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猫ショートショート<あと96話>

猫のごはん

byuu


「こんなところに,猫のエサなんか置いとかないでよっ!」

寝ぼけまなこをこすりこすりドアを開けたとたんのD夫人の罵声だ。

「うちのビュー(イヌ)が食べちゃったじゃあないのっ!」

わが家のパン(ネコ)が朝帰りしたり、しなかったり・・・
ヤツの気まぐれにうんざりしたボク。こっちだって予定があるんだ!
ゴハンをドアの外に置きっぱなしで出かけたのが昨日の夜だった。

のんびりと(ネコなみに)朝帰りしたら、皿の中はからっぽになっている。
パンのヤツ腹満たして、またフラフラ出かけちゃった?

だが事実は・・・
一階下に住むD夫人の愛犬、ビユー君が、きれーに平らげてしまったのであった。

よそ様のゴハンを無断でペロリ・・・D夫人はわびを言うどころか、責任はあんたよっと、詰めよってくるのである。

モメントォ。
喰った方が悪いんじゃない?
喰われた方が悪い?
イヌが喰ってなにが悪い?
これ、そんなに重大なこと?

まとまらない朝の思考力。

「お皿に何が入っていたの?」
D夫人がじろり。その目つき、気に入らねえ。
急に頭が冴えてくる、そして多弁になる。

「いやーぁ、缶詰はめったにやりませんよ。えーっとね、生肉とまぐろのオリーヴ漬けのミックス、昨日のはそんな類いだったっけなあ。毛並みにはとっても配慮してますのでね、上質の生肉が必要なんです」

「ほんとう?(安物の)カンズメではなかったのね。もちろんビューが食べるはずもないけれど」

(快!)中身は、実はキッティカット100パーセント!なのであった。

ビューよ、君は毎日、何を喰わされてるのかね?
安物の国産カンズメonly?

ご機嫌なおして立ち去るD夫人。

全く犬って何でも喰っちゃうんだよねえ。
『犬(さえ)も喰わねえ!』なんて名言もある。

「ビユーがすっごい下痢しちゃったのよ。熱まで出して」
ドキッ・・・なんてことになったら。 
白状しよう。ボクは数日ビクものだった。
獣医費、入院費、あげくのはてはお香典。

でも、ビュー君、そんなボクの懸念をよそに、元気いっぱい。
毎朝公園の「犬専用広場」を駆け回っていた。

Ciao、ビュー!(K)


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| 猫.cats,gatti 100の足あと | 19:37 │Comments0 | Trackback-│編集

生ハムとワインの昼飯

aa
今日の昼食はごくごく簡単。生ハムとラルドと赤ワインだけです。
生ハムの向こうにある白いのは、豚の脂身の燻製(Lardo)をスライスしたもの。

これ、見ただけでコリステロールがあがりそうな食べ物ですが、気分転換に少しだけ。
この数年来、よく見かけるようになりました。でも、ダイエットには大敵かも。塩、ペペ、ローズマリーノの風味が感じられます。

乾パンのようなものはスカルダテッリ(Scaldatelli) といい、南部の食べ物です。
塩、オリーヴ油、黒オリーヴの実、ローズマリーノごく少々、などで味がついていて、独特の風味が広がります。

他にニンニクやローズマリーノの味付けなどのヴァリエーションも売ってました。スーパーで買うのはむずかしいが、週一度の市場では、現地から届いた美味しいものが買えます。(K)


| けんじの自己流イタリアングルメ | 16:13 │Comments0 | Trackback-│編集

猫ショートショート<あと97話>

ciwawa b
チワワさんのイライラ

あわれなチワワさん、面食いのボクの基準にほど遠かった?
もっと素敵なワンワンはワンさといるのになあ・・・
チワワさんのもっこり眼球を眺めながら、そう思わずにはおれなかったボク。

驚異!大枚750ユーロのチワワさん。純血統種なのであった。

犬を飼おうか!
どんな犬?
『もちろんチワワだ!』
女房、倅の意見なぞには一切耳を傾けようとはせず、
亭主の『チワワン!』の一声で決定したという。

チワワと過ごした楽しい思い出・・・食事中も、ご亭主は幼少時代をしきりと懐かしむ。
なんと3匹もチワワを飼ってたんだってさ。

このご亭主、ちょっとエバってて、自分の思うことは絶対通さないと気がすまんってタイプらしい。
「ピエモンテ州の典型的マスキオ(男)」とか。。
ワンワンを決めるのも、ワンマン次第ってこと。名前はアントニオ。

