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イタリア猫ショートショート<あと22話>
mil

ミルク
ジャンニーナは猫を抱き上げると,ソファーに体をうずめた。

「可愛いわねえ,ネコちゃんて。もっとおっかない動物だと思ってたけど」

名前はベリン、過去の愛人の名前らしい。

ベリンはふっくらしたおっぱいの間に挟まれてしばらくじっとしていたが、やがてぞもぞと動き出した。

あらァ、くすぐったいわァ。

母親のおっぱいよりももっとふわふわで甘い香りがする。

彼は四つの足で立ち上がって大きく伸びをした。

女主人の顔を凝視する。

そして・・・前足で交互に上下運動を始めたのだ。
すごーぉい、やわらかーい。

いち、に、いち、に、いち、に・・・

「このネコったら変ねえ。オスネコってみんなこうなのかしらん?」
ネコを生まれて初めて飼い、猫のことなど何にも知らない彼女は呟くのである。

「でも、このネコが素敵なことをしてくれることだけは確かね」
うっとりとジャンニーナ。

翌日の夜、ジャンニーナが外出から戻ってきたときのことだ。
コートを脱いで、彼女ご自慢のおっぱいを強調した赤い絹のドレスの姿でサロンにはいってきたとき。
ベッドにうずくまっていたべリンがいきなりむっくり!

ジャンニーナ目掛けて飛び掛ってきたのだ。
主人のおっぱいめがけて。

「あらまあ、ベリンったら!」
ジャンニーナはびっくりおったまげて、ベッドに尻餅をついてしまった。

ベリン、また昨日にように、前足を動かしはじめた。

いち、に、いち、に・・・・味を占めたネコは何とも強引。

ああ、ふーっ、ばかねえべリンったら・・・あたし、気が遠くなりそう。
べリンは繰り返す。
いち、に、いち、に、いち、に・・・


「獣医さん、うちのネコったらとっても変なの。私のおっぱいに飛び込んできて、前足の上下運動するんですの」

「いいですなあ、私もお宅のネコちゃんになりたいですねえ。ネコが前足を上下させて、つまり・・・もみもみするのはですねえ、母親のおっぱいと思い込んで、お乳を飲むための前儀とも申しましょうか」

もみもみだなんてこの獣医はちょっと下品ね。

「まあ、そうだったの。あたしのおっぱいをマンマのおっぱいと思い込んでいるのね。可愛いわあ。じゃあミルクもあげないとね。いろいろ勉強しなきゃあ」

ジャンニーナはネコのいち、に、いち、に、がすむと抱き上げて、
「さあ、おいしいミルクを飲みましょうね」

冷蔵庫からミルクのパックを取り出し、小さなお皿になみなみと注ぐ。
べリンはおいしそうに飲む。

ベリンの、いち、に、いち、に、は毎日の日課となったのだ。

「ベリンったら、すごくマッサージ上手なんだもの」
ボクもうれしいよ。だっておいしいミルク飲めるんだもの。

「すごいですなあ。ネコちゃん幸せですなあ」
予防注射をしに来てくれた中年の獣医はちらちらっとジャンニーナのみぞおちに目をやりながら言うが、彼女は知らん顔をしている。
            
         *

朝の公園を散歩しているジャンニーナ。

白樺の林の図書館の前に出た。
ジャンニーナがベンチに座ってタバコをすっていると、黒いカバンを斜めにかけた若者が、大またにい階段を上っていく。そしてドアを入ろうとしていた。

ジャンニーナと目が会うと、若者は赤らみ、はにかんだように笑って中に消えた。

「ときどき見かけるけど何て素敵な坊やかしら。彼が仕事をする姿を見ながらひとときを過ごすのも悪くはないわね」


気配にきづいて振り返った若者。真っ赤になり、
「・・・あの、ボクに何かお役に立つことがありましたら」

ジャンニーナはちょっと考えるふうをして、
「何を読もうかと考えているの。今朝はむしょうに本を読みたい気分になっているのよ」

「すばらしいですね。たとえばどんな本を?どんな作家の?」
「さあ、・・・モーパッサンなんかいいわねえ」
彼女はモーパッサンとダンテの名前しか知らないのだ。

「モーパッサンの『べラミ』なんてどうですか?」
青い大きな瞳で、彼女の胸元をチラっと盗み見しながら、上ずった声で言う。

「べラミ?どんなあらすじなの?」
「貧乏な青年だけど、上流階級の女性に取り入って成功していく話です」
「まあ、面白そう。成功談話の男性版なのね」
ちょっと過去を振り返るような眼差し。

もう男なんてたくさんよ。

わたしは自由が欲しいの。自由に生きたいの。
・・・でもこの坊や、可愛いわァ。

若者が探し出してきた本を手に取りながら、
「こんな長編、時間がかかりそうね」
「貸し出しもしているんです。持って帰られてゆっくり読まれたら?。他にはどんな本を?」
「ネコの本をたくさん読みたいの」
「猫の本なら、いっぱいあります」

若者は瞬く間に抱え切れないほどの猫の本を手にして戻ってきた。

「猫を飼ってるんですか?ボクもネコは大好きです」

「あら~っ、そうなの?・・・でもこんなにいっぱい持って帰れないわねえ」
「・・・あの、選んでくださったらボクがお届けしますよ。閉館の後でよかったら」
またまた、真っ赤になって小声で。



金髪の巻き毛の図書館の若者は、乳ぶさの谷間に顔をうずめたままだ。
両手でしっかりと握って、息づかいが荒く、気が狂ったようだ。

「ネコとはやっぱり違うわねえ・・・」
ジャンニーナは喘ぎあえぎ呟く。

図書館の若者はハッと顔を上げた。
「え?キミ、今、何か言った?」

ジャンジーナはやさしく若者の頭を抱きかかえた。
「・・・あのね、あんた、虎の子みたいだって言ってたの」

「ドアをガリガリやってるけど。ネコを入れてやったらいいじゃあないか」
「そう、後でね」

今はダメ、あんた、殺されちゃうわよ。
(K)

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| 猫.cats,gatti 100の足あと | 10:09 │Comments1 | Trackbacks0編集

               

mario2
イタリア猫ショートショート<あと23話>
若者マリオと捨て猫とのエピソードは終りましたが、その後の彼について少し。

マリオ<2>

眼だけぎょろぎょろして骨張っていたマリオが、日ごとに痩せて来た。
昼食には、全く油気なしに鉄板で焼いた持参の薄いビフテキと、塩気も加えない生野菜だけをくり返し食べているのだ。
絶対行きたくない兵役を免れるには、この方法しかないのさ、とマリオが言う。
徴兵令が送られて来たとき、父親の知り合いを通して『健康上無理』を軍事局に納得させることには成功したそうだ。
だが形式的にしろ軍部からは専門の医者がチェックに来るのは確実で、それまでに体力をなくし「いかにも病人らしい」状態にしておかなければ『不合格』になる場合だってありうるそうである。

