上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --:-- │Comment- | Trackback-│編集

短編小説 人形 6
gh

その日、午後からの打ち合わせの取り消しの電話を入れると、再びパヴィアに向かった。
 そしてそろそろ陽も陰り出した時刻、私は例の作品の前に立っていた。
 レンガ作りの古い民家を改築したような、天井の高い民芸館の一室に、目的の作品は他の作品に混じって、ひっそりと飾られていた。
 それは白いパスタを使った表面に、小さなひび割れの効果を出し、艶だしの上薬を塗っただけの、マイヨルカ風の単純なものであった。
 3本のゆったりとリズミカルに流れる線は、紐のような細い線が盛り上がって四面を取り囲んでいた。ごくシンプルなオブジエでありながら、優れた陶芸の味わいがあった。

 私はこの作品の作者が表れるのを待っていた。
 作家の名はフロシルデ・クラウスとなっている。
 ワグナーの『ラインの黄金』のライン川の水の精の一人がフロシルデという名前であったことなど、ぼんやりと考えていたら、以前ミズと一緒にスカラ座にワグナーを聴きにいったことを思い出した。
 あのときミズはいたく感動したように、初めてワグナーに接したのだと言っていた・・・

  一人の女性が私の前に姿を表した。ワグナーのオペラに登場するような大柄なタイプを想像していたのとはちがい、赤毛の実に小柄な女性だった。
 髪を短く刈り込み、男物の白いシャツを無造作に着流したそばかすだらけのこの女性は、ずっと昔訪れた北欧のスオーミ(湖)で戯れていた男の子を私に思い起こさせた。

 閉館時間も迫ったほとんど人気のない、展示場の隅のソファーに落ち着くと、挨拶もそこそこ私は切り出した。
「フロシルデさん、あなたでしょう? ミズの人形を骨董店に持っていったのは」

 暫くの沈黙があった。やがて、 女性は首を横に振り、静かな調子で言った。
「あたしはただ、あなたに展示会の案内状を送っただけなのです」

 私がそれ以上何かを待っているのに気がつくと、しばらく間を置いて、思い出を辿るように彼女は話始めた。
「私とミズは姉妹のように仲がよかった。手遅れの癌だと分ったとき、泣いて私に打ち明けてくれたのです。強いショックを受けていたけど、やがて思い直して、残り少ない日々に 自分には何が出来るのだろうかと考えていると言ってました。
 その後、日本人形のボディを丹念に修理し、着物も古い和服の端切れを使って縫い替えていました。ミズの長い髪毛が切られているので、この人形の髪はあなたのものなのね?って言うと、
『そう、もう必要なものではないので、これに使ったのよ』
 そして、『わたしには山ほどやりたいことがあったのに、何もできなかった。これがあたしの最後のささやかな仕事になったんだわ』
 と呟いていました。

 私が人形に見とれていると、ミズは、
 『見て、この表情。わたしにはどうしてもただの人形とは思えないの。じっと眺めていると、逆に私のほうが見つめられている気分になってしまう。
 そして不思議と亡くなった母の顔が浮かんでくるの。だからもう、この人形は絶対に返したくなかった・・・実はこの人形は流太さんのものなの』

 リュウタ? その名前はミズから聞いたことがありました。
 入院した日に、私が病室に彼女を訪ねると、人形が見当たらなかったので、もう一度あの人形を見たいわと言うと、ミズは人形をパヴィアの骨董店に、付き添いの女性に持って行かせたと言うのです。

 驚いたわたしは、あれは流太の人形ではなかったのって聞いたら、
『そうよ。流太はいつか必ず取りにくるわ。だからそれまでお店に飾っといてもらうのよ』
 そこであたしは聞いたの。
『でも来なかったらどうするの』って。

『いつか必ず来るわ。きっとそうなるのよ。だから、なにも心配はいらないの』
そう言って彼女は微笑んだわ。
 なぜ、そんなことをするのって聞いてみたかったけれど、わたしは黙っていた。ミズってとっても変わった人だったからです。
 わたしには見当もつかないことを言ったり考えたりするひとだった。そのためにむしろ、とても神秘的に見えるミズだったの。 

 わたしは故郷のケルンとボンでの個展の準備をするために後ろ髪引かれる思いで発ったのです。
 オプニングが終わったら、翌日、パヴィアに飛んで帰るつもりだったのに、、、ケルンでミズが死んだと連絡を受けたとき、私は一晩中泣いたわ。私も死にたいと思ったくらい・・・」
 眼に涙を浮かべて話すこのフロシルデのことは、ミズから全く聞いたことはなかった。私にはミズが今まで感じていた以上に秘密に満ちた女に思えた。

「パヴィアに住むようになって、ある日、あの人形を骨董店で見つけたの。それ以来とても気になっていました。なぜって、1年たっても、2年たっても、流他さんは人形を取りにこない。わたしは店に入って行く勇気がなく、時々外から隠れるように骨董店の前を通りながら確認してたのだけど、そのうち焦って来たの」
 彼女はもう笑っていた。
「なんとかしなければ。店の人間が諦めて誰かに売ってしまったり、店主がかわったりしたらどうなるんだろうかと心配になって来たのよ。まず思ったことは、とにかく流他さんをパヴィアに呼び寄せることだって。そのために私はこんな作品を作ったの」

*
 人形は元のように私のサロンのコモの上に置かれた。その横にフロシルデの作品も。このところ少々年を取って来た猫のポは、人形を見ても全く関心を示さないので私はほっとした。どうやら、年と共に以前ほど好奇心旺盛では亡くなって来たらしい。
私は以前と違って、大いなる関心を持って、毎日人形を眺めるようになった。

考えてみれば、人形との再会は非現実的で全く不思議な出来事であった。
ミズは、人形は必ず私のもとに戻って行くと確信していたのだ。そして、それを全うしたのである。
フロシルデはそれを手助けしただけである。
語学学校時代のマレーシアの女の子の髪毛ではなく、ミズ自身のものを使った新しい髪は、彼女の執念であり、確信であり、無事に私のもとに届いてほしいという強い願いであるように思われた。
そして新しい着物、顔も綺麗に磨かれて蘇ったこの人形は、ミズの化身その物のように思われた。


