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猫ショートショート<あと78話>

マルペンサ~ヘルシンキ~マルペンサ  2
marpe2

がらーんとした灰色の部屋、固い椅子が2つあるだけの殺風景を絵で描いたような部屋。

ここはマルペンサ空港の入国不振者が押し込まれる不吉な部屋なのである。

ヘルシンキから着いたばかりで、こんな所に押し込められて,
不名誉なこと、むかえにきて待ちぼうけをくっている友人にも合わす顔がない。

どうしてまた、こんなことに?

あんたのようなマジな外人がそんな所に入れられちゃって・・・

そう、こっちが聞きたいくらいだ、お巡りに。

税金もばっちり払って、滞在許可書はキチンと申請に行っている,マジメ外人のサンプルのようなこのオレ・・・だのに。

ジュネーヴから入国したのが不運だった。

スイスはその頃まだ、ユーロ圏外だったから、スイス経由で入国する外人へのチエックは厳しい。
そんなことは百も知っていたけど、オレに何の関係あるのかね?

ところが、あったのである。

入国チエックの警官が操作するコンピュータの中に、ボクの名前がなかったのだ。
常識では考えられないような不可解なことが起こったのだ。
パスポートの5年前の申請はミラノ領事館となっているから,ややこしくなる。

いや、何者かに名前を消されていた?


黒猫の呪い。

たかが,窓際を譲らなかったってだけで?

思考は鉛色の翼に乗ってめまぐるしく広がって行く。

このまま,入国を拒否されたらどうしよう。
ミラノのアパートのローンが済んだばかりなのにだ。
汗と涙のシンボル、絶対手放しはできないぞ!

なぜか,昨夜は寝られなかった。
ミラノのおじさんに電話したら、カロータが吐いて吐いて吐きまくったということだった。

やはり,予感は当たった。
カロータが吐きまくったことは,不運の前兆だったのか!

さらば,カロータよ。
オレはこのまま、日本に強制送還されるだろう。
おまえの面倒みてくれる人にアパートを贈呈しよ・・・・


ぽんぽんと肩を叩かれて我に返った。
あばた面の童顔がボクを覗きこんでいた。
キミがカロータをみてくれるんで?

あばたの若い警官はボクに来るようにと無言で示し、先に立ってドアを開けて隣の部屋に通された。

そこもサップケイだが、窓があるだけ違っていた。
5、6人の警官達が好奇の眼で一斉にボクを振り返った。

頭がふらふらする。ボクは混乱している。

中央の机に座っている、年配の格好のいいボスらしいのが明るい声で言った。
「やっと,見つけましたよ、やっと!」

「ミャオ?(何がです?)」
「あなたの名前ですよ。本部に電話をしたりコンピュータの中を総ざらいして、やっと見つけたのです」

疲れきった声で、
「ミャーオ、ミャーオ(それはようございました)」

ボスは人が良さそうに笑っている。

「ミャオ、ミャオ、ミャー?(それでは、入国してもいいんですね?)」

「ちょっと,待ってください。まあ、そこに座ってくださいな」
ちょっと,厳しい顔になる。

「あなたのカテゴリーは、プロフェッシオナルとなっている。どんな仕事をしているのです?商売をしているとか、何とか」

現実的な話しになって頭が冴えてきた。
「商売?飛んでもない。ボクはデザイナーです」

イラストレーターと言いたかったが,どうせわかんないだろう、このたぐいの人たちは、と思って,デザイナーと言ったのだ。
「例えば,ファッションの?」
「いいえ,商業デザインです」

「ほう、いい仕事してるんですなあ。じゃあ、絵は上手なんでしょう?」
「ニャン(まあね)」

ボスは品良い笑顔を失わないが、その眼に鋭さが隠されている。
「じゃあ、何か描いてくれませんかね。何でもいいのです,リンゴでもオレンジでも」

ニャーオ、オレを試す気かね?
やっとこっちの番が回ってきたぞ。

君がリンゴひとつ描いただけでも、ワタシは見抜くことが出来るんだ。本物か,ただの不良外人か。
その眼はそういっているのだ。

若いのが、プリンターから引き抜いた紙とボールペンを持って来る。
「ニヤオ。ニャオニャオ?(ネコを描きましょうか?)」
「犬の方がいいな」別の若いのが口をだした。

ギャーオ、いらんこと言うんじゃないの!犬は描いたことがないんだから。不得意なものを描いて失格、不良外人と思われては遺憾だ。

「ニャオ。ニャニャギャオ(ボクは犬は嫌いなんです)」

しばらくの静寂。ボクは 3分かけて、カロータを抱いてるボスの姿を描いた。

すごいーっ!集まっていた警官たちの間から感嘆の声。

こうして,黒猫の呪いは解けて、無事入国出来たのだった。

もう、絶対ヘルシンキには行かんぞ!(k)



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| 猫.cats,gatti 100の足あと | 10:52 │Comments2 | Trackbacks0編集

ほうじょうさん、こんにちわ。スプーンを使ってのスパゲッティは,ちょっとボクには疑問です。
あまり奇麗ではないし(失礼),第一イタリアに旅行していて,レストランでスパゲッティ頼んでも,スプーンは出してくれません。(頼めば出すでしょうが。でも南部では使われているようです)

ボクがイタリアで学んだ食べ方は・・・
フォークを真っすぐに立てて、先がわずかにスパゲッティに触れるくらいのところで、くるくるっと巻きます。
巻かれたスパゲッティが、フォークの半分くらいのところまで達したところで、ちょうど、口に入るヴォリュームになります。
ちょっと練習が必要かもしれないが、心がけて食べていれば,すぐ慣れます。
日本では、これほどイタリアン・グルメのブームなのに、食べ方の教室が,いまいちと思っていたので、ここに書かせてもらいました。
けんじ


| 小説とエッセイ | 02:13 │Comments0 | Trackbacks0編集

猫・ショートショート<あと79話>

マルペンサ~ヘルシンキ~マルペンサ 1

hel



お隣に座った白いチューリップのような高校生。

まだ1年生? 2年生? 高校生か中学生か判断がつかないほど幼い面立ちだ。
カールした栗色の髪はまん中で分けられ、そのまま肩の下まで流れている。

目が黒い(真っ黒)。たまに真っ黒な小石みたいな目をした人を見かけるけど、彼女もそうだ。
でも、ラテン系とは、ちと違う。

プロフィールはまあまあってところ。

その隣は彼女の無二の親友らしい、メがねのおデブちゃん。 離陸する前から、駄菓子みたいな物をムシャムシャやりながら、おしゃべりが絶えない。

お隣の可愛コちゃん、ときどきちらっとこっち(ボク)を見るのは自分の気のせいだろうか?。
ボクは窓際だが、後ろも前も、彼女等と同じような高校生らしき乙女達でいっぱいなのだ。
つまり、ボクは花の乙女達にとりかこまれてるってわけ。
男の子もいるが3分の2以上は女の子。

この飛行機はチューリッヒから、ヘルシンキへ発とうとしている。
娘たちは修学旅行が終わって、ヘルシンキに戻るところなのだろうか。
引率の教師らしき年配もいる。

離陸するときはちょっと静かになったが、ベルト解禁になると、その賑やかさは格別だ。
席から離れて、あたかも自由時間の教室って感じだ。

ボクは窓際のシートでよかった、全く。
ミラノの代理店に,絶対窓際をと頼んだのは上出来だった。

お隣の娘は、また、ちらっちらっとボクの方を見る。やっぱり見られてんだ。 そして、おデブちゃんとこそこそ何やら耳打ちして、又ボクを見る。

「ハロー」とボクから声をかけた。

ボクにとって、こんな小娘に眺められることなんて最近ないのんだもの。
チャンスは 貴重なのだ。

昔、北欧を旅行したときなど、列車の中で女学生や家族と親しくなり、 その後、カードのやり取りなどした思い出もあるけど、もうこの年だからね。

彼女はズバリ、切り返してきた。
「あなた、日本人?韓国人?」

誇り高く、「ジャパニーズ」

やっぱりと娘は声をあげ、おデブちゃんにまたチョコチョコっと耳打ちして、ニーッ。

何のこたあない、彼女ら、この変てこな東洋のオヤジのこと、日本人?韓国人?どっちか、当てっこしてたらしいのだ。たったそれだけのこと。

あまりにも他愛ないけど、そりゃあ、80才のお婆ちゃんに質問されるよりは楽しいよね。

娘は飴をくれたりする。
サンキュー・ヴェリマッチ!
一滴の夜露のような思い出が出来るなんて・・・

ボクは暇つぶしにデジタルカメラの撮りだめを覗く。
出発前に撮ったミラノのわが猫、カロータのスナップが出た。

カロータよ、お前をほっぽらかして、オレはヘルシンキヘ向かって雲の上だ。ゴメン。 上階のエンリコおじさん夫妻に可愛がられるんだよ。 ゴハンくれたら、シッポをきれいにまいて、お行儀良くお座りして、それから頂くんだ。 わかってるだろ?

「ほら、これウチのネコ。名前はカロータ。Carrot」

娘は頓狂な声をあげた。そして、
自分の携帯をもぞもぞ取り出して操作していたが、無言でボクの前に突き出した。

なんと一匹の黒猫がぼけーっとこっちを見ている。
「可愛いわぁ」 彼女、飼い猫のクロにメロメロなところを見せる。
2人の趣味もちょっと似ていたってところで、新たな一滴の朝露。

彼女、自分のクロ猫ばかり褒める。名前なんて言ったっけ。
彼女、赤毛のカロータには一切関心がなさそうで、チとがっかり。
自分の猫がいちばーん可愛いと信ずる飼い主の魂の構造は、世界の原則なんだ。

何を隠そう、ボクだって黒猫には感度が低いのである。
真っ黒だから目だけがギョロギョロして表情が乏しい(?)。いや、そんなことない?
人間に例えると、何考えてるのか掴みどころのない(薄気味悪い)タイプってとこか。
それにこのクロちゃん可愛くないなあ。カロータ、お前の方が10倍も100倍もマシなこと確実だよ!

