る。

当然ながら我が家と全く同じ間取りである。バルコニーから突き出すように、洗濯物用の見覚えのある紐が、五本平行に走っている。

彼女は再び僕の手首をつかみ、体を乗り出して下を指さした。テラスの茶色のタイルが、我が家から眺めるよりずっと大きく眼に迫って見えた。

「ほら、あれを見て!」
M未亡人の指す方に僕は何を見たのだろうか。

それは一枚の女性用パンティなのであった!

パンティは広いテラスの真ん中あたりにふんわりと、クリーム色の艶やかな色彩を惜しげも無く披露している。結構凝った代物だ。絹のように艶やかで、安物とは思えない。

まぶし気にボクの眼は釘付けになった。

ヘーッ、このばあさんがあんな物を?

「お願い、あれ取って来てくれないかしら」

えっ?何ですって?・・・じょーうだんでしょう。
たった一枚のパンティのために、またまた例の苦労を繰り返すなんてとんでもない話だ。

「無理ですよ。夕方、下のご夫婦が帰って来られるでしょうから暫くの辛抱ですよ」

「あたし、恥ずかしいのよ。あっちからこっちから見られちゃって」
 M未亡人ははっとするような流し目で言った。

とにかくあんなところに落っこちてしまったら、どこからでも眺められるのは確かだ。
このテラスは四方を建物に囲まれていて死角というものがない。テラス付きのアパートを願望しながら、こんなテラスでは素っ裸で日光浴だって出来ないではないかと、上から観察していたのだ。

「まあ、気持ちは分りますけどね。テラスに上るまでがそれこそ大変なんです。勘弁してくださいな」

「あんたは猫が落っこちたときだって、中庭から上って行って助けたじゃあないの。わたしちゃんと見ていたのよ」
彼女は心なしかドスのある声で言った。

知ってますよ、
でもね、猫とパンティは一緒にはできません。猫は生きものなのです。


のろのろしていると、食い下がってくる気配を感じて、早々に退出しなければならないと思った。僕は腕時計にちらりと眼をやりながらドアに向かって歩いて行った。

「恥ずかしがる必要なんて全くありませんよ。どこのバルコニーから落ちて来たのか誰にだって分らないのですから」(K)
 

| 猫.cats,gatti 100の足あと | 00:10 │Comments2 | Trackbacks0編集

イタリア猫ショートショート<あと4話>


M 1

カロータの失敗とM夫人<その1>


あの世へ発ってしまった我がカロータの思い出は尽きない。

ショートショートも100話まであと一息。

今日は我がカロータが一生一代の大失敗をやった時の話をしよう。


カロータは4階から2階のテラスに落っこちてしまったのだ。
早朝、ホシムクドリが台所のバルコニーにやって来て植木を荒らしているのを狙い、足を滑らせてしまった・・・というところではなかろうか。

バルコニーの手すりは大理石が敷いてあるので、夜露のためつるっと滑ってしまう。

カロータにとって良い教訓になったはずだ。
この事件の後、2度とこの手すりに飛び上がることはしなくなったのだから。


『テラスの上で赤い猫が泣いているが、お宅のカロータくんのようですよ』

ほんとだ!カロータは大きな鉢植えの隙間にのめり込んだようになって泣いている。

「カローターァ!」
と叫ぶと、はっとこっちを見上げて一瞬泣き止んだが、見上げたまま、又ギャーッギャーとやり出した。

お腹が空いただけでも大げさに泣き叫ぶ猫のことだ。

この悲劇的な叫びはこの界隈の同情を一身に集めるほどの迫力がある。
 
何しろ我が家から7メートルもあるんだから、足の一本くらい折れているかもしれないが、家から外に出たことのないカロータにしてみれば、傷の痛さより恐怖感の方が先に違いない。

1階下のM婦人のバルコニーからはみ出して張られている洗濯紐を見る。
カロータがこれにに引っかかったのは想像できるし、藁をも掴む思いでしがみつこうとして無理だった・・・

カロータは巨大ネコなのである。

だが、いくらか落下速度が低下したことは考えられる。


とにかく即座助け出さなくてはならない。
テラスの持ち主は新婚のアランジ夫婦である。C夫婦がいてくれれば、ちょっと中に入れてもらって猫を連れて帰ってくることも出来る。だが、

新婚さん、共稼ぎで出かけてしまっているらしく、それは不可能。

建築技師のピーノ君が長いアルミの梯子を抱えて来てくれたので僕が上る。
スポーツマンタイプのピーノ君がが登って行って猫を取っ捕まえてくれないかなぁと一瞬思ったが、カロータは僕の飼い猫なのだ。

そこまでは頼めない。

やはり飼い主が行ったほうが猫だって嬉しかろうとピーノ君も気をきかせている?
ところが長ーい梯子でもチビのボクには、充分とは言えないのだ。
おそるおそる最端まで上って、両腕をテラスにかけてグンと力を入れて体を持ち上げ、それから足をかけてよじ登らなければならない。

小学校の時から僕の一番苦手は体操競技だ。
カロータのためとはいえ、この年でこんなことを?

ピーノ君は梯子をぐらつかないように支えてくれている。

ひまな住人たちが窓から覗いているのを背中に感じる。
だから僕は体操のテストを受けている中学生のように、死にものぐるいである。

そしてやっとのこと3回目の勝負で屋根にやっとこさ這い上がって、アルプスの頂上にでもたどり着いたかのようにすくっと立上った。

窓から覗いていた暇な老人の拍手。

さてそれからカロータが隠れている鉢植えまで走リよって、抱き上げようとしたが、興奮してルカロータの爪がボクの腕に食い込んでくる。

「おい、カロータ、オレだよ、落ち着け!」

恐怖で転倒してしまった猫には、飼い主もへったくれもないらしい。とてもじゃないがこんなカロータを片腕に抱いて、梯子を降りたりできるものではない。

「バスケットか箱が必要ですね」
ピーノ君は叫んだ。

敏捷なピーノ君。
小さな段ボールの箱を抱えて戻って来た。
ぼーんと投げてくれた箱のなかにカロータを詰め込もうとしたが、それがまたひと苦労。いつもは箱でさえあれば、あんなに喜んで入ってしまうのに。
やっとこさ詰め込んで、梯子のところまで行くと、ピーノ君が途中まで登って来て箱を受け取ってくれた。

やれやれ飛んだ災難だった。
猫を飼うなんて大変なことだ。

無事家に戻ったカロータはめっためた興奮気味で、泣いたり唸ったりしていたが、午後からはすっかり平生に戻って玉転がしなどやっていたから、ショックで後遺症が残るというデリケートな猫ではないらしい。でもそれ以降絶対に同じ手すりにのぼらなくなったのは流石だ。

さて、僕は梯子を降りるとき、ふたたび我が家を見上げた。
「あっ、又来てるぞ!」
ホシムクドリがまたやって来て鉢植えを荒らしているのである。

「この野郎!お前のためだ、こんな大騒ぎをさせられたのは!」
思い切り両手をパンっと鳴らしたら、おったまげて逃げて行ってしまった。

我が家のすぐ下、洗濯物の紐を引いたバルコニーへ眼を移す。
あの紐があったからこそ、カロータも無事だったと感謝する。
だが、眼にとまったのは紐だけではない。さっきからずっと煙草をくわえ、飽きもせず無表情にこっちを見下ろしているのは、M未亡人であった。

こんな馬鹿騒ぎを楽しませてやったのに、眼と眼があってもにこりともしない。
ぼくが、「ボンジョールノ!」と挨拶したが、風化した石のよう。

実際彼女は年を取った。旦那が死ぬまではああではなかった。
何が気に喰わんのかいつも不機嫌なばあさんだったが、バイタリティーがあった。
我が家の洗濯機が水漏れして、台所の天井にシミが出来たと抗議しに乗り込んで来たときの、あの剣幕といったらすごかった。

だが、旦那が死んですっかり覇気がなくなった。 


         *


そのM未亡人が・・・である。

ビーっと我が家のベルがなった。そして、
真っ赤に塗リたくった薄い唇をきゅーっと左右に伸ばして、M夫人がこぼれんばかりに微笑んでいたのであった。(つづく)

| 猫.cats,gatti 100の足あと | 22:02 │Comments2 | Trackbacks0編集

イタリア猫ショートショート<あと5話>


ss

持ち寄りパーティ

仲良し猫、5人(匹)集まってパーティなんだってさ。

みんなおいしいもの持って来ての大宴会。



今夜パーティに持参するために、昼飯をお預けにした猫もいた。

何も持って来なかった猫は参加禁止というボスが作った掟があるのだ。


『どれどれ、グリンコは何を持ってきたんだい?』

『ボク?ホーラ見てごらん』

『すっげえ。サーモンのでっかい切り身じゃあねえか。お前にしては上々出来だな』

『魚市でね、おばさんがこれ切ってもらってね、そしたらオッサンが。奥さん、他には?って聞いたので、そうねえ、トータノ(大イカ)の輪切りなんかどうかしら。あ、でもこれ冷凍なのね。違いますよ、奥さん!なんて議論している間に、ボク、さーっと持ってきちゃったんだーぁ』


『オレ、隣の家の台所から、クラテッロのサラミ盗んできちゃった。まかない女がうつらうつらしてル間にさ』

『ボクね、まだ小さいだろ。だからお兄ちゃんたちみたいに泥棒することなれてないでしょ。だからネズミの生まれたばかりの赤ちゃん一匹と小さなカエル一匹で勘弁してね』

『ところでボスはなに用意した?ボスらしいとこ、見せてもらおうじゃんか』

『みろ!2時間前に生け捕った野うさぎじゃ!』

『すっげえーッ、さすがボス!』

『ボン太、おまえの持参品見せてもらおうか』

『スルメの足を5本。オレ、おじいちゃんのそばでミャアミャア泣いたら4本くれた。ワシはもう葉が弱ってるからこういうものは、もう食えん!だって』


sss
『ところで、ミルミルはまだだね。おいしいものいっぱい持ってくるぞ。何しろ大金持ちの家の女王様だからな』

『大エビの頭。生ハム、カビアをたっぷり塗り付けたトースト、ローズビーフ・・・ああ、よだれが出ちゃう』


『あ、女王様がやってきたぞ』

『みなさーん、お待ちどうさま。』

『何だよルミ、吐き出したもの、1、2、3、4、5・・・これ蠅じゃあねぇか』

『そうよ、今まで、世界中の、いろんなもの食べて贅沢さんばいだったけど、もっと何かおいしいものないかしらって考えていたら、あった!それが蠅だったの。こんなおいしい物が存在してたなんて!」(K)








| 猫.cats,gatti 100の足あと | 14:07 │Comments2 | Trackbacks0編集

イタリア猫ショートショート<あと6話>

っv


寒波の超満員列車


あんなこと、長いイタリア滞在ではじめてだったなあ。

一週間も続く大暴れの寒波で、ミラノは日中でも零下3,4度。
これから行くピエモンテ州は零下11度とか。

そんな時の移動はやっぱり大変だと実感した昨日の超満員列車。

まず、ミラノ中央駅構内は大混雑。
シチリア、ローマなど、南から来る汽車もドイツ、フランス、スイスから下って来る汽車も大幅に遅れたりキャンセルでダイアルはめっちゃくちゃになってたからだ。

20分遅れの15時15分のに乗ることに決め、さて、汽車も入ってきた頃だろうとホームに入った途端、
「この汽車はキャンセルです!」

仕方ない。次のに乗るか。
呪わしき誕生パーティ(年末パーティもかけての)!
長い付き合いだからやっぱり行かないと。

白い息はいて駅内をぶらぶらする。
万博を控えて化粧直し進行中のファシスと時代のでっかい駅。
それはそれで見応えはある。

とにかく寒かった~~ぁ。大天井のばか高いファシストの駅も考えものだね。

次の16時15分に乗ろうと思って早々とホームに行ったら、
何たること!すでに超満員なのだ。
キャンセル列車のおかげで、客は2倍にふくれあがっているんだから。

2階建ての汽車だったけど、たったの4両編成(いつもは10両編成なのに)

この大雪と寒波だから、危険防止のため減らしたんだね、きっと。

とにかく入れたんだけど、あとからあとから乗ってくるので、押されて押されて・・・

あっ、鞄がない。

やられたっ~~っと思ったら、実はベルトが肩から外れて足もとまで下がっていたってわけ。
自分で踏んづけて気がついたってこと。
なんだかふわふわする物、これ何だよ?
あっ、オレのバッグだぁ~~~。
(中には買ったばかりの小型PCまで入っていた)

大きなスーツケースの人たちもいっぱいいて、足素は1センチ?も動けないほどだ。

体がバランスを失っても、身動き出来ず宙に浮いてるって感じ。

トイレに行っといてよかったな~~ァ。

あれ!猫のバスケットを頭に乗っけた人もいる。

最初は床に置いてたらしいけど、猫のための場所なんてない。

雲つくばかりの大柄の強そうな男性、気をきかせて、頭の上に乗っけてしまった。
うちのカロータに似ている大猫は声もたてずにじーっとしたまま。

猫は閉じ込められた収容所の人間たちに、つかの間の喜びをあたえた。

「名前は?」
「ポッロ」
「可愛い!」
「こんなところに押し込められるなんて可哀想。いい子にしてるんだよ』

やっと出発。
ぴーーーっと笛が鳴ってドアが閉まるんだけど、うまくいかないらしく、またスーっと開いて、その繰り返しで、20分以上、開いたり閉まったり。
新型列車に故障?それとも乗りそこなった人が、乗せろって後押ししているから?
閉じ込められた者には何がなんだかさっぱりわからん。
すし詰めになっている人たちは、野次を飛ばしたり、冗談言い合って笑ったり、お祭りみたいだ。
見知らぬ者同士でドッと笑いの渦。不快指数を発散してるんだね、これ。

人間って喋るときは、必ず唾を飛ばしているってことも分かった。ちびの自分、イタ公の唾液の雨の中にじっと動けなかった。頭や顔に始終ピッ、ピッ。

諸君、おしゃべりはかまいませんが、唾をやたらと飛ばさないでくださ~い!

今夜はよ~~くシャンプーしないと。無事に着いたらの話だけど。

やっ!動き出したぞ、ついに。

目的のヴェルチェッリ駅は3つ目の駅(特急で65分)だけど、ずっと立つことになるのは間違いない。
ぎゅう詰めの人たちは安心感と虚無感からか、一瞬静かになる。


「パパーァ、おしっこ!」
子供が叫んだ。

「お前、駅でしてきたじゃあないか。20分の辛抱だ。」
猫を頭に乗っけた大きなおじさんが太い声で返す。

ちがうよ。ポッロだよ。ピッピーやってんだよ」

ほんとだ!大きなおじさんは壁にもたれるようにしてたから、気がつかなかったけど。

おじさんの肩は既に濡れている。

大きなおじさんは叫んだ。
「道を開けてくださーい。ネコがピピーしてますので!」
すっごい!地の底から湧いてくるような声。

トイレまで2メートルはある。無理無理そんなこと。
紛れ込んだネズミだって動けない状態なんだから。

ところが・・・不思議。

人間の意思と肉体の弾力性には驚いた。
大きなおじさんとネコのための道は開かれたのだ。

すみませーん!を繰り返しながら、大きなおじさんは強引にトイレに近づいていく。
ネコ君のピピーはポタポタとひっきりなしに落ちて行くんだから、
協力しないと!と周りの人も必死。

「道をあけてやって!」毛皮のおばさんのキーキー声。

苦虫ツラの青筋のおじいちゃん。
ほっとしたように、

「ワシも、もう寸前ってところなんじゃよ」(K)




| 猫.cats,gatti 100の足あと | 14:44 │Comments0 | Trackbacks0編集

イタリア猫ショートショート<あと7話>

otentosama



おてんとう様

「また、日本人の神秘的建築学論が始まるのね」
エヴァという女はため息まじりに言う。

「どこから朝日が昇ろうととわたしの知ったことかしら。わたしは家の中に住んでいるのよ」

ところが日本人である僕は、家っていうものは絶対に南向きでなくてはならないという、硬い約束の上に建っていると思い込んでいたのだ。

さんさんと降りこむ太陽は我々を幸せにしてくれる。エネルギーの節約にもなる。

日向ぼっこしながら本を読み音楽をきく。そしてうつらうつら・・・

ところがそんな感覚はイタリアの伝統的建物にはないのだ。

家はレンガや石造りで、広場を中心に放射状に街並みが作られていたりで、「南向き」云々は、建築家だって考えたこともないかもしれぬ。
真冬だってシャツだけで過ごせるほど、家中が暖房がんがん。(もっとも現代のアパートには南向きは考慮されているとか。友人の建築家は必要だと言う)

だが、まともに日差しが入って来ないほうが、貴重な家具が色あせたりしないから助かるという人さえいる。


エヴァの家に初めて夕食に招待された。

30平米もありそうなサロン。4メートルはありそうな高い天井。デコー風のレリーフ。
ため息が出た。

2つ並んでいるガラスドアはバルコニーに出られるようになっている。
「すごいサロンだね。この部屋、南向き?」

彼女は困ったような顔をした。

「さあ、どうだったかしら。そんなこと考えたこともないわ」

しつこく知りたがるボクに、うんざりしたように、
「そんなに重要なことかしら?どっちに向いているかってことが」

「朝日が昇ってくるのが見えるなら東向き。沈むのが見えるのなら西向き。南見むきなら一日中部屋には陽がふりそそぐ」
「いやよ、なんなの。暑くてしょうがないわ」
お日様にあたりたいときは、公園をお散歩すればいいじゃあない、とも言う。

それ以来、そんな話になると、
「また、日本人の神秘的建築学論が始るのね」

      *

エヴァは一匹のネコを飼うことになった。

白と灰色と紫色の瞳の猫。8歳だそうだ。
今までどんなに幸せに育って来たことかが一目で感じさせる美しいネコ。

名前はジリ。

「あなたがもらってくれて嬉しいわ。私たちも安心してアメリカに帰ることができて」
親友は感謝の言葉を繰り返して、エヴァを抱きしめた。

「とってもいい子なの。午前中はいつもバルコニーにうずくまって、小鳥やお花を眺めたりして、おねんねするの。手間がかからない子なのよ」

そして親友はアメリカに発って行った。


「ジリはいい子にしてる?」
落ち着いた頃、親友はアメリカから電話があった。

「それがね、朝が変なの。家の中を歩き回って、しまいにはみゃーみゃー泣いて・・・」

「バルコニーに出してやってちょうだいな。ジリは毎朝、バルコニーに出て、朝の太陽をたっぷり浴びるのが大好きなの。そして近寄ってくる小鳥たちとお話したりするの。」

朝の太陽を浴びるのがだいすき?バルコニーで?