「2週間以内にチェックがあるはずだから、しばらく休ませてくれよね」
さぼった分は『合格』の暁に取りかえすなどと言う。

それからまた20日ぐらいも経った頃だろうか。
ある朝、BARで朝食を取ったあと、広場を横切っていると、後ろから誰かに声を掛けられたような気がして振り返ったら、太陽を背に、かげろうのようにぼんやりと若者が立っていた。

マリオだった。
20日前、最後に見たときよりも、体重がまたぐんと減ってしまったかのように、ほとんど骨と皮だけに見えた。
「チェックに成功して兵役に行かなくてもよくなったんだ」
彼はいくらか照れたように力なく笑って言った。 

軍医が来るまでは絶食のようなことまでしたそうだ。
ヨガをする友人から指導を受けたのだが、しまいにはベッドから起き上がる力さえなくなり、思考力も無くなってきて、本当に自分は病気になってしまったのだと思い込んでしまったそうである。
ご苦労さん。仕事もそれくらい熱いれて欲しいね。


七月の終わり頃、マリオは友人とインドへ旅立った。
高校生のとき両親と東洋を旅行した際にインドに滞在したとき以来、マリオにはインドは憧れの地になったらしい。

夏休みが終わって九月半ばになっても、彼から連絡がないので不信に思っていると、母親から電話が入った。
息子はあと一ヵ月くらいスリランカに留まる意向で、そのあとインド、ネパールを回って帰国したいという手紙が届いたことを伝えて来た。
ちょっと型からはずれた息子に、母親も手の施しようがないと言う感じだった。

マリオが戻って来たのは、何と11月に入ってからで、ミラノにも冷たい濃い霧が掛かりはじめた頃だった。
以前のように再び僕の所に通うようになったが、ヒッピー風恰好はエスカレートし、近所のおばさん達も『あの子だあれ?』などと聞くので、「アシスタントです。オヤジはボッコーネ大学の教授』などといい、彼女らが驚く顔を見て,ボクは笑っていた。

マリオはあまり仕事に身が入らず、ぼんやりとしてため息ばかりついている。
インド惚けから抜け切れないのかと思っていたら、ある日突然、
「自分はスリランカに住んでいるイタリア娘に恋してしまった」
と、ぽつりと打ち明けた。
まだ両親には内緒だが、いずれ又スリランカに行くことになるだろうとも言った。

ある月曜の朝など、いきなりシチリアから電話を掛けて来て「今週はどうしてもだめなんだ」と特別休暇を願ったりして、こっちはすっかり腹をたててしまったが、ミラノとシチリアでは話しにならない。
どうやら放ろう癖は膨らむばかりのようだったが、そのうちスリランカに恋人を訪ねて発って行くのだったら、それを機会に止めさせればいいと考えた。
ともあれマリオが出て行くのは時間の問題だとも思っていたから、知人やデザイナーの仲間に電話して、新しく見習いの若者を探してもらっていた。

クリスマスも近づいた頃、ボクは仕事でてんてこまいをしていた。
もの忘れのひどくなったマリオに、
「絶対にわすれないで届けるんだよ」と、念をおしていたのに、彼はスケッチを机の上に放ったまま帰ってしまった。
とっさに家に電話をした。
当人はまだ帰ってきておらず、電話に出て来たのは大学教授の父親だった。
「マリオに明日の朝いつもより早く来るように伝えてください。今日必ず代理店に届けるように頼んでいたのに忘れてしまったのです」
そこまで言うと、ボクもカッとなって我を忘れた。
「お宅の息子さんは頼んだことはちっとも!いまだにインドボケが残っているようで・・・・」
だが父親はすぐにそれをさえぎった。
「息子には、明日の朝何時に出勤するように伝えればよいのでしょうか」

「やめてもらうことにしたよ」とマリオに切り出した。
だが、彼はちっとも悪びれた様子もなかった。
出ていって欲しいと言わなければならないのは、出て行けと言われたときと同じようにいい気持ちのしないものであることを、イタリアで両方とも経験した自分であった。

「さてと、オレのあとに誰か適当な友人はいないかな。あ、あいつに電話してみよう」
などと、悪びれずに考え込んでいるマリオを、ボクは不思議な気分で眺めていた。   


それから2年くらい経ってのことだった。
デザイナーの誕生パーティに呼ばれたとき、大勢の客の中から、誰かが僕の前にのっそりと立ちふさがった。
何とマリオだった。

最初ちょっと戸惑ったのは、あのふあふあとしたクルクル捲きの髪を短く切り、鬚も綺麗に剃って全体にふっくらした感じで、数倍ハンサムに見えたからだ。
それをからかうと、恋人が『あんた、その髪どうにかならないの?』
と言うので切ってしまったのだとテレながら言う。

今ではミラノの印刷所でグラフィックの仕事をしていると、ぼそぼそと話してくれた後、恋人を客の中から探し出して来て紹介してくれた。
彼女の腰に腕をまわして立っているマリオが、そのとき随分大人っぽく見えた。あまり立ち入ったことは聞かなかったが、どうやら彼をとりこにしたスリランカの恋人ではなさそうであった。

「猫は?」
「4匹だ。つい拾って帰ってくるので」
若い2人は顔を見合わせて笑った。(おわり)
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| 猫.cats,gatti 100の足あと | 13:31 │Comments4 | Trackbacks0編集

イタリア猫ショートショート<あと24話>
mario1


『マリオと捨てねこ』<その1>

マリオがはじめてボクの事務所を訪れたとき、街をうろつくヒッピーが、家を間違えてぬっと入ってきたのではないかと思ったほど、奇妙な印象を受けた。
インド製のだぶついたシャツ、長い首にはじゃらじゃらと数珠を首に巻いている。
螺旋状に渦巻いている褐色の長髪はほつれ合って、その隙間から片目だけがギョロリと光っていた。
「チャオ」
と挨拶し、さし出した手はぐにゃりとしている。

「絵が好きだからイラストでもやってみようと思っているんだ」

若僧はボソっと言い、壁を埋めているボクの作品を眺めながらふんふんと頷き、
「従兄弟のフラビオが言っていたよ。Kはとっても優秀なんだって」と、敬意を示しすことだけは知っていた。


「何だよ、このマリオという奴。あいつ麻薬やってるんじゃあないんだろうな?それに本当に両親と一緒に住んでるのかい?」

マリオを紹介してくれたイラストレーターのフラビオに電話で不満をぶちまけると彼は笑った。
「いかにもお前らしいな。そんなことが気になるなんて。心配ご無用,オレが保証するよ。マリオは親戚中でたった一人、俺と気が合う奴なんだ。いくらかむら気ではあるが、従順で真面目、麻薬なんて絶対やってないよ。ちゃーんとした家庭の倅だ。どうだい、安心したかい?」