以前、黒猫がスパゲッティを食べてる絵をクリスマスカードに送ったら、
『黒猫は悪運を招くのよっ!』
って、怒鳴り散らした女(イタリアの)がいた。 いや、それだけではない。

3匹目に飼った雌猫ミリーチャが、同じアパートのけったいなブクブクの黒猫と関係して、ハランでしまったというニガい経緯もある。

まあ、いい、黒猫は悪運を運ぶって言われてるんだけど、フィンランドでも同じかな?
君、気を付けるんだよ。      

   *

そろそろスカンディナヴィアに近づく。

突如、娘は奇妙なことを言った。
「席を変わってくださらない?」

え?なんでーエ? 
「あたしフィンランドを上から見たことないの」
なんだって?
「(甘え声で)ミャーオ、変わってェ」

ギャーオ!イヤだ! フィンランドは生まれてはじめてなんだ。多分もう来ることもないフィンランド!
スオーミ(湖)がホシのようにちりばめられた黄昏のフィンランドを機上から眺めることを、今回の旅行の一大プランのひとつでもあったんだから。

キミ、だだこねるんじゃないの。絶対にワガママは受け入れんぞ。

「ノー。ボクだって見たいんニャもん!」 と、中学生レベルでギャっと言い返してやった。

ハネムーンで見ればいいじゃんか。 オレは見たいんだ。フィンランドの黄昏を空の上から。一生に一度のチャンスなんだ。

娘は恨めしそうな顔をした。一瞬、彼女の目、黒猫に似ていると思った。
気分を悪くした彼女は黙ってしまった。

そして、ボクは額に強力な接着剤をくっつけられた猫ように、窓に顔をおしつけて地上をながめていたのであった。 残念! 空からのフィンランドは、期待はずれのものだった。 もう、夕闇が迫っていたから、半島よりも点滅する光だけなのだ。

こんなことならキミにこの席譲ってやれば良かったぁ、と後悔がちょっぴり。
席を変えてやりたくてもシートベルトに縛り付けられてんだもの、オレの責任じゃあないっと。
でも、後味の悪い思いは残る。

キミ、クロ猫でボクに悪運を呼んだりしないでくれよ、ニャ。(つづく)

| 猫.cats,gatti 100の足あと | 00:43 │Comments1 | Trackbacks0編集

イタリア猫ショートショート<あと80話>
paradiso

パラダイスに猫は入れない

アヒルの夫「クェ、クエッこうな朝だね。またのんびりと一日が始まるんだ」
アヒルの妻「ほんと。すばらしい朝だわ。またのんびりと一日が始まるのね」

アヒルの夫「見てごらん。今日はこの島にいろんな鳥たちが集ってきているよ。ハト、カササギ、ホシムクドリ、カラスまで。ここはこんなに居心地がいいんだもの」
アヒルの妻「ほんとね。今日はいいお天気だから、いろんな鳥がいっぱい集ってきてるのね。こんなに居心地がいいんですものね」

アヒル・夫「ここはまるで天国だ。ここに永住しようかねえ」
アヒル・妻「同感よ。まるで天国。ここに永住したいわねえ」

アヒル・夫「クァ、クァ川を少し上ってみるかい?」
アヒルの妻「そうね、川を少し上ってみましょうか」

おんどり「いつも仲むつまじいアヒルさん、すっかり、コ、ココッこが気に入ったようだね」
めんどり「アヒルさんご夫妻は、いっときも離れないのね。やさしい旦那様。ウチの夫とは大違いだわ」
おんどり「コ、コ、これはあてこすりかね?」

アヒル・夫「一緒にいないと僕たちは生きていけないんだよ。」
アヒル・妻「そうなの。一緒にいないとあたし達は生きていけないの」

おんどり「昨日も、コッこの島のド真ん中で、あなたがた愛の営みやってたけど、迫力あったなあ。ココッちは目をそむけたい気持ちだったよ」
めんどり「お体が大きいから、目立っちゃうのね」

アヒル「いやいや、失礼。みなさんと同じことをやってただけのつもりだったけど。ケケッ軽卒だったかな?」
アヒル・妻「そう。みなさんと同じことやっていたつもりだったのに。思慮が足りなかったかしら?」

おんどり「まあ、いいさ。諸君の穏やかな風貌はこの小さな島に存在感を与える。我々鶏のようにコ、コッせこせしたところがない。ほら、またうちの倅がチャボを追っかけている。弱いものいじめはまったくなおらないんだ」
めんどり「いじめではなく、からかっているだけなのよ。チャボさんって小さくて可愛いから。ついからかってしまいたくなるのね」

あひるの夫「去年まで白鳥のご夫妻が仲間にいたって聞いたけどね」
あひるの妻「去年まで、白鳥のご夫妻がいらしたって聞いたわね」

めんどり「優雅で気品があって、評判のご夫妻だったの。いつも彼らを見るために川の向こうに人間達がいっぱい集って来たわ」
おんどり「白鳥夫妻も遠い国から飛んで来たんだけど、コ、コッこに住み着いてしまった。夫婦仲むつまじくてね。あんたがたのようにいつもいつも一緒。いたわり寄り添うように泳いでた。おくさんが肺炎になってあの世に行ってしまうと、旦那は急に衰えて女房を追っかけてあの世に・・・もう、そろそろ一周忌かな」

めんどり「お葬式も盛大だったの。川の向こうに村長さんも出席されて、となりの街のチェロ弾きをよんで、サンサーンスの『白鳥の死』を演奏したりね。姿の美しいものは得ね」

アヒル・夫「素晴らしい話を聞かせてもらった。僕も女房が死んでしまったらそうなってしまうだろう」
アヒル・妻「素晴らしいお話ね。あたしも夫が死んでしまったら、同じ運命ね」

鴨のおかあさん「(雛を従えて川から這い上がってくる)ああ、いい運動だったこと。上流の小グアッ校の方まで上って来ましたの。今日は日曜日なので静まり返っててね。そこでちょっとお休みして戻ってきましたの。うちの子供達がときどき列から離れて道草をくうので気を使ったけど」

ハト「でっかい真っ黒な猫がいるから気をつけないと。ポッ、ポッ、ポくの友達も、あのクロ猫に食べられちまったんだよ」

鴨のかあさん「わかってますよ。川の草かげで、あいつがあたし達を待っていたのよ。なんて獰猛な顔つきなの?でも、手がでまくてグアッかりいらいら」

ちゃぼ「噂をすれば影。ほら、クロのやつもうコッこに来てるよ」

クロ猫「(金網の外から猫なで声で)諸君、お早う。随分楽しそうに話がはずんでいるけど、ニャンの話なの?仲間に入れてくださいな。いつも一人ボッチでさびしいんだ、ボク」

おんどり「コ、コッここは、羽のある者だけが入れる天国なんだ。コッこに入りたければ、まず、神様に羽をつけていただくんだね」
めんどり「そして、その尖った牙と爪を削りとってしまわないとね」
ハト「そして、みんなが眠っているときに、冴えてくるその目玉を取り除いてしまわないとね。夜はポッ、ポくらのように眠る習慣をつけなくれないとね」
鴨のおかあさん「少しは水泳の練習をしてみたら?」

クロ猫「(急に悪魔の形相になって)ギャーオ、黙れ!バカな鳥たちめ。ああ、お前らを1羽残らず平らげてしまうのが、オレの生きる望みなんだ。仕方がない、ハトの肉は臭くてまずいが、ちょいと教会の広場まで足を伸ばすか」

女の子「(遠くから)クロちゃーん! どこ? どこにいるの? 返事してェ」
クロ猫「(甘えた声で)ミヤーオ」http://fc2.com/contest/

人間の女の子「まあ、クロったらこんなところにいたの?(抱いて頬ずりしながら、)道に迷ったンじゃあないかと心配してたのよ。外は危険がいっぱいだから、お庭から出ないようにいつもいってるのに。さ、帰りましょ。朝ご飯の時間よ。あんたのダーイスキな仔牛と胡桃の実。うれしい?」

クロ猫「(甘えた声で)ミャーオ」

女の子「そんなに,あたしの顔なめないで。くすぐったーい。クロちゃんってなんて可愛いのお?」(K)

| 猫.cats,gatti 100の足あと | 09:00 │Comments0 | Trackbacks0編集

マグロのオリーブ漬けを使ったパスタ
pasta lumacke 2

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食いしん坊自己流イタリアンです。
まだ、お腹空いてませんか?

ボクはオリーブ油漬けのマグロが大好きです。
と、いっても市販している缶つめのこと。
サラダなどにも理想的ですが、使い道はいっぱい。
ヴィテッロトンナート(子牛の薄切りにマグロ・マヨネーズ・カッペリなどをミキサーでクリーム状にしたものをかけて食べる)などの料理が代表的ですが、ここではパスタのソースを使ってみました。

煮込むと魚の蒸れた匂いがわずらわしいが、ピーマンを使えば、匂いを消せます。
プッタネスカと同じように、にんにく、黒オリーブ、カッペリなどにマグロを加え、たっぷりしたオリーブ油で炒めるのは同じですが、白ワインを加えてから、ピーマンを加え、固形スープなども加えてさらに煮込んで終り。
トマトもいれたら最高。生のよく熟れたトマトを少し後に加えると、さっぱりしたものが出来ます。
皿に盛ってから、イタリアンパセリをパラリ。
粉チーズは、自分の好みから羊のチーズを使いました。

パスタは気分を変えてルマ-ケ(カタツムリ)を使いました。
このパスタ、正式には「パイプ」などとよばれていますが、くるっとカーブしたところが、パイプに似ているからなのでしょう。でも、「カタツムリ」のほうが、ぴったり来るような形です。
パスタの中にグが入り込んでしまって、返って食べやすい点も面白い。
イタリアのパスタにはいろんな形のものがあって、目と舌を楽しませてくれます。
これも少しづつご紹介しましょう。(K)

| けんじの自己流イタリアングルメ | 07:22 │Comments2 | Trackbacks0編集

Spaghetti alla puttanesca
スパゲッティ・アッラ・プッタネスカ
娼婦的スパゲッティ?

spu
食いしん坊、自己流イタリアンです。
まだ、お腹すいてませんか?