でも、ワントニオ氏、いいところもある。

「カタツムリ20年以上も食べてないなあ」
なんて言ったボクに、
「よしっ!」
小雨の中をバイクを猛って、カタツムリ捕りに行ってくれたんだもの。

猫には興味がない亭主をくどいて、やっともらってきたこのルビちゃん。
雑種でもマリアさんには、100万ユーロの価値がある。

幸せルビちゃん、次々遊びを発明したり流しに飛び込んだり、無駄には時間をつぶさない行動派。
まあ、子猫ってみんなそうだけど。

安らかに眠りに落ちているチワワさんめがけて、テーブルの上からヤーッ、水泳選手みたいに降下する。
ギャッ!夢をぶちこわされたチワワさんは半狂乱。

『ザッシュのデキソコナイ!ワンワンワンワンワン!』

アントニオ氏、「うるっせえっ!捨てっちまうぞっ!」(売り飛ばしちゃうぞ!)

当分チワワさんの悲劇は続きそう。(K)

| 猫.cats,gatti 100の足あと | 04:29 │Comments0 | Trackback-│編集

チワワさんとルビ (1)

ciwawa a

「あんた、うちでもネコ飼うことにしたのよ。見にいらっしゃいよ!この週末にくる?」
「へーっ、本当?きみ、猫は絶対飼えない(旦那の反対で)って言ってたのにね!」

このネコちゃん、蛇口のジャーの水音に有頂天になるんだって?
ウーン、早くお目にかかりたいね。
子犬が一匹いるし、ネコと犬の共同生活(?)を見れるのも、興味しんしんだ。

                 *

チビッ子犬は3才のチワワ。チワワさん、新客に不安と不満でいっぱい。
『ここはアタイの家なんだ。ワンワン!』
分るよ。新顔にでかいツラされるほど不愉快なものはないよね。

それにしても、チワワさんってよく吠えるなあ。そのエネルギーったら凄い。
犬ってチビほどよく吠えるっていうけど本当だ。

『このネコめ、アタイより図体でっかくなるんじゃなかろうか?』
って、本能的不安もあるんだ、きっと。
理解できる。スーパーピッコロのボクは、ことこれに関しては敏感なのだ。

生後4ヶ月のネコちゃんはふつうのトラ。四本の足の先がまっ白で、ソックスを履いてるみたい。
子供用ソックスのセールスキャンペーンに、こんな猫登場させたらいいのになァ・・・いつもそう思ってた。
このアイデア、チャンスあるまで、そっと胸にしまっとこ。

藤棚の下で日向ボッコしてても、ジャーッの音でハッと身を起こす。
「何ごと?何なの?」
ネコちゃん、キッチンに突進。あっという間にセラミカの流しの中にすっぽり。

手を休めて見とれるマリアさん。
アア、可愛いーっ。念願のネコをやっと飼えるようになったんだわァ。

ネコちゃん、流れをつかもうとする。前足がぶるぶるっと痙攣。
無理だとわかると、口を近づけるてピチャピチャ。新鮮なお水っておいしいわねえ。

「名前は?」
「まだなのよ。考えて」
「あ、そう?・・・ルビなんてどう?」
ルビネット(蛇口)のルビだよ。
「その名前、気に入ったわ!ルビや」

近所の子猫が、ときどきアミの外側から顔をのぞかせるんだって?
お友達になりたいんだよね、きっと。

でも、ルビの『水との異常なる戯れ』を目撃すると、
ミャーッ!イジョー!
逃げてってしまうんだそうな。(K)


| 猫.cats,gatti 100の足あと | 06:57 │Comments0 | Trackbacks0編集

カルチョーフィ・ロマネスキ
kk

このすてきな名前のカルチョ-フォは、その名の通り、ローマ地方のものです。
先日書いたカルチヨーフォは、先が尖っていて棘があり、気をつけないと、手を刺してしまいますが、ロマネスコには棘もなく形もまるっこく、人間の拳ぐらいの大きさです。
味は先が尖っているカルチョーフィと同じ?ようです。

さて、ローマ風、伝統的な食べ方をご紹介しましょう。と、いっても、自分でも初めて作ったので、あまり自信はないのですが。

*皮をどんどん取り除いていって、先の所を切って平らにする。
*茎のところを、適当に切ってしまい、鍋と同じくらいの長さにする。
*というのは、鍋の中では寝かせずに、立てた状態にしておくからです。
*オリーヴ油1センチ、水1センチくらい入れ、ニンニク、アンチョピ、パセリ(イタリアン)をみじん切りにしたものを加える。塩、胡椒もする。
*蓋をして中火で30分弱、時間は適当に。フォークで刺してみて、柔らかければ出来上がり。