 ボクの所に来らせるアシスタントは、ミラノ市内に住む真面目な家庭の伜であることを第一条件としていた。
若者を一人おいて外出したり、鍵もわたさなければならない場合もあるから当然のことだ。
友人達はこんな僕のこだわりを笑うのである。


 マリオのデッサンはまあまあだったし、どんなことでも、のろのろだが全く嫌な顔をせずにやってくれた。
そのころ日本人の吉田君とか桑原嬢などがたびたび電話をかけてきたが、電話を受けるごとに、
「日本人だよ」とだけ言って受話器をこっちによこすので、
「みんな名前があるんだから、ちゃんと聞いてくれ」
 彼は薄笑いを浮かべていたが、それ以来かかってくると「日本人の友達だよ。オンナのコ」とだけ言ってこっちにまわした。

マリオが通って来るようになってから1ヶ月も経った頃、彼の両親から夕食の招待を受けた。
家族はブレラ美術学校から少し下った、旧市街のびっくりするような立派なアパートに住んでいた。
チーク材のシックな書斎を埋め尽くしたた本の群れは、そこだけでは納まりきらずにサロンの中まで占領していた。

以外!父親はミラノの有名なボッコーネ大学の教授なのであった!
古い絨毯、クラシックな家具や骨董品で溢れ、代々ミラノに住んでいる恵まれた家庭、というイメージを受けた。

マリオの兄貴は、大学を出て兵役に服していて、その夜たまたま戻って来て食卓に加わっていた。兵役にいる者の義務で髪を短く刈り込んだ兄の頭と、マリオのそれとが極端に対象的だった。
兄はきびきびとしてよく喋り、見るからにスポーツマンタイプである。

技術専攻の彼は、兵役も航空軍部を希望して合格し、意気ようようと出発したが、軍用機に乗ったり落下傘の実習などを夢見ていたにも拘わらず、実際には飛行場のトイレの掃除ばかりやらされると笑いながら話た。

ほとんど無言だったマリオが「死んでも兵役に服するのは嫌だ」と、ぼそりと言った。
はっきりした健康上の理由でもない限り、イタリアの若者は誰でも一年間の兵役に服すのが義務なのである。(現在は廃止されている)
とにかく教養ある落ち着いた家族の中でマリオだけが異質で、その辺をうろついている浮浪者が食事に招かれたような・・・奇妙な感じだった。


 ある日出勤して来たマリオがよれよれのコートを脱ぎながら、一匹の小ネコをポケットから取り出した。生まれてまだ,2、3週間くらいしかたっていない、ありふれたトラ猫だった。
マリオはこの猫を今朝、空き地で拾ってきたのだという。

家出したパンとノリ助は身元のはっきりしたところからもらっていたので、こんな野良猫を家にいれることに躊躇したが、たった一日くらいと思って黙っていた。
それに、やっぱり猫ってかわいかった。野良であろうが、良家の出身であろうが。

夕方マリオは、猫のことなど忘れたように出て行こうとする。お前ずるいぞ!
「おい、忘れ物だ」
「何を?」とぼけるマリオ。
 ボクは絵の具のチューブのふたで戯れている小ネコのほうを顎でしゃくってみせた。

「君のために,持って来てやったんだよ。よく、猫の話するからさ」
 一瞬言葉につまったが、ボクはっきりと拒絶した。

「オレは今は飼わない。2匹飼ってこりごりしたんだ。さあ,連れて帰ってくれ」
マリオは黙って猫をすくい、鞄に入れて出て行った。

翌日マリオはまた、ネコを鞄に入れてやって来た。
「おいおい、これから毎日ネコ同伴でご出勤かい?それとも自分のアシスタントにしたいのかよ?」
マリオは苦笑いしたが、螺旋状の髪の隙間から片目が深刻そうに光っていた。

何と,マリオの父親は絶対に動物を飼わない主義なのだそうだ。
だから昨日もそっと自分の部屋に隠して、今朝またそっと家を出て来たという。

何とも心動かされる話ではあったが、このネコを引き取る気持ちにはなれなかった。
仕事で雇っている小僧と公私混同するのがまず、イヤだと言う気があった。

翌日の金曜日にマリオは言った。
「このウイークエンドに引き取り手を探すから、月曜日まで預かって欲しいんだ」
  

月曜日は彼は一日中黙り込んでいた。ボクも子ネコについて何も言わなかった。
子ネコは無邪気に我々の足下で遊んでいる。

夕方、帰る時に彼は又、子ネコを鞄に入れて、出て行こうとした。
「貰い手は決まったのかい?」
さりげなく聞くボクに、彼は首を横にふり何も言わずに出て行った。

それ以後,彼は子ネコのことに何も触れなかった。
意識的に言うまいと決めているふうだった。
辛い別れをしたのかもしれない。

ネコ狩りなどが盛んだった時代の思い出である。ボクもフリーになったばかりの厳しい時代だった。(つづく)

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| 猫.cats,gatti 100の足あと | 14:03 │Comments2 | Trackbacks0編集

イタリア猫ショートショート_あと25話


oku


おくりねこ


「・・・わたくし、ティンティンに枕元で見取られながら死にたいの」
老婆はうわごとのようにくりかえす。

(医者・・・この言葉、3日間に50回は聞いたな)

「あなたのネコへの情愛に頭が下がります。ネコちゃんはきっとあなたの望み通りにしてくれるでしょう」

「・・・ティンティンはまだ、8歳なの。わたしが死んでしまったらどうなるんだろう」

「ロザンナさん、ご心配要りません。わたしが見てさしあげますわ。わたしとティンティンはとってもいいお友達になりましたの」
アンナは老婆の手を取ろうとした。

だが、老婆は手を引っ込めた。

「あんたがティンティンの面倒をみてくれるんだね?お礼としてわたしの資産全部あんたに託すんだから、それくらいのことはしてくれないとね」

(医者・・・おやおや、ネコの面倒くらいで、気の遠くなるような資産を譲るんだって?やっぱり正常ではないな)

「ロザンナ夫人、あなたの生命力はすごい。98歳とはとても思えない。気持をしっかり持つのです」

「わたしは孫を失ってから、どーっと年老いたてしまったのよ。ぐうたらでどうしようもない孫だったけど・・・」

アンナはひとつひとつ老婆の言葉にうなずいている。

「ティンティンはどこだい?わたしの枕元に連れてきておくれ」

アンナは口ごもったが、やっとこう言った。

「今日はとってもいい小春日和なので、お庭を散歩しているようですわ。うっとおしい雨季が終わって、ティンティンもうれしいのでしょう」

老婆はレリーフの天井を、うつろな目で眺めている。
「この天井が私には高すぎてねえ、吸い込まれそうだよ。目がくらくらしてくるよ」
「5メートル近くもありそうですからね。全く立派なお屋敷です」
医者はあいづちを打った。