ナポリのプッターナ{娼婦}が、忙しい仕事の合間に、サッサッと手早く作って腹ごしらえをしていたので、そう呼ばれるようになったとか、彼女らが腹の減った客にこれをもてなしていたからとか、説はいろいろあるようです。でも、正直なところ、どこまで信じていいのやら、疑問です。

パスタは有名でも、その名前の由来まではっきりと知らないイタリア人は結構いるからです。
唐辛子をたっぷり使っているので、Piccanteピッカンテ(辛い)なパスタというところから、この名前がついているのだろうという人もいます。(Piccanteは、性的な刺激的な意味でも使われることがあるようです)
ともかく、自由に判断してください。「雰囲気」はこう言ったたぐい、とてもイタリア的名前です。

トマト、にんにく、とうがらし、カッペリ、黒オリーブ、ありあわせのアンチョピをオリーブ油で炒めて出来上がり。
30分足らずで、もう、食卓にプロント。ナポリの娼婦ならずとも、忙しい現代人にだって欠かせないプリモなのです。
pipi

南部でもずいぶん食べましたが、味は濃く辛く、どす黒く、見かけはあまりいいものではありませんでした。
これ、ミラノの大衆食堂に行けば、たとえメニューにはなくても、頼んだら作ってくれるところは多い。

けんじレシピとしては、基本的には同じでも、さっぱりとしたイメージのものを作ってみました。
濃い目のオリーブ油で炒めるのは同じですが、トマトは少し後に加えます。
缶詰目のトマトではなく、よく熟れた生のトマトを使いました。

唐辛子はたっぷりいれ、悲鳴をあげるほど辛い・・・のがこのパスタの真髄?。
アンチョピとにんにくの焦げ目の香ばしい味。カッペリがそれを緩和してくれる・・・

仕上げのみじん切りのパセリ(イタリアン)は欠かせませんね。

食べた後は、生き生き!
元気回復しそうなパスタです。(K)




| けんじの自己流イタリアングルメ | 12:11 │Comments1 | Trackbacks0編集

エッセイ『傘』  つづき
kasa 2
「お願いッ、開かないで!あなた、室内で傘を開くととんだ災難がおこるってこと知らないの?悪運を招くってことを!」

ええェ? いや、知らなかったよ。そんな迷信がイタリアにあったなんて。

だが、この際イタリアの迷信を重視している場合ではない。
こっちは傘をすぐにも必要としている客なのである。

しかも、一生に何回モノにするか分からない、55ユーロもする英国製を買わされようとしているのだ。

「ちょっとだけ。ネ、だって開いてみないと好みに合うかどうか分からないもの。」
そして再び手に力をこめた。

「お願い!だめよ。絶対にだめよ。」
もう泣き声に近かった。
すでに悪運に取り付かれてしまったて感じだ。

こっちも,分けがわからなくて、妙な気持ちになってきた。
けったいな物に取り付かれてしまったって気分だ。
こんなゴタゴタで,代理店の仕事はパーになってしまうかもしれない。
何とかしないと。

そのときである。
若者が頭に雑誌をのせて「チャオ!」と元気に店の中に飛び込んで来たのだ。

 この隣のとなりのバールでときたま見る顔だ。
むこうも笑顔でうなずいた。

「レモ!お客さんが店の中で傘を開こうとするの。あたし恐いわ。あたし、こういうことにとっても弱いのよ。あんたからもよく説明してあげて」

そこまでしつこいと、意地でも開けたくなるのが人情ではなかろうか?

でも、例えばの話、彼女、交通事故にあったと仮定する。
『見て!あのとき、あんたが傘を開いたからよ!』
なーんてことになったらやばい。

 知的で綺麗な店員だと思っていたのに、評価一転、愚かなハスッパ娘に見えて来た。

若者は戸惑ったように薄笑いを浮かべていたが、結局は娘の肩をもった。

「もちろん、屋内で傘を広げたりすることを我々イタリア人はしないんだよね。おれはまあ、それほどこだわらないけど、うちのオフクロなんかだと、それこそ大変なんだ」
そして、店の外に目をやって、
「もし、こんなに雨が降っていなければ・・・」
雨が降っていなければ表へ出て、思いきり開いて、じっくりとあれこれ吟味することができるのにと言いたいのだろうか。ふざけるンじゃあない!

もういい。時間がない。柄がどうのこうの言っている場合ではない。
急いで金を払うと、ほっとしてお礼の言葉を述べる言葉を後に、ドアを開けて傘をいっぱいに開き、雨の中へ飛びだした。
こんな大きな傘ははじめてだ。重い。

さしてみて不思議・・・・広々として自分の体が乾いた空間と一体化して、こんな大雨の中なのにじめじめした気分がない。

買ったのは間違いではなかったと言い聞かせて、バス停に向かって大股に足を運んだのだった。

             *

 それからまた、いくばくも経った雨もようの正午。
ほんの小雨なので、傘なしで急ぎ足の人達もいる。
僕はご丁寧に曰く付きの傘をさして、ポモドーロ作の現代彫刻のある広場で友達を待っていた。
ミラノの中心街である。

約束の時間かっきりに、友人は代理店の正面玄関に現われた。
彼は無遠慮に笑った。

「大きな傘が眼に飛び込んできて、すぐにはKだとは分からなかったよ。人間が傘にのみ込まれているみたいだ」
大柄な友人は遠慮なしに好き勝手を言う。それを、こっちは調子を合わせて笑う。

全く言われるまでもないことなのだ。ウインドーに傘をさした自分を映して、どう見ても傘の大きさとチビ自分のバランスがとれていない。
あたかも傘がフアフア歩いているように見える。
にもかかわらず、ボクはこの傘を無性に気に入っている。

これをさしていると、自分が保護されている気分になるのである。
太い取っ手をしっかりにぎって雨の中に立つと、気分がゆったりする。こせこせ歩かなくても大雨の中をゆっくりと歩くことができる。乾いた空間が、たのもしく外界と遮断してくれる。

柄だってまあまあってとこ。
渋いボルドーカラーに、くすんだグリーンのストライプ。やや玉虫がかっているのも気に入っている。

高級品って、やっぱり違うんだよね、どっか。

この傘をさすとき、必ずこれを買ったときのことを思い出す。
LORD'Sにはあれ以来入っていない。ゴルフにはまったく興味がないし、英国製にもしかりだ。

 あのきれいな愛嬌のある店員が飾り付けのために ウインドウの中に入って、狭い檻の中の動物のようにもそもそ動いているのを見たことがあった。
彼女はガラスを隔ててすぐ近くで見られているのも気がつかず、神経を集中していた。                      (完)K


*けんじのひとこと /この傘は今でも重宝に使っています。安物の傘ならすぐ亡くしてしまう自分なのに。人間ってゲン金なものです。傘にちなんだ忘れがたい思い出もあるので、機会があったら書きます。傘にちなんだ短編小説も読んで頂きたいのもです。        

| 『傘』 | 23:59 │Comments1 | Trackbacks0編集

エッセイ
傘  1
KA

真夏をひかえた6月末のある午後のこと。

そろそろ外出する時間だけど、しばらく前から降り出していた雨が、大雨になってきた。

とにかく出かけなければならない。物置きをあけて、傘はどこだ、傘はどこだ、とくまなく探すが、不思議、一本も見当たらいのだ。
必要でない時はごろごろしているのに、これは一体どうしたことか。

たしかここに掛けてあったはずのグリーンのチエックのはどこに消えてしまったのだろうか。
あれは、ちゃんとした店で買った、そんなに安物ではないのだ。

その傘の行方を頭の中でたどっていたら、分った、もう2週間以上もまえに、印刷所のP氏が、「あ、雨だ、ちょっと傘貸してよ」
って持っていってしまったきり。
まだ、返してもらっていないという事実にたどり着いた。

仕方がない、たしか地下鉄の駅でモロッコ人から買った安物があった筈だ。
この際、どんなおんぼろでも無いよりはましってこと。
だのにそれさえ全て姿をくらました。どっかに忘れてきたのに決まっている。

 いらいらする。
雨は容赦なく降り続いているどころかますます勢いを増して行く。

「打ち合わせは4時から。ローマからクライアントも来るので今回は絶対に遅れないでね」
と、あまり時間に重要性を持たないこっちに、このたびは代理店の女性からわざわざ釘をさされている。

だから今日は、たとえ雨の中、槍の中、嵐の中でも、決められた時間に代理店に到着しなければならない。
タクシーが来てくれることなど、この大雨の中、奇跡中の奇跡である。
イタリアはタクシーが少ないのだ。イタリア・タクシー連盟の何とかの掟で、タクシーは増やさないらしい。こっちはチンプンカンプンだけど、とにかく、こういう事態のときは,タクシーは期待しないようにと言われている。だから、8585には電話しても無駄ってこと。

バス停まで歩いて行ってバスに乗り、地下鉄でG広場まで行って、そこからまた歩くのが一番手ッ取り早い。

そのためにはとにかく傘が必要なのである。

 仕方がない、この際、新たに傘を買うことにしよう。でも、この近くのどの店に傘を売っているのだろうか。家の前の大通にはいろんな店がある。ブテック、スポーツ用品店、雑貨店、さては下着専門店も・・・、だが、ウインドウは暇つぶしに、こまめに覗いているのに傘など見たことは一度もなかった。

 とにかくこの大雨。ますます激しさを増してきて、「大地を叩きつけるごとく」、なのである。
こんな雨は、季節の変わり目によくあるヤツで、長く続かないのは分っている。でも、この様子では都合良く止んでくれそうもない。

何てこと!ついには雷様までご登場。こう怒鳴っている。
「おまえが傘買えるまで降って、降って、降りまくってやるぞォ」

 それならよーしッ、覚悟は決めた、行くぞッ。もう長いこと物置きの奥に忘れられていた、流行遅れのレインコートをひっぱり出してきて頭からひっかぶり、雨の中へ飛び出した。いきなり水たまりのなかにジャボン!
しまった、ジーンズにはき変えとけばよかった。
だが、もうおそい。一張羅はぐしゃぐしゃになってしまうだろう。でも、それも又、代理店の手前、効果的かも知れない。

「ほォ、こんな雨の中をよく時間どうりに来てくれたな、ブラーボ!」

斜めに通りを横断して飛び込んだところはla SPORTello。スポーツウエアの店だが、カジュアルな洋服やザイノ、腰に巻き付ける貴重品入れなども見たことがあるから、傘だってあるかもしれない。

いきなり飛び込んできた顔見知りの客に眼をまるくしながらも、若い店員は、
「うちは、傘は置いてないんだよねぇ。」
そして、

「ほら、あそこに行ったらいい。必ずあるはずだよ。」

店員はドアを開け、通りの斜め向こう側を指して言った。
土砂降りの中に霞んで見えるのはLORD'Sという気取った看板である。ゴルフ用品 をはじめ、スポーツウエアと カジュアルを扱っているが、英国製品を主においた、この大通りではまずトップの高級品店である。
あそこでバカ高い雨傘を買わされるのも癪だが、この際、云々しておれる時ではない。
礼を言うのもそこそこに、店を飛び出して斜めに大通りを一気に走って渡った。我がアパートからちょうど、くの字型にあっちにピョン、こっちにピョンと土砂降りの中を跳び渡っている自分。ああ、情けなくい。

 客のいない、ずばり英国スタイルのしゃれた店の中で、雑誌をめくっていた女店員は、さっと立ち上り「傘ならこちらへどうぞ。」と言って、ペルシャ絨毯を敷き詰めた、ちょっと奥まった所に案内してくれた。
あるある、やっと見つけたぞ。15、6本ばかりの傘が真ちゅうの豪華な傘立ての中で、ひっそりと客の来るのを待っている。
ほとんど毎日店のまえを通っているのに、こんなところに置いてあるから、気が付かなかったんだな。

 ところがどうだろう。抜いて手に持ってみると、どの傘もケタ違いに長い。
そして、この細腕にはちと重いようだ。

「これはゴルフ場用なのです。英国製ですの。」
店員はしんみりとした口調で言った。

へェー、ゴルフ用の傘だからこんなに大きいの。しかも英国製か。高いんだろうなーァ、きっと。

「ゴルフ用でなくて、普通の雨傘でいいんですけどね。」
「普通の雨傘は置いてませんの。」
と、ちらっと外に視線を移して気の毒げに言う。
雨はまだまだ派手に降りつづいている。

「仕方ない。これにしようかな。いくら?」
眼にしみるような緑のゴルフ場でではなく、すすけた街中で使うのだから、一見地味そうなのを選んで聞いた。この方が、どんな服装でも抵抗なく使えそうだ。

「85ユーロです。」
エッ、85ユーロ? なんぼなんでも高いなァ、それは!

