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イタリア猫ショートショート<あと13話>

topo



地下鉄のモツの死

R地下鉄駅に住み着く大ネズミ、モツが何歳なのか仲間は誰も知らない。

大きさは50センチはあろうか。

尻尾は縄張り争いのときに噛み切られ、そのため半分しかない。

耳も不自由だし、もう動きは鈍い。


野ネズミやドブネズミと一緒に、薄暗い悪臭漂うところで、自分は一生を終えようとしているのだと、
モツはぼんやり考えることがある。

素晴らしい、幸せなことなんて生まれて一度もなかった。

これからだってそんなことは起こらないだろう・・・



枕木の陰に隠れて、がらんとした昼下がりのホームを眺めていたときだ。

着飾った若い女がホームに立った。

その女は銀色の毛の猫を抱いていた。


ごくたまにホームで飼い主が連れる犬や猫を見たことはあった。

だが、こんなに美しい猫をモツはかって見たことはなかった。

見開かれた葵い大きな瞳は、驚きも恐怖もなく、周りを見回していた・・・



モツは恋してしまったのだった。

生まれて初めての恋・・・・

からだをレールの上まで乗り出したモツを、猫も気がついたようだった。

猫は不思議そうにモツをみている。


モツは瞬間、暗い汚い絶望的な過去をすべて忘れた。

自分の醜ささえ。

オレは天国にも昇る気持ちだよ、とつぶやいたとき、列車が突進して来た。(K)
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| 猫.cats,gatti 100の足あと | 05:53 │Comments7 | Trackbacks0編集

イタリア猫ショートショート<後14話>


california


ロッコ氏トマトの愛情物語

皆さんにロッコ・パパラチーノ氏をご紹介しよう。

ロッコ氏は農園学者。
農園をあちこちまわって、野菜や果物の育ち方を検査し、豊作に導く仕事に就いている。

彼は農園を歩き回って、野菜や果物や、さては花々に話しかける。
「諸君おはよう!」

「あれ、ちょっと顔色がわるいけど、風邪をひいたのかい?」
と、メロンに話しかけたりする。

ロッコ氏曰く、たまには彼らからの言葉も聞こえてくるのだそうな。

まだ、独身。もう30半ばだから、結婚相手がいたって不思議ではない年齢なのだが・・・



そんな彼にちょっとした、生活のリズムが変わってしまいそうな出来事がおこったのである。

トマト畑を歩いていたときのことだ。
真っ赤に熟れた鈴なりのトマトの枝の下に、何やらもぞもぞ動いている。

そーっと覗いてみると、なんと赤い子猫を見つけたのだった。

「お前の頭がもっと赤かったら、きっとトマトと勘違いしただろうよ」

ロッコ氏は家につれて帰って来てミルクを与えた。
体を拭いてやり、フォーンで暖めて居間の隅っこに籠をおいて寝かせてやった。


翌日、早起きのロッコ氏が6時半に目覚ましを聞く前に、彼は眼をさましたのだ。

「ハ、ハ、ハ、ハアクション!!」

なんと子猫が、ヒゲでロッコ氏の鼻の穴のあたりをモゾモゾ。

ビビビビー、そのとき、ぴったり目覚まし時計がなった。


ロッコ氏はポケットの中に子ネコを入れて仕事に出かけた。

彼が出て行こうとすると、トマトはミャオミャオ悲しげな声で訴えるので(彼にはそう聞こえた)、
留守番をさせるわけにはいかなかったのだ。


毎朝、出かける時間に、既にポケットの中で待っているトマト。

夜寝るときはロッコ氏の枕の上で眠る。
それも耳たぶすれすれのところに。
耳がかゆいなと思ってロッコ氏が小指で中をくるくるっとやると、トマトも前足で軽くくるくるする。

食事だって、自分独りで食べたりはしない。しっぽをきれいに巻いて、
ロッコ氏が食べるときに自分も食べ始める。
もちろんテーブルの上で。

ロッコ氏の食べるものは1から100まで何でも食べる。
チョコレートだって、豆のスープだって、リンゴだって、コーヒーだって、何でもかんでも。


「可愛いトマト・・・お前が来てくれて僕の生活は変わった。」
紺碧の空を仰ぎ、ロッコ氏は感謝の言葉をつぶやく。
そしてポケットの中でゴロゴロ喉をならしている子猫を愛撫しながらイチゴ畑を歩く。