そういえばこのサロンには朝日は入ってこないわねえ。
近所に住む兄さんの話によると、東側はお隣の家とを区切る厚い壁なのであった。

エヴァは初めて、家には東西南北があることを実感した。

他の部屋にはバルコニーがない。


今までの習慣をガン!として変えようとしないネコのジリ。

毎朝不機嫌きわまりないジリ。

大切なアールヌボーの陶器を蹴飛ばして粉々にしてしまうジリ。


いやよーこんなところ。早くバルコニー作って。(K)




| 猫.cats,gatti 100の足あと | 23:35 │Comments5 | Trackbacks0編集

イタリア猫ショートショート<あと8話>


tapp

コーヒーでもいかが?


昼寝のあと、寝室のガラスドアを開けたら・・・

バルコニーのバジリコもパセリもクチナシも、どれもこれも霜を冠ったようにまっ白けなのだ。

よーく見ると、何とそれは猫の毛、なのであった。


上のほうから、ミャーオー。

上のバルコニーの鉄格子の隙間から一匹の猫が首を突き出してこっちを見下ろしている。

やっ!犯人はおまえか?

逆光ではっきりとは分からないが、ペルシャ系の毛フカフカの大猫。

多分、淡いピンク系。

すごく値の張る猫って感じだ。

そこへもう一匹、もっと小さなペルシャ猫が割り込んできて、ぺちゃんこの顔をのぞかせる。

2匹は物珍しげにボクを見ているのだった。



最近移転してきたばかりの家族の猫なんだな、きっと。

男がバルコニーに現れたので、ボクは反射的に身を引っ込めた。

またまた猫の毛を冠らされたら大変だ。

男は白っぽい布をぱっぱっと叩いて家の中に入ってしまった。

真下からなので、顔は見えない。

降ってきたのはパン屑だった。

やれやれこれから先どうなるんだろね。



そんなことがその週だけで2回もあった。

バジリコ、パセリその他、人間の口に入る物はすべて急遽台所の窓辺に非難。



猫毛パッパの住人は男女の2人で、女の方がかなり年上年行ってるということ。

管理人のおかみさんが教えてくれた。

一度、殴り込み(実はただの抗議だけど)にボクが上がっていったとき、髭づらの若い男がドアを4分の1だけ開けて、ぼそぼそっと「わかった。彼女に伝えるから安心したまえ」だけ言ってドアを閉めてしまった。

そして翌々日また、猫の毛とパン屑、爪楊枝までも、我がバルコニーを覆った。


また抗議にいったら、例の無精髭の若い男が顔を出し、分かってる!と言わんばかりにうなずいて、何も言わずにドアを閉めてしまった。眼がクリクリッとして丸顔で、ずんぐり型。

こいつ失業中?生活能力のない若いツバメ?猫との関係は?


一階にアトリエを持っている画家のPと真向かいのバールのでだべっていたときだ。

彼はあごをしゃくり僕の肘をつっついた。

「おい、おまえの猫毛女だ。名前はバルバラ」

この無名画家、アパート住人のことなら何でもかんでも知っている。移って来てたったの4年しか経っていないなんて、とても思えない情報魔だ。


女は反対側に、進行方向とは逆に止めてある車に乗り込もうとしていた。

ボルドーカラーのランチャ。
ふーん、オレのよりマシなの乗っている。
女はドアを開けて、乗り込む前になぜかこっちを見た。

ボクを見ているようにもみえた。やせたいかにも気のきつそうな女だ。
すらっとしていてセンスはまあまあってとこ。


彼女はさっと車に乗り込むとドアを乱暴にしめた。
エンジンをかけると、いきなり逆に走り出したので、向かってくるタクシーとぶつかりそうになったが、強引に斜めに反対側に行こうとする。

車から窓があいて、運ちゃんが大声でののしった。
Puttana Eva!!

だが、いっこうに無頓着、女の車は遠ざかって行った。

ボクは何とも憂鬱な気分にならざるをえなかった。 



門番のおかみさんが言った。

「あなたがとっても迷惑してるって、バルバラさんに言っときましたよ」
「ご親切にありがとう。彼女なんて言ってました?」

「あたしだって、うるさいオペラで、寝付きが悪いのよ。お互い様でしょ、だって」

何だって?

一度、CD止め忘れて、夜中の3時まで派手にやっていたことあったけど。
たった一度だけの過ちだった、一度だけの。

「5枚もペルシャ絨毯もってるらしいの。猫の毛が充満すると、棒で、ボンボン叩いて、ネ。分かるでしょ?」

「掃除機くらい持ってるんでしょう?ポンポンやらなくたって、シュッシュって」


<バルバラ夫人へ。
猫の毛でとっても迷惑をしています。
もう夏も近づいているのに窓も開けらないのです。
あなたがやめてくれないのなら、警察に訴えます。
それでいいのですか? K>

ボクは手紙をしたためて、彼女の郵便受けに入れた。
いよいよ戦いは始まったぞぉって感じだ。
これからは敵と敵、エレベーターで一緒になっても、じろりと一瞥しただけで、知らん顔。

考えるだけでうんざりしてしまうよ。



二日後、バルバラからの返答を郵便箱に見つけたときは、ちょっと緊張した。

<Caro Kenji
(親愛なるケンジだって?これまた随分馴れ馴れしいではないか)

ごめんなさいね。
あんたがとっても気分を悪くしているってこと、よくわかっているの。

いつもお詫びに伺おうと思っていながら、新しい仕事にかまけて、そのままになってしまって・・・

お願いよ、もう少しだけ辛抱していただけないかしら。

猫も絨毯も弟のものなの。

私はいつも掃除機で毛を取りなさいって言ってるんだけど、無精でだめなのよ。

だけど、もうしばらくして彼はフィレンツェに移るので、それまで我慢してね。


あなたはグラフィックデザイナーなんですってね。
お仕事頑張ってね。

バルバラ>


人のいいボクは、ついぐらぐらっと来てしまいそう。 

門番のかみさんが言ってたっけ。
「そんなに悪い人でもなさそうよ。バルバラって人」


お近かづきに我が家にコーヒーでも呼ぼうかな。

決めた!

「バルバラさん。コーヒーを一緒にいかがです、我が家のバルコニーで?」(K)





















| 猫.cats,gatti 100の足あと | 06:17 │Comments3 | Trackbacks0編集

イタリア猫ショートショート<あと9話>

roba a

ピピー(おしっこ)

「ちょっと、お若い衆」

階段を飛ぶように降りていくボクは声をかけられた。

見ると我が家の斜め下に住んでいるR嬢だ。

彼女とはよく階段で出あう。
グリーンのガウンのままで、同じ階の老人と立ち話をしていたり、ドアを開けてぼんやりとたっていることもある。もうとっくに80半ばを超えているにちがいない。

「こんにちわ。おくさん」
ボクは笑顔を返した。

「ほら見てちょうだいな」
彼女は今ボクが下りてきた石の階段を骨張った指でさした。

「この水を見て。一階まで続いているらしいの」

なるほど、ボクも気がついていた。
運んでいるバケツの水が途中でこぼれこぼれしてずっとつづいいるって感じなのだ。
水ならトイレや流しで捨てることが出来るのに。下から水を運ぶってことも腑に落ちない。

「あたし思うんだけど、これ、お宅の猫ちゃんのピピーじゃないのかしらって。だからよく注意してちょうだいって言いたかっただけなの。」
老婆はうつろな表情で、やや説得するような口調で言った。

え?なんだって!ジョウダンでしょ。

「おくさん、6階にロバを飼ってる人がいるんですよ。ボクもよく注意するよう言っておきましょう」(K)

| 猫.cats,gatti 100の足あと | 00:12 │Comments3 | Trackbacks0編集

イタリア猫ショートショート<あと10話>


カラス・ヴェードヴォ(2)


gatto caiiaas


なんだ、彼女の飼い猫だったのか。
それにしても行儀が悪いぞ。挨拶でもしたらどうなんだよ。
カラスをたっぷり聞かせてやってるんだから。

女が僕に気がついて微笑んだので声をかけた。

「奥さん、ご機嫌いかがですか?」
「あなた誰だったかしら?」
「あなたのお昼寝を妨害して警察に呼ばれそうになった・・・覚えていますか?」

彼女はやっと思い出したらしく、笑ってうなずいた。

(お宅のネコちゃん、カラスの大ファンなんですよ。皮肉なもんですね。カラスはネコちゃんにとって天使の声、または懐かしい母親の声でもありましょう。それに引き換え飼い主にとっては悪魔の声らしいけどネ)

彼女は[CHI](ゴシップ誌。1ユーロ)を閉じて立ち上がった。

「僕はフリーのグラフィックデザイナーです。名前はニンジン、ご覧のとおりちょっと赤毛なのでね」

彼女の名はマルタ。
(マルタとかバルバラとかジェッシカとか、なんとも男が大好きって感じの名前だ)
猫の名前はバガボなんだそうな。
バガボンド(放浪者)からきているんだろう。
マリア・カラスを求めてあっちうろうろ、こっちうろうろ?

「バガボったらとっても頭がいいの。天才的なところがあるのよ」
それは大いに認めます。
彼女は自慢げに言い、いとおしそうにネコを抱き上げた。


「グラフィック?どんなお仕事なの?」
「よかったら見にいらしてください。今日の午後などいかがです?インド直輸入の紅茶などいかが?」
「また、あのキーキー声聴かされるんじゃあないの?」
「いいえ、わがマリア・カラス女史は演奏旅行のため不在ですから」

午後4時ごろマルタがチーズケーキを持って訪れた。
「うちのバガボったらチーズケーキに目がないの。チーズケーキを作り始めたらもう私にまとわりつくので、キッチンから締め出しちゃうこともあるのよ」

「これ、全部カラスなの?」
マルタは天井以外のスペースに張り巡らされたカラスの写真に目を見張った」
「目も口も鼻も大きくて、こんな女どこがいいの?私をいじめた姑になんだか似てるわ」

彼女は最近離婚したばかりだと言う。
姑と喧嘩のときは、夫は必ず母親に付いた、のが理由とか。

僕はCDをかける。薄気味悪い前奏が始まる。そして低いカラスの声。

「これはね、オペラ{マクベス}のマクベス夫人のアリアです。残虐に満ちた彼女の呪わしい狂乱のアリアです」
「いやだわ、こんなの。カラスの声って嫌い!」
「我慢して数分きいてくださいな。そのうち面白いことが起きますから」

そして数分後・・・

「マルタさん、バルコニーを見てください、ほら・・・」

マルタは小さな叫びを上げた。
バルコニーにバガボが行儀よく座って、女主人を見ていたからである。
だが、バガボは主人のほうには行かなかった。
スピーカーの前まで直行すると、じっとカラスの声に聞き入るのであった。

「バガボったら、マルタよ。こっちにいらっしゃい。チーズケーキを一緒に食べようね」

バガボは振り返りもしなかった。アリアに魂を奪われているようだった。
「バガボはカラスが聞こえてくると、必ず上がってくるのです。カラスに魂を奪われた、たぐいまれな素晴らしいネコです」

いらいらしたようにマルタは言った。
「あなた、チーズケーキ、冷蔵庫から出して切ってちょうだい。そしたらカラスも減った暮れもないわよ」

僕はチーズケーキを切った。室内が甘い香りに包まれた。

だが、バガボは鼻をくんくんと動かしただけでケーキに近づく気配はなかった。

マルタは立ち上がって、乱暴にステレオのスイッチを切った。
そのときバガボがすくっと上半身を持ち上げ、じっと女主人を見た。
続けて聴かせてほしいと、その目は語っていた。

「ネコが音楽が分かるなんて大笑いよ。ゴキブリを退治したり、中庭のモグラを捕まえたり、そんな能力しかないのがネコよ!」
嫉妬に満ちた強い声だった。

バガボの青い目が瞬間もっと青くなったようだった。

そして牙をむき出し鋭い爪をたてて、主人に飛びかかって行った。(K)

| 猫.cats,gatti 100の足あと | 14:37 │Comments3 | Trackbacks0編集

イタリア猫ショートショート<あと11話


voce del pad

カラス・ヴェードヴォ(1)

もう夏もほど近い、いくらか汗ばむ感じの午後。
いっぱいに開けたバルコニーからは、通りの騒音など全く感じない。
今日は日曜日、どこの店もしまって、街中がお昼ねって感じだ。
そして僕も・・・

つんざくブザーに夢を破られた僕はソファーから転げ落ちそうになる。
ドアを開けると・・・
頭はくしゃくしゃで充血した目の女が、いきなり噛み付いてきた。

「いい加減に止めて!何よあれ!キーキー、キーキー、おかげであたし一睡もできないのよ」
こっちだって、あんたのヒステリーで目、覚めちゃったんだ。

僕は小ヴォリュームのステレオを止めた。
「奥さんはマリア・カラスがお嫌いなんですね。申し訳ありませんでした」

「3時間も続けられて、こっちは神経障害をおこしちゃうわ。睡眠妨害で警察を呼ぶわよ!」
すっごい剣幕だ。
カラスの「狂乱の場」を聴かされて狂乱した女って感じだ。
3時間はちょっとオーバーだが、ともかくカラスがヒステリックに歌い続けていたのは認めぬわけにはいかない。
CDは終わったらまたくりかえし、また繰り返していた。気がふれたように。

女は言うだけ言うとサンダルの音も乱暴に階段を下りて行った。

もし、カラス・ヴェードヴォ(死んだカラスの熱烈の崇拝者のこと)であるならば、ベルリーニの「夢遊病の女」のアリアにかんしゃく起こす者なんていないだろう。たとえ、草木も眠る丑三つ時だって。



でも、カラスが嫌いな者、カラスの声をこの上なく汚らしい声と思っている者、第一オペラなんてまったく関心のない人間だって世界中にはたくさんいる。
そんな人間には、遠く微かではあってもカラスの声は神経障害を起こさせるものらしい。
あの女もそのひとりなのだ。やれやれ、アートに見放された哀れな者達よ。

「誰だったっけ、あの女?」
僕はバルコニーから外を眺めながら寝ぼけ頭で思いめぐらす。

たしか・・・数日前に真下に引っ越してきた彼女?
昨日、タクシーに乗るところをちらりと見たけど、どえらく綺麗な女だった。
すらっとしていて、ふっくらした額のプロフィーロが完璧で、ワインカラーのスーツが並木の緑と調和していた。
それに引き換えさっきのあれは・・・女って魂の状態でガラリ形相が変わるものらしい。

翌日、僕はこりもせずカラスを聴きながら仕事に熱中していた。
グラフィック・デザイナーの僕は「カラス・ヴェードヴォ会」の幹事でもあり、来年のカレンダーの製作にもあたっている。6月末に入稿なので、昼寝なんかしている暇なんかないのだ。
9月には印刷完了、もう、予約は始まっている。
無報酬の仕事だがカラス・ヴェードヴォにとって、楽しい仕事にはちがいない。
部屋の中は、壁にも床にもカラスの写真で充満している。
スナップ、ステージ写真、スタジオ写真その他もろもろ。100キロ近くあったデブさんのときの写真も悪くはないが、カレンダーには使えない。ヴェドヴォ達は醜いアヒルの子を待っているのではないのだから。

ブザーが鳴る。
ドアを開けると速達便を手にした見慣れた若い配達夫が立っている。
彼は足元を指して言った。
「このネコ、家に入りたいみたいですよ」
ネコ? オレ、ネコなんか飼っていないけど・・・足元を見る間もなく、ネコはするりと我が家に侵入してきた。家を間違ったんじゃないのかい、このにゃんこ!
配達夫いわく、階段を上がってきたら、ちょこんとドアの前にお座りしていたというのだ。
ネコはカラスの顔の上をお構いなく歩いて行く。
おいおい、気つけろよ。コレクターから拝借した貴重な写真だってあるんだよ。

ありふれた灰色のネコのようだが、えらく耳が大きくピンっと立っている。
鼻がちょっと尖がってるからそう感じるのかもしれない。
でも大きな青い目してあどけない。

ネコはスピーカーの近くに来ると行儀よくおすわりした。
そして、じっとスピーカーを見つめている。
いや、聴き入っているって感じだ。
亡き主人の声を聴き入っている、コロンビアレコードのマークの犬のように?
しばらくすると、横になって体をうずめた。目を細めてまるで眠っているようだが耳は盛んにぴくぴく動している。