「ほら、こっちは全くおなじ物だけど50ユーロなの。メーカーのプレートが入ってないでしょ。」
文字色
彼女は何となく励ます口調で言い、プレートの張り付けてないのをせっせと選び出している。
なかなか積極的で感じのいい娘だ。もちろん、こっちにとっても安ければ安いほどいい。自分の生活は雨傘のために英国のブランドを云々するほどハイレベルではないし、気取りの趣味もない。
85ユーロなんてとてもとても。50でも高すぎるけど、この際、清水寺からエイッと飛び下りるつもりで買うことにしよう。

 じゃあ、これにするかと取っ手をやや上に向けてパッと広げようとしたときである。

「やめてーッ」

この綺麗な娘は頓狂な声を上げた。いつの間にか向こう向きになって、両手で顔をおっているのである。(つづく)

| 『傘』 | 17:06 │Comments0 | Trackbacks0編集

人参は甘く季節はおもかりきcal

この句は、わがカロータが昨年秋、17歳半で大往生したことをメールで知らせたとき、親友の俳人伍藤暉之氏が詠んでくれたものである。
カロータは、イタリア語で人参の意味。

昨年秋、後ろ髪引かれる思いでミラノを発ち、
秋も深まった10月の末頃、3週間後にボクは日本から戻って来た。

ボクが帰ってくるまで死ぬのを待っていたカロータ、
ベッドの真ん真ん中に寝て待っていてくれたカロータ、

ボク自身も多くの問題を抱えて帰って来たときだったから、
この句は我が家のその時のイメージそのもののような気がする・・・

戻って来たら、カロータはもう,ぼろぼろになっていて、
翌日、獣医のところに運び注射を打ってもらった。

伍藤君、この句はいつまでも大切にして、口にするごとに、カロータを思い出すことだろう。
どうもありがとう。

                    **

さて、カロータの写真で最も気に入っているものをここに2枚。
生まれて6ヶ月くらい経ったときのものと、6歳くらいの、これ、オトコ盛りのもの。

最後に飼ったカロータはもっともボクの好みに合った?猫だった。
いままで飼ったネコのうちでは足が長く、シッポも長かった。
死ぬ半年くらい前まで、ずっとシッポをたてて歩いていた。
猫がシッポを立てて歩くのは、飼い主への甘えの表現と聞いている。

生まれて9ヶ月くらい経って去勢して、彼の世界は我が家だけだった。
訪れるたくさんの人々から可愛がられ、人を恐れて隠れるようなこともなかった。

小さい時は臆病だったけど。

行儀良く座ると、首の付け根からこんもりと盛り上がって,背中のふくらみと,程よくバランスがとれていて、ボクの大好きなポーズだった。

おなかが空いて辛抱強く待っているときや、真夏の夜、紛れ込んで来た小さなコウモリを生け捕って、屍を前において、ボクが気がつくまで、じっと待ってっていた時のポーズが眼に焼き付いている。                            

                      *
右の像は、ブリュッセルの日曜の蚤の市で買ったもの。
朝、博物館のギフトショップで全く同じブロンズを見つけたとき、とても欲しかったけれど,べらぼうに高くて手が出なかった。
おなじ日の午後、雲ひとつない快晴の広場、
この、コピーからコピー(?)の瀬戸物に巡り会った時は、飛びついて買った。
おじさんは眼を細めて、50ユーロを45ユーロにまけてくれた。
高さは40センチ弱。
我が家の殺風景なサロンの中で,まるで生きているよう。

猫の正座している姿、これぞ、美の極地だと思う。(K)

| 猫.cats,gatti 100の足あと | 11:42 │Comments2 | Trackbacks0編集

猫・ショートショート<あと82話>

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猫がスパゲッティを食べている絵談

「お前、明日の午前中で、搬入締め切りってこと知ってるんだろ? 全員提出したってのに、お前のイラストだけがまだなんだよ。日本人って、時間にはきびしいって思っていたけど、俺達イタリア人以下とはな。聞け! 明日、正午までに提出しなければお前は除名だ」

明日が搬入日最後だというのに、アイデアさえ出ず、ずるずる伸ばしていたら、幹事から催促の電話をうけてしまった。
イタリア・イラストレーター協会の、第一回展覧会のためのテーマが、『パスタシュータ(麺類)』
絵の技術だけではなく、作家のファンタジーもちょっぴり問われる展示会なのである。

さて、困った、パスタ、パスタ、どっかにいいアイデアないかと悩んでいても、出ないときは何も出ない。
パン、何かいいアイデアはないかい? 
ない?仕方がない、お前がスパゲッティ食ってるのでも描いておくか。

パンよ、お前スパゲッティ食ってんだぞ。
食ったことない? 
あれは人間が食うもんだって? 
まあいいじゃないか、とにかくお前はスパゲッティを喰ってるんだ。

真正面からアップに捉えて、その口にはスパゲッティが3、4本、ずるずるっとたれている。行儀の悪いところを見つかって、バツが悪そうに、見開いた大きな眼。これはパンの得意な表情だ。
たったそれだけのことだから、明日の朝までには必ずやれる。

その夜、遅くまでかかって、パンはちょっと薄気味悪い、だが間抜けな黒猫に化けてしまう。
パンはキジネコだが、スパゲッティを目立たすためにやや暗めに。

さて、出来上がりっ!
そして、搬入にやっとのこと間に合ったのである。

ところがところが、これが意外に評判よくて、週刊誌やテレビでも紹介されたのだ!
ネコとパスタの組み合わせが受けたってわけ。

その当時(70年の終り頃)はスーパーマンの大ブームだったから、スーパーマンが空飛ぶ出前よろしく、パスタの皿を乗っけて駆け巡るってのもあった。


この好評に気をよくして僕は、クリスマスカードにこの絵を使うことに決め、1000枚ほど印刷した。
ちょっと刷り過ぎではあったが、500枚刷っても1000枚刷っても、値段はほとんど変わらないと印刷屋が言ったからだ。

とにかく、ばらまくように送っても、引き出しの中は、まだ、ぎっしり。
だから、代理店や出版社などの仕事関係を初めとして、友人や知人、さては、憧れの有名オペラ歌手に至るまで、思いつき次第送った。

それでもまだ、カードは600枚も残っているから、ペンキ屋のおじさん、たびたびなので顔見知りになってしまった警察署の損失届けの係りの人、香水店の女の子、親切にしてくれた飲食店に至るまで、送りに送りまくったわけである。

ところが調子に乗って、『猫がスパゲッティをたべている』カードをばらまいていたら、僕の頭にゴツんとげんこを食わされるようなことに、新年早々出くわしたのであった。


正月休みも終わり、仕事はじめの第一日目のこと。
電話がけたたましく鳴って、応答に出た僕の耳に、いきなり怒ったような中年女の声が飛び込んで来た。

「あなたがKさん?」

ところであなたは?
と聞き返す暇さえ与えず、その声は響いた。

「あなたは一体なんの恨みがあって、こんないたずらをするの? 送って来た猫の絵、あれは一体何なのよ。わたし達はあんなものを受け取って、とっても迷惑してるんですよっ!」

「ちょっと待って下さいよ。一体あんたは誰です?」

「わたしはレストラン『ダッラ・ニーナ』の主人ですよ! ベルガモ通り29番の」

えっ、レストランだって?

 ・・・ベルガモ通りのレストラン『ダッラ・ニーナ』? ああ、思い出した。あの店の息子らしい若者に、カードを送ったのは確かだ。

クリスマスも近づいた頃、某イラストレーターと、下町の『ダッラ・ニーナ』で遅い夕食をとって、店を出た時は閉店まぎわの12時近くだった。店の前に駐車しておいたルノーに乗り込んだものの、エンジンが掛からない。そのとき鎧戸を下ろすために出て来た店の若者が、親切にも近くに停めてあった自分の車を取って来て、充電してくれたのである。

苦境を救ってくれた、もしかしたら店の若旦那かもしれない者への、お礼のつもりでカードを送ったことを説明する余裕など、彼女は与えてはくれなかった。

「あなたはうちの店がつぶれてくれたらいいとでも思っているの? 2度とこんな嫌がらせをしたら、お巡りを呼びますよ! 黒猫は悪運を呼ぶってことは知ってるでしょ? それが、よりによって、オオ、ディオ!スパゲッティを食べてるなんて、縁起でもない!」

まくしたてると、彼女は乱暴に電話を切ったのである(K)


*けんじのひとこと /イタリアで、迷信深い人に出会って、ちょっと迷惑をしたことが2回あります。
一つはこれで、もう一つは雨傘。大雨のふっているときに、傘を買うために店(高級店)に飛び込んだのはいいが、布のデザインを見ようと開けようとしたら、「室内で傘を広げると災難が起こる」と言って絶対にやらせなかったこと。そのことはまた、いずれ書きます)

| 猫.cats,gatti 100の足あと | 22:28 │Comments1 | Trackbacks0編集

ラゲットで昼食を
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今年のメーデーは,憂つな雨からやっと解放された快晴の一日だった。
ピエモンテの知人が小さな湖を持っており、そこで食事をするというので、楽しみにして出かけた。

湖と言ってもラゲットと俗に呼ばれる沼のような小さな湖で、何十年も前に元の地主が水田用に掘り起こしたものらしいのだが、最近、知人が単なる投資の意味で、買い取ったものだ。
ラゲットはゆっっくりひと回りするのに、6、7分もかからない。それを縁取る輝く芝生、野性のすみれ、たんぽぽ、白いマーガレットなどが、あたかも童話の中の星のように散らばって、初夏の陽射しを享受している。
ただ、それだけのことだから、冬の間は閑散としているにちがいない。

 正面の鉄門のすぐ近くに木造の大きな納屋があって、知人はそこをきれいに整理して、長い木のテーブルと椅子を置き、食事やトランプに興じることが出来るようにしたので、一年に四、五回くらいこうして顔なじみが集まるのだそうだ。
 その日は老人が七割、後は、若い人や子供で、総勢30人くらいだったろうか。
 ボクは手みやげとして、ピスタッキオと椎の実500グラムずつ持って行った。