  年も変わって、春が訪れた。
 ある日曜日の午後、私はサロンのソファーに横になって、本を読んでいた。
穏やかな四月の終わりの太陽がさんさんと室内に差し込んで、すでに初夏の気配を感じさせる和やかな午後であった。私はそのうち、うとうととしてしまった。

・・何かが、ごとん音をたてて落ちたような気配で私は我に返った。腹の上に載せていた分厚い本が板張りの床の上にずり落ちたのかと思ったが、本は両手で持ったままだ。
何気なくコモに眼をやってびっくりした。

意外にも、猫のポがきょとんとして私をみていたのだ。
 そして人形は床の上に落っこちていた。飛び起きて人形を拾い上げたが、幸い顔は傷ついていないものの、髪毛のカツラが半分外れてしまっていた。

  外れたカツラの隙間から小さな穴を見つけ、空洞が見えたので、何気なく覗いてみると、何か入っていているようだ。
 軽く振ってみると、微かな音がした。私は人形の頭を逆さにすると、指を突っ込み、苦労してやっと中の物を取り出した。
 薄い和紙に包まれた、親指の先くらいの大きさの紙包みは、接着剤で頭の内側に貼付けてあったらしいが、床に落ちたショックで外れてしまったのだろう。

 私は慎重に包みを開けた。中の物が完璧に姿を現わす前に、あることを予想して、胸が高まり、指先が震えるおもいだった。
 中から出て来た物・・・予感した通り、それはあの銀の鈴に他ならなかった。こわごわと二本の指でつまみあげると、鈴はチリンと午後のサロンに響いた。 「完」


 短編小説 人形 5

ng


 そして、3年の歳月が流れた。秋も深まった10月の半ば、私はパヴィア市の大学付近の石畳の裏通りを歩いていた。珍しく快晴の午後であった。
 駐車場に車を預けて、私はゆっくりと人気のない裏通りを歩いていた。何百年もの歴史を誇るこの街は、時間が止まってしまったかのような、静寂と落ち着きがあった。
 ときどきポプラの眼にしみるような黄色い葉がたった一枚、そしてまた一枚、はらはらと足下に舞い降りてきて、私の目線を奪った。

  私はパヴィア市に陶芸家のグループ展を見に来たのである。先週、郵便物に眼を通していたら、この街での陶器展の案内状を見つけたのである。
 8人の女ばかりの合同展らしく、もちろん私の知らない名前ばかりであったが、それでも私は見に行ってみる気になったのだ。
 案内状の二つ折りのカードに、出品者の作品の写真がそれぞれ小さく出ていたが、その一つの何となくピラミッドのような形をしている置物に、心引かれたのだった。

 その頃よくミズのことを思い出していたので、そんな気持にさせられたのかもしれない。私は美術史家団体のための、ヴィジェーヴァノ市のブラマンテ広場での仕事を終えたあと、わりと近くのパヴィア市に足を伸ばすことに決めたのだった。

  ミズはこのパヴィア大学の付属病院で息を引き取った。癌だと宣告されても彼女は日本には帰りたがらなかった。

「広島の病院に入るよりここのほうがいいわ」
 ミズはニコレッタにそう言ったという。日本から駆け付けた父親は見晴しの良い特別一等室に部屋変えさせた。そこからは葡萄畠が連なる丘陵が一面に見渡せた・・・・

 ちょうど私は、一軒の骨董店の前を通りかかっていた。
 そして何気なく足を止めた。店のウインドウは西陽をまともに受けて、それをさえぎるために、白い日除けが深々とさがっていた。
 いつもの癖で眼をこらして大きなガラスの中を覗いていると、次第に眼が慣れてきて、薄暗い店内の様子が少しづつはっきりとしてきた。
 古い家具やテーブルの上に、ヴェネティア・ガラスやカーポ・ディ・モンテらしい置物などがおいてあり、壁は肖像画や絵皿でびっしりと埋められていた。

・・・私は瞬間息を飲んだ。ずっと奥まったところに、日本人形が足を投げ出すように座って、暗がりの中で私をじっと見つめていたのである。
 私はなぜかその時、反射的に『ミズ!』と小さく呟いたのだ。
 我が眼を疑い、いっとき眼をそらせて、また改めて人形を見た。人形は一層強烈に、私に向かって婉然と微笑んでいるように見えた。
 暗闇の中で、人形だけが幻のように光を放って、私に迫ってくるような錯覚を憶えた。

  我に返った私は店の中に入り、あの日本人形を手に取って見たいと言った。

 白いレースのブラウスを着た金髪の若い娘が、何となく探るような眼付きで私を見たが、やがて人形を抱き上げてから、無言のまま私に手渡した。
 ガラス越しに熱心に見ていたこの客を、彼女は、ずっと観察していたのに違いないのだ。

 人形の髪は黒くたっぷりしたもので、着物も華やかではないが、みすぼらしいものではなかった。
 そのことが私を失望させた。私は気を取り直して、改めて人形の面を見た。そして、眼を離すことが出来なかった。
 仏様のように慈愛のこもった表情、謎めいた、私の心の奥まで見透かしているような微笑み・・・
 私はこの人形を買おうと決めた。

  だが、娘は、意外なことを言ったのだ。
「残念ながら、この人形は売り物ではないのです」

 解せなくぼんやりとしている私に、彼女は続けて言った。
「これは預かり物で、私たちは持ち主が取りにくるのを待っているのです。
 もう三年も前のことですが、わたしの祖母が店にいるとき、ある女性が訪ずれて、『いずれ、きっと持ち主が表れるから、それまで預かっていて欲しい』と頼んだのだそうです。祖母はそのとき、一応断ったようだけど・・・」

  若い店員は人形の髪毛の乱れを直しながら、続けた。
「その女性は日本製の皿や壷など見せて、
『ぜひ、お願いします。これはそのお礼です。古いものばかりではないが、結構価値のあるものだそうだから売るなり何なりしてください。もう、必要ではくなったので』
 そして去って行きましたが、それっきりなのです。
 祖母はこの不思議な依頼に非常に興味をもったらしく、人形は確実な持ち主が表れるまで、誰にも手渡さないようにと、昨年死ぬ前に言い残したのです」