トマトとは一生離れられまい。
結婚まで約束していたセレーナ嬢とも手を切った。
いや、セレーナ嬢のほうが去っていったのだった。



ところが・・・
この一心同体の愛すべきロッコ氏とネコに不幸な出来事が起こったのだ。

ロッコ氏は一ヶ月間、アメリカの農園の視察巡りをすることになったのである。
以前送った論文が賞をとったためだった。

ロッコ氏は悩みに悩んだ末、
結局は引き受けることにした。

アメリカの大自然と、桁違いに大きい農園を見ることは彼の憧れだったからだ。
将来はヴェネトの山中に農園を持つ夢もあったから、いろいろ経験もしたかった。

「トマトの面倒は私が見るから安心して行ってきなさい」
近くに住む弟思いの姉さんが激励してくれた。

そして、うし後ろ髪身ひかれる思いで飛び発ったのであった。


「ああ、トマトどうしてるだろう。ジャガイモ見てもイチゴ見てもトマトの頭を思い出すし、トカゲの眼見たって牛の眼見たって、トマトの眼を思い出すんだ」
カリフォルニアのでっかいカルチョーフィの畑の中で、ロッコ氏はため息をついた。

昼ご飯を差し入れしてくれたおばさんが言った。

「分かるわァ、いい方法ないかしら?ねえ、ミスター・ロッコの汗まみれのTシャツでも送ってあげたら?グッドアイデアだと思わない?飼い主の匂いで、トマトはあなたのことをずっと思い焦がれて帰国を待っているわよ」

ロッコ氏がおばさんの頬に感謝のキスの雨を降らせたことは言うまでもない。

「オレはなんて馬鹿なんだ。こんなことも気がつかずに。トマト、ごめんね」

農園巡りで汗びっしゃりのTシャツを油紙に包装を終えると、真夜中の国道を飛ばして、24時間営業の国際急行便SDWへ。

<マチルダ。汗の匂いのTシャツ送ったから、トマトにあたえてくれ。そそてどんな反応をしたか、すぐにメールをくれよね>


待ちに待った姉さんのマチルダからは、翌々日の早朝メールが届いた。

<大成功よ。トマトったら、ちょっとクンクンやってすぐあんたってわかったのね。それからがもう大変。気がふれたみたいに、体をこすりつけたり、首をつっこんでもぐりこんだり。朝、あたしが訪れたらシャツから首を出して寝てるの。おだやかな表情でね。
だから、たまには別のTシャツを送ってきてね。あんたって子供のときから、7人姉弟の中では一番体臭が強かったけど、それが功を奏するなんて>

メールに眼を通しながら、ロッコ氏が感動のあまり何度も眼がしらを押さえた。
毎日汗の匂いのTシャツを送ることに決め、スーパーに走って3ダースのTシャツを購入したのであった。


<あんた。毎日Tシャツが届くけど、ちょっとやり過ぎじゃあない?
トマトったら、毎日門のそばにいて、配達人を待っているの。一度、配達人がずいぶん遅れてきたんだけど、トマトは悲しそうに泣いて待ってたわ。だって毎日届くって思い込んでいるのよ。それはほめたことではないわ>

姉の忠告にも従わず、ロッコ氏は汗臭いTシャツを送りつづけたのだったが・・・



<大変よ。昨日送って来たTシャツに、トマトが変だったの。発狂したようになってね。牙をむき出して、びりびりにさいてしまってね、出て行ったまま朝まで帰って来なかったわ>

ロッコ氏ははっとした。思いあたることがあった。

2日前のあの夜は、メロン菜園の社長の娘に強引にけしかけられて、一夜を共にしたのだった。翌日彼女と手を取り合ってメロン畑を歩いていたら、また・・・その夜、下着を包装してSDWに駆け込んだのだったが・・・
彼女の匂いまで計算に入れてなかった。

