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デ・ロッシしのアパート(4)


 ところが・・・
あれほどアパート中を騒がせたKetty事件も、ある日信じられぬほど呆気なくカタがついてしまったのだった。

 一斉に夏の休暇に入りはじめた、7月の末の蒸せ返るような暑さの午後のことである。
 外出から戻って来て、車をガレージに入れた後、疲れた足取りでゆっくりと角を曲ったときのことだ。僕の住んでいる52番地の門の前には、なんと、3台のパトロールカーが停まっていたのである。
 1台は半分歩道に乗り上げるようにして停めてあって、4、5人の警察官が待機しているふうだった。
 1人の若い警官は大木に寄り掛かって吹き出す汗をぬぐっている。真夏の白昼のこの時間は、最も人出が少ないはずなのに、さすがに何ごとかとばかりに、結構ヤジ馬が集まっていた。
 門に近づくと、僕は警官の1人に呼び止められて、入るのは暫く待つようにと言われた。

「何があったんですか?」
と、野次馬の中に、同じ建物の最上階にすんでいるP氏を見つけて尋ねた。
 彼は住人会議でもっとも行儀が悪い年寄りの一人である。
「わしにもよくは分からんが・・・どうやらKettyに出入りする男の一人が麻薬密売かなにかで捕まったらしい」
 そして吐き捨てるように言った。
「いずれは、どうせこんなこったろうと思っていたよ。これでやっとKettyは即刻閉鎖ということになるだろな。」

 ついに門の外に2人の警察官に腕をとられて若い男が姿を現わした。
 僕はその男を真近くで見たい欲求にかられ前の人を押し分けて一歩進み出た。なんと、男はレストランで中南米の娘と向かいあっていた青年だったのだ。
 確かにこの若者を以前見た事がある。何処でだろう? 同じ疑問が沸き上がり、じりじりと焦りさえ感じながら、僕は神経を集中させて、記憶の糸をたどろうとしたが不可能だった。
 確かに何処かで会った気がするのにどうしても思い出せないのだ。
 警官にささえられるようにして青年が歩道に乗り上げたパトロールカーに近づいたとき・・・

「デ・ロッシをこっちの車に乗せるんだ!」
 後ろから別の警官が大声で命じるのが聞こえた。
 デ・ロッシ・・・僕はそのとき、ハッと胸を憑かれる思いがした。

 瞬間、堅く閉ざされていた記憶のドアがかすかに開かれて、自分はあの老人夫婦の暗い密室のようなアパートの中へと導かれて行ったのだった。
 奥のサロンの蒼い格子縞の壁にかかっていた、老人の母親の可憐な少女時代の色褪せた写真・・・そして数枚の写真の前で記憶はさまよっていたが、ついに1人の青年、押さない子供と一緒に公園で撮った、ごくありふれた写真の、黒い髪の毛の端正な面持ちの上に、視点が定まったのである。
 そして今、麻薬密売の現行犯として 連行されようとしている、目の前の青年の顔が重なって、ごく自然に一体となったのだった。

「たった一人の息子です。わしらの生き甲斐だった・・・20年前に事故で死んだのです。」

 若者を乗せ終わったパトカーと、他の2台がつんざくような警笛を鳴らしながら白昼の大通りを走り去って行った。

 P老人のしゃがれた声が僕の耳もとで呟いていた。
「やれやれ、孫にまで裏切られようとは・・・仕事も勉強もやる気のない、どうしようもないぐうたらだと、デ・ロッシ爺さんからさんざん聞かされてはいたが、まさか」

 今日も堅く閉ざされたドアの前を通った。
 僕はエレベーターの前でしょんぼり立っていたデ・ロッシ老人のことを思いだして、ふっと、世の無情感みたいなもの感じたのだった。 『完』

          











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| 短編小説 | 23:32 │Comments0 | Trackback-│編集

デ・ロッシ氏のアパート(3)