 ミズのやったことなのだ! これはあの人形なのだ、と、私は心の中で叫ばずにはおれなかった。
 そして、人形を持ってきた女性とはニコレッタのことではなかろうか。
 やっと、持ち主が現われたようです。それは私です、私はそう言いたかった。だが、娘は先回りして言った。
「何かはっきりした証拠を示してくだされば、この人形を持って行ってくださって結構ですよ」

 この人形が自分のものであることを証明するにはどうしたらいいのだろうか。
 まず、いったい誰が人形をこの店に持って来たのだろうか。
 当然のことながらニコレッタのことを考えずにはおれない。だが、持って来た女性がニコレッタなら、なぜ私にそれを言ってくれなかったのだろうか。
 私はミズとニコレッタの二人の女の企みに掛かっている様な気分になった。

 私は思いに沈んで店を後にした。ミズの顔と今しがた見た人形の顔がだぶって、頭脳から取り去ることが出来なかった。
                                                     *
 
ミラノに戻ると、東京の小河夫人に電話を入れて、一部始終を話した。

「流太、あんたに言ったでしょう。誰にも上げないで、自分で持っていてねって。でももう人でに渡ってしまったのだったら、諦めるしか仕方がないわ」
 彼女の声を聴きながら、私はミズにあげてしまったのではなく、髪の毛を作るというから彼女に貸しただけなのだと言い張った。
小河夫人のいかにも残念そうな声に、いくらかあわてふためいたが、私は何が何でも人形を取り戻したいと言った。

「もしも本当にあの人形なら、ボディの何処かに「舟」とか「舟次郎」というサインがあるかもしれない。でも私も確信はもてないの。必ずサインが入っているとは限らないし。
 もう、百年近くも前に作られたものなんだろうけど、作家は舟次郎というひとらしいの。気がふれて死んだ若い妻に思いを込めて作ったと言う、伝説までのこっている、曰く付きの人形らしいのよ」

 翌日、私は再びパヴィアの骨董店に姿を現わした。店の娘は私が再び訪れたことを、なぜかよろこんでいるようすであった。

 私は紙の上に「舟次郎」という字を書いてみせ、作家のサインとしてこの文字が体の何処かに書き込まれているかも知れない、それが見つかれば確かな証拠だと言った。

  二人は慎重に人形の着物を脱がせて、ボディをくまなく探したが、「舟」という文字、またはそれらしき物は、どこにも見当たらなかった。
 失望の色を隠しきれず、呆然としている客の前で、娘は新たに着物を着せられた人形を抱き上げ、しげしげと眺めながら言った。

「ほんとうにいい表情をしている・・・祖母の大変なお気に入りだったことも理解できるわ。
 ここに長いこと置いてあったのに、わたしはあまり注意して見なかったけれど。
 でも、祖母が言ってたわ。この髪の毛はもちろん後になって作られたものだし、着物だって古い布地を使って作り替えたものに違いないって。ヨーロッパの人形だってそうだもの。
 完璧なオリジナルのものばかりではないのよ」

  どうしてそれに気がつかなかったのだろうか。これが、あの人形なら、ミズが手を加え、作り直した物なのである。これはミズの作品ではないか。
 彼女は自分の作品に、あの銀の鈴にまで必ずサインを入れていた。「川」という文字を横にしたような、三本の線の水のイメージのサインを。もしかしたら見つかるかもしれない。
 ミズのサインを紙に書いて、私と娘はまた丹念に調べ始めた。緊張のあまり、体が小刻みに震えるのを覚えた。
 そして・・・私は見たのである。人形の襟足にあたるずっと上の方、隠れるように小さく、注意して見なければ見逃してしまいそうなミズのサインが、克明に書き込まれていたのである。

 人形は私の元に戻ったのである。
 その夜、私はニコレッタに電話をして、いきさつを話した。信じられないというふうに、感嘆のため息が電話を通して聞こえてきた。

「ねえ、ニコ、白状したらどうなんだい? あの骨董店に人形を届けたのは君だろう?」
「そんなにあたしを疑わないで。この奇跡にわたしもすっかり驚いているのよ」
 嘆願するように言うニコレッタに、これ以上しつこく攻めるわけもいかず、私は電話を切った。

 翌日から再び翻訳の仕事に取りかかった。
 ゆっくりと朝食を取った後、私がコートのポケットから手帳を取り出そうとしたとき、一枚の印刷物が足下に落ちた。
 それは陶器のグループ展の案内状であった。
 私はその展示会を見るためにパヴィア市に行ったのだったが、人形のことにかまけて見ずじまいに終わったのだった。
 忘れていたわけではなかったが、もう興味も失い、人形を抱えてそそくさとミラノに戻って来たのである。私はその案内状を壁にピンでとめながら,改めて作品の写真に眼が入った。
 ピラミッドを少し長くしたような白い置物は、なんとなくミズの鈴の形に似ている。
 私はこの作品に引かれてパヴィアに行った。そして人形を見つけたのだ。何という奇遇であろうか。 

  しみじみと写真を眺めていた私は、稲妻を受けたようにはっとした。
  よくよく見ると白い面の下の方に僅かではあるが、数本の線が、いや、確かに3本、五線譜のように平行に波打って、四面を囲っているようである。
 それはごく細く彫り込まれているようでもあり、盛り上がっているようでもあった。ライトの当たり具合で、はっきりしているところと、ほとんど見えないところもあるが、確かに3本の線には違いなかった。(つづく)
                                                   
 
スポンサーサイト

| 『人形』 | 13:28 │Comments1 | Trackback-│編集

 短編小説 人形 4

nd

 私が長い夏の休暇を終てミラノ戻って来たとき、留守番電話に会計士のニコレッタからメッセージが入っていた。 早速電話をすると、
「驚かないで。ミズが死んだのよ。もう3週間も前かしら。わたしはミズがそろそろ危ないって頃に、病院から電話で知らされたの」

 ニコレッタは私の税金申告などを、もう5年以上もやってくれている経理士である。ミズにも紹介して、彼女ももう長いことニコレッタに頼んで、経理をやって貰っていた。ニコレッタは仕事以外でもミズの相談にのってやったりして、とても仲がよかったようだ。