トマト、強敵の匂いまでいただいてしまったのだ。


<トマトが落ち着くまで、数日下着送るのやめなさい。何か別の簡単な方法考えて>

「紙にワキガをよくしみ込ませて、手紙のように送る方法もあるのよ。これぞ、本当のラブレターね」
またまた、カルチョーフィ畑のおばさんのアイデア。
早速実行した。

『トマトは僕のもだ。お前に早く会いたい』と一言書いて。

<いいアイデアだわ。トマトったら抱いてねていたわよ。書いた一言もわかったみたい>
と姉からのメールが届いた。

<あたしも開けるのが楽よ。鼻つまんで小包開けるのも大変なのよ>



それを最後にロッコ氏からの匂いの特急便はぴたりと後をたった。

また10日経ったが、特急便はもちろん、ロッコ氏からの音信も止まったのだ。
姉のマチルダは心配だった。何回もメールを打ったり、何らかの問い合わせを試みてはみたが、なしのつぶてだった・・・


ロッコ氏から再びメールが入ったのは、一ヶ月上もたってからだ。

<マチルダ、驚かないでくれ。車の大事故にあったんだ。コロラドの山道を走っていたときのこと、ハンドルを滑らせて、崖から真っ逆さまさ。
救急車に運ばれて入院したけど、体中めちゃめちゃになったみたいだ。でも奇跡的に救われた。
杖をついて歩かなければならないが、もう大丈夫。
トマトは元気かい?トマトのことを考えると死ねないと思った>

数日後・・・

<明日、ミラノ行きの飛行機に乗る。
こんな事故のあと、トマトに会うのは嬉しいけど、辛い。
夕方着くけどタクシーを使うから出迎えには及ばないよ。
荷物は今日送り出してしまったから、ショールだダーバッグ一つだ。
家の鍵は昔のように、イチジクの木のくぼみに入れておいてね。
トマトとは独りで会いたいから>


ロッコ氏が懐かしい自宅の前でタクシーを降りたときは、初夏とはいえ、夕闇が迫っていた。


ロッコ氏は、イチジクの木の小さなくぼみから鍵を見つけると、そっとドアの錠に差し込み、ドアをあけた。

奥の居間の薄明かりをバックに、小さな動物が近づいてくるのが見えた。
トマトに違いなかった。

トマトは狂ったようにロッコ氏に顔や尾を押しつけた。

「トマト、よく待っててくれたな」

ロッコ氏は杖を壁に持たせかけると、電灯をつけ、トマトを抱き上げた。

トマトはロッコ氏の顔を見た。

そして鋭い声をあげると、爪をたてロッコ氏に飛びかかった。

そして巧みに腕から飛び降りると、矢のような早さでドアの外へでていった。

ロッコ氏の顔は整形手術のため、全く別人となっていたのだ。


『後談』
後味の悪い結末になってしまったけど・・・
3日後にトマトは戻って来ましたからご安心のほどを。

やっぱり、匂いはロッコ氏のものだからね。
これ以上確かなことはないってこと。

二人は昔のように幸せ。

ロッコ氏はもう農園にでることは無理となったので、コラムを書いたり、出版の準備をしたり・・・
膝の上のトマトを愛撫しながら、好きなオペラのアリアを聴いている。

匂いに生き、愛に生き・・・・(K)

| 猫.cats,gatti 100の足あと | 00:48 │Comments4 | Trackbacks0編集

猫ショートショート<あと15話>
antonio



聖カロータのヒゲ

「聖アントニオの炎」は恐るべき『帯状疱疹』のイタリア名である。

異様にして、ぞっとするような、何となく滑稽で笑いたくなるような名前ではないか。

聖アントニオってどんな人?

期限200年頃のエジプト生まれの聖人なんだ。
砂漠の中で隠遁生活をしてた人らしいけど、彼の行くところはどこでもチョコマカ付いてくる子豚と住んでいたそう。
その頃は地上には『火』というものがなかったそう?で、人々は真冬に寒さに震えて住んでいたんだって。

聖アントニオは地獄に火を貰いにいく。
大敵の訪問に悪魔たちは拒むが、子豚がさっと割り込んで入って地獄街を大暴れ。
聖人はめでたく火を手に入れて、地上に戻る事ができたという話。

それが、『帯状疱疹』とどう関係があるの?