汁が蒸気となって全体に味をつけるので、混ぜたりする必要はまったくありません。
余った茎も捨てずに、適当に切って、回りの筋を除いて一緒に入れる。

出来上がってすぐに食べず、冷やして食べると、美味しい。
こってりとして、味は良くついていてコクがあり、最初の冒険としては、上出来でした。(K)

| けんじの自己流イタリアングルメ | 10:29 │Comments0 | Trackback-│編集

gnocchi a
ニョッキとゴルゴンゾーラのソース

ニョッキは茹たジャガイモと小麦粉をこね合わして出来ている団子状の。これが最もポピュラー、でも、もっともっと種類があるようです。かぼちゃなどで作ったものもあります。

今日、市場場のチーズ店で新鮮なニョッキを買うことができました。店のシニョーラが、そのとき教えてくれたソースは以下の通り。

Gorgonzola Dolce(甘口のクリーム上のゴルゴンゾーラ)を使ったもの。

小さなフライパンにオリーヴ油少々、牛乳少々、ゴルゴンゾーラを適当に加えて、とろ火で、溶かして行きます。同時にニョッキを茹でる。

熱湯の中にニョッキを入れ、浮き上がってきたら、すぐに笊に移して、水を切り、溶かしたクリームを混ぜて、出来上がり。チーズは好みのものを。僕は羊のチーズをかけました。

*ジュゼッペ・ヴェルディの故郷、ブッセート市に、DUE FOSCALI という立派なレストランがあります。
(レストランの名前はヴェルディの初期オペラのタイトルから取ったもの)
オーナーはヴェルディ・テナーとして世界的に名を馳せた、カルロ・ヴェルゴンティさんです。
そこのプリモピアットが、ニヨッキ・ノンノ・ヴェルディでした。ほうれん草が入っていて、緑色のニョッキです。
ヴェルデはイタリア語では緑色のこと。『ヴェルデおじいちゃんのニョッキ』というわけです。
味は忘れてしまったが、可愛い名前は、いつまでも覚えています。(K)

| けんじの自己流イタリアングルメ | 14:06 │Comments0 | Trackbacks0編集



[プロローグ]


猫のショートショートエッセイを100編書くことに決めました。
最後まで書き続けられるか力だめし。がんばるぞっ!
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ネコ「ねえ、ボクのこと書いた本、いつ出るの?」
自称作家「まだだ。企画がパーになったらしい」

「どうして?」
「編集担当者が、超犬派なんだよ」
「運が悪かったね。でもそれだけで?」

「この不況だろ。金がないんだってさ」
「そう。でもそれだけ?」

「偉い人のコネも不可欠なんだ」
「きびしいね。でも、それだけ?」

| 猫.cats,gatti 100の足あと | 15:44 │Comments0 | Trackbacks0編集

カルチョーフィの季節です。
天ぷらやリゾット、その他たくさんの食べ方がありますが、今日はごく簡単な(いつも簡単な料理ばっかりでごめんなさい・・・)生のカルチョーフィのアンティパスト(前菜)です。ナマの

*皮を取りのぞいていって、芯の柔らかいところを、薄切りにして、レモンを入れた冷たい水でさっと洗い、ざるに取って水を切ります。そうすれば、どす黒くならず、青い新鮮なカラーを保つことができます。
*皿に盛ってから、パルミジャーノを削ったもの(粉チーズではありません)をのせます。レモン、オリーブ油のドレッシングをかけて、きあがり! 簡単ですね?

カルチョーフィの癖のある風味とレモンとパルにジャーノがミックスして、不思議な風味が口の中で広がります。生なので腹ごたえはあり、2人分だったら一個だけで充分です。ワインが楽しめる大人向けの前菜です。(k)

| けんじの自己流イタリアングルメ | 12:21 │Comments0 | Trackback-│編集

鱈のオリーヴ油焼きをご紹介します。

先日知人の所で夕食を頂いたときの料理です。写真に撮ったものをご紹介します。
シニョーラは職業婦人。だから、あまり凝ったものは出来ないと言いながら・・・なるほど簡単にあっという間に出来上がりました。

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鱈のオリーブ油焼き
作り方ーー
* カッペリ(ケーパー)、ニンニク、パセリ(italian)をミキサーにかけます。
* 大型フライパンに、たっぷりとオリーヴ油を入れ、その中に
* ミキサーにかけたものを入れて、黒オリーヴも加え、とろ火で軽く煮込む。
* 鱈を寝かせて又、しばらく煮込み、
* コップ半分くらいのVino Biannco(白ワイン)を加えて、スプーンでまわりの汁をかけながら、最後   の煮込みをする。好みによって、オリーガノ、ペペなどを加える。