  私はミズの死の知らせにショックを受け言葉もなかった。

  ミズは癌でパヴィアの大学病院に入院していたという。そして過酷な運命と戦って、ついに命を断とうとしていた。ミズが慕っていたニコレッタは、死期もま近かになって知らせを受けたのである。すっかり変りはてたミズだったが、気持はまだしっかりしていたという。

「幻滅だわ。こんなに若いのに、もう死んでしまうなんて」
 と、ミズは呟いた。彼女は死後の自分のアパートの整理一切合切をニコレッタに頼んだのであった。
  日本から父親が来ていて、火葬して遺骨を持って帰国した。
                                               
                                          *

 私は、はっと我に返った。いくらか汗ばんでいた。私は夢の中で鈴の音を確かに聴いた気がする。数日の間、私はミズのことばかり考えていたからなのであろうか。真っ暗な闇の中で私は確かにきいたのだった。
 私は起き上がって台所に行き、コーヒーを湧かした。私はそれほどコーヒーのファンではなかったが、大のエスプレッソ党のミズに、いくらか感化されたのである。私は窓を開けて、寝静まった街を眺めながら、コーヒーを口に持って行った。そしていろいろなことに思いを巡らした。

 最後に彼女とコンプピュータの雑誌のことで口論したのは、夏休みに入るずっと前だった。あのときミズはいらだっていた。声の質からも疲れている様子だった。そしてつまらない議論でもって、自分たちは仲たがいしてしまったのだ。

 私は因りを取り戻そうとして、2度も電話をして、留守番電話にメッセージも入れておいた。彼女は私が連絡を待っていることは百も承知だったはずだ。
 だが、ミズからの連絡はなかった。取るに足らない友情だと分ってしまえば、ばっさり切り捨ててしまうことだってあり得るだろう。時間が経つにつれて、ミズにとって、私は友達としても意味のない人間になってしまったのであろうか。
 そんな考えが私のプライドを傷つけた。だから、自分のほうからも、きっぱりと型をつけよう。連絡などするものか。彼女のことは頭の中から完璧に葬ってしまおうと思った。

 夏休みにメキシコとグアテマラを回ったとき、ふと、ミズが言ってたことを思い出した。
「いつかメキシコに行ってみたいわ。あたしマリンバが大好きなの」
 だから、カンクーンから絵葉書を送ろうかと思ったが、結局は出さなかった。

 私はふと考えた。
 私たちが電話で口論したあのとき、彼女は救いがたい病いに掛かっていることを知っていたのだ・・・生きることを断ち切られ、死への恐怖におののいていたのではなかろうか?

 私はその夜、飲み付けないエスプレッソのためなのか一睡も出来ず、悶々として明け方を待った。
 朝、私はニコレッタに電話をした。

「ねえ、ミズの病室で、日本人形を見なかった? それとも人形のこと、何か言ってなかった?」

  私は、人形を返してもらいたいために、こんな質問をしているのではないことを、知ってもらいたかった。そんなことを、今だにけちけち考えていると、ニコレッタから非難されるのではないかと思うと辛かったが、どうしても聞いてみたかったのである。

 ミズはあの人形を一目見た時からすっかり魅せられてしまったのだ。ミズは死んでしまったが、人形はもしかしたら存在しているかもしれない。
 それとも一緒に棺の中に納められたかもしれない。今となってはどっちでもいいことであろう。ただ、ニコレッタはあの人形の結末は知っているのではなかろうかと考えたのだった。

 思いのほか、彼女はやさしい口調でいった。
「人形?・・・そうねえ。病室でもアパートでも見なかった気がするけど。勿論ミズからは、そんな話は何もなかったわ」
「例えば、死んだ者が生前愛着を持っていたものなど、棺の中に納めることだってあるだろう? あの人形、ミズは何か異常なほど、気に入ってたんだ」

 私はニコレッタに人形の経緯について簡単に話した。日本から持って帰ってきた市松人形だが、ミズがすっかり魅せられて、自分のアパートに持って帰ってしまったことなどを。

  ニコレッタは電話の向こうでしばらく考えているふうだったが、 やがてきっぱりと言った。
「あたしはミズの遺体が棺に納められるとき、その場にいたんだけど、人形は入れなかったと思うの」
 ふと思いついて私は聞いた。
「もうひとつ。ミズは銀の鈴のネックレス付けていた?」
「ああ、あの鈴ね。どうだったかしらねえ。きっとそうだったかもしれないわねえ。でも覚えてないわ」

 もうこれ以上、こんな話は続けたくなさそうな気配を感じて、私は話を止めた。(つづく)

                                               

| 『人形』 | 13:12 │Comments0 | Trackback-│編集

短編小説人形 3

n c


  ミズが全快して以前のように歩けるようになるまで、五ヶ月以上もかかった。すらりとした、日本人には珍しく長身で細めの美しい足の持ち主のミズではあったが、気の毒にもその事故以来、いくらか足をひきずるような歩き方になってしまったのである。
 だが、気性の激しいミズはそんなことをおくびにも出さなかったし、むしろ一言も愚痴をこぼさぬミズに私は不思議な気さえした。

  私がミズに会っていて、いつも気になるもの、それはあの銀の鈴であった。

  私たちが初めて会ったときに ピエモンテの田舎町の工房で、長い髪をたくし上げながら一心に作っていた鈴・・・その長いほっそりとした首につり下げられている銀の鈴は、彼女の病に伏した母親のために造られた物だったのではなかったか?