僕は出かけなければならない。
ステレオを消すと、猫はむっくりと起き上がり怪訝な顔でこっちを見る。やがて諦めたように身を起こして一緒にドアを出る。そして、さっと姿をくらましてしまった。

翌日からはバルコニーから入ってきた。もくれんの木を登ってそれからツタに飛び移り、そして我が家のバルコニーへ。
帰るときはドアから。当然だ。ネコは登るのは得意でも、降りるのは苦手なんだもの。
ドアのノブに飛び掛ったりするので、ドアのメカニズムは承知のようだ。


カラスが歌っているときに限って訪れる。
入ってくるとおとなしくカラスに耳を傾ける。別の歌手にすると、退屈そうに出て行ってしまう。
「こいつ、カラス・ファンなんだな」
僕は愉快な気分になった。ネコだってカラス・ヴェードヴォがいたっておかしくはなかろう。
カラスの不得意な高音で、バランスが崩れると、ネコは耳をビビビーっと小さくふるわせるのだ。カラスの欠点まで聴き取る天才ネコなのである。


***


あの美人がバルコニーの籐椅子に座って雑誌を見ている。
例の天才ネコらしいのがその近くの小テーブルの上にうずくまっている。
なんだおまえここに住んでたのか。
ネコは僕を見たが興味なさそうに目を閉じた。
(つづく)


| 猫.cats,gatti 100の足あと | 17:27 │Comments1 | Trackbacks0編集

イタリア猫ショートショート<あと12話>


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きれい好きなアンナ夫人

上に住むアンナ夫人は美人で、しかも親切。スマートな旦那もしかり。

気前がよくて、いろいろなものをプレゼントしてくれる。
たとえば・・・旦那が釣って来たばかりの魚のおすそわけ、実家から届いたヴェネトのチーズのおすそわけ、電気屋や壁塗り屋を紹介してくれたり・・・などなど、いちいち例をあげるときりがない。


最近の目立ったプレゼントはこれだ。
4年しか使っていないという真っ白なカーテンであった。
洗濯がきいていて真新しい。

僕が古くなったカーテンを始末して、新しいのを買おうと思い思い、ぐずぐずしているときのことだ。
モダンなヴェネツィア・スタイル(すだれ形式・プラスチック)のにしようかなあなどと思っていたところ、このプレゼント。

ちょっとクラシックだが、もうこれでもいいや、と決める。
タダほど・・・なんて下品なことは言うまい。アンナ夫人に失礼ではないか。

でも、どうしてくださったんだろうかね。

彼女いわく、150年以上も経っている古い箪笥から、昔のレースのカーテンが出てきたので、それを使うことにしたんだそうな。見せてもらったけど、すごいしろものだ。

なるほどねえ、イタリアって歴史がある国だから、こういうものも、ある日、箪笥からひょっこり出てくるんだよねえ、と感心してしまった。


早速アンナ夫人は我が家の天井に合わせて、プレゼント・カーテンの裾を2センチつめてくれる。

我が家は生き返ったよう。

すてきだーと僕は大声で叫んで彼女を喜ばせる。



彼女の欠点と言えば・・・

スーパー綺麗好きってこと。
床はいつもピカピカ、角(カド)だって、どんな近くで目こらしても埃なんかつまっていないんだ。
爪楊枝かなんかでほじくりだすんだろうかね。
(我が家にもやり手の掃除婦が週に2回来るんだけど、さすが彼女が爪楊枝で角のホコリをほじくりだしている姿を目撃したことはない)

こんな綺麗好きな人だから、僕としてはコーヒーだってご招待できない。

どんなに綺麗にコップを洗っても、信じてもらえないのはわかっているから。
(最新の皿洗い器で90度で洗うんだけどね)


「シニョーラ・アンナ、パスタを召し上がりにいらっしゃいませんか?」
一度は言ってみたい、そしてその反応も見てみたい。

「お宅の床、ぴかぴかですねえ」
ボクはため息交じりに言う。

「毎日、丹念に磨くからよ」

そして、こう、おっしゃったのだ。
「綺麗な床なら、こぼしたスープだってすくって食べられる・・・って格言だってあるのよ」

まさかあ、そんなぁ!

・・・うちのネコはそうしていますけど。

「これは例えなの」とアンナ夫人。
恐れ入りました。


こんど、我が家も最高に綺麗綺麗して、アンナ夫人を招待したいという願望はあるんだ。

もちろん、テーブルなし、皿なし、フォーク、スプーンなしで。
まずうちのネコが見本をしめしてくれます。

「アンナさん、冷めないうちにどうぞ召し上がって」(k)

| 猫.cats,gatti 100の足あと | 01:54 │Comments2 | Trackbacks0編集

イタリア猫ショートショート<あと13話>

topo



地下鉄のモツの死

R地下鉄駅に住み着く大ネズミ、モツが何歳なのか仲間は誰も知らない。

大きさは50センチはあろうか。

尻尾は縄張り争いのときに噛み切られ、そのため半分しかない。

耳も不自由だし、もう動きは鈍い。


野ネズミやドブネズミと一緒に、薄暗い悪臭漂うところで、自分は一生を終えようとしているのだと、
モツはぼんやり考えることがある。

素晴らしい、幸せなことなんて生まれて一度もなかった。

これからだってそんなことは起こらないだろう・・・



枕木の陰に隠れて、がらんとした昼下がりのホームを眺めていたときだ。

着飾った若い女がホームに立った。

その女は銀色の毛の猫を抱いていた。


ごくたまにホームで飼い主が連れる犬や猫を見たことはあった。

だが、こんなに美しい猫をモツはかって見たことはなかった。

見開かれた葵い大きな瞳は、驚きも恐怖もなく、周りを見回していた・・・



モツは恋してしまったのだった。

生まれて初めての恋・・・・

からだをレールの上まで乗り出したモツを、猫も気がついたようだった。

猫は不思議そうにモツをみている。


モツは瞬間、暗い汚い絶望的な過去をすべて忘れた。

自分の醜ささえ。

オレは天国にも昇る気持ちだよ、とつぶやいたとき、列車が突進して来た。(K)

| 猫.cats,gatti 100の足あと | 05:53 │Comments7 | Trackbacks0編集

イタリア猫ショートショート<後14話>


california


ロッコ氏トマトの愛情物語

皆さんにロッコ・パパラチーノ氏をご紹介しよう。

ロッコ氏は農園学者。
農園をあちこちまわって、野菜や果物の育ち方を検査し、豊作に導く仕事に就いている。

彼は農園を歩き回って、野菜や果物や、さては花々に話しかける。
「諸君おはよう!」

「あれ、ちょっと顔色がわるいけど、風邪をひいたのかい?」
と、メロンに話しかけたりする。

ロッコ氏曰く、たまには彼らからの言葉も聞こえてくるのだそうな。

まだ、独身。もう30半ばだから、結婚相手がいたって不思議ではない年齢なのだが・・・



そんな彼にちょっとした、生活のリズムが変わってしまいそうな出来事がおこったのである。

トマト畑を歩いていたときのことだ。
真っ赤に熟れた鈴なりのトマトの枝の下に、何やらもぞもぞ動いている。

そーっと覗いてみると、なんと赤い子猫を見つけたのだった。

「お前の頭がもっと赤かったら、きっとトマトと勘違いしただろうよ」

ロッコ氏は家につれて帰って来てミルクを与えた。
体を拭いてやり、フォーンで暖めて居間の隅っこに籠をおいて寝かせてやった。


翌日、早起きのロッコ氏が6時半に目覚ましを聞く前に、彼は眼をさましたのだ。

「ハ、ハ、ハ、ハアクション!!」

なんと子猫が、ヒゲでロッコ氏の鼻の穴のあたりをモゾモゾ。

ビビビビー、そのとき、ぴったり目覚まし時計がなった。


ロッコ氏はポケットの中に子ネコを入れて仕事に出かけた。

彼が出て行こうとすると、トマトはミャオミャオ悲しげな声で訴えるので(彼にはそう聞こえた)、
留守番をさせるわけにはいかなかったのだ。


毎朝、出かける時間に、既にポケットの中で待っているトマト。

夜寝るときはロッコ氏の枕の上で眠る。
それも耳たぶすれすれのところに。
耳がかゆいなと思ってロッコ氏が小指で中をくるくるっとやると、トマトも前足で軽くくるくるする。

食事だって、自分独りで食べたりはしない。しっぽをきれいに巻いて、
ロッコ氏が食べるときに自分も食べ始める。
もちろんテーブルの上で。

ロッコ氏の食べるものは1から100まで何でも食べる。
チョコレートだって、豆のスープだって、リンゴだって、コーヒーだって、何でもかんでも。


「可愛いトマト・・・お前が来てくれて僕の生活は変わった。」
紺碧の空を仰ぎ、ロッコ氏は感謝の言葉をつぶやく。
そしてポケットの中でゴロゴロ喉をならしている子猫を愛撫しながらイチゴ畑を歩く。


トマトとは一生離れられまい。
結婚まで約束していたセレーナ嬢とも手を切った。
いや、セレーナ嬢のほうが去っていったのだった。



ところが・・・
この一心同体の愛すべきロッコ氏とネコに不幸な出来事が起こったのだ。

ロッコ氏は一ヶ月間、アメリカの農園の視察巡りをすることになったのである。
以前送った論文が賞をとったためだった。

ロッコ氏は悩みに悩んだ末、
結局は引き受けることにした。

アメリカの大自然と、桁違いに大きい農園を見ることは彼の憧れだったからだ。
将来はヴェネトの山中に農園を持つ夢もあったから、いろいろ経験もしたかった。

「トマトの面倒は私が見るから安心して行ってきなさい」
近くに住む弟思いの姉さんが激励してくれた。

そして、うし後ろ髪身ひかれる思いで飛び発ったのであった。


「ああ、トマトどうしてるだろう。ジャガイモ見てもイチゴ見てもトマトの頭を思い出すし、トカゲの眼見たって牛の眼見たって、トマトの眼を思い出すんだ」
カリフォルニアのでっかいカルチョーフィの畑の中で、ロッコ氏はため息をついた。

昼ご飯を差し入れしてくれたおばさんが言った。

「分かるわァ、いい方法ないかしら?ねえ、ミスター・ロッコの汗まみれのTシャツでも送ってあげたら?グッドアイデアだと思わない?飼い主の匂いで、トマトはあなたのことをずっと思い焦がれて帰国を待っているわよ」

ロッコ氏がおばさんの頬に感謝のキスの雨を降らせたことは言うまでもない。

「オレはなんて馬鹿なんだ。こんなことも気がつかずに。トマト、ごめんね」

農園巡りで汗びっしゃりのTシャツを油紙に包装を終えると、真夜中の国道を飛ばして、24時間営業の国際急行便SDWへ。

<マチルダ。汗の匂いのTシャツ送ったから、トマトにあたえてくれ。そそてどんな反応をしたか、すぐにメールをくれよね>


待ちに待った姉さんのマチルダからは、翌々日の早朝メールが届いた。

<大成功よ。トマトったら、ちょっとクンクンやってすぐあんたってわかったのね。それからがもう大変。気がふれたみたいに、体をこすりつけたり、首をつっこんでもぐりこんだり。朝、あたしが訪れたらシャツから首を出して寝てるの。おだやかな表情でね。
だから、たまには別のTシャツを送ってきてね。あんたって子供のときから、7人姉弟の中では一番体臭が強かったけど、それが功を奏するなんて>

メールに眼を通しながら、ロッコ氏が感動のあまり何度も眼がしらを押さえた。
毎日汗の匂いのTシャツを送ることに決め、スーパーに走って3ダースのTシャツを購入したのであった。


<あんた。毎日Tシャツが届くけど、ちょっとやり過ぎじゃあない?
トマトったら、毎日門のそばにいて、配達人を待っているの。一度、配達人がずいぶん遅れてきたんだけど、トマトは悲しそうに泣いて待ってたわ。だって毎日届くって思い込んでいるのよ。それはほめたことではないわ>

姉の忠告にも従わず、ロッコ氏は汗臭いTシャツを送りつづけたのだったが・・・



<大変よ。昨日送って来たTシャツに、トマトが変だったの。発狂したようになってね。牙をむき出して、びりびりにさいてしまってね、出て行ったまま朝まで帰って来なかったわ>

ロッコ氏ははっとした。思いあたることがあった。

2日前のあの夜は、メロン菜園の社長の娘に強引にけしかけられて、一夜を共にしたのだった。翌日彼女と手を取り合ってメロン畑を歩いていたら、また・・・その夜、下着を包装してSDWに駆け込んだのだったが・・・
彼女の匂いまで計算に入れてなかった。

トマト、強敵の匂いまでいただいてしまったのだ。


<トマトが落ち着くまで、数日下着送るのやめなさい。何か別の簡単な方法考えて>

「紙にワキガをよくしみ込ませて、手紙のように送る方法もあるのよ。これぞ、本当のラブレターね」
またまた、カルチョーフィ畑のおばさんのアイデア。
早速実行した。

『トマトは僕のもだ。お前に早く会いたい』と一言書いて。

<いいアイデアだわ。トマトったら抱いてねていたわよ。書いた一言もわかったみたい>
と姉からのメールが届いた。

<あたしも開けるのが楽よ。鼻つまんで小包開けるのも大変なのよ>



それを最後にロッコ氏からの匂いの特急便はぴたりと後をたった。

また10日経ったが、特急便はもちろん、ロッコ氏からの音信も止まったのだ。
姉のマチルダは心配だった。何回もメールを打ったり、何らかの問い合わせを試みてはみたが、なしのつぶてだった・・・


ロッコ氏から再びメールが入ったのは、一ヶ月上もたってからだ。

<マチルダ、驚かないでくれ。車の大事故にあったんだ。コロラドの山道を走っていたときのこと、ハンドルを滑らせて、崖から真っ逆さまさ。
救急車に運ばれて入院したけど、体中めちゃめちゃになったみたいだ。でも奇跡的に救われた。
杖をついて歩かなければならないが、もう大丈夫。
トマトは元気かい?トマトのことを考えると死ねないと思った>

数日後・・・

<明日、ミラノ行きの飛行機に乗る。
こんな事故のあと、トマトに会うのは嬉しいけど、辛い。
夕方着くけどタクシーを使うから出迎えには及ばないよ。
荷物は今日送り出してしまったから、ショールだダーバッグ一つだ。
家の鍵は昔のように、イチジクの木のくぼみに入れておいてね。
トマトとは独りで会いたいから>


ロッコ氏が懐かしい自宅の前でタクシーを降りたときは、初夏とはいえ、夕闇が迫っていた。


ロッコ氏は、イチジクの木の小さなくぼみから鍵を見つけると、そっとドアの錠に差し込み、ドアをあけた。

奥の居間の薄明かりをバックに、小さな動物が近づいてくるのが見えた。
トマトに違いなかった。

トマトは狂ったようにロッコ氏に顔や尾を押しつけた。

「トマト、よく待っててくれたな」

ロッコ氏は杖を壁に持たせかけると、電灯をつけ、トマトを抱き上げた。

トマトはロッコ氏の顔を見た。

そして鋭い声をあげると、爪をたてロッコ氏に飛びかかった。

そして巧みに腕から飛び降りると、矢のような早さでドアの外へでていった。

ロッコ氏の顔は整形手術のため、全く別人となっていたのだ。


『後談』
後味の悪い結末になってしまったけど・・・
3日後にトマトは戻って来ましたからご安心のほどを。

やっぱり、匂いはロッコ氏のものだからね。
これ以上確かなことはないってこと。

二人は昔のように幸せ。

ロッコ氏はもう農園にでることは無理となったので、コラムを書いたり、出版の準備をしたり・・・
膝の上のトマトを愛撫しながら、好きなオペラのアリアを聴いている。

匂いに生き、愛に生き・・・・(K)

| 猫.cats,gatti 100の足あと | 00:48 │Comments4 | Trackbacks0編集

猫ショートショート<あと15話>
antonio



聖カロータのヒゲ

「聖アントニオの炎」は恐るべき『帯状疱疹』のイタリア名である。

異様にして、ぞっとするような、何となく滑稽で笑いたくなるような名前ではないか。

聖アントニオってどんな人?

期限200年頃のエジプト生まれの聖人なんだ。
砂漠の中で隠遁生活をしてた人らしいけど、彼の行くところはどこでもチョコマカ付いてくる子豚と住んでいたそう。
その頃は地上には『火』というものがなかったそう?で、人々は真冬に寒さに震えて住んでいたんだって。

聖アントニオは地獄に火を貰いにいく。
大敵の訪問に悪魔たちは拒むが、子豚がさっと割り込んで入って地獄街を大暴れ。
聖人はめでたく火を手に入れて、地上に戻る事ができたという話。

それが、『帯状疱疹』とどう関係があるの?

さあ・・・そこまでは・・・調べておこう。

聖アントニオ祭りの日には、馬に乗って火の中を潜ったりする競技もあるんだそうな。


(日本にだって、炎のファイター・聖アントニオ猪木がいる)


その『聖アントニオの炎』にボクがかかったときのことを話そう。

2年前の真夏、7月の半ばだったと思う。
それはもう、暑い暑い惚けてしまいそうな夏の始まりではあった。

何となく皮膚がむずがゆいのから始まり、あれよあれよと赤い染みみたいのが段々増えて行く。
ちくちく傷みも感じる。
いずれ治るだろうと油断したのが間違いだった。


よろい戸から強烈な太陽が射し込む遅い朝。
ボクサ一ひとつでだらしなく転がって、ぼんやりと眠気の余韻を味わっていたときだ。

猫のカロータが登場。
ゆっくりと寝室を横切ってこっちに向かってくる。
ひょいとベッドの上に飛び乗った。
飯の催促をしに。

ギャ~ァ!