オリーヴ油をたっぷり使うので、ちょっと重そうな感じですが、カッペリが利いていて風味があり、ぴりっと塩辛く、さっぱりした味です。(K)

| けんじの自己流イタリアングルメ | 20:42 │Comments0 | Trackback-│編集

こんな絵はがきもあったんだね!

ehagaki

目のところが丸く切り抜いてあって、軽く振ると、目玉がくりくりっと揺れます。

Antiquariato(骨董品)は100年経った物でないと、そう呼ばれないそうだから、骨董品と『指定』されるまでには、まだ時間がかかるけど、この猫ちゃん、1930年くらいのものらしいです。
我が家の貧しいコレクションの貴重な一つです。

これ、トスカーナ地方、アレッツォ市の骨董市場で見つけました。26、7年前だったと思います。
イタリア製でなく、Made in Germany!と印刷されています。

ドイツ人はポルセラインの人形とか、玩具、子供の喜びそうなものをたくさん残しました。
厳しい風土の中で逞しく生きたドイツ人の情愛や、ユーモアなどがちらりと感じられるものはいっぱいあります。
南ドイツの二ュールンベルグ市には今でも、玩具の街などがあり、半日ぼくもそこで楽しんだ思い出もあります。

こんな贅沢なカードを、何の疑問もなく作っていた時代があったなんて・・・
感性豊かな良き時代だったのですね。

ネコちゃん大好きな姪のマリエンに送ろうと思ったけど、目玉のところが傷むかもしれないし・・・猫好きの配達夫にドロされるかもわかんないし・・・直に渡そう・・・そんなことまで考えさせるのは、このネコちゃんがとっても可愛いからです。僕の好みの猫です。(K)

| 小説とエッセイ | 14:36 │Comments0 | Trackback-│編集

リグーリア地方のパスタ、トロフィエッテ
TROFIETTE  トロフィエッテ セーモラ

今日はとても忙しかったので、簡単にパスタを茹でて食べました。
トロフィエッテ・・・ご覧のように普通のパスタとちょっと変わった形をしています。
これを茹でて、ペストと名乗るソースをかけ、粉チーズをかけるだけ。
面倒でやる気のないときの食べ物として理想的です。

パスタの小麦粉はセーモラと呼ばれ、粒子を荒めにひいてあるとか、普通の小麦粉よりもっともっと高級な粉だとか、イタリア人はそれぞれ思い思いのことを言いますが、荒めにひいた粉という点は確実のようです。そのためか身がしまっていて、とっても歯ごたえがあり、腹ごたえは普通のパスタ以上です。

ソースはペストと呼ばれるもので、バジリコ、ニンニク、羊のチーズ、松の実、オリーヴ油をミキサーでかけた物で簡単なようですが、自家製となると、やっぱりね。安いから買った方が良い。

出来上がったパスタの上にペストをかけて、羊のチーズをかけておしまい。
歯ごたえがあり、それだけでも腹いっぱいって感じです。

出生地、リグーリア地方(ジェノバ方面)に行けば、沢山のパスタ専門店があり、トロフィエッテもペストも計り売りで変えますが、自家製で、しかも前夜作られた新鮮な物です。冷蔵庫で数日は保管できますが、あまり置いておくとカビが生えたり味も落ちるので出来るだけ早く食べてしまわないと。

残念ながら、生のトロフィエッテもおいしいペストは、ミラノのスーパーではそう簡単に手に入らない。
工場製品の乾燥したのは見かけますが、手作りとの違いは比較にはなりません。パン屋などで作って売っていることもあるが、気まぐれパン屋さん、いつも作ってくれるわけではない。普通のスパゲッティのように、食べたいときに簡単にってわけにはいかないのが残念。(k)

| けんじの自己流イタリアングルメ | 01:45 │Comments0 | Trackback-│編集

こんにちは!すっかり春めいてきました。
プンタレッレのサラダ

今日はプンタレッレのサラダを作りました。プンタは、先っちょの尖ったところの意味です。
写真のとおりのユニークな形です。
この野菜別名カタロニアとも呼ばれていまして、もともとローマ地方の野菜なのですが、この数年前から、ミラノの市場にも見れるようになりました。苦味のある不思議な味です。

初めて食べたのは、30年くらい前だったっけ。帰国途中ローマで一泊したとき、連れて行ってもらった大衆食堂(トラットリア)ででした。サクサクして美味しかったこと。

でも2、3年前からミラノの市場にもやっと出るようになったのです。随分遅いところがイタリアらしいです。名前さえ知らないミラノ人もいたのですから。
日本にも既に出ているようですが、さすが市場進出のスピードったらすごい。