 それはピラミッドを少しだけ長くしたようなかたちの鈴だったが、どこかどっしりした感じで、古代博物館のガラスのケースの中で見かけるような、味わいのあるものだった。彼女が身をかがめるごとに、チリンとごく微かに、奇麗な音が響いた。

  あまりしげしげと眺める私に気がついて、彼女が言ったことがある。
「これは私のお守りなの」

  母親が癌で死を宣告されたとき、ミズは母のためにピエモンテの金工師のところでこの鈴を作った。そして帰国して、死も真近い母の病室を訪れたとき、それを首にかけてやったという。

『これはあたしの贈り物よ。お母さんのために丹誠込めて作ったのよ』

  彼女は母親が死んだとき一緒に棺に入れてやりたかったが、母はこの鈴を自分が死んでもミズが離さず持っているようにと言い残したそうだ。

「ほんとうに見事な鈴だこと。囁くような音色がまた素敵ね。未知の世界からかすかに呼び掛けているような響きだわ。私と一緒に焼かれて溶けてしまうなんて飛んでもないこと。
 どんなことがあっても、ミズが首にかけて大切に持っているのよ。苦しいことや辛いことがあったら、この鈴の音を聞いてかあさんのこと思い出してね」

 中学校の国語の教師をしていたミズの母親は、霊とか死後の世界を信じるような女性だったという。
 ミズは母親が息を引き取った後も首にかけてやったままにしていた。火葬場で火の中に運ばれる直前に、そっと遺体からはずして、自分の首にかけた・・・

  ミズは鈴を長いほっそりとした首からはずして私の手のひらに載せてくれた。
 虫メガネで覗きこむと、訳の分からぬ文字や図のようなものがびっしりと彫り込まれている。それはアラブ語やエジプトの象形文字から選び出して、霊、出会い、希望などの言葉を自分なりに解釈して勝手に彫り込んだものだと言う。
 その中で、私の見覚えのある模様があった。川という字を横にしたような、ミミズのようにくねくねした、ずばり、川のような三本線であった。これはまぎれもなくミズのサインである。たびたび私はミズのアイデアスケッチのようなものを見たことがあるが、彼女は必ずこのサインで通していた。

 私は小さな銀の鈴を五本の指でやさしく包んで、触感を味わった。

「この鈴は、私が作ったものだけど、母の霊を受けているの。母の言った言葉や信じていたことなどが凝縮されて、わたしの魂の中に生きているのよ。辛いときや気分が荒んだときなど、これを握りしめると気持ちが落ち着くの。死ぬまで離すことの出来ない唯一の宝物なのよ」
 


 付き合っていくほどに、ミズという女は、なかなか複雑で捉え難い人物に感じるようになった。付き合い初めてから2年足らずのとき、こんなことがあったのだ。

  ある日、私とミズがミラノの大聖堂広場を横切っていたときのことである。
 近くにいた子供がいきなり餌をばらまいたので、ミズが名物の鳩の大群に攻撃されてしまった。
怖がるミズの格好があまりにもおかしかったので、私はつい大笑いしてしまったのだが、それが彼女をいたって傷つける結果になってしまったのだ。
 ミズが神経傷害を起こしてしまったのではないかと勘ぐりたくなるようなすごい剣幕で、あげくのはてはプイと姿を消してしまった。
 私はミズは鳩が大嫌いだったことを思いだして、悪いことをしたと思い、その夜彼女のアパートに電話を入れた。留守番電話になっていたので、謝りのメッセージをいれておいたのだったが、なんと機嫌をなおしてくれるまでに1ヶ月もかかったのである。

 私は出張先のペーザロから絵葉書を書いた。
『ミズちゃん、元気?
 帰ったら電話するね。 流太』

 こうしてやっと仲が戻ったのである。
それ以来、私は彼女を怒らせまいと充分気を配るようになったのである。

                                                    *
  にもかかわらず、またまた馬鹿げたことで、私とミズは仲たがいしてしまった。
 それどころか、もう2度と顔も合わさぬ、電話で声もやり取りしない間柄になってしまったのである。  どうして、こんな事になってしまたのだろうかと、私には不思議で仕方がなかった。

  私は、ミズから一冊の雑誌を借りていた。それは、コンピューターデザインをこれから初めようとする、初心者のための手ほどきを特集した、薄っぺらな日本の専門誌だった。
 コンピューターを始めてしばらくしてのことだったが、
「これ、とても役に立つわよ」と、グラフィックに興味をもつ私にミズが貸してくれたものであった。

  ただ、その雑誌はミズの物ではなく、彼女の友人のY氏から借りたものだそうで、
「Yさんのものだから、無くさないでね」と、ミズから言われていた。
 私はその本を仕事部屋の机の上に置いていたが、ある日、日本人のグラフィックをやっている学生が、「ちょっと、見たいから」と言って、持って帰ってしまったのである。
 そしてそのまま2年近くも経ってしまっていた。

「あの本返して欲しいの。Yさんが転勤でロンドンに行ってしまうので返してしまわないと」

 いきなり言われて、私にはその本が、知り合いの若者のところにあることを思い出すことさえ、結構時間が掛かったほどだ。それよりも、あんなちっぽけな雑誌のことを、ミズが思いだして催促して来たことにも驚いた。
 コンピューターの技術情報は毎月と言っていいくらい新しいことが伝わるこの時勢だから、2年前の雑誌など、なんの価値もないのは、ミズだってよく知っているはずである。
 ともかく私は、学生に電話をした。

「そう言えばそうでしたね。すみません、探してみます」
 若者の返答はまことに頼りないものであった。
 その間、ミズは2回も催促をして来た。その度に私は、今探しているんだ、うすっぺらな本だから見つけにくいんだよ、などと言い訳をした。

 若者からはとうとう雑誌は戻って来なかった。
「誠に申し訳ありません。ミズさんには僕の方から、直接お詫びの電話を入れましょうか?」
 ミズとは一面識ある彼は本当にすまなさそうにくり返した。
「いいからいいから。下らんことで心配させて悪かったね」

  ミズから3度目の電話を受けたとき、私は正直に事情を話して詫びを言った。

  いくらか予想はしていたものの、受話器を通してはね返って来たミズの声を、私は一生忘れられないだろうと思った。ミズのヒステリックに驚いて、私も一瞬我を忘れてしまった。