真っ赤なヤケ鉄棒をじゅっと脇腹にあてれたような・・・

何とカロータのヒゲの先っちょが、ふ~っと脇腹にほんのちょい触っただけだったのだ。ちょっとだけ。


トイレに駆け込み大鏡に自分の肢体を移してみたら・・・

胸の真ん中から脇腹にかけて背中にいたるまで、サルでニア島、四国、佐渡島、インドネシアや名も知らぬ島々が転々と赤い不気味な染みとなって広がっていたのだった。たった一晩のうちにである。

「これは、xxxという病気です。早めに治療すれば直ぐ治るよ」

「先生、これ、聖アントニオの炎とやらでしょう?」
この不気味な病名は、今朝、すでに友人から聞いていた。

「ずばりそう。いい薬があるから直ぐ治るとも」
「早めって、一週間くらいで?」
一週間後に南スペインにヴァカンスが控えている。

「あっはっはっは!!!」
医者は豪快に笑った。
「この夏は海に入れないかも知れんぞ。一ヶ月はぜったい無理。太陽は危険だ!」

目の前が真っ暗になる。
航空運賃はすでに払い込んである。

じゃあ,この夏は閑散としたミラノで、猫とたった二人でひっそりとお留守番ってわけか。

それにしても恐怖の猫のヒゲではある。
寝室のドアには鍵をかけなくてはならない。
危険はいっぱいだ。

だが、ものは考えよう。
真夏でよかったよ、素っ裸でいられるもの。

局部は敏感なこと例えようもなし。
この病になった者にしかわからない。
薄っぺらのTシャツだって、紙ヤスリのTシャツと触感はおなじなのだ。

危険は、呪うべき聖カロータのヒゲだけである。


ともあれ、聖アントニオの炎と聖カロータのヒゲに恐れおののく本格的夏が始まろうとしていた。(K)





| 猫.cats,gatti 100の足あと | 23:35 │Comments6 | Trackbacks0編集

イタリア猫ショートショート<あと」15話>



vecchi


ヨハンという名のネコ

老人の名はセルジョ。88才。

「わしはもう生きてることに疲れたよ」
こう口癖の毎日なのだ。
かといって、無趣味な退屈爺さんってわけではない。

たまにはバッハのブランデンブルグ協奏曲に聴き入ったり、めったに行かなくなった蚤の市でアールヌボーのヌードのブロンズを買ってきてどこに飾ろうかと家中をうろうろしたりする。

「外出意欲が減ってしまったのが、老いを加速しているのです」
たまに来てくれる医者は言う。


手伝いの女、アラがもらってきた、生まれて数ヶ月の子猫を飼っている。

ありふれたキジ猫だが、尻尾の先の白い部分がやたらと長いのが特徴だ。
名前はヨハン。
バッハが好きだからヨハンにしたってことなのだろうが、苦心してつけた名前でもない。

「ヨハンって名前のネコが昔いたような気もするな」
ぐらいの程度なのである。

ご老人独りではさびしいでしょうから、猫だっていないよりマシですよ・・・とアラは言う。


*

「セルジョさん、今、公園の中を横切っていたら、ヨハンとそっくりの猫を見たんですよ。本当にそっくりだったの。ヨハンたら、尾の先っちょの白いところが変わってるでしょ。でもねぇ、その猫、お年寄りの女性に体を寄せるように寝ていたし、彼女に失礼かと思ってあまり近寄って見ることもできなかったわ」

女性、と聞いてセルジョ氏の白い長い眉毛が、ネコのひげのようにぴくっと動いた。
だが、ドンドロでうとうととしていた老人は、聞き流したまま本格的に寝入ってしまった。

ほぼ半日留守をしていた猫のヨハンは夕方戻ってきた。家政婦が用意して帰った餌に目もやらず、籠の中で丸くなって寝てしまった。

       *

20年前に他界した奥さんとの金婚式の記念にもらって植えた杏の木。
30センチくらいの苗木だったのに伸びに伸びて、庭の隅にこんもりと影を作っている。

杏の木の下の籐椅子で眠っていたはずのヨハンは、午後には姿を消した。今までだってそうだったのかもしれないが、注意して見てたたことなどあまりなかった。

ところが、今日はちょっと気になった。
昨日、家政婦のアラが言ったことを思い出したからだ。我が家の猫とそっくりなのが、女とベンチで休んでいたってことを。
セルジョ氏は杖をつきゆっくりと公園の方へ歩いて行く。
昔は女房と2人でよくここを散歩をしたものだった・・・
百年も経っていそうな唐草模様のベンチに腰掛けて、それぞれの本を読みながら、老夫妻は午後を過ごしたこともある・・・

そのベンチに老女が座って本を読んでいる。

淡いピンクのワンピースの品の悪くない女。

ふっと、亡き女房のことが目に浮かんだ。
一匹のキジ猫がぴったりと体を寄せるようにして眠っている。
わがヨハンにちがいない、または違うかもしれない・・・

老人は麻の夏帽子の先っちょをつまんで会釈し、空いているスペースにやっとこさ、と腰を下ろした。
「いいお天気ですなあ。」
「そうですわね」
老女も彼のほうを見て言ったが、読書に集中しているらしく、すぐに本に目を落として読み続けている。
愛想が悪い女だ。

自分ほど年をとってはいまいが、綺麗な顔立ちだ。

老人はしばらくしてまた口を切った。猫に向かって小声で言う。
「お前はうちのヨハンとそっくりだな」
眠っていた猫の耳がぴくっと動いた。

いきなり老女は本をバッグにしまい立ち上がった。

「午後からお天気がいいといつも、ここで本を読みますの。もう日が傾きはじめたので帰らないと。それではまた」
猫はセルジョ氏の顔とをしばらく見ていたが体をすりつけてきた。
そしてベンチからとび降りると、老女の歩いて行ったほうに姿を消してしまった。


翌日の午後。
老人は又杖をついて公園まで行ってみた。

「こんにちは。ご機嫌いかが?」
老女は今日よりずっと愛想がよかった。

「この猫はうちのヨハンのようですがね」

「まあ、そうでしたの。我が家の近くで折々見ましたので、ポルペッティーノやお菓子を上げたりしてたら、そのうち家の中まで入ってくるようになり、すっかりお友達になってしまって。私が公園にくるときも、ついてくるようになりましたの。ネコちゃんの名前は?私はヨハンと呼んでますのよ。昔飼っていた猫がヨハンって名前だったものですから」

「ほう、そうですか。実はこのネコはヨハンって名前なんですよ。偶然ですなあ」のんびりと驚くセルジョ氏。

「本当に偶然ですわねえ」とニコニコ顔の老女。

「ヨハンがご迷惑をかけているようですな。いえね、よくいなくなってしまうので、不思議だなって思っていたところなんです。ところであなたのお名前をお聞きしてもよろしいかな?私はセルジョ・トニーニと申します。」

「わたくしは、ロベルタ・ヴィナーリ。どうぞよろしく」

老女はゆっくりと念を押すように自分の名を言った。

それ以来毎日というわけではなかったが、2人は公園のベンチや公園の中のガラス張りのティールームで会ったりして少しずつ親交を深めていった。彼女は若い頃から趣味でやっていた人形作りをボランティーで教えたりしているという。
スイス人と結婚してベルンに住んでいたが、独りになって一年くらい前にこの街へ戻ってきたということである。
「やっぱり最後、終着駅は自分の生まれ故郷ですわねえ」
「そうですな。わたしもロンドンに結構長くいたけれど・・・」


・・・こんな女性と茶飲み友達になれて私はついてたよ。
仲良く一緒に暮らしても悪くはないな。我が家には大きな寝室が二つあるんだから。たまに遅くまでバッハを聴いててもわずらわすことはあるまいて。

老人はそんなことまで考えた。


       *

セルジョ氏は妹のジュリアとレストランで食事をした。

彼女は一年ぶりに兄を訪ねて来たのだった。
まだまだ元気で運転もするし旅行もするし、本もいっぱい読む。

兄はちょっとはにかんでロベルタのことを話した。
「こんな年でガールフレンドが出来るとはな」

「若い頃から浮気男で有名だったけど、こんな年でわくわくするなんて、やっぱり兄さんらしいわねえ」
「まだあるんだ。うちのネコがいつの間にか彼女に厄介になっていてね、彼女はヨハンって呼んでいたそうだよ。すごいぐうぜんだろ?昔飼っていた猫の名前なんだってさ。寄寓だね。そうは思わないかね?」

子供のように他愛ない兄に妹のジュリアは妙な顔をした。
「偶然に?本当なのそれ?その人何て名前?」
「ロベルタ。えェーと苗字はと・・・」

ジュリアは思いめぐらせていたが、
「ヴィナーリ・・・じゃない?」
「そう、ずばりそんな名前だったな。お前またどうして?」

ジュリアの表情が厳しくなった。彼女は周りに聞こえないように声を落とす。
耳の遠くなった兄のために、耳たぶにくっつけんばかりだ。
「昔むかし、兄さんに惚れてた女、そんな名前じゃあなかった?」

「ロベルタって子が私に惚れてた?全く覚えがないねェ。それにロベルタなんて、北イタリアでは掃いて捨てるほどある名前だから、いちいち覚えてはおれないよ」
「60年前に兄さんが10人のロベルタに恋されたとは思えないわ」

ジュリアは軽くワインを染ませながら続ける。

「兄さんは男前でひょうきんだから、大勢のファンがいたみたいだけど、ロベルタの熱の入れよう格別だったのよ」

・・・兄さんからは見込みなしで自殺まで図ったて聞いたわ。でも一度、彼女から兄さんに取り合ってくれって頼まれたこともあるの。あたし断ったわ。兄は浮気者で結婚なんてまじめに考えない人だから、そんな頼まれごと嫌だって。そしたらね、ロベルタはすっごい形相で私をにらみつけて行っちゃったの。65年も前のことなのにわたし、ちゃんと覚えてるの・・・

とまではさすがに兄には言わなかった。おっとりした老兄に聞かせたくなかった。

「そんなこともあったのかい。若さ・・・65年前か。わたしは全く記憶にないね。お前の記憶力が異常なんだよ」
「この年になっても、記憶は抜群いいほうですからね」

兄妹はレストランを出て、タクシーで家のほうに向かう。

公園にさしかかったとき、ジュリアは車を止めさせた。

「兄さん、ここから歩いて帰りましょうよ」
二人は互いにいたわるように寄り添って歩いた。
ジュリアはロベルタという女が見たいのだ。

だが、ロベルタの姿は見えなかった。そして、ネコの姿もなかった。
「わたしがここを通るときは、必ずこのベンチにいるんだけどね」
セルジョ氏は残念そうに言う。

私たちがここを通るのを、ロベルタは知っていたみたいね・・・
ジュリアは呟いた。

アラは客用の寝室の支度をしていた。
今日から数日間ジュリア夫人が宿泊することを前もって聞かされていたからだ。
二人の女は再会の喜びを分かち合った。

「ヨハンはどこ?」
「杏の木の下で休んでいるようですわ」

「アラ、寝室が終わったら地下室に来てくださらない?ちょっと探し物をするので手伝って欲しいの」

地下室はとても大きく、古い家具やシャンデリアや置物がびっしり詰まっている。ジュリアはその家具を注意深くよけて奥に進み、もうひとつの小部屋のドアを開けた。
カビの匂いがいっぱいにひろがって彼女は思わずハンカチを顔にあてた。そこにはほこりにまみれたコモや本や木の箱などがあった。

「ここで何か見つかるかも知れないわ。何しろ、物を廃却しないのは、トニーニ家の家風だったからね」
ジュリアは一人ごとを言った。

大きなアルミの箱が見つかった。箱中兵士や飛行機などのカラフルなイラストが散りばめられていている。結構大きな箱で、彼女には見覚えのあるものだった。
これは兄専用の箱だったのだ。と言っても母親が勝手にそうしたのだったが。

ジュリアは慎重にふたを開けた。中にはびっしりと書類のようなものや、手紙、絵葉書、メモやスケッチ風なもの、山男たちのグループ写真や、少年がスキーをやっている写真などがいっぱい入っていた。この箱の中に兄の青春がぎっしり詰まっているのだ。

母さんに感謝するには、私たちはもう年をとり過ぎている・・・と、また独りつぶやいた.

彼女は写真を一枚一枚慎重に見ていった。
ふと、女の子の写真が出てきた。20歳前後の醜くもそれほど綺麗でもない普通の娘。
「ロベルタだわ」

茶色く変色した写真の中の女はクラスメートのロベルタに他ならなかった。
写真の娘は子ネコを抱いている。

「わたしの大好きなセルジョにこの写真を贈るわね。
可愛いヨハンといっしょです。(あんたがバッハのファンというのでこの名にしたの)

あなたを心から愛するロベルタ」


埃にまみれた裸電球の下でいろんな思考が駆け巡った。
箱の中を改めてあさっていたが、ロベルタらしき写真はもうなかった。

それにしても実にたくさんの未開封の手紙がある。

だらしない兄はいちいち開いて読むことをしなかったのだろう。
裏の差出し人を見てオヤッと思った。何とそれは自分の夫からのものではないか。
彼女はすでにこの世を去った夫の手紙を開けた。

「親愛なる未来の義兄セルジョへ。
借りてる金はもうしばらく待ってくれないか。今、キリキリなんだ。年末までにはきっと返す。ジュリアには極秘だ。婚約破棄になったら困るから。頼むよ」

ジュリアは吹き出してしまった。
こんな手紙も開封されずに半世紀、こうして眠っていたことがおかしかった。

返済を延ばして欲しいとか借金申し込みの手紙は他にいくつかあった。
兄は仕事以外はだらしなかったが、友人たちには寛大でもあったようだ。

女にも男にももてたセルジョ。ほとんどの友人はすでにこの世を去って、独り残された兄セルジョがいとおしかった。残っているのはロベルタだけなのだろうか。



ついに・・・未開封の手紙の中からロベルタの封書を見つけたときジュリアの心臓は高ぶった。

「あんたは誰とも婚約しないと言いながら、さっさと結婚してしてロンドンに転勤するという。絶対に許せない。あんたを憎むわ。一生憎むわ。あんたみたいな女たらしは地獄にいけばいい」


「ジュリアさん、わたしに何かお役に立つことがありますか?」
はっとして振り返ると手伝いの女アラが立っていた。
瞬間、ロベルタが立っていると錯覚したほどだった。

「いいえ、もういいのよ。兄はどこに?」
「寝室でおやすみですわ。毎日2、3時間はご休息のようです」

「さあ、上に行きましょう。話したいことがあるの」
ジュリアは腰を上げ、先に立って階段を上っていった。
     
          *


「ネコをもらってきたのはあなたなのね?誰かにそうしろと言われたの?」
ジュリアの短刀直入の質問にアラは驚いた。

「それと、ヨハンの名づけ親はあなたなの?」
「そんな!ヨハンという名前は旦那さまが考えられたのです。何だかそんな名前のネコが昔いたような気がする・・・などとおっしゃって」
ジュリアは先ほど見たロベルタの写真を思い出していた。

名前はヨハンにしたの・・・
アラの言うことが本当なら、兄の記憶の中にあの名前のことがどこかに残っていたのだわ。ロベルタのことは忘れてしまっていても。

「ジュリアさん。隠してても仕方ないことですから、一切合財お話しますわ」

アラはコーヒーをジュリアに進めてから、ゆっくりと話しだした。

「ロベルタはわたしの叔母なのです。未亡人になってスイスからこの街に戻ってきて一人暮らしですが、苦しい家計のわたしたちにも援助してくれる、優しい人なのです。
わたしがセルジョ・トニーニさんのところで働いていると知ったとき、とっても驚いて、彼にあってみたいなどと申していました。
若いとき、もう60年も前に、叔母はセルジョさんに熱烈恋したそうですが、人気者のセルジョさんは女性たちに囲まれて、全く関心をしめしてくれず、そのうち結婚されてロンドンに転勤されたとか。叔母はとっても辛い時期を過ごしたそうです。

そんなに懐かしいのならどうして会いにいかないの、淡々とした気持ちで?、と言ったら、わたしは昔、失望のあまり中傷の手紙を送った、セルジョさんは今でもそれを覚えておられるかもしれない、会う勇気がないわ、などというのです。
セルジョさんがお独りでお暮らしなのをとっても不憫に思って、子猫をプレゼントしたいと言い、名前が決まったら教えてねと言われました。旦那様がヨハンとと名づけたと伝えたら、とってもびっくりしてました。昔、自分が飼っていた猫と同じなまえだったのです。

わたしは午後旦那様がお休みのときに仕事が終わると、子猫を籠に入れて叔母のところに連れて行くことがありました。ネコは賢く、そのうち独りで叔母のうちにいけるようになったのです。何しろ叔母は可愛がっておいしいものもたくさん与えていましたから、なつくのも当然でしょうね。

ある日、わたしは初めての再開のチャンスを企てました。いつも叔母が本を読んでいる公園です。

旦那様が入らしたとき、叔母はもう緊張してしまって、そそくさと帰ってしまいましたが、翌日からはもっと自由に話せたそうです。でも旦那様は叔母の名前も全くご記憶なく、そのままの親しい友情が始まったとのことです」


           *

「今日もロベルタは来てないなあ、どうしたんだろうねえ、ジュリア?」
3日もロベルタは姿を見せない。セルジョ氏は子供のような口ぶりで失望を伝える。

           *

「ロベルタはもう4日も姿を見せないのよ。どうしたのかしらね」

「実は叔母は風邪をこじらして寝込んでましたの。もう回復に向かっているようですけど」
「どうしてそれを言ってくれなかったの?」
「どうしてって・・・ジュリアさんは、あまり叔母のことを・・・」

           *

「兄さん、ロベルタは風邪で寝込んでいたらしいの。ヨハンを連れてお見舞いに行ってあげたら?」(K)

| 猫.cats,gatti 100の足あと | 22:56 │Comments3 | Trackbacks0編集

猫ショートショート <あと16話>


みなさん、明けましておめでとうございます。
本年もよろしくご指導のほどを。
さっそくネコ達からもご挨拶してもらおうと思っていたら、新年から愚痴ばっかり。
無駄なことでいらいらせずに、すっきりと新年を迎えたいのがミャオけんの気持ちです。
ともかく、トラさん、トラ生まれの方々おめでとう。

12ああああ


なんでーェ、猫年がないんだよーっ!!