この野菜、寒い時期にしか存在しません。
今日は3月14日。そろそろ時期も終わりというわけで、大好物の僕としては、しっかり食べておかないとって気持ち。

『食べ方』
みじん切りにして、水の中に1時間つけておいた後、よく水を切って皿に盛りつける。
ドレッシングは・・・
オリーブ油、ニンニクみじん切りと塩漬けのアンチョピを少々、レモンの汁。レモンの変わりに、本当は何とかいうバルサミコがあるらしいけど、これは我が家の質素な家庭料理ですから・・・
ドレッシングして、しばらくおいとくと味がしみ込みます。

プンタレッレの苦味と、アンチョピ、レモンがミックスして、ザクザクと歯切れよく、ワイン、ビールの肴にもぴったり。美味しーい!! いっくらでもたべられます(K)

| けんじの自己流イタリアングルメ | 12:36 │Comments0 | Trackback-│編集

TORTA DI NOCI
TORTA DI NOCI

みなさん、こんにちは!
今日は『食いしんぼう!自己流イタリアン』 の 第一回目です。
自慢の鱈の料理をご紹介したいと思っていたのですが、写真が大失敗! 次回に回させていただきます。料理の写真って、撮るの大変だとカメラマンから聞いていたけど、本当ですね。ましてや、バルコニーから射し込んでくる朝の光で、素人がパチリってわけなのですから、いい物が撮れなくて当たり前でしょう。
このグルメコーナーを長く進めたい自分にとって、写真撮影でたっぷり悩まされそうです。

さて、そういったわけで、一回めは、大急処置として、自分の大好物のチーズ{Torta di Noci}をご紹介することにしました。形はご覧のようなもの。Torta(トルタ)はタルトのこと。(タルトってなに?)
一般に丸いケーキのことを、イタリアではトルタと呼ばれています。 Noce(ノーチェ)はくるみの意味です。
出来上がった形がケーキみたいだから、そう呼ばれるのでしょうかね。

素材はなんなの? ご説明いたします。マスカルポーネと ゴルゴンゾーラを軽く混ぜ合わせただけ。ぱっと見ただけでははっきりは分らないけれど、2つの素材が、交互に積み重なって出来ているようです。
とにかく食べていて、舌と喉で、あっ、ここがマスカルポーネね、あ!今、ゴルゴンゾーラって、はっきり区別出来そうなくらいの、大まかな混ぜ合わせ。口の中で混ぜ合わさって、とろけるような風味です。切られる前の丸ごとは、直径40センチ、高さ15センチはありそうな、堂々としたもの。見ただけでコリステロールが上がっちゃいそうな、威風堂々のトルタです。
上に胡桃の実をちょんちょんと乗せて出来上がりですから作り方は簡単なようです。でも・・・

自分でも気楽に出来そうですが、やっぱり、金曜日の市場の行きつけのチーズ店で買わなくては。

僕が行く店のが一ばん人気があって、遅く行くと、『もう売り切れよ! もっと早く来なさいと行ったでしょ』と 奥さんが言うのです。だから、金曜日の朝は、買いはぐれ、食いはぐれのないよう、ちょっと緊張したひととき。なにしろ、大好物なのでして。
日本からくる知人も、『へえ!イタリアにもこんな美味いものあったのかヨ』などと。

完全なナマ物ゆえ、残念ながら春、夏、秋の半ば頃まで、店から姿を消します。今が『食い納め』の時期です。

次回は冬だけしか食べられないサラダをご紹介しましょう。K


| けんじの自己流イタリアングルメ | 22:11 │Comments0 | Trackback-│編集

verdi
 
 ジュゼッピーナ・ストレッポーニは、ヴェルディがまだ無名のころ、スカラ座のプリマドンナとして活躍した人であったが、30歳半ばですでに声を失ってしまう。

後年ヴェルディと結婚するが、控えめで、四カ国語も自由に話せるほどのインテリ。
 学識と教養に溢れた彼女は、夫の良き友であり助言者でもあった。山積みされた夫への手紙の返答などは、ほとんど彼女が代筆していたという。夫を深く愛し、偉大なる芸術家として憧れ尊敬し、身も心も捧げた人であったから嫉妬心も強く、そのために自己との戦いも大きかった。

 『アイーダ』のレッスンが始ったときだ。自信に満ちあふれた若きソプラノがこの屋敷に現れたとき、ジュゼッピーナは絶望する。このソプラノと夫の間にすでに何かが起こっていることを、彼女は感知していたのである。

 サロンに現れたソプラノのテレーザは、師のピアノに合わせ三幕冒頭の『おお我が祖国』を歌い出す。かってのスカラ座のジュゼッピーナのように美しい張りのある声で・・・
 彼女はサロンの隣の自室に閉じこもり、二人のレッスンに聴き耳を立てている。弟子を叱りつけ、癇癪さえ起こすヴェルディだが、甘い言葉もわすれない。
「君、もっとドラマティックに! 可憐さはこの際全部捨てなきゃあだめだよ!」