「あなたは誰?バルビエ-リ先生ではないのね?先生はなぜいらしてくださらないの?」

オッホン!小さく咳きをして医者は言った。
「すでに(もう5回も)ご説明申し上げたように、バルビエーリはですね、暫くの間どうしてもうかがうことが出来ず、わたしが代わりとしてロザンナ夫人の健康管理をさせていただいているわけです」

「・・・わたしはティンティンの傍で死にたいんだよ」
うわごとのように繰り返すと老女は目を閉じた。



「先生、ちょとお話が・・・」

医者とサロンに移ったとき、アンナは声を落として言った。
「先生、実は今朝、ネコのティンティンが死んだのです」
「ええっ?死んだ?」

「私が夜明けに病室に入っていったとき、ティンティンはすでに死んでいたのです。いつものようにロザンナさんの足元に丸くなって寝ているのではなく、彼女の枕元に横になっているので、不審に思って近づくとすでに冷たくなっていたのです。私は夫人が目を覚まさないように、そっとネコを抱きかかえて病室をでると、獣医さんにすぐに電話をしてここに来てくださるようにお願いしました・・・ティンティンは老衰で息絶えたのだそうです」

「老衰だって?だってあのネコはまだ8歳なんだろう?」

娘は顔を横に振った。
「いいえ、本当は19歳なのです。一ヶ月くらい前かしら。お知りあいいがお見舞いにいらしたとき、いつまでも綺麗ねえ、ティンティンって。7、8歳くらいにしか見えないわ、とおっしゃったので、ロザンナさんはそれ以来、ティンティンを8歳と思うようになったのです」

「綺麗で毛並みの見事なネコだったものね。私もそう思い込んでいたんだ」

「ロザンナさんの最期まではなんとか生きていてもらおうと、ビタミン剤を打ったり、獣医さんも大変でしたの」

「待てなかったんだな、ティンティンは。ご主人のために頑張ったんだろうけど」

「あんなに綺麗でやさしいネコ、はじめてですわ。私にもとってもなついてくれたし。わたしの気分もなごませてくれましたわ」

医者は考えているふうだったが、やがて真顔で聞いた。

「アンナ、立ち入ったことを聞くようだが、ロザンナ夫人が他界したあとは、あんたの将来はどうなるんだね?あんたは看護婦の資格も持っているそうだし、新しい勤め口を探すくらい私だって力になれると思うよ。バルビエーリが死んで、私が代わりとしてくることになり、まだ3日しかたっていない。でも君の献身的な介護ぶりは胸をうつものがあるんだ」

アンナは感謝の眼差しで医者を見た。

やがて・・・
「あの・・・ロザンナ夫人のお孫さんが亡くなってしまって、わたしが今では唯一の身内の者なんですって。2ヶ月前、私が勤めていた老人ホームに、ロザンナ夫人の弁護士さんが訪れて、身内の老婦人が病床で先も長くないから、看病に携わってほしいとおっしゃたのです。じゃあ、他界されるまでとの約束で、このお屋敷に伺いましたの。そし、弁護士さんから、私がたった一人の相続人だと聞かされたのです」

医者は驚きを隠せない。
「そうだったのか。まるでシンデレラ物語だな」

中老の医者はしみじみと娘を眺めた。
全く化粧はしてないが、顔立ちの整った賢そうで品のある娘だ。

「あたし、ここへ訪れたときに、夫人にこれから何とお呼びしたらいいのかしらってお聞きしたら、ロザンナと呼びなさいとぶっきらぼうに言われましたの。無理もありませんわ。わたしたちは他人と同じようなものですもの。事実上の身内なんて何の意味もありませんわね。そのときはまだ夫人は頭もはっきりしてらして」

「そのうちボケがひどくなってきて、ネコの面倒を見てくれるお礼に資産を全部プレゼントするんだなどと・・・ロザンナ夫人はこの州の大資産家の10指に入るんだそうだ。君の将来は変わるよ」

「先生、お金持ちになるって、そんなに重要なことなのでしょうか。お金がたくさんあっても不幸だったり、惨めな一生を終えた方も、たくさん見てきましたわ」

医者は笑った。
「そんな屁理屈言わないで、もっと驚きと喜びを感じてほしいもんだね。私も名乗りを上げればよかった。おばあちゃま、覚えていますか僕のこと?あなたに会いに50年ぶりにニューヨークから戻ってきたんですよって」

娘は微笑んだ。
「ロザんナさん信じるかもしれませんわ。でも弁護士さんが・・・」
「弁護士もボケてくれないとね」

「先生、ロザンナさんがティンティンはもう死んでしまったことを知ったら・・・あたしそれが辛くて」
「私にもどうしていいか分からんのだよ。君が心をつくして看病するしか方法はないと思うよ」


医者が帰ったあとアンナは寝室に引き返した。
看護婦と家政婦が老女の体を洗い、シーツを変え終わったところだった。
薬が効いているらしく老婦人はうつらうつらしていた。

看護婦や使用人が出て行った後、アンナはベッドの傍らに腰を下ろして窓の外を眺めた。
赤い西日が温室の窓を染めていた。

本を読む気にもなれず、過ぎ去った出来事が脳裏を横切った。

強烈な恋に落ちて、それがはかなく散ってしまったこと・・・
相手は資産家の息子だった。身分不相応な相手であると知りながら、恋に落ち、そして終わった。
こんな苦しみを受けるなら、もう恋はすまいと・・・

そして、自分はこの屋敷に送られてきた。
自分は唯一の遺産相続者なのだそうだ。
それがどういうことなのか実感が今でも湧かない。
わたしは小さな2部屋のアパートさえ持てなかった両親の、貧しい生まれなのだ。