さあ・・・そこまでは・・・調べておこう。

聖アントニオ祭りの日には、馬に乗って火の中を潜ったりする競技もあるんだそうな。


(日本にだって、炎のファイター・聖アントニオ猪木がいる)


その『聖アントニオの炎』にボクがかかったときのことを話そう。

2年前の真夏、7月の半ばだったと思う。
それはもう、暑い暑い惚けてしまいそうな夏の始まりではあった。

何となく皮膚がむずがゆいのから始まり、あれよあれよと赤い染みみたいのが段々増えて行く。
ちくちく傷みも感じる。
いずれ治るだろうと油断したのが間違いだった。


よろい戸から強烈な太陽が射し込む遅い朝。
ボクサ一ひとつでだらしなく転がって、ぼんやりと眠気の余韻を味わっていたときだ。

猫のカロータが登場。
ゆっくりと寝室を横切ってこっちに向かってくる。
ひょいとベッドの上に飛び乗った。
飯の催促をしに。

ギャ~ァ!

真っ赤なヤケ鉄棒をじゅっと脇腹にあてれたような・・・

何とカロータのヒゲの先っちょが、ふ~っと脇腹にほんのちょい触っただけだったのだ。ちょっとだけ。


トイレに駆け込み大鏡に自分の肢体を移してみたら・・・

胸の真ん中から脇腹にかけて背中にいたるまで、サルでニア島、四国、佐渡島、インドネシアや名も知らぬ島々が転々と赤い不気味な染みとなって広がっていたのだった。たった一晩のうちにである。

「これは、xxxという病気です。早めに治療すれば直ぐ治るよ」

「先生、これ、聖アントニオの炎とやらでしょう?」
この不気味な病名は、今朝、すでに友人から聞いていた。

「ずばりそう。いい薬があるから直ぐ治るとも」
「早めって、一週間くらいで?」
一週間後に南スペインにヴァカンスが控えている。

「あっはっはっは!!!」
医者は豪快に笑った。
「この夏は海に入れないかも知れんぞ。一ヶ月はぜったい無理。太陽は危険だ!」

目の前が真っ暗になる。
航空運賃はすでに払い込んである。

じゃあ,この夏は閑散としたミラノで、猫とたった二人でひっそりとお留守番ってわけか。

それにしても恐怖の猫のヒゲではある。
寝室のドアには鍵をかけなくてはならない。
危険はいっぱいだ。

だが、ものは考えよう。
真夏でよかったよ、素っ裸でいられるもの。

局部は敏感なこと例えようもなし。
この病になった者にしかわからない。
薄っぺらのTシャツだって、紙ヤスリのTシャツと触感はおなじなのだ。

危険は、呪うべき聖カロータのヒゲだけである。


ともあれ、聖アントニオの炎と聖カロータのヒゲに恐れおののく本格的夏が始まろうとしていた。(K)





| 猫.cats,gatti 100の足あと | 23:35 │Comments6 | Trackbacks0編集

イタリア猫ショートショート<あと」15話>



vecchi


ヨハンという名のネコ

老人の名はセルジョ。88才。

「わしはもう生きてることに疲れたよ」
こう口癖の毎日なのだ。
かといって、無趣味な退屈爺さんってわけではない。

たまにはバッハのブランデンブルグ協奏曲に聴き入ったり、めったに行かなくなった蚤の市でアールヌボーのヌードのブロンズを買ってきてどこに飾ろうかと家中をうろうろしたりする。

「外出意欲が減ってしまったのが、老いを加速しているのです」
たまに来てくれる医者は言う。


手伝いの女、アラがもらってきた、生まれて数ヶ月の子猫を飼っている。

ありふれたキジ猫だが、尻尾の先の白い部分がやたらと長いのが特徴だ。
名前はヨハン。
バッハが好きだからヨハンにしたってことなのだろうが、苦心してつけた名前でもない。

「ヨハンって名前のネコが昔いたような気もするな」
ぐらいの程度なのである。

ご老人独りではさびしいでしょうから、猫だっていないよりマシですよ・・・とアラは言う。


*

「セルジョさん、今、公園の中を横切っていたら、ヨハンとそっくりの猫を見たんですよ。本当にそっくりだったの。ヨハンたら、尾の先っちょの白いところが変わってるでしょ。でもねぇ、その猫、お年寄りの女性に体を寄せるように寝ていたし、彼女に失礼かと思ってあまり近寄って見ることもできなかったわ」