 ジュゼッピーナは日記帳を取り出し、自分の気持ちをしたためる。
「今日は私の人生で、最も辛い日になるであろう」と。

 ジュゼッピーナを演じたのは、長年スカラ座のプリマとして君臨した、カルラ・フラッチという名のバレリーナ。
 監督から『フラッチこそストレッポーニのイメージにぴったり』と、是非と望まれて、俳優としてはずぶの素人ながらこの大役を果たした。
 ヴェルディを演じたのは、名前は思い出せないが英国の無名の俳優で、老後の役はとても良かった。顔もよく似ていて、ヴェルディはこんなひとだったのだろうと、想像させるにあまり有る役作りであった。だがその後、俳優として特別に注目もされずに終ったのはちょっと残念である。フラッチは、『ヴェルディ』のあと一度もドラマに出たことはなかったと思う。

                     *

 僕たちがサンタ・アガタを後にしたのは、午後もそんなに遅くはなかったが、視界が不可能なほど霧が立ちこめていた。「春になったら又来ようね」と話ながら、おそるおそるミラノへ車を走らせた (完)
 
*最後まで読んでくださって有りがとうございます。感想をまってます。

| オペラノスタルジー | 13:08 │Comments0 | Trackback-│編集

verdi
 我々『スカラ友の会』一向は昼食でたっぷり時間をとったあと、サンタ・アガータの屋敷に足を運んで、楽しい意義或る午後を過ごしたことは、言うまでもない。

その日はルチオも案内役をやり、庭の大木の陰で説明する彼に老婦人たちは、一生懸命耳を傾け、質問したりしていた。
ヴェルディが円熟期に造り上げたこの隠れた城は、思いのほか質素で、彼の生い立ちや人柄をおもわせるものがある。
 森のような広大な庭には、池もあり、小山のようにこんもりと盛り上がった自然冷凍の倉庫などもある。養鶏所や温室栽培などもあり、ヴェルディは農酪にも精通していて、小作人達に手ほどきをしていたほどなのだ。
 屋敷には、今でも子孫が住んでいるとかで、我々訪問客が見れる所はごく限られている。愛妻ジュ ヴェルディはシェークスピアの三つの劇をオペラに書いたし、マンゾーニの死を悼んでレクイエムも作曲した。

                                  *

 2年後、オペラファンが待ち望んでいた映画『ヴェルディ』が出来上がり、数週間にわたって放映された。
 全ドラマに、たびたび真夏のスカラ座広場での撮影場面が出て来てくる。

 故郷ブセットからミラノに出て来た、夢多き若きヴェルディがカフェに向かうところや、どん底にあったヴェルディと、スカラ座の支配人との雪の夜の運命の出会いのシーン、そして2度目の妻、ジュゼッピーナに先立たれた晩年の散策や、グランドホテルから出る霊柩車の行進のラストシーンなどなど、すべて、夏休み返上のスカラ座広場で撮影されたのであった。

 ・・・凍えるような冬の夜、あてどもなくさまよっていたヴェルディとすれ違ったのは,スカラ座の支配人であった。その頃ヴェルディは2人の子供と愛妻マルゲリータを失い、初演作も失敗してしまう絶望的な時代であった。顔を伏せ、わざと気が付かないふりをして、通り過ぎようとするヴェルディを呼びとめた支配人は、青ざめた作曲家の顔をまじまじと覗き込み、
「どうしたんだい?、この頃全く顔を見せないじゃあないか。・・・ちょうど良かったよ。気が向いたらこれに曲を付けてみてくれないかね」
と、無理矢理に台本らしきものを、彼のコートのポケットに押し込んで立ち去ってしまう。

 火の気のないアパートに戻ってきたヴェルディは、その台本を床に叩き付ける。床に散らばった台本を拾い上げようと身をかがめた彼の眼は、ほのかなランプの下の一行の詩句に釘ずけになったのである。
『Va pensiero.Sull’ali dorate(飛べ、思考よ、黄金の翼に乗って!)』
 一脈の旋律がひらめき、脳裏を広がって行く。彼は取り付かれたように、寝食をわすれて書き続けた・・・このテレビドラマの忘れられないシーンである。この作品こそ、彼のスカラ座の門を開いてくれた出世作『ナブッコ』である。

 連続ドラマ『ヴェルディ』が終わった頃、ミラノを訪れた友人の希望もあって、再び彼の故郷を訪ねた。冬にはまだほど遠い季節ではあったが、朝から霧の深い日であった。サンタガタの屋敷の広大な庭園には、枯れ葉が積もり、他の見学者もごくわずかで、閑散としている。