実は猫も招集命令があったとき、絶対に行く気があったのだ。でも悪いネズミにだまされて、一日送れて行ったのがこの結果だそうな。ネズミごときにだまされた猫もバカだよねえ。ネコって油断ならないところあって、抜けたところもあるのは、今に始まったことではないらしいね。ともかくそういう事情でネコとネズミは恨みつらみの仲となった。

孤独で一匹ネコで生きて来た猫の評判はあまりよくはない。

12動物の新年のコメントは・・・
猫は我々を食いあさって有名になったんだ!

草木も眠るウシ三つ時、猫は悪行を開始する・・・

ボクよりもネコのほうが旨いんだって?飛んでもないこった!

ネコとは実在しない架空魔物だと思ってたよ。

ネコ呑んジャった、ネコ食べちゃった、ネコ呑んだ呑んだ呑んジャった~~~

昔からどうもネコとはウマが合わんでね・・・

ネコちゃん、あんたも心を入れ替えたら、天国にいけるのよ。

サルネコ合戦ときやがらあ!!

ネコサシってのも悪くないよね。

猫さえいなかったら、世界中ぼくら派なのになあ~

山猫に縄張り荒らされちゃって、大迷惑してんだ。

諸君、わたしの年だ。くだらない猫批判など止めてみんなで祝ってくれ!

| 猫.cats,gatti 100の足あと | 12:13 │Comments4 | Trackbacks0編集

猫ショートショート<あと17話>

すむらけんじ


猫とミランダとチョコレートケーキ



生まれてまだ2ヶ月くらいのネコ、名前はペルー。
友達に、
「うちで生まれたんだ。貰い手を探しているだが」
と言われその気になった。

可愛い、大事に育てたい。

たった独りで留守番させるのが辛い。
方法を考えなくちゃあ。

最初は鞄かバスケットに入れて、毎日勤め先に連れて行こうかとまで考えたんだけど・・・やめた。
独身のボスが、時々でっかいシェパード犬を連れて来るからだ。

門番のおかみさんに話を持ちかけたとき、彼女、まんざらでもない顔をした。
「私はまったくかまいませんよ。ネコは好きですからね。でも、出勤前に餌をたっぷり与えたら、夕方まで何とか持つんじゃないかしら?」
「まあね。でもネコは一日中独りでいるんですから、食事くらい一日に2回新鮮なもの与えたいんですよ。それに残業があったりすると帰りが遅くなるでしょう。気になるんです」

このおかみさん、ちょっと愛想悪かったけど、それ以降、幾分ましになった。信用は持てそう。
もちろん月末には謝礼を払う。一日分5ユーロ。

鍵を渡さなければならないので信頼のおける人間ってことが先決問題なんだ。

正直言うと、僕も生活がやりやすくなった。
仕事が終わっていそいそ帰宅しなくてもすむし、
友人と食事に行ったり映画見にいったり出来るもの。

猫も飼いたい自由も欲しい。
これですべてはうまくいく。

月末もちかくなったので、出勤前に門番のかみさんに支払いにいった。

出てきたのはおかみさんではなく、40前くらいの大柄な女だった。 
「あたしは妹のミランダ。ジュリア(姉)の伝いに帰ってきてるんだけど」

シナを作って話すミランダという女。
「あたしもときどき餌を与えにいってるけど、可愛いわァ」

「そうそう、駐車違反の罰金の期限きれそうだから、早く払わないとだめよ。忙しいんだったらあたしが郵便局にいってあげてもいいのよ」
色っぽい目つきでこんなこと言う。
「ご親切にありがとう。でも土曜日に自分で払いに行くから大丈夫です」

地下鉄の駅に向かって歩き出した自分、はっとした。

彼女、何で駐車違反の罰金のこと知ってんだよ。
違反の紙切れは確かに机の一番上の引き出しに入れておいたはずだ。
そう言うことには以外と几帳面なオレ。出しっぱなしにしておくなんて絶対にないのだ。

ミランダめ!引き出しをかってに開けたな。
けしからん!

「鍵を渡すくらいだったらそれくらいは覚悟しとかなきゃあ。その類の女は、すっごく好奇心が強いんだから」
同僚は笑いながら言ったのである。

好奇心の強い女!
覗き見の好きな門番のかみさんの妹!

うむ・・・もしかしたら出戻りかも知れんぞ。

夫と別れて、次の相手を探している。
その白羽の矢にあたったのがオレだったらどうしよう。
ああいう肉感的大女は以外とオレみたいな小柄に惹かれるんだとさ・・・

その次に会ったとき、ミランダはもっとなれなれしかった。

「素敵よ、ネクタイもシャツも。アルマーニね」
やっぱり!

「ひと目見て分かるわ。以前、RINASCENTEの高級ブティック部門で働いてたことがあるの、あたし」
ふっくらした赤い口元。前歯がちょっと空いてる。

だが瞬間、

女の賛辞の言葉の裏に何かさげすみの色を僕は見た気がした。
気のせいだろうか。

下着専用の箪笥の2番目の引き出し。
どれもこれも安物ばかりだ。ボクは下着に金をかけたことがない。
下着は真っ白で清潔であれば充分だ。毎日変えている。

彼女が薄笑いを浮かべて箪笥の中をチェックしているのを想像してゾッとした。

「見えないところはお金をかけてないのね。ウフフ」
翌朝、箪笥の引き出しには鍵をかけ、洗濯物はまとめて物置に入れて鍵をかけた。

           ”

金曜日の夜、ボクが夕刻遅く、残業疲れでへとへとになって帰ってきたときだ。
キッチンに入って仰天した。

でっかいチョコレートケーキがレース編みのテーブルクロースの満々中に君臨していたのだから。
オレンジ色のバラが一輪ざしに。
ボクの一番好きなオレンジ色のバラ。

カードが眼に止まる。
可愛いネコのイラスト入りのカード。うちのネコと同じグレーの子猫。

<お誕生日おめでとう>
ミランダ

赤いマジックのハートのラインでかこまれてあるこの一言。
そうだった。今日はオレの誕生日なんだ。
オレンジ色の薔薇。

何から何までミランダは知っている。

ペルーはちょっと眼を開けたが,またすやすやとボクのベッドの端っこで眠っている。

ミランダがちゃんと面倒を見てくれてるんだから感謝しなければならない。

バカな!何が感謝だ。そのために毎日5ユーロ払ってんじゃないか。

翌日は土曜日。
調子が悪く、昼過ぎまで寝ていた。

ネコが腹を空かせてミヤオミヤオやりだしたので目が覚めた。頭痛がする。

キッチンに入って昨日のチョコレートケーキが目に入り肝をつぶした。

オレンジ色の薔薇が窓から差し込むさわやかなひざしで、ふっくらとふくらみを。
ミランダの唇を瞬間思い出す。

ケーキを見ていると、急激に空腹を感じた。

「食っちゃえ!」

3分の1までがつがつと食べたら、気分が収まった。
ああ、ミランダよ。ほっといてくれよな。

・・・でも、チョコレートケーキは最高だ。

ペルーが盛んに出たがって、ドアをガリガリやっている。
どうしたんだよ?
中庭の草を食べたいのかもしれないと、下まで連れて行くことにした。

ドアを開けると、ペルーは猛烈なスピードで階段を駆け下りていく。
ネコは成長した。

気がつかなかったが、多分倍くらいに大きくなっている。
毛がつやつやしている。
ボクはブラシなんかかけたこともないのに。

ペルーは中庭には出ず、門番の家の中に飛び込んで行った。

編み物をしていたおかみさんが手を休めて、ネコを抱き上げた。
「やっぱりここがいいんだね。でも、ミランダはもういないんだよ」

「シニョーラ、ミランダさんはお出かけですか?チョコレートケーキのお礼を言いたいと思いましてね」

・・・すごくおいしかったんですよ。
まだ甘い香りが口いっぱいに広がっている。

「ミランダはもういませんよ。旦那が迎えに来たので、よりを戻して帰っていったわ。」

え?出戻りではなかったのか。

「あの夫婦は喧嘩ばかりしてるの。もとはと言えば、ミランダが誰にも彼にも親切でおせっかいを焼くので、旦那が焼きもち焼くからなの」
おかみさんは慣れた手つきで猫をボクの腕の中に。

「独りぼっちでは可愛そうだと日中はペルーをここに連れて来ていたの。余計なことはしてくれるなってあなたが言うんじゃないかと思って言わなかったのよ」

「さあ、帰ろうね」
ネコはあきらめたようにボクの腕の中にうずくまった。(K)

| 猫.cats,gatti 100の足あと | 02:19 │Comments0 | Trackbacks0編集

猫ショートショート あと18話
フィッサ

食べそびれた昼ごはん 2

こんな情けない、恥ずかしい、ひもじい思いするなんてね。こんな南部の片田舎で。
ボクはだらしない人間だってことは分かってる。フリーで働きはじめて、決まった時間に食事するって習慣なんかないんだ。我が家の哀れなネコ(今、どうしてるかなあ。上階のおっさん、ちゃんとエサやってくれてるかな?)だって、決まった時間に食べれたことなんかない。哀れなカロータよ。

再び炎天下に放り出されたボクは、泉のある小さな広場に向かってのろのろと歩きだした。少々上り坂だが仕方ない。下って行って塩水を飲まされるよりマシだもの。

おや?またあのネコが!
ボクの10メートル先にちょこんと座ってこっちを見ているのだ。
ボクについておいで、美味しいもの食べさせてくれるところ連れてってあげる。
もう、その手には乗らんぞ!

勢いよく走ってきた自転車がすれ違った。
キーっと、ブレーキの音が沈黙の白昼に響き渡って振り向くと、やせすぎの背の高い女が自転車を降りようとしていた。

「あんた、ミラノから来たB氏のお友達じゃない?」
黒いワンピースに黒いほおかむり(?)の女は地方なまり丸出しのざらざらした声で言った。

真っ黒に日焼けした顔と腕、しわしわの顔に濃い青い目がキラキラしている。
左右の眉毛がくっつきそうだ。

「こんな時刻にうろうろして、あんた日射病にでもなったらどうするのよ」

「いえね・・・あのすだれのかかってる家が飲食店だと思って入って、パスタだけでも・・・って頼んだら、ここは我が家の台所だって断わられたんです。ああ、ボクお腹空いて死にそうなんです。なんでもいいから食べさせてくれるところを教えてください」

女はボクの言葉を最後まで聞いてはいなかった。

いきなりボクの腕ががしっと捕まえられた。力強い逞しい手だった。
彼女は無言のままどんどん歩いていく。
すだれの入り口の前につくと、躊躇なく中へ入って行った。

「あんたたち!」

「あらっ、フィッサったらどうしたのよ」
皿を洗っていた女がひょうきんな声をあげた。

「あんたら、どうしてこうも情がないんだよ。この若者はお腹が空いてんだよ。何か食べさせてあげて。この人はB氏のお友達で昨夜ミラノから着いたばかりなんだから」
方言だが、そのようなことを言ってるのが大体理解できる。

「フィッサ、わしはただ、ここは飲食店ではなく我が家の台所だと言っただけなんじゃよ」
さっきの長老らしい白い髭の老人が言った。

「父さん、わかったわよ。とにかく食べさせてあげて」

そしてフィッサおばさんはボクの顔を覗き込んで言った。

「今、妹がパスタを作ってくれるからね。安心してお食べ。田舎の人間だからよそ者の扱いをしらないんだよ。悪い人間ではないんだけどね。夕食はわたしがおいしいもの作ってあげる」

そしてフィッサおばさんはなにやら彼らと話していたが、完璧な方言なのでさっぱり分からない。
やがて彼女は忙しそうに出て行った。

茹で上がったスパゲッティの大皿を運んできたフィッサさんの妹さんは、さっきのしかめっ面とは違い、ニコニコしている。
「これは我が家でつくったイワシの油漬けじゃ」
一家の長が、たなから大瓶を取り出してきて言う。

ボクはもう、お腹がはちきれるほど食べた。
こんなにスパゲッティがおいしいと思ったことはなかった。

peschici2

腹いっぱいになったところで、今度は質問攻めになると思いきや、そうはならなかった。
別にボクのことを知りたいなどと思わないらしいのだ。
彼らは素朴な田舎の人たち。眠いんだったら居間のソファで休んでいけばいい、などという。


翌日の午後からは、マリアさん(フィッサさんの妹)の旦那さんの漁船に乗っけてもらった。
「あれがB氏の住まいだ」
彼は遠くを指さして言う。絶壁に君臨する屋敷の下は、まっしろなしぶきが石壁を打ち砕くばかりだ。
B氏はこの街のボス的存在なのだろう。

昨日の夜、クローチェフィッサさんが言っていた。
自分の息子をレッチェの大学に行かせられたのも、B氏の力があったからこそと。フィッサさんにはB氏は大恩人なのだ。

3日も経ったけど、B氏はまだ戻って来ない。
ローマの弟さんの急死のあと始末で大変なんだろうとフィッサさんが言う。

そしてボクはB氏に会うことなくして、シチリアのメッシーナへ発つことにした。
メッシーナで車を預け、船でリーパリ島へ。
ミラノで仲良しだった警察官は生まれ故郷で結婚式を挙げようとしている。

フィッサさんは出発の日の朝、パニーノを2つ作ってくれた。(K)

| 猫.cats,gatti 100の足あと | 20:50 │Comments5 | Trackbacks0編集

猫ショートショート・あと19話
peschici


食べそびれた昼ごはん 1

みなさん、ぺスキチってところご存知ですか?
イタリア半島のずーっと下の方、ちょうどブーツのかかとの上の辺りにあるプーリア地方の海の街です。
そんな小さな漁村にボクがのこのこ出かけたのは、ミラノで活躍する、結構偉いデザイナーのB氏がぺスキチの出身で、その漁村に500年前のころの小さなお城を持っていて、夏休みにボクを招待してくれたのです。


ボクがおんぼろのフィアットプントをたけってそ町に着いたのは8月半ばの、もう黄昏どきだった。

やっとお城についたら、門のところにしわしわの老人が座ってうとうとしていた。
ボクが声をかけると、寝ぼけ顔のお年よりは待ってましたとばかり、
「残念ながら家主は奥さんと、葬儀のためローマに行ってしまったんじゃ。5,6日は戻っては来んじゃろ」

そして僕を海岸の洞穴みたいなところに案内してくれたのである。

「ここがあんたの寝場所じゃ。好きなだけいてもよいとB氏からの伝言じゃ。飯は隣のフィッサに相談してくれ」
そう言い残すと、老人は役目は終わったとばかりせかせかと出て行ってしまった。

電灯をつけて家の中を点検すると・・・
長い細い洞窟みたいだけど、でこぼこの壁は真っ白に石膏で塗りつぶされ、床は色とりどりのタイルで敷き詰まれている。そして60センチ平方くらいのモダンなシャワーもついている。

いつの間に紛れ込んだのか、一匹のオレンジと白のぶちの大ネコが足もとでボクを見上げていた。
ミラノにおいて来た我がネコにちょっと似ている。頭をなぜてやると抵抗しないですり寄って来る。
可愛い!
抱き上げるとおとなしくボクの腕の中でじっとしているのだ。

もう真夜中に近かったので、ザイノの中にわずかに残っていた板チョコとクラッカーを食べた。
腹は猛烈に空いていたけど眠気のほうが勝って寝てしまった。

翌日目が覚めて,こんがらがった頭で洞窟のようなところに寝ていたことを思い出した。
ベッドの横のる小さなドアを開けると、強い日差しで目がくらくらするほど。南国、しかも最果てに近い所に来てるんだって実感した。
足もとから真っ白な砂浜が連なって、そのむこうに青緑の海が広がっている。
「おお、パラダイス!」

ネコの姿が見えない。きっと自分だけの秘密の出入り口があるに違いない。

お隣に住むフィッサという人の家に行くと、小学生くらいの娘さんらしい人が出てきて、「マンマは仕事に行ったわ。お昼すぎまで戻ってこないの」と言う。
色は黒いが顔のほりが深く、眼の輝きがさっき見た海の色を思い出させる。
完成してしまったって感じ。体つきはまだ子供なのにさ。

近所のバールでミラノの朝食と全く同じ、クロワサン2つとカップッチョで済ませ、海に出て思いっきり泳ぎ、疲れて紺碧の空を飛びかうウミネコを追っているうちに寝込んでしまいました。


暑さとあまりの空腹で目が覚め、起き上がったとき目眩がした。
たった数時間で真っ黒になった我が肉体。
カッコいいっ!
さあ、飯だ!と時計を見たら、もうとっくに2時を回っている。
海岸を出て、石畳の細いくねくねした細道を歩いていたらピッツェリアが目に止まった。