 ある午後のことである。
 仕事をしているとブザーが鳴ったので受話器を取ったら、たどたどしいイタリア語の女が言った。
その声に聞き覚えはなかったが、見当はついた。
「わたし、鍵を忘れたの。開けてちょうだい。」
「・・・携帯電話で呼びだしたらいいでしょう?」
「あたし、携帯電話忘れて来たの」
「じゃあいいですよ。でも、名前くらい言ってくださいな。何階に住んでいるのですか?」
 意地悪く、僕はそうたずねた。

 ちょっとの間の沈黙・・・受話器の中の大通りの騒音を聞きながら、僕はブザーに口をよせた女が躊躇している姿を想像した。また、女は同じ言葉をくり返した。
「わたし、鍵を忘れたのよ。開けてちょうだい。」
 嘆願するような女の声に負けて、僕がボタンを押すと、女はホッとした声で「ありがとう」と言ったのだった。

 僕はそっとドアを開けて外へ出ると、手すりに身を隠して女を待った。
 ただ、どんな女か見たかっただけだ。
 エレベーターは使わずに、コツコツと靴音をしのばせるように階段を上って来る気配がした。
 3階に辿り着くと、彼女は3方を囲むようにして存在する3つのドアを前にして、さて、どのドアのベルを押していいものやらと、見回していたけど、踊り場の煤けたステンドグラスから射し込んでくる午後の光をうけて、僕は彼女の顔をはっきりと見ることが出来た。
  ペルーかヴェネズェーラ人を思わせる中南米風の女に見えた。身なりは貧しいが、意外とシンプルでさっぱりした感じだった。 

 彼女はうっかりすると見逃してしまいそうな、目立たない『K』のプレートのドアの前で、ここだ、と確認するように慎重にブザーを押した。僕はそのとき、たった一度だけ訪れたことのある、あの暗い密室的なロッシ氏のアパートを思いだしたのだった。
 老人独特の匂いの染みた格子縞の壁、沢山の古い写真、その中を今、一人のいわくありげな中南米女が入っていく・・・
 内側からカチャリと音がして半分ほどドアが開き、中から低い声で「チャオ」と言う声が洩れた。
女は吸い込まれるように消えた。
                                           
                                                        ***

 「ついに見たわよ、あの人たちを!」
 入って来るなり、美樹がちょっと興奮気味に言った。
「ちょうど3階へ上りかけていたときなの。いきなりドアが開いて、男性と超ミニの女の人が出てきたので、ああ、この人達なんだなってすぐに分ったわ。
 とにかくすごいの、ミニの女性の格好。だって、すけすけなんだもの。開いたドアのところにもう1人、若い娘がいたけど私を見てぱッと引っ込んだわ。客らしい男性はさっと逃げるように階段下りて行ってしまったけど、年増のミニの彼女、わたしに向かって、ねっちりした声で『チャーオ!』って挨拶したのよ」
「へーえ、もしかしたら君のようなチャーミングな日本女性が一緒に働いてくれたら、一稼ぎ出来るんだけどと、思ったのかもしれないよ」
「あら、そうかしらん?」
 美樹が妙なシナをつくったので僕は吹き出してしまった。
 長い出張から帰ってきたばかりの美樹は、企業や文化財団のために通訳として活躍している活動的な女性である。

 翌日の夜のこと。
美樹と一緒にアパートからほど遠くない、レストラン『ジヴァンナ』に入った。
 もう11時をとっくに過ぎて、キッチンはすでにクローズされているため、食べられるのはピッツァだけだったけど、中は若い客であふれていた。

 ドアを入ってまず、店内のほぼ中央に席をしめている、浅黒い艶やかな肌にノースリーブの黄色いブラウスをまとった女に、僕の眼は釘づけになった。
 紛れもなくあの中南米風の女に間違いはなかった。ウエイターに先導されて、奥のテーブルへと向かう途中、彼女のすぐ横を歩いて行きながら、偶然に眼と眼が会った。

 当然彼女はこっちの顔を知らないので、そのまま眼をそらせたが、そのときこの女を間近かに見て、いかに魅力的であるか・・・階段の上からこっそりと盗み見したときの、こわばった彼女よりもずっと若々しく、と言うよりむしろ幼く、店の明るい照明のなかで、大きな瞳は輝きに満ち、しっとりとうるみさえおびていた。