  ここで撮影された場面を思い出す。
 妻、ジュゼッピーナの最期のシーンはしんみりさせる。
 老いたヴェルディは最後まで妻に寄り添い、時たま空っ風の強い庭に出て、小さな花を見つけると、摘んで病室に持って行き、病床の妻を喜ばせる。(つづく) 

| オペラノスタルジー | 20:07 │Comments0 | Trackback-│編集

verdi

 僕が初めてヴェルディの故郷を訪れたのは、映画が出来る数年前、ミラノに来て五、六年も経った頃のことである。
 スカラ座博物館が主催する『AMICI DELLA SCALA(スカラ友の会)』というのがあったが(今でもあるかも知れない)、1年に1回の恒例のバス旅行で空席があるので、良かったらおいで、と言われて有り難く便乗させてもらったのである。電話を掛けて来た図書館のルチオは、バス代からレストランの昼食に至るまで、すべて会員が払ってしまっているから、お前は全くタダなんだよ、だから必ず来いという。
その頃、まだパッケージ・デザイン会社であくせく働いていた僕は、早速仮病を使って参加をOK!
ある秋晴れの朝早く、スカラ座前に待機しているバスに勢いよく乗り込んだのであった。

 車内に飛びこんだ瞬間、強い香水のにおいが鼻に付いた。すでに満席になっている客達の面々はほとんど女性ばかりで、しかも中年以上のおばあさまたち。
 ちょいとピクニックに出かけるつもりで普段着でやって来た僕が恥ずかしくなるほど、ご婦人方は念入りに着飾っていて、強いプロフーモが、小娘のようにはしやぐ華やかな雰囲気を、一層あおり立てている。
 僕の斜め前のすごく着飾った、とうに80も半ばを過ぎたような最長老の女性が身動きもせずに座っている。周りの連中はときどき「プリンチペッサ(お姫様)、ご機嫌いかが?」などと、やさしく声をかける。彼女はれっきとした名門貴族なのだそうだ。

 隣に座ったルチオが、小声で説明する。
『スカラ友の会』のメンバーは、オペラ愛好家には違いなかろうが、実はお金と暇の有り余っている高齢の女性達の社交場みたいなもの、なのだそうだ。

 だからと言って取るに足らないような会でもない、と僕は思う。
 この会主催の、偉大なるソプラノ・E・シュワルツコップを囲んでの集いの会もあったし、テバルディが招かれて、彼女の自伝出版記念インタビューが行われたり、レコード出版記念会やいろいろなめずらしい展示会もあった。

 さて、バスの中をくまなく見回してみると、男性は館長さんとルチオと僕と、あと2人の老紳士がいるだけで、言うまでもなく女性群が優勢である。その頃の一番モダンでチャーター料金がトップの大型バス。お金持ちのおばあさまたちのピクニックなのである。

 そんな境遇でいちばん若く、しかも東洋人だというわけで、ぼくは結構珍しがられた。
「みなさん、今日の招待客、K君をご紹介します」
と、館長さんの挨拶で、拍手で迎えられたあと、僕もマイク片手に喋り、『さくら、さくら』を歌わされたり、他愛も無い質問に答えたりして、ご婦人の退屈しのぎに役だったのであった。

 バスはロンバルディアからエミリア・ロマーニア地方へと高速道路を下り、パルマのちょっと手前から、今度は黄金色に輝く田園の中を、のんびりと走って行く。

 ブッセトの外れ、ラ・ロンコレという村にあるヴェルディの生家を訪ねた。
 郵便馬車の馬の交代をさせる地点だったそうで、馬屋などがある非常に質素な二階建てだ。
 ヴェルディの父親は小さなレストランを経営していた。そこで遠出の馭者たちが食事をし、宿泊もした。
 2階の南寄りの、その真下が馬屋になっている部屋が幼いジュゼッペの部屋として与えられていたそうだが、動物の体温が下から伝わって来て、いちばん温かだったから、なのだそうだ。

 ジュゼッペは幼いときから音楽的才能を発揮して、近所の教会のオルガニストに採用されたりする。


 生家を後にして、腹ペコの我々は、予約してあったブッセト市内のいちばん立派なレストラン『Due foscali』に連れて行かれた。
 ヴェルディの初期のオペラのタイトルを付けたこのレストランは、名テナー、カルロ・ベルゴンツィが経営している店で有名だ。
 街の中心部の広場のずっと奥まった閑静なところにあり、そのすぐ近くにヴェルディ歌劇場が君臨している。ここで開催される『ヴェルディ・コンクールは、若きオペラ歌手の登竜門として有名である。