「もう、昼は終ったよ。夜は7時からだ」と、素っ気ない主人。

お菓子屋もミニスーパーも乾物屋も昼休みのため全部しまっている。

そのうちムレット(砕いた石を積み重ねただけの)の塀で囲まれた細道に紛れ込んでしまい、汗を拭きながらとぼとぼ歩いていると、小さな泉に出た。
そこで水を飲んで座り込んでいると、わき腹のところにあのオレンジと白の猫がいて、体を刷り寄せてくる。
ぞっとするほどの沈黙の白昼にめぐり会ったのは一匹のネコなのであった。

「道に迷ってバールもどこにあったかわからないんだよ。これでは飢餓でのたれ死だ」
聞いているのか聞いていないのか、ボクの腕から抜け出したネコはゆっくりと歩きだした。

ところがネコは、あるところまで行くと振り返り、座り込んでじっとボクを見るのだ。
ボクが立ち上がってのろのろ歩き出すとネコはまたゆっくりと進んでいく。

約5メートルの間隔をおいて・・・おまえ道案内してくれるのかい?
本当にそんな気分になっている自分だった。

と、ある角をまがったとき。
なつかしい?人声を聞いたのだった。
人声はカラフルな綱状のすだれの中から聞こえてきた。時々どっと笑い声までが。
カラフルな縄のすだれ・・・記憶にあるぞ。どこだったっけ。

わが道案内のネコは、ふりかえってじっとボクを見、お先にとすだれの中に入っていった。
ボクも店の中に・・・

直射に慣れたボクの目には大きな室内は真っ暗だった。
目が慣れてくると、部屋の中央に大きな長いい木のテーブルがあり、労働者風4,5人の客たちが座って飲んだり食べたりしている。

いつの間にか喋っていた客たちは黙り込んで、シーンとしてしまった。
ボクを見ていたのである。

パスタを口にもっていったままじっとこっちを見上げている男。回収した皿をもったままの女。

ボクは空いた椅子にどんと座り込んで一気に言った。
「時間が外れてしまっているのはわかっています。簡単なパスタだけでもいいんですよ」

コーラを手にした子供がクスリ。
ボクは空腹のため脱水状態を感じることがある。そのときもそうなっていた。
空腹がひどいと、不機嫌になる傾向もある。

「トマトソースのスパゲッティだけでもいいんです」
くりかえすボクに、
ワイングラスを手にしていた老人が初めて口を開いた。

「ここは我が家の台所でのう」
はあ?
よろよろと立ち上がる見知らぬ客に手を差し伸べるものはいなかった。

ひとつだけ見逃さなかったこと。
ネコはテーブルの上に飛び乗り、何か残り物を食べ出したのだ。

おまえさんの住処だったのかよ!(k)
このショートこれでおしまいにしたいけど、次回はせっかく準備した後編を書きます。
フィッサおばさんの登場です。
クローチェフィッサが彼女の正式の名前。
十字架のキリストと言う意味です。南部らしい名前ですね。
ではお楽しみに。

| 猫.cats,gatti 100の足あと | 02:52 │Comments4 | Trackbacks0編集

イタリア猫ショートショート<あと22話>
mil

ミルク
ジャンニーナは猫を抱き上げると,ソファーに体をうずめた。

「可愛いわねえ,ネコちゃんて。もっとおっかない動物だと思ってたけど」

名前はベリン、過去の愛人の名前らしい。

ベリンはふっくらしたおっぱいの間に挟まれてしばらくじっとしていたが、やがてぞもぞと動き出した。

あらァ、くすぐったいわァ。

母親のおっぱいよりももっとふわふわで甘い香りがする。

彼は四つの足で立ち上がって大きく伸びをした。

女主人の顔を凝視する。

そして・・・前足で交互に上下運動を始めたのだ。
すごーぉい、やわらかーい。

いち、に、いち、に、いち、に・・・

「このネコったら変ねえ。オスネコってみんなこうなのかしらん?」
ネコを生まれて初めて飼い、猫のことなど何にも知らない彼女は呟くのである。

「でも、このネコが素敵なことをしてくれることだけは確かね」
うっとりとジャンニーナ。

翌日の夜、ジャンニーナが外出から戻ってきたときのことだ。
コートを脱いで、彼女ご自慢のおっぱいを強調した赤い絹のドレスの姿でサロンにはいってきたとき。
ベッドにうずくまっていたべリンがいきなりむっくり!

ジャンニーナ目掛けて飛び掛ってきたのだ。
主人のおっぱいめがけて。

「あらまあ、ベリンったら!」
ジャンニーナはびっくりおったまげて、ベッドに尻餅をついてしまった。

ベリン、また昨日にように、前足を動かしはじめた。

いち、に、いち、に・・・・味を占めたネコは何とも強引。

ああ、ふーっ、ばかねえべリンったら・・・あたし、気が遠くなりそう。
べリンは繰り返す。
いち、に、いち、に、いち、に・・・


「獣医さん、うちのネコったらとっても変なの。私のおっぱいに飛び込んできて、前足の上下運動するんですの」

「いいですなあ、私もお宅のネコちゃんになりたいですねえ。ネコが前足を上下させて、つまり・・・もみもみするのはですねえ、母親のおっぱいと思い込んで、お乳を飲むための前儀とも申しましょうか」

もみもみだなんてこの獣医はちょっと下品ね。

「まあ、そうだったの。あたしのおっぱいをマンマのおっぱいと思い込んでいるのね。可愛いわあ。じゃあミルクもあげないとね。いろいろ勉強しなきゃあ」

ジャンニーナはネコのいち、に、いち、に、がすむと抱き上げて、
「さあ、おいしいミルクを飲みましょうね」

冷蔵庫からミルクのパックを取り出し、小さなお皿になみなみと注ぐ。
べリンはおいしそうに飲む。

ベリンの、いち、に、いち、に、は毎日の日課となったのだ。

「ベリンったら、すごくマッサージ上手なんだもの」
ボクもうれしいよ。だっておいしいミルク飲めるんだもの。

「すごいですなあ。ネコちゃん幸せですなあ」
予防注射をしに来てくれた中年の獣医はちらちらっとジャンニーナのみぞおちに目をやりながら言うが、彼女は知らん顔をしている。
            
         *

朝の公園を散歩しているジャンニーナ。

白樺の林の図書館の前に出た。
ジャンニーナがベンチに座ってタバコをすっていると、黒いカバンを斜めにかけた若者が、大またにい階段を上っていく。そしてドアを入ろうとしていた。

ジャンニーナと目が会うと、若者は赤らみ、はにかんだように笑って中に消えた。

「ときどき見かけるけど何て素敵な坊やかしら。彼が仕事をする姿を見ながらひとときを過ごすのも悪くはないわね」


気配にきづいて振り返った若者。真っ赤になり、
「・・・あの、ボクに何かお役に立つことがありましたら」

ジャンニーナはちょっと考えるふうをして、
「何を読もうかと考えているの。今朝はむしょうに本を読みたい気分になっているのよ」

「すばらしいですね。たとえばどんな本を?どんな作家の?」
「さあ、・・・モーパッサンなんかいいわねえ」
彼女はモーパッサンとダンテの名前しか知らないのだ。

「モーパッサンの『べラミ』なんてどうですか?」
青い大きな瞳で、彼女の胸元をチラっと盗み見しながら、上ずった声で言う。

「べラミ?どんなあらすじなの?」
「貧乏な青年だけど、上流階級の女性に取り入って成功していく話です」
「まあ、面白そう。成功談話の男性版なのね」
ちょっと過去を振り返るような眼差し。

もう男なんてたくさんよ。

わたしは自由が欲しいの。自由に生きたいの。
・・・でもこの坊や、可愛いわァ。

若者が探し出してきた本を手に取りながら、
「こんな長編、時間がかかりそうね」
「貸し出しもしているんです。持って帰られてゆっくり読まれたら?。他にはどんな本を?」
「ネコの本をたくさん読みたいの」
「猫の本なら、いっぱいあります」

若者は瞬く間に抱え切れないほどの猫の本を手にして戻ってきた。

「猫を飼ってるんですか?ボクもネコは大好きです」

「あら~っ、そうなの?・・・でもこんなにいっぱい持って帰れないわねえ」
「・・・あの、選んでくださったらボクがお届けしますよ。閉館の後でよかったら」
またまた、真っ赤になって小声で。



金髪の巻き毛の図書館の若者は、乳ぶさの谷間に顔をうずめたままだ。
両手でしっかりと握って、息づかいが荒く、気が狂ったようだ。

「ネコとはやっぱり違うわねえ・・・」
ジャンニーナは喘ぎあえぎ呟く。

図書館の若者はハッと顔を上げた。
「え?キミ、今、何か言った?」

ジャンジーナはやさしく若者の頭を抱きかかえた。
「・・・あのね、あんた、虎の子みたいだって言ってたの」

「ドアをガリガリやってるけど。ネコを入れてやったらいいじゃあないか」
「そう、後でね」

今はダメ、あんた、殺されちゃうわよ。
(K)

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| 猫.cats,gatti 100の足あと | 10:09 │Comments1 | Trackbacks0編集

               

mario2
イタリア猫ショートショート<あと23話>
若者マリオと捨て猫とのエピソードは終りましたが、その後の彼について少し。

マリオ<2>

眼だけぎょろぎょろして骨張っていたマリオが、日ごとに痩せて来た。
昼食には、全く油気なしに鉄板で焼いた持参の薄いビフテキと、塩気も加えない生野菜だけをくり返し食べているのだ。
絶対行きたくない兵役を免れるには、この方法しかないのさ、とマリオが言う。
徴兵令が送られて来たとき、父親の知り合いを通して『健康上無理』を軍事局に納得させることには成功したそうだ。
だが形式的にしろ軍部からは専門の医者がチェックに来るのは確実で、それまでに体力をなくし「いかにも病人らしい」状態にしておかなければ『不合格』になる場合だってありうるそうである。

「2週間以内にチェックがあるはずだから、しばらく休ませてくれよね」
さぼった分は『合格』の暁に取りかえすなどと言う。

それからまた20日ぐらいも経った頃だろうか。
ある朝、BARで朝食を取ったあと、広場を横切っていると、後ろから誰かに声を掛けられたような気がして振り返ったら、太陽を背に、かげろうのようにぼんやりと若者が立っていた。

マリオだった。
20日前、最後に見たときよりも、体重がまたぐんと減ってしまったかのように、ほとんど骨と皮だけに見えた。
「チェックに成功して兵役に行かなくてもよくなったんだ」
彼はいくらか照れたように力なく笑って言った。 

軍医が来るまでは絶食のようなことまでしたそうだ。
ヨガをする友人から指導を受けたのだが、しまいにはベッドから起き上がる力さえなくなり、思考力も無くなってきて、本当に自分は病気になってしまったのだと思い込んでしまったそうである。
ご苦労さん。仕事もそれくらい熱いれて欲しいね。


七月の終わり頃、マリオは友人とインドへ旅立った。
高校生のとき両親と東洋を旅行した際にインドに滞在したとき以来、マリオにはインドは憧れの地になったらしい。

夏休みが終わって九月半ばになっても、彼から連絡がないので不信に思っていると、母親から電話が入った。
息子はあと一ヵ月くらいスリランカに留まる意向で、そのあとインド、ネパールを回って帰国したいという手紙が届いたことを伝えて来た。
ちょっと型からはずれた息子に、母親も手の施しようがないと言う感じだった。

マリオが戻って来たのは、何と11月に入ってからで、ミラノにも冷たい濃い霧が掛かりはじめた頃だった。
以前のように再び僕の所に通うようになったが、ヒッピー風恰好はエスカレートし、近所のおばさん達も『あの子だあれ?』などと聞くので、「アシスタントです。オヤジはボッコーネ大学の教授』などといい、彼女らが驚く顔を見て,ボクは笑っていた。

マリオはあまり仕事に身が入らず、ぼんやりとしてため息ばかりついている。
インド惚けから抜け切れないのかと思っていたら、ある日突然、
「自分はスリランカに住んでいるイタリア娘に恋してしまった」
と、ぽつりと打ち明けた。
まだ両親には内緒だが、いずれ又スリランカに行くことになるだろうとも言った。

ある月曜の朝など、いきなりシチリアから電話を掛けて来て「今週はどうしてもだめなんだ」と特別休暇を願ったりして、こっちはすっかり腹をたててしまったが、ミラノとシチリアでは話しにならない。
どうやら放ろう癖は膨らむばかりのようだったが、そのうちスリランカに恋人を訪ねて発って行くのだったら、それを機会に止めさせればいいと考えた。
ともあれマリオが出て行くのは時間の問題だとも思っていたから、知人やデザイナーの仲間に電話して、新しく見習いの若者を探してもらっていた。

クリスマスも近づいた頃、ボクは仕事でてんてこまいをしていた。
もの忘れのひどくなったマリオに、
「絶対にわすれないで届けるんだよ」と、念をおしていたのに、彼はスケッチを机の上に放ったまま帰ってしまった。
とっさに家に電話をした。
当人はまだ帰ってきておらず、電話に出て来たのは大学教授の父親だった。
「マリオに明日の朝いつもより早く来るように伝えてください。今日必ず代理店に届けるように頼んでいたのに忘れてしまったのです」
そこまで言うと、ボクもカッとなって我を忘れた。
「お宅の息子さんは頼んだことはちっとも!いまだにインドボケが残っているようで・・・・」
だが父親はすぐにそれをさえぎった。
「息子には、明日の朝何時に出勤するように伝えればよいのでしょうか」

「やめてもらうことにしたよ」とマリオに切り出した。
だが、彼はちっとも悪びれた様子もなかった。
出ていって欲しいと言わなければならないのは、出て行けと言われたときと同じようにいい気持ちのしないものであることを、イタリアで両方とも経験した自分であった。

「さてと、オレのあとに誰か適当な友人はいないかな。あ、あいつに電話してみよう」
などと、悪びれずに考え込んでいるマリオを、ボクは不思議な気分で眺めていた。   


それから2年くらい経ってのことだった。
デザイナーの誕生パーティに呼ばれたとき、大勢の客の中から、誰かが僕の前にのっそりと立ちふさがった。
何とマリオだった。

最初ちょっと戸惑ったのは、あのふあふあとしたクルクル捲きの髪を短く切り、鬚も綺麗に剃って全体にふっくらした感じで、数倍ハンサムに見えたからだ。
それをからかうと、恋人が『あんた、その髪どうにかならないの?』
と言うので切ってしまったのだとテレながら言う。

今ではミラノの印刷所でグラフィックの仕事をしていると、ぼそぼそと話してくれた後、恋人を客の中から探し出して来て紹介してくれた。
彼女の腰に腕をまわして立っているマリオが、そのとき随分大人っぽく見えた。あまり立ち入ったことは聞かなかったが、どうやら彼をとりこにしたスリランカの恋人ではなさそうであった。

「猫は?」
「4匹だ。つい拾って帰ってくるので」
若い2人は顔を見合わせて笑った。(おわり)
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| 猫.cats,gatti 100の足あと | 13:31 │Comments4 | Trackbacks0編集

イタリア猫ショートショート<あと24話>
mario1


『マリオと捨てねこ』<その1>

マリオがはじめてボクの事務所を訪れたとき、街をうろつくヒッピーが、家を間違えてぬっと入ってきたのではないかと思ったほど、奇妙な印象を受けた。
インド製のだぶついたシャツ、長い首にはじゃらじゃらと数珠を首に巻いている。
螺旋状に渦巻いている褐色の長髪はほつれ合って、その隙間から片目だけがギョロリと光っていた。
「チャオ」
と挨拶し、さし出した手はぐにゃりとしている。

「絵が好きだからイラストでもやってみようと思っているんだ」

若僧はボソっと言い、壁を埋めているボクの作品を眺めながらふんふんと頷き、
「従兄弟のフラビオが言っていたよ。Kはとっても優秀なんだって」と、敬意を示しすことだけは知っていた。


「何だよ、このマリオという奴。あいつ麻薬やってるんじゃあないんだろうな?それに本当に両親と一緒に住んでるのかい?」

マリオを紹介してくれたイラストレーターのフラビオに電話で不満をぶちまけると彼は笑った。
「いかにもお前らしいな。そんなことが気になるなんて。心配ご無用,オレが保証するよ。マリオは親戚中でたった一人、俺と気が合う奴なんだ。いくらかむら気ではあるが、従順で真面目、麻薬なんて絶対やってないよ。ちゃーんとした家庭の倅だ。どうだい、安心したかい?」

 ボクの所に来らせるアシスタントは、ミラノ市内に住む真面目な家庭の伜であることを第一条件としていた。
若者を一人おいて外出したり、鍵もわたさなければならない場合もあるから当然のことだ。
友人達はこんな僕のこだわりを笑うのである。


 マリオのデッサンはまあまあだったし、どんなことでも、のろのろだが全く嫌な顔をせずにやってくれた。
そのころ日本人の吉田君とか桑原嬢などがたびたび電話をかけてきたが、電話を受けるごとに、
「日本人だよ」とだけ言って受話器をこっちによこすので、
「みんな名前があるんだから、ちゃんと聞いてくれ」
 彼は薄笑いを浮かべていたが、それ以来かかってくると「日本人の友達だよ。オンナのコ」とだけ言ってこっちにまわした。