 残念ながら僕らの席からは、彼女を斜に、後ろ姿しか見ることができないので、彼女と向かい合ってコーヒーを飲んでいる男性に注意がいった。彼はとても綺麗なマスクの持ち主だった。彼ら2人がこの大勢の若い客の中で、もっとも魅力的なカップルに見えた。

 そのとき、僕はこの若者と何処かで出会ったような気がしたのだった。
 波打つ黒い髪と皮ジャンのこの30前後の男。服装はともかく、濃い眉毛と整った表情にはなんとなく見覚えがあった。

「きみ、ほら、あの皮ジャンの若い衆、どっかで見たことない?」
 助けを借りようと、美樹にちらッと合図しながら尋ねてみた。
「・・・ああ、彼ね。」
 一瞥して、こちらに視線を戻すと、美樹は声を落として言った。
「もしかしたら下の階の客かもしれないわね。ほら、あたしがボローニャに出かけた昨日の朝のことだけど・・・6時頃、表門を出ようとしていたら、階段を急いで下りて来たあの彼とほぼ一緒になったの。 間違いなく彼だったわ。門を出て、角を曲がって、あたしがガレージに向かっていると、彼も同じ方向にむかって大股で歩いて行くの。そしてガレージの先の噴水の横に停めておいたオートバイに乗って行ってしまったけど、ちょっと変だなとは思ったの。アパートの前にだって、いくらでもバイク停められるのにね」

 そして美樹は不思議そうに尋ねた。
「ところで、あなた、彼のこと知ってるの?」
「いや別に。ただ、どっかで会ったような気がするんだけど、どうしても思い出せないんだよ。階段や前の大通りで見かけたのではないことは確かなんだけど・・・」(つづく)

| 短編小説 | 18:59 │Comments0 | Trackback-│編集

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| 短編小説 | 18:11 │Comment- | Trackback-│編集

 今、僕の住んでいる建物にはお年寄りがいっぱいいることは以前に書いたと思う。
 お向かいのD夫人は別格としても、(ちなみに彼女は九八歳! )、80才前後のおじいちゃん、おばあちゃんがわんさといるだから。
 『これじゃあ、「老人の館」って名前がぴったりだ』
 なんて、口の悪いのに言われたけど、まったくその通り。今だにぴんぴんしている住居人は、僕を含めて10人くらいってところだろう。
  老人夫妻
   我が家の一階下に住んでいたデ・ロッシ老夫妻が一昨年の秋、2人とも亡くなった。
 そりゃあもう、仲睦まじくて、愛すべきご夫婦だった。
 お天気のよい日曜の朝などは、小柄な2人が必ず腕を組んでゆっくりゆっくり、カタツムリのように歩いて、近くの教会にミサをあずかりに行くのをよく見かけたものだ。すれ違うと、
 『日本へはいつ行くんです?』
 『いつも忙しそうに仕事仕事って、そんなに稼いでどうするんです?』なんて聞かれたりした。
 あんなに夫婦仲が良いと、一人が先に逝ってしまったら、残った方はどうなるんだろう、なんて、つい気になってしまうくらいだったけど・・・
 作家のモラヴィアにちょっと似ているデ・ロッシ老人は、顔色が悪いところまでそっくりで、先は長くはないぞと想像はしてたんだが・・・

 意外! おばあちゃんのほうが先に逝ってしまったのだった。
 昼寝から覚めたら、横に寝ていた奥さんが息絶えていた・・・まあ苦しまずの大往生だっったろうけど、後に残されたデ・ロッシ老人が気の毒だった。
葬儀のときの泣きじゃくっていた彼の顔は忘れられない。

 まだ奥さんが在命中に、たった一度だけ、僕は彼等のアパートを訪ねたことがある。回覧版を届けに行った時のことだ。 出て来たデ・ロッシ氏から、
 『さあ、冷たい物でも飲んで行きなさい』
 などと言われて、奥に通されたことがあった。真夏の真っ昼間だというのに、西日を防ぐためとやらで、家の中はきっちりと閉め切ってて、ちょっと異様な感じだった。
 それに、老人独特の臭いっていうのか、ぷーんと鼻についた。 