死もま近かな老女が目の前によこたわっている。
こんなちっぽけな、今まで会ったこともない娘が,唯一の身内であることを受け入れなければならない老婆。

いずれ、死は訪れる。貧しき者にも裕福な者にも。

自分もこの老女のように衰え、肉体は滅びてしまうのだ。
老女を前に涙が出てきた。


「ティンティンは・・・?」
目をさました老婆はつぶやいた。

あの・・・アンナは言葉につまった。

「ティンティンは19歳だものね」
老婦人が天井を見つめたままぽっつり言ったたので、アンナはぎくりとした。

老婦人はティンティンのことをそれ以上聞こうとはしなかった。

彼女はまじまじとアンナの顔を眺めていたが、やがて力なく手をさしだした。
アンナはそれを受け止めやさしく愛撫した。

骨ばった皮だけの手だったが、わずかの温もりを通してはじめて老婆との交流が出来たことが嬉しかった。
手を握られたまま、老女は再び眠りに落ちて行った。


その夜・・・

「先生、こんな夜更けにお電話して申し訳ありません。ロザンナさんが亡くなったのです」
「え?すぐにそちらに向かうからね。気を落ち着けて」

「とっても穏やかな顔だね。まるで気持ちよくお昼寝をしているようだ」

「昨日先生が帰られて、ベッドのところにいましたら、ロザンナさんが目を覚まされて、
「ティンティンも18歳だものね」って。

「あたしびっくりしてお顔を眺めたけど、何かいつもとは違っていたみたい。しっかりとわたしの顔をみていらしたわ。そして、手を差し出したので、わたしもにぎり返しました。ご自分からそんなこと一度もなかったのに。そしてそのまま眠ってしおしまいになったの。そのうちわたしもうとうとっとしてしまったけど、目が覚めたとき冷たくなっていたのです」

「ともしびが消える直前に一瞬の正気をとりもどしたんだな。そして君のことをみとめたんだ。おばあちゃんもネコも最後まで頑張って生き抜いて、至福の死をとげた。さあ、これからは君の新しい人生がはじまろうとしているんだ」(K)

| 猫.cats,gatti 100の足あと | 03:37 │Comments4 | Trackbacks0編集

イタリア猫ショートショート<あと26話>

oo
貢ぎもの

背中にでっかい腫れモノ?

寝苦しい。自分がうんうん唸っているのがわかる。

そして眼が覚める。

・・・カロータの奴またやったな。
スタンドのスイッチを入れてシーツを点検する。

なるほど、今夜はじゃがいもか。
野菜籠の中の青い芽を葺き出しはじめている、ピンポン玉よりも小さいしわしわのじゃがいも。

一昨日は親指ほどの人参だった。その前はトマト。
ボクは葡萄くらいのサルデーニャ産の固いトマトを背中でつぶしてしまったのだった。
ひんやりとして、実に奇妙な触感で眼がさめたのだ。

ご丁寧に2つも持ってきてくれたが、一つは床の上に転がっていた。だがそれもベッドから下りるときに、ぐしゃっと踏んづけてしまった。気持ちーい悪い!

カロータの奴、もう・・・

いつまで続くんだい?
飼い主への貢ぎ物?
お手柄を褒めてもらいたいため?

真夜中、ボクが正体なく寝込んでいるとき、カロータは目覚め、活動を開始する。

猫は夜、我々人間どもが疲れてぐーぐーやっている間が、一日中で最も冴えているときなのだそうだ。

台所のバルコニーから、野菜や乾燥してからからになったちっちゃなコビトザクロとか、ころがっていたワインのコルクの栓とかいろいろ持って来る我がカロータ。

狩りで捕らえた獲物を見せに来る習性。
何千年も続いている伝統的習性。

でも、いい加減に止めてほしいんだけどね。


       *


野良の大ボス登場。
どす黒くカロータの3倍くらいありそうな不気味なやつだ。
カロータへの教育が始まる。

「お前、そんな野菜のくずなんか持ってったって、何の意味がある?。
人間はお前を哀れなマヌケ猫と思うだけだ。

聞け!
オレが価値ある猫とは何か、たっぷり特訓してやろう。

猫の能力・・・それはヘビを生け捕ること、俺たちの体の半分もありそうな、大ネズミを生け捕ることにある。
歴史的に見たって何万年も前から、猫とヘビのカクシュウは絶えなかった。
猫がハーッとやるのは、ヘビから教わったと言われている。ヘビと同じようにハーッと音を出すことによって、敵からの危険から逃れたのだ・・・と猫学者達は言う。
冗談じゃあない!断じてそうではない。ヘビ達が猫から学んだのだ。

いずれ、お前にもヘビの生け捕り方を懇切丁寧に教えてやろう。
だが、今夜は手っ取り早いネズミの穫り方からはじめる。

こんなアパートの地下に入ったって、大ネズミなどいないから、
近くの沼のドブネズミを捕るのだ。

それをお前の主人に献上せよ。
主人は初めてお前の真価を認めるであろう。
さあ,行け!」



ギャーッ!アイウトーッ!!
ボクは飛び起きた。

カロータがデッカいネズミをくわえてベッドに潜り込んできたんだ。
あ?
これまた、例のインクボ?
汗びっしょりだ。
ああ、夢でよかったよ。


カロータはどこだ?
カロータは部屋の隅に行事よく、不動の姿勢でじーっとボクを見つめている。
その目つき、フツウじゃない・・・殺気だっている。

止めてくれよな、その目つき。お前らしくもない。

こんな悪夢、一生見たくないよ。
オレにとって、ヘビとネズミほどおっかないモノはないんだ。

さて、気分を落ち着けるためにコーヒーでも沸かそうか。

ボクは掛け布団をぱっとめくった。

ギャーっ!出たっ!
いたのだ、一匹の大ネズミが!
ボクはベッドから飛び降りたが、よろけてひっくり返ってしまった。
その弾みに頭を箪笥に思い切りゴツン!痛ってえ!

インクボではなかったのだ。
だがネズミは動かない。
恐る恐る近づいて見た。

ネズミの体から白い布切れがはみ出している。
<Made in Cina>と印刷。(K)

| 猫.cats,gatti 100の足あと | 00:02 │Comments5 | Trackbacks0編集

イタリア猫ショートショート<あと27話>
mar

マルチェッロ 

我が家のカロータがよそ様の家に紛れ込んでお世話になったことは話した。
ところが、今度はその逆、見知らぬ猫が、我が事務所に飛び込んで来たのである。

 ドアを開けたとき、その猫は待ってましたとばかり、事務所の中を突進、我が物顔で駈け回り、よそ様の家に入って来た戸惑いなど全くゼロ。
濃いキジ猫だが、喉のところに白いマッキア(染み)があり、赤い首輪が可愛いらしい。

カロータよりも幾分小柄である。
ミルクを与えると、ちょっと口にしただけで、又、猛烈な勢いで走りまわる。腹は減ってないらしい。

仕事机にも飛び上がる。日中は我々と事務所で一緒に過ごすカロータはびっくり仰天・・・と言うより取り乱している。
無理のないことだ。母猫や兄弟猫達と別れて以来、いまだかって猫族にお目にかかったことがないのだから。

カロータはロッカーに飛び移り、うずくまり、その眼は興味と恐怖で大きく見開かれ客を追っている。
以前カロータが家を間違って六階のアパートで一夜お世話になったことがあるけど、この新来も一泊くらいさせてやりたい気持ちになる。可愛いのだ。