マリオが通って来るようになってから1ヶ月も経った頃、彼の両親から夕食の招待を受けた。
家族はブレラ美術学校から少し下った、旧市街のびっくりするような立派なアパートに住んでいた。
チーク材のシックな書斎を埋め尽くしたた本の群れは、そこだけでは納まりきらずにサロンの中まで占領していた。

以外!父親はミラノの有名なボッコーネ大学の教授なのであった!
古い絨毯、クラシックな家具や骨董品で溢れ、代々ミラノに住んでいる恵まれた家庭、というイメージを受けた。

マリオの兄貴は、大学を出て兵役に服していて、その夜たまたま戻って来て食卓に加わっていた。兵役にいる者の義務で髪を短く刈り込んだ兄の頭と、マリオのそれとが極端に対象的だった。
兄はきびきびとしてよく喋り、見るからにスポーツマンタイプである。

技術専攻の彼は、兵役も航空軍部を希望して合格し、意気ようようと出発したが、軍用機に乗ったり落下傘の実習などを夢見ていたにも拘わらず、実際には飛行場のトイレの掃除ばかりやらされると笑いながら話た。

ほとんど無言だったマリオが「死んでも兵役に服するのは嫌だ」と、ぼそりと言った。
はっきりした健康上の理由でもない限り、イタリアの若者は誰でも一年間の兵役に服すのが義務なのである。(現在は廃止されている)
とにかく教養ある落ち着いた家族の中でマリオだけが異質で、その辺をうろついている浮浪者が食事に招かれたような・・・奇妙な感じだった。


 ある日出勤して来たマリオがよれよれのコートを脱ぎながら、一匹の小ネコをポケットから取り出した。生まれてまだ,2、3週間くらいしかたっていない、ありふれたトラ猫だった。
マリオはこの猫を今朝、空き地で拾ってきたのだという。

家出したパンとノリ助は身元のはっきりしたところからもらっていたので、こんな野良猫を家にいれることに躊躇したが、たった一日くらいと思って黙っていた。
それに、やっぱり猫ってかわいかった。野良であろうが、良家の出身であろうが。

夕方マリオは、猫のことなど忘れたように出て行こうとする。お前ずるいぞ!
「おい、忘れ物だ」
「何を?」とぼけるマリオ。
 ボクは絵の具のチューブのふたで戯れている小ネコのほうを顎でしゃくってみせた。

「君のために,持って来てやったんだよ。よく、猫の話するからさ」
 一瞬言葉につまったが、ボクはっきりと拒絶した。

「オレは今は飼わない。2匹飼ってこりごりしたんだ。さあ,連れて帰ってくれ」
マリオは黙って猫をすくい、鞄に入れて出て行った。

翌日マリオはまた、ネコを鞄に入れてやって来た。
「おいおい、これから毎日ネコ同伴でご出勤かい?それとも自分のアシスタントにしたいのかよ?」
マリオは苦笑いしたが、螺旋状の髪の隙間から片目が深刻そうに光っていた。

何と,マリオの父親は絶対に動物を飼わない主義なのだそうだ。
だから昨日もそっと自分の部屋に隠して、今朝またそっと家を出て来たという。

何とも心動かされる話ではあったが、このネコを引き取る気持ちにはなれなかった。
仕事で雇っている小僧と公私混同するのがまず、イヤだと言う気があった。

翌日の金曜日にマリオは言った。
「このウイークエンドに引き取り手を探すから、月曜日まで預かって欲しいんだ」
  

月曜日は彼は一日中黙り込んでいた。ボクも子ネコについて何も言わなかった。
子ネコは無邪気に我々の足下で遊んでいる。

夕方、帰る時に彼は又、子ネコを鞄に入れて、出て行こうとした。
「貰い手は決まったのかい?」
さりげなく聞くボクに、彼は首を横にふり何も言わずに出て行った。

それ以後,彼は子ネコのことに何も触れなかった。
意識的に言うまいと決めているふうだった。
辛い別れをしたのかもしれない。

ネコ狩りなどが盛んだった時代の思い出である。ボクもフリーになったばかりの厳しい時代だった。(つづく)

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| 猫.cats,gatti 100の足あと | 14:03 │Comments2 | Trackbacks0編集

イタリア猫ショートショート_あと25話


oku


おくりねこ


「・・・わたくし、ティンティンに枕元で見取られながら死にたいの」
老婆はうわごとのようにくりかえす。

(医者・・・この言葉、3日間に50回は聞いたな)

「あなたのネコへの情愛に頭が下がります。ネコちゃんはきっとあなたの望み通りにしてくれるでしょう」

「・・・ティンティンはまだ、8歳なの。わたしが死んでしまったらどうなるんだろう」

「ロザンナさん、ご心配要りません。わたしが見てさしあげますわ。わたしとティンティンはとってもいいお友達になりましたの」
アンナは老婆の手を取ろうとした。

だが、老婆は手を引っ込めた。

「あんたがティンティンの面倒をみてくれるんだね?お礼としてわたしの資産全部あんたに託すんだから、それくらいのことはしてくれないとね」

(医者・・・おやおや、ネコの面倒くらいで、気の遠くなるような資産を譲るんだって?やっぱり正常ではないな)

「ロザンナ夫人、あなたの生命力はすごい。98歳とはとても思えない。気持をしっかり持つのです」

「わたしは孫を失ってから、どーっと年老いたてしまったのよ。ぐうたらでどうしようもない孫だったけど・・・」

アンナはひとつひとつ老婆の言葉にうなずいている。

「ティンティンはどこだい?わたしの枕元に連れてきておくれ」

アンナは口ごもったが、やっとこう言った。

「今日はとってもいい小春日和なので、お庭を散歩しているようですわ。うっとおしい雨季が終わって、ティンティンもうれしいのでしょう」

老婆はレリーフの天井を、うつろな目で眺めている。
「この天井が私には高すぎてねえ、吸い込まれそうだよ。目がくらくらしてくるよ」
「5メートル近くもありそうですからね。全く立派なお屋敷です」
医者はあいづちを打った。

「あなたは誰?バルビエ-リ先生ではないのね?先生はなぜいらしてくださらないの?」

オッホン!小さく咳きをして医者は言った。
「すでに(もう5回も)ご説明申し上げたように、バルビエーリはですね、暫くの間どうしてもうかがうことが出来ず、わたしが代わりとしてロザンナ夫人の健康管理をさせていただいているわけです」

「・・・わたしはティンティンの傍で死にたいんだよ」
うわごとのように繰り返すと老女は目を閉じた。



「先生、ちょとお話が・・・」

医者とサロンに移ったとき、アンナは声を落として言った。
「先生、実は今朝、ネコのティンティンが死んだのです」
「ええっ?死んだ?」

「私が夜明けに病室に入っていったとき、ティンティンはすでに死んでいたのです。いつものようにロザンナさんの足元に丸くなって寝ているのではなく、彼女の枕元に横になっているので、不審に思って近づくとすでに冷たくなっていたのです。私は夫人が目を覚まさないように、そっとネコを抱きかかえて病室をでると、獣医さんにすぐに電話をしてここに来てくださるようにお願いしました・・・ティンティンは老衰で息絶えたのだそうです」

「老衰だって?だってあのネコはまだ8歳なんだろう?」

娘は顔を横に振った。
「いいえ、本当は19歳なのです。一ヶ月くらい前かしら。お知りあいいがお見舞いにいらしたとき、いつまでも綺麗ねえ、ティンティンって。7、8歳くらいにしか見えないわ、とおっしゃったので、ロザンナさんはそれ以来、ティンティンを8歳と思うようになったのです」

「綺麗で毛並みの見事なネコだったものね。私もそう思い込んでいたんだ」

「ロザンナさんの最期まではなんとか生きていてもらおうと、ビタミン剤を打ったり、獣医さんも大変でしたの」

「待てなかったんだな、ティンティンは。ご主人のために頑張ったんだろうけど」

「あんなに綺麗でやさしいネコ、はじめてですわ。私にもとってもなついてくれたし。わたしの気分もなごませてくれましたわ」

医者は考えているふうだったが、やがて真顔で聞いた。

「アンナ、立ち入ったことを聞くようだが、ロザンナ夫人が他界したあとは、あんたの将来はどうなるんだね?あんたは看護婦の資格も持っているそうだし、新しい勤め口を探すくらい私だって力になれると思うよ。バルビエーリが死んで、私が代わりとしてくることになり、まだ3日しかたっていない。でも君の献身的な介護ぶりは胸をうつものがあるんだ」

アンナは感謝の眼差しで医者を見た。

やがて・・・
「あの・・・ロザンナ夫人のお孫さんが亡くなってしまって、わたしが今では唯一の身内の者なんですって。2ヶ月前、私が勤めていた老人ホームに、ロザンナ夫人の弁護士さんが訪れて、身内の老婦人が病床で先も長くないから、看病に携わってほしいとおっしゃたのです。じゃあ、他界されるまでとの約束で、このお屋敷に伺いましたの。そし、弁護士さんから、私がたった一人の相続人だと聞かされたのです」

医者は驚きを隠せない。
「そうだったのか。まるでシンデレラ物語だな」

中老の医者はしみじみと娘を眺めた。
全く化粧はしてないが、顔立ちの整った賢そうで品のある娘だ。

「あたし、ここへ訪れたときに、夫人にこれから何とお呼びしたらいいのかしらってお聞きしたら、ロザンナと呼びなさいとぶっきらぼうに言われましたの。無理もありませんわ。わたしたちは他人と同じようなものですもの。事実上の身内なんて何の意味もありませんわね。そのときはまだ夫人は頭もはっきりしてらして」

「そのうちボケがひどくなってきて、ネコの面倒を見てくれるお礼に資産を全部プレゼントするんだなどと・・・ロザンナ夫人はこの州の大資産家の10指に入るんだそうだ。君の将来は変わるよ」

「先生、お金持ちになるって、そんなに重要なことなのでしょうか。お金がたくさんあっても不幸だったり、惨めな一生を終えた方も、たくさん見てきましたわ」

医者は笑った。
「そんな屁理屈言わないで、もっと驚きと喜びを感じてほしいもんだね。私も名乗りを上げればよかった。おばあちゃま、覚えていますか僕のこと?あなたに会いに50年ぶりにニューヨークから戻ってきたんですよって」

娘は微笑んだ。
「ロザんナさん信じるかもしれませんわ。でも弁護士さんが・・・」
「弁護士もボケてくれないとね」

「先生、ロザンナさんがティンティンはもう死んでしまったことを知ったら・・・あたしそれが辛くて」
「私にもどうしていいか分からんのだよ。君が心をつくして看病するしか方法はないと思うよ」


医者が帰ったあとアンナは寝室に引き返した。
看護婦と家政婦が老女の体を洗い、シーツを変え終わったところだった。
薬が効いているらしく老婦人はうつらうつらしていた。

看護婦や使用人が出て行った後、アンナはベッドの傍らに腰を下ろして窓の外を眺めた。
赤い西日が温室の窓を染めていた。

本を読む気にもなれず、過ぎ去った出来事が脳裏を横切った。

強烈な恋に落ちて、それがはかなく散ってしまったこと・・・
相手は資産家の息子だった。身分不相応な相手であると知りながら、恋に落ち、そして終わった。
こんな苦しみを受けるなら、もう恋はすまいと・・・

そして、自分はこの屋敷に送られてきた。
自分は唯一の遺産相続者なのだそうだ。
それがどういうことなのか実感が今でも湧かない。
わたしは小さな2部屋のアパートさえ持てなかった両親の、貧しい生まれなのだ。

死もま近かな老女が目の前によこたわっている。
こんなちっぽけな、今まで会ったこともない娘が,唯一の身内であることを受け入れなければならない老婆。

いずれ、死は訪れる。貧しき者にも裕福な者にも。

自分もこの老女のように衰え、肉体は滅びてしまうのだ。
老女を前に涙が出てきた。


「ティンティンは・・・?」
目をさました老婆はつぶやいた。

あの・・・アンナは言葉につまった。

「ティンティンは19歳だものね」
老婦人が天井を見つめたままぽっつり言ったたので、アンナはぎくりとした。

老婦人はティンティンのことをそれ以上聞こうとはしなかった。

彼女はまじまじとアンナの顔を眺めていたが、やがて力なく手をさしだした。
アンナはそれを受け止めやさしく愛撫した。

骨ばった皮だけの手だったが、わずかの温もりを通してはじめて老婆との交流が出来たことが嬉しかった。
手を握られたまま、老女は再び眠りに落ちて行った。


その夜・・・

「先生、こんな夜更けにお電話して申し訳ありません。ロザンナさんが亡くなったのです」
「え?すぐにそちらに向かうからね。気を落ち着けて」

「とっても穏やかな顔だね。まるで気持ちよくお昼寝をしているようだ」

「昨日先生が帰られて、ベッドのところにいましたら、ロザンナさんが目を覚まされて、
「ティンティンも18歳だものね」って。

「あたしびっくりしてお顔を眺めたけど、何かいつもとは違っていたみたい。しっかりとわたしの顔をみていらしたわ。そして、手を差し出したので、わたしもにぎり返しました。ご自分からそんなこと一度もなかったのに。そしてそのまま眠ってしおしまいになったの。そのうちわたしもうとうとっとしてしまったけど、目が覚めたとき冷たくなっていたのです」

「ともしびが消える直前に一瞬の正気をとりもどしたんだな。そして君のことをみとめたんだ。おばあちゃんもネコも最後まで頑張って生き抜いて、至福の死をとげた。さあ、これからは君の新しい人生がはじまろうとしているんだ」(K)

| 猫.cats,gatti 100の足あと | 03:37 │Comments4 | Trackbacks0編集

イタリア猫ショートショート<あと26話>

oo
貢ぎもの

背中にでっかい腫れモノ?

寝苦しい。自分がうんうん唸っているのがわかる。

そして眼が覚める。

・・・カロータの奴またやったな。
スタンドのスイッチを入れてシーツを点検する。

なるほど、今夜はじゃがいもか。
野菜籠の中の青い芽を葺き出しはじめている、ピンポン玉よりも小さいしわしわのじゃがいも。

一昨日は親指ほどの人参だった。その前はトマト。
ボクは葡萄くらいのサルデーニャ産の固いトマトを背中でつぶしてしまったのだった。
ひんやりとして、実に奇妙な触感で眼がさめたのだ。

ご丁寧に2つも持ってきてくれたが、一つは床の上に転がっていた。だがそれもベッドから下りるときに、ぐしゃっと踏んづけてしまった。気持ちーい悪い!

カロータの奴、もう・・・

いつまで続くんだい?
飼い主への貢ぎ物?
お手柄を褒めてもらいたいため?

真夜中、ボクが正体なく寝込んでいるとき、カロータは目覚め、活動を開始する。

猫は夜、我々人間どもが疲れてぐーぐーやっている間が、一日中で最も冴えているときなのだそうだ。

台所のバルコニーから、野菜や乾燥してからからになったちっちゃなコビトザクロとか、ころがっていたワインのコルクの栓とかいろいろ持って来る我がカロータ。

狩りで捕らえた獲物を見せに来る習性。
何千年も続いている伝統的習性。

でも、いい加減に止めてほしいんだけどね。


       *


野良の大ボス登場。
どす黒くカロータの3倍くらいありそうな不気味なやつだ。
カロータへの教育が始まる。

「お前、そんな野菜のくずなんか持ってったって、何の意味がある?。
人間はお前を哀れなマヌケ猫と思うだけだ。

聞け!
オレが価値ある猫とは何か、たっぷり特訓してやろう。

猫の能力・・・それはヘビを生け捕ること、俺たちの体の半分もありそうな、大ネズミを生け捕ることにある。
歴史的に見たって何万年も前から、猫とヘビのカクシュウは絶えなかった。
猫がハーッとやるのは、ヘビから教わったと言われている。ヘビと同じようにハーッと音を出すことによって、敵からの危険から逃れたのだ・・・と猫学者達は言う。
冗談じゃあない!断じてそうではない。ヘビ達が猫から学んだのだ。

いずれ、お前にもヘビの生け捕り方を懇切丁寧に教えてやろう。
だが、今夜は手っ取り早いネズミの穫り方からはじめる。

こんなアパートの地下に入ったって、大ネズミなどいないから、
近くの沼のドブネズミを捕るのだ。

それをお前の主人に献上せよ。
主人は初めてお前の真価を認めるであろう。
さあ,行け!」



ギャーッ!アイウトーッ!!
ボクは飛び起きた。

カロータがデッカいネズミをくわえてベッドに潜り込んできたんだ。
あ?
これまた、例のインクボ?
汗びっしょりだ。
ああ、夢でよかったよ。


カロータはどこだ?
カロータは部屋の隅に行事よく、不動の姿勢でじーっとボクを見つめている。
その目つき、フツウじゃない・・・殺気だっている。

止めてくれよな、その目つき。お前らしくもない。

こんな悪夢、一生見たくないよ。
オレにとって、ヘビとネズミほどおっかないモノはないんだ。

さて、気分を落ち着けるためにコーヒーでも沸かそうか。

ボクは掛け布団をぱっとめくった。

ギャーっ!出たっ!
いたのだ、一匹の大ネズミが!
ボクはベッドから飛び降りたが、よろけてひっくり返ってしまった。
その弾みに頭を箪笥に思い切りゴツン!痛ってえ!