「あんな古臭い雑誌、何の役にも立たないってことは、君が一番良く分っている筈じゃあないか。こんな下らないことでがみがみ当たり散らすなんて、君はどうかしているよ」

 私は鳩の事件を思いだして、仲直りするまでが大変だろうと思うと、気が重くなった。
 ヒステリックなミズの声は、心なしかざらざらして聞こえた。

「ミズ、どこか体の具合が悪いのではないのかい? 医者に見てもらったら?」 

 私は気を取り直して言ったつもりだった。最後に会ったのは2週間くらい前だったが、ミズは何となく元気がなく、顔色も冴えなかったのを思い出したからだ。

「今となっては毒にもクソにもならない雑誌のことを云々するより、君のほうこそ、あの人形を返してくれることを考えたらどうなんだい? 君はやたらとあの人形が気にいってたようだけど、あれは僕の物なんだ」
 そしてつい、口をすべらせてしまった。
「それが嫌なら君の最高傑作の銀の鈴と交換してもらおうか」

 私は話のほこ先をそらせたいばっかりにそう言ったのだが、実はあの鈴に魅せられて、忘れられなくなっていたのが、つい言葉に出てしまったのだった。正直に言えば、あの囁くような鈴の音を夢の中でまで聴いたのだ。微かに聞こえる鈴の音をたよって闇の中をさまよう自分の姿を、夢の中で見たのだった。
 実際、人形と引き換えにあの鈴が手に入るなら、小河夫人には悪いが、そうしてもいいとさえ、都合のいいことを考えたこともあったのである。

 彼女はとげとげしく言い返した。
「あんたって何て馬鹿なの? あれはあたしの命よりも大切にしている物なのよ。あんな下らない人形と混同しないでよ」

 私は再びかっとなって言った。
「運命だとか生命だとか来世だとか、鈴にかこつけて偉そうなことばかり言ってたけど、実際はどうなんだい? 君は我がままで気紛れで、そんなことを本真からまともに考えているんだろうか。本当にそうなら、もっと謙虚になって、我々にも来世とか因果とかあることを見せてもらおうか」

 ちょっとの沈黙があった。ミズは全く聞いていないふうに、
「人形ね。さあ、どこに行ってしまったのかしらね。思い出せないわ」
 せせら笑うように言うと乱暴に電話を切った。(つづく)
      
 

| 『人形』 | 13:06 │Comments0 | Trackback-│編集

短編小説人形 2

n b

 私とミズが初めて出会ったのは、もう何年も前のことである。
 ヴァレンツァというピエモンテ州の片田舎の、北イタリアでも結構知られた金細工の職人の街でであった。 
 日本の宝石商とアクセサリーデザイナーのグループの案内と通訳を頼まれて、私が初めてその街を訪れたときのことであった。

 私たちは数人の職人達が働いている石造りの広々とした工房に案内されたが、一人離れたところで仕事に没頭している黒い髪の東洋人の娘に目が止まった。
 彼女は、わたしたちグループが日本人であるのを,わからない筈でもないのに、ちらりともこっちを見ず、仕事に集中しているようだった。

  休息時間に食前酒を振舞われたときに、こっそりと私は彼女の仕事机に近づいた。
  娘は一心に小さな鈴のようなものを作っていたが、非常に細かい仕事のようであった。

  私たちグループと工房の人たちが、小さなトラットリア(食堂)で昼食をとったとき、彼女も一緒だったので、そのとき始めて言葉を交わした。
 すでに20の半ばは過ぎていると思われる娘は、ミズと名乗った。

 背中までたらした黒い髪は、信じられぬほど艶やかに、私にしてみれば意外なほど手入れが行き届いていて、こんなイタリアの寂れた街での巡り会いに、不思議な思いにかられたほどである。

「金沢の美大で彫金を勉強したの。とっても魅力的な仕事だけど、あたしが一生かけてやる仕事ではないってことがわかったわ。むしろ卒業してから勉強をはじめた工業デザインなどの、大量生産出来るものに興味があるの」

 そして笑いながら付け加えた。
「例えば鍋とかヤカンとか計りとか・・・本職はそっちの方かもしれないわ」

 ピーマンに小イワシのソースのかかった料理をつっつきながら、
「これ、バーニョガウダーって言ってね、ピエモンテの典型的料理なの。ここピエモンテでは、ミラノではちょっと手に届かないものも、食べられるの。
 例えば、カタツムリとかカエルとか、驢馬の肉とか。モンカルボって村で驢馬専門のお店があったわ。さすがに私は食べなかったけれど」

 のんびりと雑談している間に、二人の間に初対面とは思えない親しさが通っているのに私は気が付いた。色々な所で色んなことをやって、自分の可能性を確かめたいという彼女の姿勢と、持って生まれた知性のようなものが調和している魅力的な娘に思えた。

 彼女はさきほどまで作っていた鈴を首にかけていた。
  ほっそりとした首を乗り出したり左右に体を動かしたりするたびに、鈴はかすかにチリンとなった。不思議な音色だった。

「何とも言えない音色だ。聴く者の感性にちらっとふれるような・・・もう、出来上がったんだね」

「まあね。後は磨きを加えるだけ。これ、病気の母にプレゼントするために作ったの。外見(そとみ)はどっしりしているようだけど意外と軽いのよ。
 あたし、唯これを作りたいためにここに来ているの。この工房の持ち主のロンコーニさんを知人が紹介してくれたんだけど、イタリアでは結構名の通っている金工師でね。色んな事教えて頂いたわ。彼の手ほどきがなかったら、素人の私には到底ここまでは出来なかった」

  とは言え、ロンコーニ氏も、彼女の並々ならぬ技術と熱意を読み取ったからこそであろう。
「これを作る為にもう二週間以上もここ住み着いているんだけど。でもほとんど仕上がったし、今週の末にはミラノに戻らなきゃあ」

  私たちは住所と電話番号をやり取りして別れた。
  数日後、彼女に2度ほど電話をしてみたが、不在で応答はなかった。きっと病床の母親を見舞うために、あの鈴を持って帰国しているのだろう、などと私は考えた。
 
 半年以上も経って、ミラノ市営のアート・ギャラリーの、舞台コスチューム展をたまたま見に行ったとき、私は再びミズと出会ったのだった。
 闇の中にくっきりと浮かび上がった銀色のラメのオンディーヌの衣装の前に立っていた私が、何気なく振返ると、はたしてミズが立っていたのである。私たちはコーヒーを飲みに行き、そのあと食事をしたり、随分長話をしてしまった。