女性、と聞いてセルジョ氏の白い長い眉毛が、ネコのひげのようにぴくっと動いた。
だが、ドンドロでうとうととしていた老人は、聞き流したまま本格的に寝入ってしまった。

ほぼ半日留守をしていた猫のヨハンは夕方戻ってきた。家政婦が用意して帰った餌に目もやらず、籠の中で丸くなって寝てしまった。

       *

20年前に他界した奥さんとの金婚式の記念にもらって植えた杏の木。
30センチくらいの苗木だったのに伸びに伸びて、庭の隅にこんもりと影を作っている。

杏の木の下の籐椅子で眠っていたはずのヨハンは、午後には姿を消した。今までだってそうだったのかもしれないが、注意して見てたたことなどあまりなかった。

ところが、今日はちょっと気になった。
昨日、家政婦のアラが言ったことを思い出したからだ。我が家の猫とそっくりなのが、女とベンチで休んでいたってことを。
セルジョ氏は杖をつきゆっくりと公園の方へ歩いて行く。
昔は女房と2人でよくここを散歩をしたものだった・・・
百年も経っていそうな唐草模様のベンチに腰掛けて、それぞれの本を読みながら、老夫妻は午後を過ごしたこともある・・・

そのベンチに老女が座って本を読んでいる。

淡いピンクのワンピースの品の悪くない女。

ふっと、亡き女房のことが目に浮かんだ。
一匹のキジ猫がぴったりと体を寄せるようにして眠っている。
わがヨハンにちがいない、または違うかもしれない・・・

老人は麻の夏帽子の先っちょをつまんで会釈し、空いているスペースにやっとこさ、と腰を下ろした。
「いいお天気ですなあ。」
「そうですわね」
老女も彼のほうを見て言ったが、読書に集中しているらしく、すぐに本に目を落として読み続けている。
愛想が悪い女だ。

自分ほど年をとってはいまいが、綺麗な顔立ちだ。

老人はしばらくしてまた口を切った。猫に向かって小声で言う。
「お前はうちのヨハンとそっくりだな」
眠っていた猫の耳がぴくっと動いた。

いきなり老女は本をバッグにしまい立ち上がった。

「午後からお天気がいいといつも、ここで本を読みますの。もう日が傾きはじめたので帰らないと。それではまた」
猫はセルジョ氏の顔とをしばらく見ていたが体をすりつけてきた。
そしてベンチからとび降りると、老女の歩いて行ったほうに姿を消してしまった。


翌日の午後。
老人は又杖をついて公園まで行ってみた。

「こんにちは。ご機嫌いかが?」
老女は今日よりずっと愛想がよかった。

「この猫はうちのヨハンのようですがね」

「まあ、そうでしたの。我が家の近くで折々見ましたので、ポルペッティーノやお菓子を上げたりしてたら、そのうち家の中まで入ってくるようになり、すっかりお友達になってしまって。私が公園にくるときも、ついてくるようになりましたの。ネコちゃんの名前は?私はヨハンと呼んでますのよ。昔飼っていた猫がヨハンって名前だったものですから」

「ほう、そうですか。実はこのネコはヨハンって名前なんですよ。偶然ですなあ」のんびりと驚くセルジョ氏。

「本当に偶然ですわねえ」とニコニコ顔の老女。

「ヨハンがご迷惑をかけているようですな。いえね、よくいなくなってしまうので、不思議だなって思っていたところなんです。ところであなたのお名前をお聞きしてもよろしいかな?私はセルジョ・トニーニと申します。」

「わたくしは、ロベルタ・ヴィナーリ。どうぞよろしく」

老女はゆっくりと念を押すように自分の名を言った。

それ以来毎日というわけではなかったが、2人は公園のベンチや公園の中のガラス張りのティールームで会ったりして少しずつ親交を深めていった。彼女は若い頃から趣味でやっていた人形作りをボランティーで教えたりしているという。
スイス人と結婚してベルンに住んでいたが、独りになって一年くらい前にこの街へ戻ってきたということである。
「やっぱり最後、終着駅は自分の生まれ故郷ですわねえ」
「そうですな。わたしもロンドンに結構長くいたけれど・・・」


・・・こんな女性と茶飲み友達になれて私はついてたよ。
仲良く一緒に暮らしても悪くはないな。我が家には大きな寝室が二つあるんだから。たまに遅くまでバッハを聴いててもわずらわすことはあるまいて。