インクボではなかったのだ。
だがネズミは動かない。
恐る恐る近づいて見た。

ネズミの体から白い布切れがはみ出している。
<Made in Cina>と印刷。(K)

| 猫.cats,gatti 100の足あと | 00:02 │Comments5 | Trackbacks0編集

イタリア猫ショートショート<あと27話>
mar

マルチェッロ 

我が家のカロータがよそ様の家に紛れ込んでお世話になったことは話した。
ところが、今度はその逆、見知らぬ猫が、我が事務所に飛び込んで来たのである。

 ドアを開けたとき、その猫は待ってましたとばかり、事務所の中を突進、我が物顔で駈け回り、よそ様の家に入って来た戸惑いなど全くゼロ。
濃いキジ猫だが、喉のところに白いマッキア(染み)があり、赤い首輪が可愛いらしい。

カロータよりも幾分小柄である。
ミルクを与えると、ちょっと口にしただけで、又、猛烈な勢いで走りまわる。腹は減ってないらしい。

仕事机にも飛び上がる。日中は我々と事務所で一緒に過ごすカロータはびっくり仰天・・・と言うより取り乱している。
無理のないことだ。母猫や兄弟猫達と別れて以来、いまだかって猫族にお目にかかったことがないのだから。

カロータはロッカーに飛び移り、うずくまり、その眼は興味と恐怖で大きく見開かれ客を追っている。
以前カロータが家を間違って六階のアパートで一夜お世話になったことがあるけど、この新来も一泊くらいさせてやりたい気持ちになる。可愛いのだ。

 夕方仕事が終って、2匹の猫を我が家に連れて帰って来た。

カロータは興奮しているらしく箪笥の中に入ったまま出て来ようとしないし、食欲もないらしい。
客はといえば、ガツガツと平らげて、終るとソファーにごろりと横になる。
『諸君、では、おやすみなさい』
って感じなのだ。

カロータがいつのまにか箪笥から出て来て、サロンの隅にうずくまり、ぐっすりと眠りこけている客を凝視している。
だが何事も起こらず一夜が過ぎた。

 翌朝、さっそく掲示板に広告をだした。勿論、クレパスの似顔もつけて。
『早く、僕を迎えに来て。家に帰りたいの。今、僕を泊めてくれている人は、三階のK氏。電話番号は・・・』

 午後、突然玄関のベルが鳴ったので開けると、女の子が二人立っている。妹らしいほうは、まだ小学生くらいの幼い感じで、お菓子の箱らしきを両手で恭しく掲げている。

「さあさあ、遠慮なく入って下さい」
2人を事務所の中に通した。
走りまわる猫を捕まえようとするが、そう簡単には行かないようだ。スタジオの若者達も、仕事そっちのけで子猫を追いまわす。

「マルチェッロ! さあ、いい子だから逃げないで。帰リましょう!」
「マルチェッロ? 人間みたいな名前だな」
「そう、人間みたいなものですわ」
と、姉さんのほうが笑いながら言う。

やっと子猫を捕まえた。
マルチェッロは腕の中に入ると急に大人しくなり、まんざらでもなさそうに娘の腕をぺろぺろ舐めたりして、情愛を示す。

姉妹は、2階に住んでいる親戚の所に、猫を連れて遊びに来たのだそうだ。
昨日着いてすぐ、ちょっと油断している隙に猫が姿を消した。

「これ、あたし達のお礼」
それまで珍しそうに事務所の中を見回していた妹のほうが、ややはに噛みながら、チョコレートの箱をうやうやしく机に置いた。そして彼女はロッカーの上でうずくまって、我々を見ているカロータに近づいた。
「可愛いわ、名前は何て言うの?」と頭を撫でようとしたときだ。
カロータがいきなり『ハーッ』とやったので、彼女はびっくりして後ずさりしてしまった。
あまりそんなことはやらないカロータなのに、マルチェッロの訪問によっぽど頭に来ていたのだろう。

姉妹はもう一度「グラツィエ」と礼を言うとマルチェッロをあやしながら帰って行った。(K)

| 猫.cats,gatti 100の足あと | 20:29 │Comments2 | Trackbacks0編集

イタリア猫ショートショート<あと28話>

cavii

カヴィヤの夜

朝の散歩から帰って来たリーノおじいさんは、いつものように簡単な朝食をとった。

先週ふらりとバイエルンを旅行したときに、ホテルの朝食に出たビスケットがとても美味しかったので、このところ朝食はこのビスケットと紅茶だけ。ベルギー製のカラメルビスコットである。
ドイツから帰って来てインターネットで探し出し、苦労してやっと購入したんだけど、実は大きなスーパーにもあったので、ちょっとがっくり。

新聞を読みながら、バッハを聴きながら、これ以上は無理なほど時間をかけて朝食をとる。

リーノおじいちゃんは自分の食べるものは何でもネコに食べさせる。

「カヴィーは何でも食べてくれるからわたしは嬉しいよ」
おじいちゃんは飼い猫と一心同体でありたいらしい。ネコだってそうに違いない。
おじいちゃんが食事をしているときは、自分は食べなくても必ず自分用の椅子に行儀よくすわってるんだから。

ネコの名前まだ言わなかったけど、カヴィ、って名前。
カヴィヤーのカヴィ。又どうしてそんな名前を?


さて、おじいちゃんはゆっくりの朝食を終わると着替えをはじめる。
ヨモギ色のパピリオン、ボルドーと紺のストライプのジレー、淡いグレーの上着にクリーム色のズボンで身を整えると、ちょっと髭をあたる。
今日は特別な日なのでお洒落しないと。

「カヴィ出かけて来るよ。今夜は久々のご馳走だ。いい子にしてるんだよ」

おじいちゃんはバスに乗り、都心まで出ると地下鉄に乗り換えて2つ目の駅で降りる。

画廊やアンティックの店、建築家の小さな事務所などがある所だ。
道は何百年も経っているような敷石なので、おじいちゃんはちょっと気を付けながら歩く。
一度、雨の日に足を滑らしたことがあるからだ。

と、ある一軒のアンティックの店の前でリーノおじいちゃんは足を留める暇もなく入って行った。

「まあ、リーノさんたら、すっごくおめかしして。今日はあの日なのね」
「そうとも、あの日なんだよ」と笑う。

リーノおじいちゃんは内ポケットから、小さなエッチングを取り出した。
「ちょっとエルネスト・ニステルのまねごとみたいだけど、気に入ってくれるといいんだけれどね」

「まあステキなネコちゃんの兄弟。いつごろお描きになったの?」
「60年前くらいかな。私が美大のときのものだ。今日はこれで勘弁してくれるかい?」

「勿論ですよ。マリーナさん大喜びよ。だってリーノさんの大ファンなんだもの。おいくらさし上げたらいいのかしら?」
「いくらでもいいさ。君が決めてくれたまえ」


リーノおじいちゃんはありがとうと言って代金を受け取ると、丁寧に財布にしまい、骨董店を出た。
又地下鉄の乗って今度は市内のど真ん中へ。
高級店で立て込んだ所に目的の店はあった。

輸入食品専門の最高級のM店だ。
リーノおじいさんはウインドウでちょっと身だしなみを整えて、いくらか気取ったポーズで中に入って行く。
外国の高級食品ばかり扱っている所だから、客は多くない。身なりもキチンとしていて、下品に大声で喋る客など一人もいない。言うなればちょっとスノッブの雰囲気だ。

黒いスーツで気取って澄まし込んでいる若い店員。
リーノ氏を見つけると、にこにこ笑って手を差し伸べてきた。
「これはこれはリーノさん、ご機嫌いかが?今日もやっぱりアレのために?」

「ご覧の通り。この気取った服装を見ればわかるだろう?カヴィヤーを買う日はワタシの最高に贅沢の日なんだ」
「リーノさんの素晴らしい日。いつものように一番小さなビンがいいですか?」
「うーん、絵がいい値で売れたからちょっと大きめのでもいいんだ。でも最高の物をね」
「わかってますよ。イランから入ったばかりのフレッシュなモノなどいかがでしょう?」

買い物を済ませると、おじいちゃんはついでに高級ブティックの並んでいる店をゆっくり回って、ネクタイを一本買った。エッチングを売って、カヴィアーを買ってもおつりが来たのだ。
そして家路についた。
        

リーノおじいちゃんはわくわくしていた。
今夜は3週間ぶりに超高価なカヴィヤーにありつけるのだ。

「カヴィや。お前の大好物のカヴィヤーの夜だよ」

今朝、掃除婦が来てくれたので、家の中は奇麗。
たった60平米しかないささやかなアパートだが、日当たりはいいし通し風はあるし、春から秋にかけて並木の緑は窓いっぱいに覆ってくれるし、この78歳のご隠居には申し分ない憩いの家なのだ。

テーブルクロースも掃除婦が気をきかせて、最高の物が敷き詰められている。
カヴィアはヴィクトリア調の銀のコッパに。
冷蔵庫からとっておきの白ワインを取り出して、栓を抜き、ムラノのグラスに。
(彼はシャンパーンより白ワインを好む。それもフリウリの超高級ワインを)

ネコのカヴィーは自分の椅子の上に行儀よくお座りして分け前を待っている。
彼も知っているのだ、今日は大切なカヴィアの夜であることを。

リーノおじいさんはある日(ずっと若いとき)カヴィアを食べて、病み付きになった。
でも高い。グラフィックを引退しても年金生活は優雅ではなかったから、カヴィアーなど贅沢だと諦めていた。

だが、ある日こんなことを考えた。
自分が若い頃に描いたネコの小さなイラスト、ネコの切手(何と1900年くらいの物もある)、1900年初期のネコの絵はがき・・・そんなコレクションを持っていても仕方がないではないか。
憧れのカヴィヤが食べたくなったら売ればいい・・・ってアイデアにたどり着いたのだ。

「全部まとめて売って下さればずっとお得ですよ」
アンティックの主人は言う。
「いやいや、そんな大金はいらないよ。その時にカヴィヤ一個買えればいいんだ」

「ほら、美味しいかい?よーく味わって食べるんだよ」
キャビはぺろりと食べて味を吟味するように舌をなめ、またほしがる。

おじいちゃんは銀のスプーンで一口。
眼を細めてしみじみと味わう。

このネコは真っ黒だがグレーの斑点がある。
「リーノさんにもらって頂けたら」
「毛がカヴィヤみたいだな。もらおうか。名前はキャビだ」
とても聞き分けのいいネコでリーノ氏は気に入っている。

たった2人だけの儀式ばった夜は更けて行く。(K)






| 猫.cats,gatti 100の足あと | 21:33 │Comments2 | Trackbacks0編集

イタリア猫ショートショート<あと29話>
iyanaotoko

心変わり
どうしても好きになれない男がいる。
理由は別にないんだけど、虫が好かないのである。
彼は中堅広告代理店のマーケティングに勤めている。

打ち合わせに顔を出すと、必ずひと言あるのも煩わしいし不愉快千万だ。

マーケティング担当だから、いつもダンディである。
歩き方が気取っている。
タバコの吸い方も嫌味だ。
超綺麗好きって感じ
上着に毛一本付いていないかと始終気にするタイプではなかろうか。
昼飯だってちと気の利いたところでとるらしい。
    

Gはその代理店で働くクレアティヴである。
彼とボクは気が合う。
かなり長い間一緒に仕事をしているので、仕事以外でも付き合う間柄なのである。

ある日、朝から彼はボクの事務所に出張して来ていて、コンピュータの前で、ああだこうだと意見を交換しながら仕事をすすめていた。明日の会議に間に合うように、スケッチ8枚を準備しているのである。

そして正午を回った頃。
「昼はうちで食えよ。スパゲッティ・プッタネスカだ」
「ウーン、悪くねえ」

プッタネスカのソースは朝早起きして作っておいたから、パスタを放り込むだけだ。

と、ブザーが鳴った。
インターホーンから、「オレだ。遅くなった。レスピー二だ」と低い声が。
ボクの嫌いなマーケティングの男だ。

「あ、オレすっかり忘れていた。レスピー二が仕事どこまではかどってるか様子を見るために寄るって言ってたんだ」
Gはすまなさそうに言う。僕が徹底的に毛嫌いしているのを知っているからだ。

「レスピーギさん。パスタいかがです?プッタネスカですけど」
ひと通りのチェックが終わったとき、ボクが儀礼的に言った。
絶対断くれるだろうと期待して言ったのだが・・・

「うーん、これから2時半にはY・R・Gで打ち合わせなんだ。間に合うかな?・・・ま、いいだろう。せっかくのご招待だからな」
恩着せがましい。
レスピー二はもうテーブルの椅子に腰掛けて、携帯で何やらしゃべっている。
携帯をポケットに戻すと、いきなりのたまわった。
「このキッチンのドアのカラーはこれでいいのかな?」

ギクッとした。このキッチンの内装は出来上がったばかりなのだ。
苦労したかいがあって自分では気に入っている。それを・・・

死ね、このやろう!
僕は聞いていないふりをしていた。

パスタとソースをかき回して三枚の皿に盛り付けてテーブルに並べていたときだ。
駆け込んで来たGが頓狂な声を発した。
「おい、あれを・・・」

何たること!猫のカロータが粉末の粉チーズをぺろぺろとなめているのだ。
「カロータ!何してんだよっ!!」
青くなって叫ぶボク。
レスピーギ氏も振り返った。
口の周りを白くしたカロータは初めて顔をあげ、きょとんと我々を見ている。

やれやれ、よりによってこの男がいるときに・・・
ボクは覚悟をした。レスピー二さん、無理に食ってくれなくていいんですよ。

「まあ、いいじゃあないか。そのくらい」
レスピー二は言ったのだ。
そして猫を抱き上げると床におろし、そのぺろぺろチーズを自分の皿にかけ、うまそうにパスタをたべはしめたのだった。

その瞬間から、ボクはこの男が好きになった。(k)


| 猫.cats,gatti 100の足あと | 17:09 │Comments1 | Trackbacks0編集

イタリア猫ショートショート<あと30話>
カロータが死んで,専用の切り窓も不要となった。

kuguridoa2

カロータの専用出口
何年ぶりかで本腰入れてバルコニーの掃除をした。
台所専用の大きなバルコニーだが、以前は猫用の砂などを置いていたところだ。

ガラスドアの小さな切り窓も、もう、必要でなくなったので枠をはずしたら、猫の毛がへばりついていて、真っ黒になっていた。アルコールでごしごし拭いても17年間の歴史。そう簡単に奇麗にはならない。

「猫用の窓が必要ならば先に言ってください。ドアが出来上がってからでは無理なので」
17年前、注文を取りに来た男は言った。
出来上がって届いたのは、モダンで頑丈な金属製のガラスドア。
右側のドアの下っ端に麗々しく、当時としては超モダンな切り窓が設置されていた。

        *
カロータは生まれて3ヶ月後、我が家の住人となった。
もう秋の深まりもすぐそこだったから、最初の課題はこの切り窓を理解させることだった。

オレは寒がりだからドアはきっちり絞めて寝たいんだ。
「さあ、これがお前専用の出口。早く覚えてくれよな」
カロータが来た日の夜から、訓練は始まった。
カロータを切り窓から出して入れて、出して入れてと10回近くも繰り返したが、
全く他人ごと、覚えようとしてくれない。

翌日もその繰り返し。全く効果なし。
これじゃあしばらく忍耐が必要だぞ、とこっちも観念したのだった。が・・・

その夜遅くまで、ボクはキッチンのテーブルで手紙を書いていた。
カロータは足元で飽きもせず戯れている。
よくもまあ、つぎから次ぎへと遊びを発明するもんだなあと見とれていたときだ。

突然、彼は切り窓に向かって驀進!
頭からドーンと突っ込んでバルコニーにとび出たのだった。
プラスチックの蓋が大きく音をたてて前後に揺れる。

バルコニーに飛び出し、カロータを高々と抱き上げた。
「悟ったのだな、ヴラーヴォー」
そのときから、カロータは我が家の一員となったのだ。


手術をほどこしたらカロータはどんどん肥えていく。
体も大きくなって大トラになった。
赤の大トラのカロータ。
「なんぼ何でも太りすぎだよ、こいつは」という知人たち。

そのうちにますます肥えてきて、切り窓を通過するのがひと苦労になってきた。
何とか通過しようと腹をねじまげ、ウーウーンと大奮闘してやっとバルコニーに出るカロータ。

家の中に入るのに、ドアを開けてやっても、やっぱり窓を通して入ろうとするのがおかしい。
こいつちょっと知性が足りないのでは? 
でも可愛い。


年を取ってきて、痩せが目立ってきた。病気なのだ。
「あと6ヶ月がせいぜい」と獣医に言われ、ボクはショックを受ける。
でもその後、4年近くも生き延びた。

「あと2ヶ月だね」と同じ獣医が言ったとき、
「以前、命は6ヶ月がせいぜい、と言ったの覚えてます?あれから4年以上も生きてたんですよ」
「へえ?そんなこと言った?」
このヤブ医者め。

切り窓を通り過ぎるのも、何の苦労もしなくていい骨と皮ばかりのカロータ。
その変わり果てた姿を、ボクは切ない思いで眺めていた。

切り窓はカロータの思い出のしるし、彼がこの家で17年間生きてきたあかしだ。
これを作らせたとき、年取って死んでしまうカロータのことを想像しただろうか。

プラスチックの枠は取り払ったけど、穴は残っている。
奇麗に切り込まれた穴から秋の風が吹き込んで、去って行く。

Via con Carota.
(Gone with Carota)(k)







| 猫.cats,gatti 100の足あと | 16:04 │Comments3 | Trackbacks0編集

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すむらけんじ

作者: すむらけんじ
ミラノに住む広告イラストレーターです。このブログは今まで飼った猫、今飼っている猫のことを綴ったものです。
作者は左耳は生まれつき難聴にかかり、人口内耳に踏み切るまでの耳の歴史、未来のことなども連載しています。

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