参加者全員が何でもいいから気持ちだけのものを持参することになっている。

気持ちだけと言っても、皆が持ち寄ったワイン、サラミ、生ハム、蒸しハム、乾燥トマトの油浸け、オムレツ、マヨネーズとジャガイモが入ったロシア風サラダ、オリーブ、ピーマンのロースト、多種のチーズ、自家製ケーキ、やはり自家製の無花果のビン詰め、果物など、差入れはいっぱいだ。

大きな木のテーブルに店開きされたこれらの持ち込みは、みるみる内に客の胃袋の中に姿を消していく。隣の元警察所長の老人がボクに盛んに赤ワインを注いでくれるので、良い気分になって来て片っ端から飲んで食べていたら、『本番』に入るまでにもう満腹してしまった。

前菜は控えめに、という自分で作った掟を守れないのはいつものことだ。

 さて、プリモ。
リゾットは、マルタさんが、自分の家で大鍋2つにかなり煮込んで来たものを、納屋の火で仕上げたものである。
彼女の家族は知人の家のすぐ裏に住んでいるので、もう顔見知りの人である。
『たくさん食べてよ』などと言い、、差し出した皿に、でっかい木のしゃもじで、どん! とにのっけてしまう。
すごい量だ。
ああ、こんなに食べられない、少し減らしてくださいと嘆願すると、
『あたしを怒らせるの?』などと言いながらも減らしてくれる。

リゾットはキノコとサフランがたっぷり入ったものである。このキノコは昨年の秋、この村を少し丘へ登った森の中で取った、いわゆる野性のキノコである。これまた大ヒットで、鍋はすぐ空になってしまった。

 納屋を出た所に炭焼きの設備が出来ていて、男性3、4人が付きっきりで肉を焼いている。回りで腕を組んで喋っているのもおじさんたち。
男の仕事。女は口出しせずに、納屋でまってろ、って感じなのだ。

羊と豚のあばら骨つきの肉がメインだが、その他に、サラメッラ(腸詰め)や鶏の腿などもある。
ピーマンやズッキーナ、フィノッキオが味をそえる。油がしたたり煙がもうもうと立ち上ぼり、フィノッキオとローズマリーノの香りが納屋の中まで漂う。

ワイン製造を営んでいる太っちょで。マンゴの愛称で呼ばれている老人がシェフ。
大きな2本歯のフォークとへらで手際よくさばいている。奥さんは、

「マンゴは家では何もしないのに、こういうときだけは、人が変わったように働くの」
などと言って、回りを笑わせるが、当人は聞いているのかいないのか、くそ真面目で精を出している。彼女の話では、旦那は恒例のラゲットの昼食で肉を焼くのがとても楽しみなのだそうだ。

やがて、テーブルに座っておしゃべりをして待っている女性達の前に、焼き上がった肉を載っけたごつごつしたアルミの大皿が届いた。
80近いおばあさんが豚のあばら肉を取り上げ、かぶりついているのを見て、腹一杯のボクはフーッとため息が出てしまった。
それはもう、信じられないくらいによく味がついているから、空き腹に食べたらどんなにうまかろうに。
サラミやリゾットをあんなに食べなければよかったと後悔してももう遅い。

腹いっぱいになったところで、人々は外に出て来てラゲットの回りを散歩したり、久々の再会を楽しんだり、寝転んだり、さまざまだ。食べてしまえば用はないとばかり、さっさと引き上げてしまう若者たちもいる。
けたたましいバイクの爆音が遠くなると、また、にぎやかな「中年以上」のはしやぎだけが続く。

老人たちの半世紀以上の長い付き合いは、こんな田舎では当たり前のことらしい。
それもそのはず、僕の隣に座った2人の老人は幼ななじみで『生まれた時からの友達』などと言っていた。一人は近くの街の警察所長だったそうで、もう一人は米作に従事して、現在は娘夫妻に譲り渡したとか。
2人は5歳のころからズーッと友達だったのだそうだ。

 話は逸れるが、知人の祖母の葬儀で、ミサに参加した人々の数に驚いたものである。
教会の中に参列者が入りきれず、多くの人達が外で「待機」していたほどだった。
ミサのあとボクも、墓地までの行列に参加した。
こんな閑散とした村に、これほど多くの人が住んでいたのだろうかと不思議な気がするくらいだったが、もちろん、近隣の村からも駆けつけて来た知人もいっぱいいたとか。

『だって、93年前にここで生まれて、ここで死んだのよ。誰だってピーナのことは知っているのよ』
とは、歩きながら当然とばかりに言ったのはマルタ夫人だ。


 ベルギーに長年住んで酪農に従事し、老後ピエモンテに戻って来たという夫婦と、芝生に座って話した。
 今はベルギーから送られて来る年金で生活しているそうである。この人たちは昔の出稼ぎの人達なのだろう。一人息子はアントワープで外科医をしているそうで、それが自慢のようだ。

 食べ物はまだ終っていない。若い奥さん達が手製のケーキを持って来てくれる。フルーツケーキ、ティラミスー、松の実をたっぷり入れたチョコレートケーキなどだ。僕はさすがにケーキは辞退して、無花果のビン詰めを冷たく冷やしたものと、スプマンテだけをもらった。

チンチン!
ああ、甘い!冷たい!

そしてやっと一人になってひっくり返って青空を眺めていたら、いつもの癖で正体もなく寝込んでしまった。

明るい声がボクをよんでいる。
薄ら寒い。陽はそろそろ傾き初めている。

マルタ夫人が笑ってボクを覗きこんでいる。
随分行儀の悪い日本人だと思ったかもしれない。(K)
 

| けんじの自己流イタリアングルメ | 16:21 │Comments0 | Trackbacks0編集

アラベッラの夜
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底冷えがする小雨模様のパリを訪れたのは、1980年初めの5月、フリーの仕事も慣れてきた頃だ。

ワゴンレットで夜を明かし、北駅に着いたのは、やっと市街が活気を帯びてきた早朝であつた。
タクシーに乗り込む。そして灰色のコンコルド広場をいっぱいに見下ろせる小さなホテルにチェックインをする。
そして、またタクシーでオペラ座の切符売り場へ直行。
予想していた以上に多くの人が並んでいる。スカラ座で切符購入の苦労は経験済みだから、これくらいのことでは驚かないが、この底冷えで多分2時間も並ばなければならないだろうと思うと気が重くなる。ミラノは雲ひとつない汗ばむような初夏だったのに。
 ボクのパリ滞在は6日間だけだが、残念ながら、先き1週間分のプログラムはほとんど売りさばかれてしまっているようだ。

でも、R・シュトラウスの『アラベッラ』という、初めて名前を聞くオペラは買えるかもしれない。
『アラベッラ』とは、一体どんなオペラなのだろうか。全く見当もつかないが、とは言え、シュトラウスのオペラは、ボクにとってそれまで全く無縁であったわけではない。
ウイーンでの『薔薇の騎士』、そして忘れられない『サロメ』・・・ミュンヘン・オペラがスカラ座で引っ越し公演でやった『サロメ』はボクをすっかり魅了してしまった。

燃えるような満月に照らし出された宮殿で繰り広げられる1幕物のドラマ。その間、きっちりと100分。地の底から響いて来る予言者ヨハネのバス、7枚のベールの舞いの後のラストなど、忘れられないシーンがいっぱいだ。
だから、『アラベッラ』だって遠来の客に期待外れをさせないほど素晴らしいオペラではないと、どうして断言できよう。どうか、ミラノから夜行でかけつけた、熱心なオペラファンために1枚でも残っていて欲しいと祈る気持ちだ。しかも初めてのパリオペラ座なのだから。

さて、2時間半も待たされて順番が回って来た。
予期していたことだが、翌日の『アラベッラ』だけが残っていた。実はその夜は『ガラ・オペラ』なのであった。
『ガラ・オペラ』とは、慈善公演のようなものだそうで、出し物は同じなのに値段は倍くらいにもなる。その代わり一流の歌手が歌うのは通例になっていると『通』から聞いてはいた。

窓口の眼鏡の女性が微笑む。
『どうするの? 買うの? 買わないの?』
とその目は問うている。決断しかねているボクをじっと見つめているので、『それにしても高いなあ』とため息をつきつつ決心して一枚買った。タイトルさえ知らなかったオペラだが、買ってしまうと、やったぞっ!って気分だ。

翌日、ブティックでグリーンと黒のストライプのパピリオンを買った。
黒いベッルートの上着は用意して来たが、『ガラの夕べ』へ出向くためには、ノーネクタイではみっともないし、フランス人は気取り屋だから、入場を拒否されるかもしれないなどと、昨日スカラ座博物館のアルドに電話を入れたとき、脅かされたためだ。

グレーの一張羅の変えズボンも持って来ていたから、一応はまとまりそうだが、靴が何とも。
登山靴のようながっしりとした(ぼてっとした)バックスキンでは、ビロードの上着とパピリオンが泣いてしまうが、なけなしの金をはたいて靴まで買うというのは、なんぼなんでも行き過ぎではなかろうか、要はオペラ鑑賞なんだよ、と自分に言い聞かせる。

いよいよ当夜、やはり小雨が降る冷え込む夜だったが、胸弾ませてオペラ座に出向いた。
着飾った人々で混雑する中、マスケラ(案内係)は、ボクの懸念の足元などには眼もくれずに、にこやかに席に案内してくれる。

パルコだから、一応一流ポスト。
まだ他に客はおらず、手すりに頬をついて、きらびやかな人々を見下ろしながら一人座っていると、開演間際、ホールの証明が暗くなりはじめた頃、一人のご婦人がマスケラに導かれて、がさがさと衣擦れの音をさせながら、ボクの斜め後ろに座った。

『アラベッラ』はリヒアルト・シュトラウスの三幕物の、ちょっと長ったらしいオペラである。

婚期を逃そうとしているウイーンの斜陽貴族の娘アラベッラは絶世の美女で、彼女を獲得しようと名門や富豪達の出入りが後を立たない。
アラベッラの両親も娘の良縁を切っ掛けに、再び上流社会で脚光を浴びたいとの魂胆だが、当のアラベッラはどうも煮え切らない。
実は彼女にはマレンコという、田舎貴族の片思いの人がいたのである・・・

昨日ホテルから電話して、スカラ座の友人から聞いたさわりだけを頼りに観た『アラベッラ』の第一幕、ドイツ語はちんぷんかんぷんだ。
いろいろな人物が出たり入ったり、切れ目のない音楽で延々と続くのだから、普段だったら絶対一眠りしてしまうのに、さすが気が張っているのか、支払った高額のためにモトを取らなきゃあという悲壮感からか、充分もちこされそうである。
arabella

舞台もコスチュームも絢爛豪華、そして、ボクのお気に入りのパリ音楽学院のオーケストラ!
どうしてあんなに輝かしい音色が出るんだろう。
アラベッラを唱っているのは、美貌で誉れ高いキリテ・カナワというオーストラリア出身の名ソプラノで、まるで女優のような気品と風格があり、やっぱりガラ・オペラだけのことはある。