 パルマ名物の生ハム『クラテッロ』やサラミで、舌をなじませたあと、その店のおすすめのプリモ、Gnocchi Nonno Verdiが出てきた。『ヴェルディおじいちゃんのニョッキ』という意味で、緑色をしている。ヴェルデとはイタリア語でグリーンを意味する。
 
 期待の的だったオーナー・ベルゴンツィさんは、ニューヨーク・メトロポリタンに歌いに行っているとかでお留守、ご婦人達をがっかりさせていた。
 ヴェルディ歌いとして世界的名声を馳せたベルゴンツィは、実はこのエミリア・ロマーニァ地方のパルマの生まれで、言うなれば、巨匠ヴェルディと同じ土地で生を受けた。

 ついでながら、オペラの巨匠、ヴェルディを生んだこの地域は、ベルゴンツィだけではなく、戦後のオペラ黄金時代を築き上げた、きらめく名歌手が後を絶たずに出て来たのである。
 パヴァロッティとミレッラ・フレー二は、同じモデナ市出身で二人は幼なじみだったと言う。
 そしてテバルディ。彼女はこのエミリア・ロマーニャ州からたったの20キロくらいはみ出したところにあるペーザロの生まれなのだ。

 偉大なヴェルディが出た後、この地域のオペラに対する情熱は他州を抜きん出ていただろうし、オペラ歌手になるための教育も盛んであったのであろうが、この名歌手達の輩出は奇跡としか言いようがない。(続く)
 

| オペラノスタルジー | 12:46 │Comments0 | Trackback-│編集

『ヴェルディのふるさと』 1
verdi
 或る朝、ミラノの中心街エマヌエル・アーケードの中を通過してスカラ座広場に出てみたら、柵がめぐらされていたりして、日頃以上に混乱した感じである。しかもスカラ座と反対がわの市庁舎寄りに、200人? いや、それ以上の人々が列を作っているのだが、男も女も老いも若きも、じりじりと照りつける昼前の太陽の下で、結構楽しげに喋っていて、深刻な雰囲気はまるでない。
一体この行列は何のためだろうかと、いくぶん興味をそそられて眺めていると、いきなり後ろから、ぐいっと僕の襟首をつかんで叫ぶ者がいた。

「エキゾティチ、ノー!」

驚いて振り返って見ると、見覚えのある背の高い警官が笑って立っている。
何と彼は我が家の近くの警官寮にすんでいて、自動車学校では免許を取るために、一緒に勉強しているM君であった。彼は人ごみの整理にあたっているのだ。

「エキストラだよ。ジュゼッペ・ヴェルディの映画のために、エキストラを募集する広告を出したら、300人以上集まって来たんだ」
彼は汗を拭いながら説明してくれる。エキゾティチとはエキゾチックのことで、白人以外の人種をさしているのであり、残念ながら我々東洋人は、たとえその気になって応募しても対象外なのである。まったく残念! 

 RAI(イタリア放送局)が、莫大な金と時間を費やして、ヴェルディのテレビ用伝記映画を製作中だということは、久しい前から全国的な話題となっていた。 
ミラノ心臓部のスカラ座広場からマンゾーニ通りのグランドホテルまで、市内電車の路線は土で被せられ、ヴェルディが息を引き取ったこのホテルの玄関を当時の写真通りに化粧直ししてしまったり、さては、スカラ座の前にカフェを作ったりで、1800年半ばから1900年に至るエポックを再現するために大作業をやっていた。
電車はその区間は勿論不通となった。交通の混乱を避けるために、ミラノが最も静かで、市民がバカンスに出かけている8月に、まとめて撮ってしまうということなのであろう。

お札にも印刷されていたオペラの神様のようなヴェルディの伝記映画の製作ともなれば、もう国事的なことで、僕がイタリアに来て、これほど大掛かりなドラマ造りにお目にかかったことは、以後無かったように思う。真夏に人口の雪を降らせたり、雨をふらせたり、現在のようなコンピューターの時代ではないので、『手仕事』の苦労に制作者にとっては大変な夏であったろうが、幸いにも僕は警察官と親しいこともあって、何回も撮影現場を真近くで見物することができた。

現在と違って、あの頃はすべて、手作りの時代。なつかしい。(続く)

 

| オペラノスタルジー | 05:22 │Comments0 | Trackbacks0編集

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すむらけんじ

作者: すむらけんじ
ミラノに住む広告イラストレーターです。このブログは今まで飼った猫、今飼っている猫のことを綴ったものです。
作者は左耳は生まれつき難聴にかかり、人口内耳に踏み切るまでの耳の歴史、未来のことなども連載しています。

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