 夕方仕事が終って、2匹の猫を我が家に連れて帰って来た。

カロータは興奮しているらしく箪笥の中に入ったまま出て来ようとしないし、食欲もないらしい。
客はといえば、ガツガツと平らげて、終るとソファーにごろりと横になる。
『諸君、では、おやすみなさい』
って感じなのだ。

カロータがいつのまにか箪笥から出て来て、サロンの隅にうずくまり、ぐっすりと眠りこけている客を凝視している。
だが何事も起こらず一夜が過ぎた。

 翌朝、さっそく掲示板に広告をだした。勿論、クレパスの似顔もつけて。
『早く、僕を迎えに来て。家に帰りたいの。今、僕を泊めてくれている人は、三階のK氏。電話番号は・・・』

 午後、突然玄関のベルが鳴ったので開けると、女の子が二人立っている。妹らしいほうは、まだ小学生くらいの幼い感じで、お菓子の箱らしきを両手で恭しく掲げている。

「さあさあ、遠慮なく入って下さい」
2人を事務所の中に通した。
走りまわる猫を捕まえようとするが、そう簡単には行かないようだ。スタジオの若者達も、仕事そっちのけで子猫を追いまわす。

「マルチェッロ! さあ、いい子だから逃げないで。帰リましょう!」
「マルチェッロ? 人間みたいな名前だな」
「そう、人間みたいなものですわ」
と、姉さんのほうが笑いながら言う。

やっと子猫を捕まえた。
マルチェッロは腕の中に入ると急に大人しくなり、まんざらでもなさそうに娘の腕をぺろぺろ舐めたりして、情愛を示す。

姉妹は、2階に住んでいる親戚の所に、猫を連れて遊びに来たのだそうだ。
昨日着いてすぐ、ちょっと油断している隙に猫が姿を消した。

「これ、あたし達のお礼」
それまで珍しそうに事務所の中を見回していた妹のほうが、ややはに噛みながら、チョコレートの箱をうやうやしく机に置いた。そして彼女はロッカーの上でうずくまって、我々を見ているカロータに近づいた。
「可愛いわ、名前は何て言うの?」と頭を撫でようとしたときだ。
カロータがいきなり『ハーッ』とやったので、彼女はびっくりして後ずさりしてしまった。
あまりそんなことはやらないカロータなのに、マルチェッロの訪問によっぽど頭に来ていたのだろう。

姉妹はもう一度「グラツィエ」と礼を言うとマルチェッロをあやしながら帰って行った。(K)

| 猫.cats,gatti 100の足あと | 20:29 │Comments2 | Trackbacks0編集

イタリア猫ショートショート<あと28話>

cavii

カヴィヤの夜

朝の散歩から帰って来たリーノおじいさんは、いつものように簡単な朝食をとった。

先週ふらりとバイエルンを旅行したときに、ホテルの朝食に出たビスケットがとても美味しかったので、このところ朝食はこのビスケットと紅茶だけ。ベルギー製のカラメルビスコットである。
ドイツから帰って来てインターネットで探し出し、苦労してやっと購入したんだけど、実は大きなスーパーにもあったので、ちょっとがっくり。

新聞を読みながら、バッハを聴きながら、これ以上は無理なほど時間をかけて朝食をとる。

リーノおじいちゃんは自分の食べるものは何でもネコに食べさせる。

「カヴィーは何でも食べてくれるからわたしは嬉しいよ」
おじいちゃんは飼い猫と一心同体でありたいらしい。ネコだってそうに違いない。
おじいちゃんが食事をしているときは、自分は食べなくても必ず自分用の椅子に行儀よくすわってるんだから。

ネコの名前まだ言わなかったけど、カヴィ、って名前。
カヴィヤーのカヴィ。又どうしてそんな名前を?


さて、おじいちゃんはゆっくりの朝食を終わると着替えをはじめる。
ヨモギ色のパピリオン、ボルドーと紺のストライプのジレー、淡いグレーの上着にクリーム色のズボンで身を整えると、ちょっと髭をあたる。
今日は特別な日なのでお洒落しないと。

「カヴィ出かけて来るよ。今夜は久々のご馳走だ。いい子にしてるんだよ」

おじいちゃんはバスに乗り、都心まで出ると地下鉄に乗り換えて2つ目の駅で降りる。

画廊やアンティックの店、建築家の小さな事務所などがある所だ。
道は何百年も経っているような敷石なので、おじいちゃんはちょっと気を付けながら歩く。
一度、雨の日に足を滑らしたことがあるからだ。

と、ある一軒のアンティックの店の前でリーノおじいちゃんは足を留める暇もなく入って行った。

「まあ、リーノさんたら、すっごくおめかしして。今日はあの日なのね」
「そうとも、あの日なんだよ」と笑う。

リーノおじいちゃんは内ポケットから、小さなエッチングを取り出した。
「ちょっとエルネスト・ニステルのまねごとみたいだけど、気に入ってくれるといいんだけれどね」

「まあステキなネコちゃんの兄弟。いつごろお描きになったの?」
「60年前くらいかな。私が美大のときのものだ。今日はこれで勘弁してくれるかい?」

「勿論ですよ。マリーナさん大喜びよ。だってリーノさんの大ファンなんだもの。おいくらさし上げたらいいのかしら?」
「いくらでもいいさ。君が決めてくれたまえ」


リーノおじいちゃんはありがとうと言って代金を受け取ると、丁寧に財布にしまい、骨董店を出た。
又地下鉄の乗って今度は市内のど真ん中へ。
高級店で立て込んだ所に目的の店はあった。

輸入食品専門の最高級のM店だ。
リーノおじいさんはウインドウでちょっと身だしなみを整えて、いくらか気取ったポーズで中に入って行く。
外国の高級食品ばかり扱っている所だから、客は多くない。身なりもキチンとしていて、下品に大声で喋る客など一人もいない。言うなればちょっとスノッブの雰囲気だ。

黒いスーツで気取って澄まし込んでいる若い店員。
リーノ氏を見つけると、にこにこ笑って手を差し伸べてきた。
「これはこれはリーノさん、ご機嫌いかが?今日もやっぱりアレのために?」

「ご覧の通り。この気取った服装を見ればわかるだろう?カヴィヤーを買う日はワタシの最高に贅沢の日なんだ」
「リーノさんの素晴らしい日。いつものように一番小さなビンがいいですか?」
「うーん、絵がいい値で売れたからちょっと大きめのでもいいんだ。でも最高の物をね」
「わかってますよ。イランから入ったばかりのフレッシュなモノなどいかがでしょう?」

買い物を済ませると、おじいちゃんはついでに高級ブティックの並んでいる店をゆっくり回って、ネクタイを一本買った。エッチングを売って、カヴィアーを買ってもおつりが来たのだ。
そして家路についた。
        