1幕が終って場内が明るくなった。後ろを振り返ったとき、斜め後ろの女性と眼が合い、軽く会釈をした。
その後彼女は出て行き,ボクもバルコから抜け出して、豪華な劇場内をぶらぶらした。
映画にも時々登場するオペラ座の内部、期待に違わぬ豪華さである。大理石の階段を、着飾った男女が楽しげに囁きながら、ゆったりと下りたり上がったり、華やかでスケールの大きいパリオペラ座ではあるが、やはり、ボクはスカラ座の方を好む。

スカラ座は大きくはないが、粋を込めて造り上げた華麗さと暖かさがあり、情感がある。それが、本物のオペラを聴けるという期待感へと繋がって行く。
カラーで言えば金と緋色のハーモニーである。ではパリオペラ座のカラーは何だろう。燻し銀であろうか。でもちょっと冷たい。何がそう思わせるのだろう。メッキがかった銀とは言わないが、なにか『不在』を感じさせる・・・

一通り観察してパルコに戻って来ると、斜め後ろの女性もすでに入っていて、カタログを眺めていた。彼女は学生のように若く、その夜に相応しく念入りに化粧をしていた。化粧だけではなくドレスも、あたかもガラの夕べのために新調したごとく豪華である。

「空席のようだから、前に来られたらどうです?」
ショートカットで丸顔の彼女に、そう声をかけたら、嬉しそうに下りてきて隣に座った。
当時流行った落下傘のように広がった、ブルー・シルバーに小さな草花を散らしたドレスだが、どうやらペチコートが入っているらしく、体をよじるごとにさがさと音をたてる。

娘は同じ布のショールを掛け、レースの手袋をしている。
一緒に並んで真近かに見ると、彼女はとてもあどけない。化粧も日頃はあまりやらないのに、今夜のために一生懸命考えてやった、という感じだ。

ボクも靴はともかく(幸い足元までは見えない)、お隣の彼女のために、粧し込んで来て本当に良かったと思った。そんな安心感と場内の雰囲気が、気軽に口を開かせる。

「アラベッラは初めて観るオペラだけど素晴らしい」と言うと、
「もちろんあたしも初めてよ。凄く魅惑的。ドイツ語はちんぷんかんぷんだけど・・・」
2人は同時に頷いて笑った。

自分はミラノに住んでいて、今週はパリに美術展と初めてのオペラ座を観に来たのだ,と言うと、
「ミラノ?」
パリ娘は眼を輝かせた。

「あたし、一度だけスカラ座にいったことがあるのよ。ホセ・カレラスのドン・カルロ素晴らしかったわ。もっと他のオペラも観たかったんだけど、夫が全くオペラには関心がないので・・・」

夫? なんでこんなところで夫が登場しなければならないのだろう。
せっかくのムードがぶちこわしではないか!
フランス語と片言のイタリア語と、僅かの英語を交えて,フランス娘はくったくなく、楽しげに話し続ける。
「『ラ・ボエーム』も、立ち見でもいいから観たかったんだけど・・・彼は言うの、台詞を節をつけて喋るなんて、オペラって全く不自然だよ。『Che gerida manina….(何と冷たい君の手だろうか・・・)』なんて、ちゃんちゃらおかしいって」と、ちょっと両手でポーズを取り、アリアの冒頭を口ずさむ。

「このアラベッラだって、お友達を誘ったんだけど、カルメンとかアイーダなら観に行ってもいいんだけど、なんて断られちゃったの。だから、あたし決心したの。これからは観たいオペラはどんどん1人で行こうって。ああ、今夜は来て本当に良かったわ!」

こんな娘に巡り会えて、ボクはすっかり嬉しくなった。
映画でもコンサートでもオペラでも、よくカップルの片っぽうは退屈して、あくびをしたり、落ち着きなくきょろきょろしているのを見かけることがある。そんな情景を眼にするとき、憐憫を誘うことしばしだ。
アートは共用出来る物ではないってことを知らない哀れな者たち・・・

ふと思い出したように、彼女は小さなハンドバッグから、そっと白い紙包みを取り出して開いた。
それはこがね色の数枚のビスケットであった。
「これ、よかったら召し上がって。わたしが作ったの」

噛むと、カリッと音をたてて砕け、甘い蜂蜜の香りが口の中に広がった。彼女も一つとって口にもっていきながら、『どうかしら?』と問わんばかりに、はにかんだようにボクを見ている。
何か言おうとした時、場内が暗くなり初めた。そして二度目のカリッは、拍手にかき消されてしまった。(K) 
                                
                    

| オペラノスタルジー | 17:40 │Comments0 | Trackbacks0編集

フランスパン
fpan

『フランスのパンは美味しい。イタリアのパンなんかと比べると、天と地の差があるほど美味しい』
そんな神話化された言葉をボクも信じていた。

実際、35年くらい前に、初めてパリに行ったとき、
本当に美味しい!
さーすが!
と思ったものだ。
そのまろやかな風味は忘れられないものとなった。

その頃のミラノのパンなんて、あの丸くて上に傷がついていて、中が空っぽのミケッタと呼ばれている類いくらいで、レストランや、招待してくれる家庭でもそればっかり、不味いことこの上なしだった。

『空っぽの脳味噌のかっこうをしたパン、えーっと、何て名前だったっけ』
などと、パン嫌いのボクは悪態をついて友人達を笑わせたものだ。

ボクが大のパスタファンになったにもかかわらず、パンが嫌いになったのはこのミケッタのせいではなかろうか。ローマではこのパンのことを、ロゼッタと呼んでいるそうである。
我々のほうのが旨いとローマとミラノで張り合っていたそうだが、あまり関心ない議論である。
                   
                    *
去年の夏、何年ぶりかでフランスをドライブした。
ベルガモ市のオリオ空港から出発の航空券があまりに安いので(何とパリ郊外の空港まで片道16ユーロ)、それを自慢気に言うボクに、
『パイロットは見習いの人たちなのね、きっと』
とはある知人の奥さんの言葉。まさか!

『無事』に着陸して、予約していたルノーに乗り継ぎ、西海岸を下ってボルドーまでの12日間、イタリアが40度近い猛暑が続いていた時だったから、最高30度くらいの旅は快適この上なしであった。
こんなに毎日葡萄畑を眺めながら走った旅も初めてである。

レストランで我々が注文するワインはデカンターの普通の赤、それでもおいしい。
特産地とは言え目玉が飛び出るほどの高級ワインがずらりで、我々は横目で眺めているだけである。
アルコールにそれほど興味を持てない自分にも友人にも好都合のことであった。

でも山盛りのムール貝のスープ、大好物のパテを心ゆくまで食べた。

 さて、パンの話に戻ろう。正直言って、『フランスパンは旨い。イタリアのパンなんて足許にも及ばない』という先入観で今回も食べたけれど、

『なるほど悪くはないよね、フランスパンだもんね』

くらいの程度で終ったのである。どうしてだろう?
言うなれば、イタリアもあのけったいなミケッタ一点張りの時代は過ぎ去って、今はもう、ミラノのパン屋ではびっくりするほどの種類のパンを出しているのだ。そして、ぐーんと美味しくなって来ていることも確か。(本場フランスのパンも毎日空輸されていると聞く)

海岸街の小さな広場で、出発前に早朝のパン屋に入る。7時過ぎだったろうか。
ガラスのケースの中は、色とりどりで目移りがするほどだ。
『あれにしようか、いや、これにしよう』
と悩んだあげく、やっとくるくるっと捲いたクルクルパンに決めて、これ4つ下さいとマダムに言う。

だが・・・彼女は知らん顔をしている。
もう一度繰り返すが、マダム、耳が遠いのか全くの知らん顔。

そのうち、鈍いこっちもやっと分かってくる。並ばなければならないのだ。
いつの間にか7、8人のパン購入者達が、行儀よく、だが眠気がまだ取れないブッチョウズラで並んでいる。ボクたちが入って来たとき、先客は2人いただけだったのだから、こっちの番ではないのでしょうか、マダム?
それが不可能なら、少なくとも『お客さん、並んでくださいね(フランスはこうなのよ)』くらいは言ってくれてもいい筈だけどね、と思う。

ところが、沈黙によって、相手を無視することによってわからせるやり方・・・これは旅行中、フランスのあちこちで出会った客扱いなのである。
うんざりするのは、殺風景な郵便局や切符売り場と同じ感覚で、美味しいパンを売りさばいていることだ。

割り込み客?を無視するマダムやムッシューの表情は、どこか
『神秘的な微笑を含んだ不思議な沈黙のフェイス』に見えるのである。

『変てこなジャポネーと相変わらず行儀を知らないイタリアーノ、何時になったら、我々の文化をわかってくれるのかしらねえ』
そんなところか。

 ふと、ミラノの近所のパン屋を思い出す。
パン屋の中でまで並ばなければならないなど、夢にだに考えないイタリア人だから、混雑するのは当たり前ではあるが、そこに店員の明るい声が響く。

『A chi tocca?(お次はどなた?)』

すると奥様方は『あら、あなたが先ね、どうぞ』
と譲り合う。
 とにかく、行列のビリに回って、やっとクルクルパンは購入した。そして車の中で食べたがとても旨かった。さすが!フランスパン。

 買ったパンを抱えて歩いている光景を、盛んに見るのもフランス特有のものだ。
それは主食となる長ーいパンが袋から飛び出しているから、我々にはそう感じるのであろうか。

『汚ったねえなあ。あれを見ろよ!』

 いきなり友人が叫んだ。
ここはボルドー市 の川沿いの下町。
なるほど、道の反対側を脂ぎった若い男が、袋なしの裸のパンを小脇に挟んで歩いているではないか!
フランスのパンは長いから、脇に挟んで歩くにはちょうどいいサイズにはちがいない。だが・・・
真夏だから、ランニングやTシャツだけの汗ばんだ脇に、パンを挟んで歩いているのを見ると、ボクも

「やっぱりやめて欲しいなあ」

と思うし、ワキガが強いイタリア人がそれを指摘するのだから実感がある。
そして気を付けて見ていると、ワキパン族がいること、いること!
 フランスパンの旨さの秘訣は、

『あの脇の下にあり』
と皮肉ったのはボクではない。

『フランスって何回来ても、どっか好きになれないなあ、どうしてかなあ』
と呟いていた、このイタリア人の言葉である。(K)




| けんじの自己流イタリアングルメ | 07:46 │Comments0 | Trackbacks0編集

おでん
 odenn

「金曜日の夜、食事にいらっしゃいませんか?」
E嬢からの電話があった。料理の腕前は自他ともに許す、久しぶりの彼女のご招待であるから、即座にOK。
「もちろん!」とボクは喜んで受けた。
 E嬢はミラノの高級ブティックで店員として勤めている。
イタリアに来る前は、神戸でバッグの小さなお店を経営していたそうだが、神戸大震災で店を完全に破壊され、この際ゼロから未来を開拓しようと、単身ミラノにやって来たフィーバーある女性である。

お父さんの仕事の関係で、子供の頃、ケルンやヘルシンキにも住んでいたと言うE嬢は、服装や顔立ちからでも、どこか国際的センスを感じさせる魅力ある女性だ。将来はコーディネイターとして身をたてることを夢見る彼女は、今、夜学の講義に通いながら、チャンスを狙って、着々と準備を進めている。
 秋も深まった約束の金曜日の夜、手みやげに小さなアーモンド・ケーキをたずさえて、彼女のアパートを訪れた。
 琥珀色のブラウスのすらりとしたE嬢が、にこやかに僕のコートを受け取って、ドアの側にかけてくれると、いつもの彼女の癖の、相手をじっと覗き込むような瞳で、開口一番こう言った。
「今夜はね、おでんにしたの。おでん、お好きかしら?」

 え?おでんだって?