  彼女は、広島の実家に戻り、母の最期を見て、3ヶ月も経ってミラノに戻って来たとのことであった。
  その後、5つ年上の私とミズの間に特別な関係はなかったが、友情はその後4年も続いていた。腐れ縁でもなし、兄妹でもなし不思議な友情を私は感じていた。

 コスチューム展で再会して間もなくの頃だ。この不意の出来事で、私はミズに特別な、切り離せられない『きずな』のような友情をを感じるようになったのである。

  ミズは自分の書いたイタリア語の手紙を私にチェックしてもらいたいからと言い、我が家をおとずれることになっていたので、わたしは夕食後仕事を続けながら彼女を待っていた。

  約束の9時をとっくに過ぎても彼女は訪れない。
 そのうち私はソファーの上で寝入ってしまったが、けたたましい電話のベルで叩き起こされたのだった。時計を見ると、すでに真夜中になろうとしていたが、掛けてきたのは意外にも救急病院からで、ミズが事故を起こし、私に出来るだけ早く来て欲しいということだったので、タクシーを飛ばして駆けつけた。
 何と彼女はその夜、予定の時間に私の家の前で車を止めて、さて大通りを渡ろうとした矢先、すれすれに走ってきたオートバイにはね飛ばされてしまったとのことである。
 救急車が来たり野次馬で大騒ぎになったのに、中庭に面した仕事部屋にいた私は全く知らぬが仏で、もしや、いつもの気紛れで、来ないのかも知れないなどと考えながら、ソファーの上でうとうとしていたのである。
 ミズが右足の腿の骨を痛めたため、切開して補強をしなければならないなどと、医者から説明を聴いた時、私は胆をつぶさんばかりであった。
 頭にも包帯を巻いてベッドに横たわっている姿が痛々しくて、我が家の真近くで起きた事故ながら、何も手助けが出来なかったことも不運だったし、この上もなくミズを不憫に感じたのである。

  2週間後、退院した日にエレベーターのない彼女の六階のアパートまで、門番の女に手伝わせて、私はミズを抱えて上らねばならなかった。
 アパートは1900年初期の趣きのあるがっしりした建物だが、エレベーターがない。やっとたどり着いたときには、担ぐ方もかつがれたほうも、くたくたになっていた。
 その後3ヶ月近くも彼女はアパートに閉じ込められるはめになった。
 
  そのとき初めて私はミズのアパート兼仕事部屋を見せてもらったのである。
  2部屋だけのものであったが、デザイナーらしく如何にもアイデアのある内装と使い方が、玄関から一歩入るなり、私に感嘆の声をもらせるほどであった。
 天井から漏れてくる太陽の光が家全体を明るくし、萌黄色と白のストライプの壁が、生き生きとしていた。奥の部屋も、フランス風サイズのベッドがある意外は仕事部屋として使えるように、最大の工夫がしてあった。
 最初の部屋も小さなキッチンを除くと、モザイクを敷き詰められた楕円型の大型テーブルで占められ、そこで食事も仕事もできるようになっていた。

 紙切れや布切れ、アンティックのドレスや帽子やベルト、色ガラスや金属の棒やアルミの破片にいたるまで、いろんな物がきちんと整頓して置いてあった。
 小さなバーナーやガスボンベ、ミシンもあった。
 もちろんコンピューターもある。私より後に始めたのに、こっちがいろいろ質問をするほど、彼女はコンピューターを旨く使っていた。立体デザインやグラフィックも学んだと言うミズ。作品を見た限り才能を感じさせる娘には違いなかった。付き合って行くにしたがって私にはそう思えた。

 多種多様のことをそれほど苦労もせずにやってのけ、どんなことにもアイデアが泉のように湧いてくる頭脳と、それをつくり出す技術を持っている娘に思えた。
 彼女はフランスの某製紙会社の企画した『紙で作ったポケット用灰皿』コンテストに、一晩のうちに、さっと作り上げて賞を取ったり、有名ブランドの靴店のための、デ・キリコ風のウインドウデザインも話題になって、一流雑誌に取り上げられたりした。

 育ちの良さもあって、そんなことをまるで鼻にかけないミズが私は好きだった。
 これだけ才能に恵まれている人間だから、たまにとんちんかんなことを言って、笑わせたり怒らせたりることもあったが、そこがまたミズらしいと思った。

  だが、器用で何でも出来る人間に有りがちに、彼女も収入に関しては頭をかかえていた。
「父からの仕送りが無かったら、やって行けないわ」
 きちんと定期的に送金してくれるやもめの父親は、一人娘に一度も『帰って来い』と言ったことがないと言う。(つづく)

| 『人形』 | 12:53 │Comments0 | Trackback-│編集

短編小説『人形』 1

n a

                                                            *1
           
 イタリア語通訳と翻訳の仕事をしている私は、帰国したときは東京に留まることが多く、目黒の小河夫人のマンションに居候させてもらうのが、常となっていた。

小河夫人のマンションは小田急線の駅からほど遠くない閑静な住宅街にあった。
落ち着いた環境と便利さで、私はとても気に入っていた。
10才以上も年上の夫人は私の姉と女子大学時代の親友で、そんな関係から私を弟のように面倒をみてくれていた。

 私はいつも、小河夫人が『人形の館』と呼んでいる小部屋のソファーベットに寝かされたが、その部屋には、ずばり、数えきれないほどの古い人形が飾ってあった。

  夫人が何年もかけて集めたものだそうだが、日本人形、西洋人形などの結構古いものや、眼の無い人形、裸の人形や、かた腕のない人形もあり、『館』の名に相応しい一種独特の不思議な雰囲気をかもし出していた。

 実を云えば、その中には私がイタリアから持って帰って来た人形も一体あった。
  それはたまたまミュンヘンの骨董店で見つけた、ステイナーの男の子の人形である。小河夫人から、
「男の子の人形は以外と少ないのよ。そんなに簡単に手に入らないの」
と、聞いていたのをたまたま思い出して、プレゼントに買ったものであったが、彼女は大喜びして、あたしもいい人形があったら、流太にプレゼントしたいわ、などと云った。

  ある年、横浜での某国際会議で仕事を終え、ミラノへ経つ最後の数日を、いつものように小河夫人のマンションで厄介になっていたときのことである。
  彼女は私のためにベッドを作ってくれたあと、人形の群れの中から一体の市松人形を取り出た。