リーノおじいちゃんはわくわくしていた。
今夜は3週間ぶりに超高価なカヴィヤーにありつけるのだ。

「カヴィや。お前の大好物のカヴィヤーの夜だよ」

今朝、掃除婦が来てくれたので、家の中は奇麗。
たった60平米しかないささやかなアパートだが、日当たりはいいし通し風はあるし、春から秋にかけて並木の緑は窓いっぱいに覆ってくれるし、この78歳のご隠居には申し分ない憩いの家なのだ。

テーブルクロースも掃除婦が気をきかせて、最高の物が敷き詰められている。
カヴィアはヴィクトリア調の銀のコッパに。
冷蔵庫からとっておきの白ワインを取り出して、栓を抜き、ムラノのグラスに。
(彼はシャンパーンより白ワインを好む。それもフリウリの超高級ワインを)

ネコのカヴィーは自分の椅子の上に行儀よくお座りして分け前を待っている。
彼も知っているのだ、今日は大切なカヴィアの夜であることを。

リーノおじいさんはある日(ずっと若いとき)カヴィアを食べて、病み付きになった。
でも高い。グラフィックを引退しても年金生活は優雅ではなかったから、カヴィアーなど贅沢だと諦めていた。

だが、ある日こんなことを考えた。
自分が若い頃に描いたネコの小さなイラスト、ネコの切手(何と1900年くらいの物もある)、1900年初期のネコの絵はがき・・・そんなコレクションを持っていても仕方がないではないか。
憧れのカヴィヤが食べたくなったら売ればいい・・・ってアイデアにたどり着いたのだ。

「全部まとめて売って下さればずっとお得ですよ」
アンティックの主人は言う。
「いやいや、そんな大金はいらないよ。その時にカヴィヤ一個買えればいいんだ」

「ほら、美味しいかい?よーく味わって食べるんだよ」
キャビはぺろりと食べて味を吟味するように舌をなめ、またほしがる。

おじいちゃんは銀のスプーンで一口。
眼を細めてしみじみと味わう。

このネコは真っ黒だがグレーの斑点がある。
「リーノさんにもらって頂けたら」
「毛がカヴィヤみたいだな。もらおうか。名前はキャビだ」
とても聞き分けのいいネコでリーノ氏は気に入っている。

たった2人だけの儀式ばった夜は更けて行く。(K)






| 猫.cats,gatti 100の足あと | 21:33 │Comments2 | Trackbacks0編集

イタリア猫ショートショート<あと29話>
iyanaotoko

心変わり
どうしても好きになれない男がいる。
理由は別にないんだけど、虫が好かないのである。
彼は中堅広告代理店のマーケティングに勤めている。

打ち合わせに顔を出すと、必ずひと言あるのも煩わしいし不愉快千万だ。

マーケティング担当だから、いつもダンディである。
歩き方が気取っている。
タバコの吸い方も嫌味だ。
超綺麗好きって感じ
上着に毛一本付いていないかと始終気にするタイプではなかろうか。
昼飯だってちと気の利いたところでとるらしい。
    

Gはその代理店で働くクレアティヴである。
彼とボクは気が合う。
かなり長い間一緒に仕事をしているので、仕事以外でも付き合う間柄なのである。

ある日、朝から彼はボクの事務所に出張して来ていて、コンピュータの前で、ああだこうだと意見を交換しながら仕事をすすめていた。明日の会議に間に合うように、スケッチ8枚を準備しているのである。

そして正午を回った頃。
「昼はうちで食えよ。スパゲッティ・プッタネスカだ」
「ウーン、悪くねえ」

プッタネスカのソースは朝早起きして作っておいたから、パスタを放り込むだけだ。

と、ブザーが鳴った。
インターホーンから、「オレだ。遅くなった。レスピー二だ」と低い声が。
ボクの嫌いなマーケティングの男だ。

「あ、オレすっかり忘れていた。レスピー二が仕事どこまではかどってるか様子を見るために寄るって言ってたんだ」
Gはすまなさそうに言う。僕が徹底的に毛嫌いしているのを知っているからだ。

「レスピーギさん。パスタいかがです?プッタネスカですけど」
ひと通りのチェックが終わったとき、ボクが儀礼的に言った。
絶対断くれるだろうと期待して言ったのだが・・・

「うーん、これから2時半にはY・R・Gで打ち合わせなんだ。間に合うかな?・・・ま、いいだろう。せっかくのご招待だからな」
恩着せがましい。
レスピー二はもうテーブルの椅子に腰掛けて、携帯で何やらしゃべっている。
携帯をポケットに戻すと、いきなりのたまわった。
「このキッチンのドアのカラーはこれでいいのかな?」

ギクッとした。このキッチンの内装は出来上がったばかりなのだ。
苦労したかいがあって自分では気に入っている。それを・・・

死ね、このやろう!
僕は聞いていないふりをしていた。

パスタとソースをかき回して三枚の皿に盛り付けてテーブルに並べていたときだ。
駆け込んで来たGが頓狂な声を発した。
「おい、あれを・・・」

何たること!猫のカロータが粉末の粉チーズをぺろぺろとなめているのだ。
「カロータ!何してんだよっ!!」
青くなって叫ぶボク。
レスピーギ氏も振り返った。
口の周りを白くしたカロータは初めて顔をあげ、きょとんと我々を見ている。

やれやれ、よりによってこの男がいるときに・・・
ボクは覚悟をした。レスピー二さん、無理に食ってくれなくていいんですよ。

「まあ、いいじゃあないか。そのくらい」
レスピー二は言ったのだ。
そして猫を抱き上げると床におろし、そのぺろぺろチーズを自分の皿にかけ、うまそうにパスタをたべはしめたのだった。

その瞬間から、ボクはこの男が好きになった。(k)


| 猫.cats,gatti 100の足あと | 17:09 │Comments1 | Trackbacks0編集

イタリア猫ショートショート<あと30話>
カロータが死んで,専用の切り窓も不要となった。

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カロータの専用出口
何年ぶりかで本腰入れてバルコニーの掃除をした。
台所専用の大きなバルコニーだが、以前は猫用の砂などを置いていたところだ。

ガラスドアの小さな切り窓も、もう、必要でなくなったので枠をはずしたら、猫の毛がへばりついていて、真っ黒になっていた。アルコールでごしごし拭いても17年間の歴史。そう簡単に奇麗にはならない。

「猫用の窓が必要ならば先に言ってください。ドアが出来上がってからでは無理なので」
17年前、注文を取りに来た男は言った。
出来上がって届いたのは、モダンで頑丈な金属製のガラスドア。
右側のドアの下っ端に麗々しく、当時としては超モダンな切り窓が設置されていた。