 ヨーロッパ風に洗練された彼女と『おでん』のイメージがちょっと結びつかないので、無言のまま、つい彼女を見上げてしまった。(彼女のほうが6、7cmくらい長身なのである。その点でも国際的サイズ)二人の眼と眼が合う。

「・・・勿論」
 と、僕は一応嬉しそうに眼と口で答えたが、正直言って、この意外なメニューにちょっと失望した。おでんは僕にとってあまり魅力がある食べ物ではないからである。せっかく招待してくれるのなら、料理の得意な彼女のこと、もっと他にもいろいろあるのに・・・ラザーニャ、ロースト何でもござれ、いずれ料理の本まで出したいと考えているほどのE嬢なのだから。何でまた、洒落た彼女のサロンで、よりに寄っておでんを食べなくてはならないとは! 

でもE嬢としては、久しぶりに僕に日本の味を味合わせてあげようと、優しい気持ちでおでんにしてくれたのかもしれない。その好意を無にしてはいけない。キッチンからそこはかとなく漂って来る、あまり有り難くない蒸れた臭いを、胸一杯に吸い込み、「よし!食うぞ!」と心を決めた。
 
 どうしておでんが嫌いのか?
舞台変わってここは日本。
おでん屋ののれんをくぐる。まず醤油と出汁(だし)を煮込んだ蒸れたような、得体の知れない臭いが、腹ぺこだったはずの胃に、いきなり食欲を減退させる。いつから、なぜこのたぐいの匂いが嫌いになったのかは覚えていない。食料事情の悪かった小さな時からだったかも知れない。僕は子供のときから臭いには敏感で、嫌いな臭いを嗅いで、胃痙攣を起こしたこともあった。学生時代には四十キロそこそこの体重だったし、胃痙攣には悩まされた。

 だが、僕のようなおでん嫌いとは反対に、おでん好きにとってはどうだろう。
 外は木枯らしで凍るような寒さでも、きり炬燵を囲んで食べる湯気もうもうのおでんは、一家団らんの幸せのひとときの食事ではなかろうか? 
または仕事を終え、疲れはてたサラリーマンたちが、我が家に戻る前にたったの30分だけ、屋台のおでんと焼酎でいっぱいやりながら、仕事場の不満をぶち負け、女房との不和をもらす・・・おでんには、なにかそんな安らぎや悲哀を感じさせるものがあるようだ。

 年末に実家に戻った時のことだ。
 大晦日の夜遅く、高校時代の友達と一緒に何処かへ飲みに行こうということになった。だが、飲み屋もバーも飲食店も何処もここもすでに閉っている。
諦めかけていたとき、『あそこなら開いているかもしれない』
と友人が言った所・・・二人は白い息を吐きながら、細い夜道を右に左に曲がって、街の中心からやや離れた、それでも飲食店らしいのが数軒黒く影を落としている中を、やっとたどり着いた店。
ただ一軒、すかなともしびの洩れる小さなおでん屋であった。

 ガラス障子を開けて入ると、例の蒸れた臭い。ドアぎりぎりに三人くらいが何とか座れそうな木の長椅子がはべり、カウンターの奥の湯気の向こうに客待ちの老婆の顔があった。友人にはいくらか顔なじみの店らしい。
 肥満体の友人と二人して腰掛けただけで、ほぼ満席である。四角い鍋の中には、これ又、これ以上は無理、と言いたいくらいに真っ黒く煮染まった汁の中に黒い個体が、どぼん、どぼんと浮いている。

老婆はゆっくりとかき混ぜる。中をじーっと見つめていると、もう一週間も二週間も煮詰めっぱなしなのではなかろうか、などと勘ぐってしまいたくなる。めったに食べない僕にとっては、この薄暗りと湯気の中で、もうどれが大根でどれが厚揚げか、見分けがつかないくらいなのだ。

「よーく味がついてるぞ!好きなだけ食えぇ!」

上機嫌の友人は、焼酎をついでくれながら叫んだ。
「ばあちゃんも一杯飲めやい!」
 老婆との距離は一メートルにも満たない。細々とした裸電球の下の彼女のプロフィール・・・接待を終えていかにも無関心げに、煙草を吸いながら何かを書き付けている。我々の皿に盛った物をメモしているのだろうか。はんぺん1、さつま揚げ2、大根2、それから・・・それともおでんは、どれを食べても値段均一なのであろうか。

客のどんな細かい言葉も、吐き出す息の音までもキャッチしてしまいそうな、そんな老婆の顔を、僕はそっと盗み見る。大声で喋りまくる友人の、禿げて、てかてかした額と口に眼を移しながら、僕は無言で、小鉢の中の物を箸で突っ付くのである。
そして、どうしてこんなものが美味いのだろうかとじめじめと考える。

とにかく2畳そこそこの店の中は、我々三人だけだ。そして、遠慮なんかすっこったあないと友達の開き直った喋り方。こっちは老婆の耳も計算に入れて話さなくてはならない気分になり、実際そういうふうに、まるで昔、サラリーマン時代に気の合わない上役の前で喋っていたときのように、ぎこちなく言葉を選んで喋っている自分に気がつく。
手が空いてぷかぷかと煙草を吸いながら、老婆は無関心を装っていながら、実はときどき相づちを打ったり、あたかもそれが客に対する義務でもあるかのように、教訓めいたことをちらっと言ったりする。このしたたかな耳も舌も、客から聴き拾った話題や愚痴でぐつぐつと味付けされた、眼の前の黒いおでんのように見えてくるのだ。


さて、又,イタリア・ミラノのE嬢のサロン。
 おでんの夕べに話を戻そう。
 その夜の客はイタリア人の夫妻も呼ばれていて、少々遅れてやって来た僕がサロンに入って行くと、彼らは愛想良く手をさしのべてきた。女性のほうは有名なH書店に、旦那のほうは旅行代理店に勤めているらしかった。E嬢とこの女性、2人の勤め先は隣りどうしで、ほとんど毎日、顔を合わせる間柄だそうである。
 アペリティーボの白ワインを飲みながら、雑談をしている間、僕はふとこんなことを考えた。

『この夫妻はおでんを今までに食べたことがあるのかな? もちろんそうに違いない。だからE嬢は作ったのだ・・・いや待てよ、もし初めてだったとしたらどうだろう。二人ともうまいうまいと食べるだろうか?』
などと、いつものお節介の黒い雲がむくむくと沸き上ってきたのである。
『もし、初めてだったら、これは大変な事になるぞ』

 まだ東京に住んでいたころ、学生や若い夫妻の指導にあたっている、あるスペイン人の神父さんがこう言ったことがある。
「大切なことは、感謝の気持ちです。例えばの話だけどね、その人は『おでん』が嫌いだとするね。でも、彼におでんをご馳走してくれた人の親切な心を感じることが大切なのです」

 僕はあれっと思った。
「分りましたよ! 神父さんはおでんが嫌いなんでしょう?」
「いや、そんなことはないですよ。わたしはただ,一つの例として言っているだけでね」
とやや赤らんだ顔になって、神父は口を濁した。
「隠さなくていいんですよ。僕もおでんは嫌いなんだから」
 そして、顔を見合わせて笑ったものである。

 この神父さんは、もう日本に四十年以上も住んでいる著名人で、あらゆる階層の人々と付き合っている人だから、日本料理なら高級料理も大衆料理も何でも食べている筈である。そしておでんだけは、何回食べても好きにはなれなかったのだ。
『神よ、日本人はどうしてこんなけったいなものを食べるのでしょう?』
おでんを出されるたびに彼はそう問いかけたにちがいない。招かれた先で、不幸にもおでんが出て来て、無理して呑み込んでいる神父の顔がちらつく。

 それ以来、おでんはヨーロッパの人達には、あまり好かれないのだと、僕は勝手に思うようになった。その理由は? おでんには日本人の舌にしか分らない(愛されない)、逆に言えばヨーロッパ人の舌ざわりには拒否反応を起こさせる、独特の風味と色がある・・・という定義みたいなものをつくってしまったからだ。
だからこのイタリア人夫妻のおでん反応には、すごく興味がわいたのである。

 洗練されたイタリアンスタイルのアンティパスト(前菜)が終って、いよいよおでん様の登場。彼女がスパゲッティなどに使う、我が家で使っているものなどより数倍しゃれたジノリ風の深めの皿に、おでんを山盛りにして、客の前に並べてくれる。

だが、出て来たのはおでんだけ、ずばり『一品料理』である。
外人も呼んだのだから、もうちょっと工夫した出し方はなかったのだろうか。僕だって、口直しに柴漬くらい出してもらいたいと思う。
 そしてやはり、予想していたことが起こったのだ。

イタリア人の夫妻にとって、やはりおでんは初めてだったのである。
この生まれて初めて食べる東洋の料理に、旦那のほうは『俺も男だ!』と果敢に挑戦し、『なかなか行ける!』などとの宣って、全部平らげてしまった。あまりのスピードに、いっときも早くこの悪夢から抜け出したい一心なのではなかろうかと、つい勘ぐってしまう。
美人のE嬢を失望させてはならないとのイタリア男の思いやりから? もしかしたらこいつ、E嬢に気があるのでは?