 廊下の突き当たりがサロン兼キッチンになっていて、籐椅子にもたれた奥さんが、鎧戸の隙間からかすかにもれて入って来る陽のひかりを頼りに、シャツのボタンを付けていた。
 デ・ロッシ氏が冷蔵庫を開けて、冷たいジュースを持って来てくれる。
 穏やかな老夫婦は、このちっちゃなアパートで、家具調度も必要なものだけを置いて、睦まじくひっそりと住んでいる感じだった。
 昔はこの棟の五階のもっと大きなアパートに住んでいたそうだが、一人息子が結婚して出て行った後、引き払ってここに移ってきたのだが、それからもう30年近くになると言う。

 やっと目が慣れて来た。もうすっかり古くなった縦縞の模様の壁には、たくさんの写真が飾ってある。それもイタリアの家庭でよく見るように、壁を埋め尽くすばかりに。
 興味津々ながめている僕のために、老人がわざわざスタンドをつけてくれた。

 まず、眼を引いたのは、楕円形の額に入った茶色に色褪せた少女の写真だった。
 白いレースのドレスを身にまとった首のほっそりした乙女が、ちょっとぎこちなくポーズをとっている。あまりしげしげと見入っているこっちに、写真の僅かな傾きを直すために手をふれながら、デ・ロッシ氏が言った。
「わたしの母親なんです。だからこれはもう百年も前の写真なんですよ」
「きれいでしょう。彼のお母さんはとっても美人だったのよ。だからわたしは苦労したの」

 奥さんは手をちょっと休めて笑いながら言う。デ・ロッシ氏も別にそれを否定もせずに笑っていた。
 デ・ロッシ氏は定年になるまで、レストランの給仕頭をしていたそうで、真っ黒な鬚を貯えてチョッキ姿もイキに、テーブルのお客さんといっしょの写真などもあったが、このお客は一度は大臣にまでなった人なのだそうだ。

 小さな男の子と子犬を連れて、公園のベンチに座っている若きの写真が眼に止まった。
「この男の子、息さんでしょう? どことなく似ていますよ」
昔はなかなかの色男だったに違いないデ・ロッシ氏に違わず、幼い息子さんも整った綺麗な顔立ちをしている。
「わたしらのたった一人の息子です。20年前に事故で死にました。わしらの生き甲斐だった・・・」
老人が、ぽつんと言ったとき、心なしかその顔は疲れと悲哀に満ちていた。

 もう一杯ジュースをどうかと勧められるのを断って、僕はいとまをした。正直なところ、とざされた部屋の空気に息が詰まりそうだったからなんだ。
                                                             ・・・

 デ・ロッシ老人は奥さんの葬儀が済んで、義弟に引き取られたとかで、まったく姿を見かけなかった。それで、もしかしたら彼も奥さんの後を追って、死んでしまったのかも知れないなどと僕は考えていた。閉ざされたドアのまえを通るたびに、暗がりの中にひっそりと寄り添っていた二人の姿と、あの老人独有のにおいがかすかに漂ってくる思いだった。

 ところが、一ヶ月もたった頃、ぼんやりと幻のように、エレベーターを待っているデ・ロッシ老人にぱったり出会ったのだ。以前よりももっと鉛色になっていて、やつれ果てた大きな眼のふちは、真っ黒に隈ができていた。
「わしにはこの家がいちばんいいんでな。帰ってきたんじゃ。」
 老人は呟くようにそう言った。 その後は、すりガラスの内ドアからうっすらと光がもれているのを、かい間見ることはあっても、2度と老人に会うことはなかった。それからいくばくもなく、ロッシ老人も死んでしまった。

 ここまでがプロローグ。
 本文はこれからなのである。1年くらいデ・ロッシ氏のアパートはそのままになっていたけれど、今年の春頃から貸家になったってわけである。(つづく)

| 短編小説 | 17:03 │Comments0 | Trackback-│編集

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すむらけんじ

作者: すむらけんじ
ミラノに住む広告イラストレーターです。このブログは今まで飼った猫、今飼っている猫のことを綴ったものです。
作者は左耳は生まれつき難聴にかかり、人口内耳に踏み切るまでの耳の歴史、未来のことなども連載しています。

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