        *
カロータは生まれて3ヶ月後、我が家の住人となった。
もう秋の深まりもすぐそこだったから、最初の課題はこの切り窓を理解させることだった。

オレは寒がりだからドアはきっちり絞めて寝たいんだ。
「さあ、これがお前専用の出口。早く覚えてくれよな」
カロータが来た日の夜から、訓練は始まった。
カロータを切り窓から出して入れて、出して入れてと10回近くも繰り返したが、
全く他人ごと、覚えようとしてくれない。

翌日もその繰り返し。全く効果なし。
これじゃあしばらく忍耐が必要だぞ、とこっちも観念したのだった。が・・・

その夜遅くまで、ボクはキッチンのテーブルで手紙を書いていた。
カロータは足元で飽きもせず戯れている。
よくもまあ、つぎから次ぎへと遊びを発明するもんだなあと見とれていたときだ。

突然、彼は切り窓に向かって驀進!
頭からドーンと突っ込んでバルコニーにとび出たのだった。
プラスチックの蓋が大きく音をたてて前後に揺れる。

バルコニーに飛び出し、カロータを高々と抱き上げた。
「悟ったのだな、ヴラーヴォー」
そのときから、カロータは我が家の一員となったのだ。


手術をほどこしたらカロータはどんどん肥えていく。
体も大きくなって大トラになった。
赤の大トラのカロータ。
「なんぼ何でも太りすぎだよ、こいつは」という知人たち。

そのうちにますます肥えてきて、切り窓を通過するのがひと苦労になってきた。
何とか通過しようと腹をねじまげ、ウーウーンと大奮闘してやっとバルコニーに出るカロータ。

家の中に入るのに、ドアを開けてやっても、やっぱり窓を通して入ろうとするのがおかしい。
こいつちょっと知性が足りないのでは? 
でも可愛い。


年を取ってきて、痩せが目立ってきた。病気なのだ。
「あと6ヶ月がせいぜい」と獣医に言われ、ボクはショックを受ける。
でもその後、4年近くも生き延びた。

「あと2ヶ月だね」と同じ獣医が言ったとき、
「以前、命は6ヶ月がせいぜい、と言ったの覚えてます?あれから4年以上も生きてたんですよ」
「へえ?そんなこと言った?」
このヤブ医者め。

切り窓を通り過ぎるのも、何の苦労もしなくていい骨と皮ばかりのカロータ。
その変わり果てた姿を、ボクは切ない思いで眺めていた。

切り窓はカロータの思い出のしるし、彼がこの家で17年間生きてきたあかしだ。
これを作らせたとき、年取って死んでしまうカロータのことを想像しただろうか。

プラスチックの枠は取り払ったけど、穴は残っている。
奇麗に切り込まれた穴から秋の風が吹き込んで、去って行く。

Via con Carota.
(Gone with Carota)(k)







| 猫.cats,gatti 100の足あと | 16:04 │Comments3 | Trackbacks0編集

イタリア猫ショートショート<あと32話>
枕元の猫/その2
メメ

耳なしメメちゃん

メメちゃん、あたしのメメちゃんはどこに行ってしまったの?

泣いて兄に訴える妹のリーナ・・・

ロッコは、はっと目が覚めた。
算数の宿題をやりながら、ついうとうととしてしまったのだった。

耳なしメメがいなくなったのはぼくの責任なんだ。
死の病に苦しんでいる幼い妹を、もっともっと苦しめているぼくは悪い兄貴だ。

父さんも母さんも、メメに似た子猫を探してきた。
「まあ、かわいい。でも、メメちゃんではないわ」

そして、うわごとを繰り返すのだった。

「あたしのメメちゃんはどこ?」


耳なしの子猫、スコッチ・フォードを親戚のおじさんが持ってきてくれたのは3ヶ月前だった。
小さな耳がぴったりと頭にへばりついていて、目がまん丸で、幼いリーナを一目で夢中にさせた。
灰色と茶の子猫。胸のところだけが白い。

耳なしメメちゃん・・・あたしの第一のお友達、いつも一緒なのね。
体が弱くてめったにしか外へ出られない幼い妹は、小さな自分の世界をメメと二分した。



悪気なんか全くなかったんだ。
もののはずみにちょっとだけからかうつもりで、妹が眠っているとき、メメを籠に入れてテラスに出しただけだった。

「メメちゃんはどこ?」目覚めた妹は聞いた。
「さあ、どこかな?誰かに連れていかれたらしいよ」
小学生の兄は冗談を言った。

「いやよいやよ、そんなの。メメちゃんはどこ?」
妹は火がついたように泣き出した。
驚いてテラスに行ったら、籠の中はもぬけの空になっていた。

そして・・・メメは帰ってこなかった。

幼いリーナは白血球癌と診断された。
医者は命の短いことをつげた。
父さんも母さんもロッコもみんな泣いた。

「あたしのメメちゃん、どこ?」
メメちゃんはどうして帰ってこないの?」
妹は衝かれたようにベッドの上でくりかえすのだった。

ロッコは父親とずっと遠くまでメメを探しに行った。
おじさんもメメの兄弟がいるかを調べてくれた。
いたけど、真っ黒の猫だった。

友達にも探すのを手伝ってもらった。
広告にも出して、八方手を尽くした。
でも見つからなかった。

メメはどこに行ってしまったんだろう。

メメが帰って来てくれるなら、ぼくの命と引き換えてもいい。
ロッコは魂の底からそう思った。

     

リーナは白い病室で目がさめた。
何だかいつもより清々しい気持ちだった。
看病に疲れ果てたおかあさんは、ベッドの横の椅子の上でつかの間の眠りに落ちていた。

初夏の葡萄畑をバックに子猫が一匹窓枠に座って、こっちを見ている。
「メメちゃんなのね。帰ってきてくれたのね」
リーナは声をかけた。
「メメちゃん、ベッドまで来て。あたしの枕元でおねんねして」

ネコは窓枠から降りるとベッドに這い上がってリーナの枕元にうずくまった。
少女は子猫を自分の胸のところに引き寄せた。
「やっとやっと、会えたのね。メメちゃんはきっとかえってくると思っていたのよ」


学校帰りのロッコがランドセルをしょったまま、足音を忍ばせて病室に入ってきた。
幼い妹は窓の方に顔を向けて目を閉じていた。顔には全く血の気がなかった。
天使のような安らかな表情で。

「ぼくだよ、リーナ」
そっと、2度呼んでみたけど返答はなかった。

「マンマ!起きてよ、リーナが!」
ロッコは叫んで、妹の顔に頬を寄せて泣きふした。(K)

| 猫.cats,gatti 100の足あと | 23:29 │Comments8 | Trackbacks0編集

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すむらけんじ

作者: すむらけんじ
ミラノに住む広告イラストレーターです。このブログは今まで飼った猫、今飼っている猫のことを綴ったものです。
作者は左耳は生まれつき難聴にかかり、人口内耳に踏み切るまでの耳の歴史、未来のことなども連載しています。

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