「流太、この人形どう思う?」

 その人形は五体揃ったまともな仲間達の中では、もっとも貧しいものに見えた。
 以前は藤色に沢山の花模様のあったにちがいない、豪奢な着物はすっかり色褪せてほころびが多く、しかも茶色に変色してしまった髪の毛があちこち抜けてしまっていた。

「とってもいい顔しているけど・・・」

  夫人ほどには人形に興味を持てない私は、質問に少々困ってしまった。
  それでもじっと眺めていると、まずしい着物や抜けてしまっている髪毛にも冒されない、まるで、飛鳥時代の仏像を思わせるような、やさしさと気品を感じさせた。

「美と静寂をとことん追求した人形師の技、他の人形とはちょっと違うね」
 私は思いつく限りの大袈裟な表現をした。

「やっぱりね。さすが流太だわ」
 そして彼女はこう言ったのだ。
「これ、流太にプレゼント。ミラノに持って帰ってね」

  私にその気があるかないか聞きもしないで、夫人は勝手にそう決めてしまった。
 夫人の説明によると、彼女の三味線のお師匠さんの発表会の準備と接待を手伝ったとき、心付けの金一封と、彼女が以前から眼を付けていたこの人形をプレゼントしてくれたのだそうだ。明治、大正初期のものらしく、
「結構価値もある物らしいの」

そして、「可愛がってあげてね。人に上げちゃったりしちゃあだめよ」
 夫人は、やや念を押すように言った。


  ミラノに戻って来て、さて、その人形をどこへ飾ろうかと迷ったが、結局はサロンのComo(コモ)の上に決めた。
  コモは日本の箪笥と全く同じ形式のものである。四段の大きな引き出しが付いていて、高さは一メートルとちょっとある、クラッシックな典型的イタリアの家具である。
 白一色のモダンで殺風景なサロンに、味わいをもたせるためにノミの市で購入した、我が家の数少ないアンティックの一つである。

 いつの間にか、人形は飼い猫のポの戯れの相手にされてしまった。
 ポは、すっかり人形に魅せられたらしく、コモに飛び上がると人形にじゃれつき、すでに少なくなっている髪毛に奥歯をからませて、食いちぎったりした。

 私は最初は怒って猫を追い払っていたが、そのうち面倒くさくなり、やるがままにさせていた。

  そして、とうとうある日、ポは勢い余って人形をコモから板張りの床へ落っことしてしまったのだ。
 幸い破損はなかったが、仰向けになって薄い髪毛の間からじっとこっちを見つめている人形の表情が、何となくうす気味悪くて、このまま飾っておく気には到底なれず、私は物置のずっと奥のほうにしまい込んでしまった。

                                      *

「ミズちゃん、ワイン取って来てくれない? 好きなのを選んでくれていいよ」

  久しぶりに夕食に訪れたミズに、物置きにワインを取りに入ってもらった。ところが彼女は、あっさりと人形を見つけてしまったのである。サロンに持って来て、しげしげと眺めているミズに、私は驚た。

「あれ? 君、人形をよく見つけたね」
 それには答えず、ミズは随分長いこと人形に見入っていたが、やがてほっとため息をついて言った。

「不思議ねえ、この表情。仏様みたいだし・・・でもやさしい表情だけど凄みもあるわね。流太、これ何処で手にいれたの?」

  ミズに言われるまでもなく、猫に喰いちぎられて僅かになった髪毛のなかから、じっと微笑みかけている人形の表は、あらためて震撼とさせるものがあった。だから、眼の届かない物置きの奥に入れてしまったのだ。
  私は人形コレクターの親友の小河夫人にもらったことや、髪の毛がもともと少なかったのに、猫のポにやられて、こんな不様な姿になってしまったことなども、笑いながら話した。

「髪の毛なんてどうにでもなるのよ。そんなことより、あたし、今まで随分古い市松人形見たけど、こんないい顔には、めったにお目にかかわらなかったわ。じっと見入っていると吸い込まれそう」

  ミズはこの人形に一目惚れしてしまった、と私は思った。私は、欲しければ持って行っても構わないよ、と口から出そうになるのを、やっとの思いで我慢した。さすがに、小河夫人との約束を裏切る気にはなれなかったからだ。

「あたし、いいこと思い付いたわ!」
 ミズが、何かいいアイデアが浮かんだりしたときにする、例の頓狂な声を上げた。

「此の人形の髪毛を作ってあげる。勿論本物の髪気でよ。イタリアに来てすぐ、ペルージャの語学学校に通っていたときだけど、同じ部屋に下宿していたマレーシアの女の子、腰のところまで届きそうな、それは見事な髪をしてたの。
 ある日あたし、彼女に頼まれて切ってあげたんだけど、切り取った髪、捨てるのが惜しくってね。今でも大切に持っているのよ。その髪で、この人形の頭を作るわ。胡粉塗りの顔だって年期が経っているので味わいがあるけど、いくらか汚れは取れると思うの。きっと見違えるようになるわ」

  そうまでしてくれなくても、と言いたいところだったが、私は黙っていた。一度言い出すと、絶対後に引かないミズの性格を知っていたからだ。
 だから望むままに人形を持って帰らせた。 だがその後、ミズはすっかり人形の事を忘れてしまったかのように、ひと言も言わなかった。

 私はミズの気紛れな性格を知っていたから、もしかしたら、永久に人形を返してはくれないのではないだろうか、などと思いはじめ、少し不安になった。再び小河夫人のことを思い出し、ミズに持って行かせたことを後悔した。(つづく)

                                        

| 『人形』 | 22:24 │Comments0 | Trackback-│編集

| Top |

すむらけんじ

作者: すむらけんじ
ミラノに住む広告イラストレーターです。このブログは今まで飼った猫、今飼っている猫のことを綴ったものです。
作者は左耳は生まれつき難聴にかかり、人口内耳に踏み切るまでの耳の歴史、未来のことなども連載しています。

08 | 2017/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

すむらけんじへメールする

名前:
メール:
件名:
本文:

イラスト、写真、文の無断使用を禁止

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。