 だが奥さんのほうが・・・正直な彼女は、匂いだけで拒絶反応を起こして、
『あたし、どうしてもだめ!』
を繰り返し、一口もフォークを運ばなかった。イヒヒヒっと僕は忍び笑いをし、「ほらね、ここにも『おでん拒否』の外国人がいますよ」

 正直言って、E嬢のおでんは、僕にとっては想像していたほどには悪くはなかった。それは、あまり煮詰めすぎていないためだったからだろう。だから,一応全部たいらげた。

 その後なんと、『オデン大好き!』という風変わりのイタリア人にも2、3出会ったのだから、今までの固定観念を変えなければならない気にもなる。
出張で日本に行ったとき食べたり、ミラノの親しい日本人の家族の家でたびたびご馳走になるらしいのだが、不思議! 最初から全く抵抗がなかったのだそうな。

「お前、オデン作って招んでくれよ。俺、オデン大好きなんだ」
 そんなことを言われたらボクは困ってしまうだろう。作った事もないし、作り方を勉強しようとも思ったこともないし、まず嫌いなのだから、おでんで招待するなど夢にも考えられないのだ。

「あれはすごくやっかいなんだから勘弁してくれよ。それよりも、最近覚えたばっかりのピッツアをご馳走するよ。自信満々なんだ」
と、僕は答えるに違いない。(完)
 

| けんじの自己流イタリアングルメ | 11:39 │Comments1 | Trackbacks0編集


ハリー嬢の死

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『お早う、おばあちゃん・・・(もう一度大きな声で)お早う、ハリーさん!』

『あら、坊や、お早う。あなたも随分早起きなのね。こんなに気持ちのいい朝ですもの・・・ところであたし、坊やにいままでお目にかかったことあるかしら?』

『さあ・・・僕はときどき上からハリーさんのこと見下ろしているから、よく知っているんだけど。
僕、ここに貰われて来て、まだ3ヶ月しか経ってないんだ』

『それじゃあね。あたしはこの頃は上を見上げるのが大義になってね。でもときどき、上の方から小さな泣き声聴いた気もするけど、坊やだったのね。名前は?』

『僕の名はパン』

『パン? 面白い名前だけど、簡単過ぎてつい忘れてしまいそう』

『僕の主人はね、友達に、「パンにしようか、ごはんにしようかのパン! 覚えやすいだろう?」なんて言ってるの』
『ゴハン? それ何かしら? 食べる物?』

『そう、お米を炊いて、湯気が出てて、雪のようにまっ白で、ふわーっとしたもんなんだ』
『それ、リゾットみたいなものなのかしら』

『ううん、それともまた違うの。説明するのは難しいから今度、うちに食べに来て』 

『ありがと。柔らかいものだったらいただきたいわね』

『ほら! ハリー、ハリーって、おばあちゃんのこと呼んでいるよ』

『あら、ほんとだわ。ロレンツィ夫人が起きてきたのよ。これから、お庭に出してもらって草を食べるの。わたしにとって一日中で最も素敵なとき。草が夜露に濡れて、口の中に入れると、新鮮な緑の匂いがして・・・』

『知ってる。おばあちゃんがいつも美味しそうに草食べてるの。草を食べるなんて、ちょっと牛みたいだなあ、なんて思ってたもの。』

『そのうち、大きくなってきたらきっと食べたくなりますよ。草の尖ったところが、ちくちくっと喉の奥を刺激してね、体の中に入っていって、また、ちくちくってする感じが何とも言えないの』

『ときどき吐き出しているのも見たけど』

『あらまあ、そんなところまで見られて恥ずかしいわ。でも、体の中のぬるぬるした物と一緒に出してしまった後の、すがすがしい気分って何とも言えないの。足どりも軽くなって、眼だって冴えてくるような・・・命を永く保つ秘訣よ。
さあ、もう行かなくちゃあ。どっこいしょっと・・・お庭に出たら、また、お宅のバルコニーを見上げるから、そこを離れないでね。でも、お話するのは無理かもね。この頃眼も耳も遠くなってしまったの。年を取るっていやねえ。
そうそう、この週末には家族で山の家に行くの。何ヶ月ぶりかしら。わたしだけが知っている小さな岩の窪みがあって、そこに入ってお昼寝するのよ。

でも、こんな年ではあと何回行けることやら・・・』

            *

 子猫のパンを膝の上に抱いて、ボクは裏庭のバルコニーで本を読んでいた。太陽が向かい側の建物からほんのちょっと顔を出しかけた、真夏の朝の清々しいひと時だ。

 斜め下に住んでいるロレンツィ夫人が出て来て、洗濯物を干し始めた。雀が一羽飛んで来て、バルコニーの手すりに泊まったので、パンがむっくり起き上がってミャッと小さく泣いた。

その声で夫人が僕達の方を見上げたが、日頃の見慣れたにこやかな表情とはうって変わった、しごく沈んだ表情だ。いつも歌を口ずさんでいる彼女なのに、今朝はそれもない。ハリーは元気ですか? と声をかけようとしたとき、ロレンツィ夫人のほうが先に口を切った。

「死んでしまったの、ハリーが。週末に山の家に連れて行ったとき、岩から足を滑らせてしまったのよ。すぐに山を降りて獣医に駆けつけたんだけど、もう、どうしようもなかったわ」

 夫人はそこまで言うと、前掛けのポケットからハンケチを取り出して、大きく鼻をかんだ。

「主人はもうすっかり気落ちして食欲もないの。夜、主人のすすり泣きで、あたし目が覚めてしまったほどよ」

 あの大男の眉毛の険しい旦那さんが、愛する猫の死で、布団の中ですすり泣きをしているとは・・・
ご主人がとってもハリーを可愛がっていたのを知っているボクは、ただただうなずくしかなかった。

 ロレンツィ家の三毛の雌猫ハリーは、綺麗でお行儀がよくて、この建物の評判猫だった。15歳だが、長い尾を立てた優雅な歩き方は、妖精の変身ような、とでも例えたくなるほど。

「もう、猫は飼わないわ。だってこんな辛い思いをしなければならないなんて。ハリーは我が家の宝物、いちばん大切に扱われていたの。娘が嫉妬するくらいだったのよ」

旦那さんが,早朝出勤とやらで出て来た。奥さんと挨拶のキスをすると、門の方へ歩いて行く。

「昨日はすっかり気落ちして、彼、出勤しなかったの。勤務中に事故でも起こしたら大変ですものね」

旦那さんは警察官で長年、防犯のための市内巡回をしているのだそう。(K)

| 猫.cats,gatti 100の足あと | 20:16 │Comments0 | Trackbacks0編集


パンの弟(3)チビの名前が決まる

ff

日本から訪れた新婚さんを夕食にご招待。
新郎はF広告代理店の友人の後輩だ。

新郎クン「おせんべいお好きですか?」
ボク「もっちろんだよ!」

「よかったーっ。おみやげ、なんにしようかと迷ったんだよねェ~」
「そうよねえ。外国にいらっしゃるから、やっぱり日本の味がいいんじゃないかしらねェってねえ・・・」
こんなことにでも同意を求めあう2人の瞳はアツアツのそれ。

「ハイッ、これ、つまらんもんすがっ!」
「アッリガトウッ!」

嬉しそうな顔しないと。
こんなにかさばるもの(ちょっと変形すれば、靴でも入りそうな)を、地球の裏側からわざわざ持って来てくれたんだもん、失望させてはいかんって気持ちが先に立つのは、あたりまえだよね。

でも、正直言うと・・・その季節はどうしたってわけか。

魔?のせんべいシーズンなのであった。

次から次ぎへと届くお土産のおせんべいを、1日中バリバリ、バリバリ。
フリーで閉じ込められた孤独な毎日。つい,つい食っちゃう、バリバリッと。
こういうのを意地汚くなるっていうのかね、バリバリッ。

でも、告白しよう。ボクはもともとは甘党なのであった!

大丸の地下食品のはかり売りの大ふく待ってんだァ、オレは!!

でも、悲痛な叫びは地球の裏側までは届かない。

               *  
            
新婚サンが帰ったときは、もう夜中の一時を回っていた。
ボクはその箱を開けた。まだ開けてない先着のがあったんだけど、ついこれを。
べらぼうに箱が大きいから、せんべいって百も承知でいて、何かしらん期待も。
ガバガバっと包装紙を解くと、
『小岩の手焼きせんべい』と力強い書道が眼に飛び込んできた。

箱を開ける。
びっしりと詰まった大型おせんべいは、黒光りした浅草海苔で完全武装された超高級品なのであった。
今までにもらったのもの中でも、超高いのは間違いなしだ。こんなにいっぱいノリ使ってるなんて勿体ないなァなんて気も。

ガワ(海苔のところ)をはいで口にもっていく。なつかしい。いいなあ。(その頃は商社マンならともかく、われわれ貧乏アーティストにこんな高級品、気ままに入って来る時代ではなかったのだ)

ノリだけはがして、むしゃむしゃやっていたら、誰かにじーっと見られている気配を感じた。

寝室のドアの隙間からチビが眠そうな顔で、こっちをみている。

パンに寄り添って熟睡していたはづのチビは、やがて夢遊病者のようなおぼつかない足どりで近づいてくるのだった。
ボクの足許までくると、しきりに鼻をクンクンやっていたが・・・

いきなり得意のジャンプで、ボクの手から、両手でノリを奪い取った。そして一気に食べてしまった。
あっと言う間の出来事。そして次を待っている目は真剣だ。

「自分だけオイチイモノ食べてるなんて、ズルイッ!  ミャーオ」

生まれて3ヶ月しかたってないチビが、もう食い物に抗議する。
こりゃあ先が思いやられるぞ。
またガワをはいで与えると、しっつこくお変わりを要求する。
中身(せんべい)も喰わせようとすると、そっちの方はしっつこく拒否する。
こいつ、ぜいたくな。

浅草ノリに胃と魂を奪われたイタリアンネコ。

兄貴(パン)は正体もなく眠りこけているようだ。
浅草海苔は彼の五感に訴えないのか。
猫にもそれぞれ食い物の好みと趣味があるってこと、初めて実感した。

それにしてもだ、隣の部屋で熟睡しているのに、ノリの匂いを嗅ぎ付けるとはねえ。
ボクの鼻は1メートル離れたところからだって、そんな器用なことはできない。
ノリ助,お前すごいぞ。
あ、名前が決まった。

『ノリ助と命名しよう』

えーとーっ、イタリア語では海藻のことを何て言ったっけ。さっそく辞書を。

ア、ル、ゲ。

うーむ。悪くない。イタリア人向けは『アルギーノ』だ。

「アルギーノ、もう寝るんだ。おかわりは明日」

騒ぎ?で夢を破られたパンが、でっかい図体で、これまたよたよたと夢遊病みたいにドアから出てきた。
「あれ、お前もかい?、遅れる乞食はもらいが少ないって言うだろ。でも、一切れだけなら」

パンは鼻をクンとやっただけで、
『コレって、真夜中にぎゃあぎゃあ騒ぐほどのモノなの?』

向きを変えると、パンはのろのろと寝室に戻って行った。(K)

| 猫.cats,gatti 100の足あと | 18:54 │Comments0 | Trackbacks0編集

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すむらけんじ

作者: すむらけんじ
ミラノに住む広告イラストレーターです。このブログは今まで飼った猫、今飼っている猫のことを綴ったものです。
作者は左耳は生まれつき難聴にかかり、人口内耳に踏み切るまでの耳の歴史、未来のことなども連載しています。

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