老人はそんなことまで考えた。


       *

セルジョ氏は妹のジュリアとレストランで食事をした。

彼女は一年ぶりに兄を訪ねて来たのだった。
まだまだ元気で運転もするし旅行もするし、本もいっぱい読む。

兄はちょっとはにかんでロベルタのことを話した。
「こんな年でガールフレンドが出来るとはな」

「若い頃から浮気男で有名だったけど、こんな年でわくわくするなんて、やっぱり兄さんらしいわねえ」
「まだあるんだ。うちのネコがいつの間にか彼女に厄介になっていてね、彼女はヨハンって呼んでいたそうだよ。すごいぐうぜんだろ?昔飼っていた猫の名前なんだってさ。寄寓だね。そうは思わないかね?」

子供のように他愛ない兄に妹のジュリアは妙な顔をした。
「偶然に?本当なのそれ?その人何て名前?」
「ロベルタ。えェーと苗字はと・・・」

ジュリアは思いめぐらせていたが、
「ヴィナーリ・・・じゃない?」
「そう、ずばりそんな名前だったな。お前またどうして?」

ジュリアの表情が厳しくなった。彼女は周りに聞こえないように声を落とす。
耳の遠くなった兄のために、耳たぶにくっつけんばかりだ。
「昔むかし、兄さんに惚れてた女、そんな名前じゃあなかった?」

「ロベルタって子が私に惚れてた?全く覚えがないねェ。それにロベルタなんて、北イタリアでは掃いて捨てるほどある名前だから、いちいち覚えてはおれないよ」
「60年前に兄さんが10人のロベルタに恋されたとは思えないわ」

ジュリアは軽くワインを染ませながら続ける。

「兄さんは男前でひょうきんだから、大勢のファンがいたみたいだけど、ロベルタの熱の入れよう格別だったのよ」

・・・兄さんからは見込みなしで自殺まで図ったて聞いたわ。でも一度、彼女から兄さんに取り合ってくれって頼まれたこともあるの。あたし断ったわ。兄は浮気者で結婚なんてまじめに考えない人だから、そんな頼まれごと嫌だって。そしたらね、ロベルタはすっごい形相で私をにらみつけて行っちゃったの。65年も前のことなのにわたし、ちゃんと覚えてるの・・・

とまではさすがに兄には言わなかった。おっとりした老兄に聞かせたくなかった。

「そんなこともあったのかい。若さ・・・65年前か。わたしは全く記憶にないね。お前の記憶力が異常なんだよ」
「この年になっても、記憶は抜群いいほうですからね」

兄妹はレストランを出て、タクシーで家のほうに向かう。

公園にさしかかったとき、ジュリアは車を止めさせた。

「兄さん、ここから歩いて帰りましょうよ」
二人は互いにいたわるように寄り添って歩いた。
ジュリアはロベルタという女が見たいのだ。

だが、ロベルタの姿は見えなかった。そして、ネコの姿もなかった。
「わたしがここを通るときは、必ずこのベンチにいるんだけどね」
セルジョ氏は残念そうに言う。

私たちがここを通るのを、ロベルタは知っていたみたいね・・・
ジュリアは呟いた。

アラは客用の寝室の支度をしていた。
今日から数日間ジュリア夫人が宿泊することを前もって聞かされていたからだ。
二人の女は再会の喜びを分かち合った。

「ヨハンはどこ?」
「杏の木の下で休んでいるようですわ」

「アラ、寝室が終わったら地下室に来てくださらない?ちょっと探し物をするので手伝って欲しいの」

地下室はとても大きく、古い家具やシャンデリアや置物がびっしり詰まっている。ジュリアはその家具を注意深くよけて奥に進み、もうひとつの小部屋のドアを開けた。
カビの匂いがいっぱいにひろがって彼女は思わずハンカチを顔にあてた。そこにはほこりにまみれたコモや本や木の箱などがあった。

「ここで何か見つかるかも知れないわ。何しろ、物を廃却しないのは、トニーニ家の家風だったからね」
ジュリアは一人ごとを言った。

大きなアルミの箱が見つかった。箱中兵士や飛行機などのカラフルなイラストが散りばめられていている。結構大きな箱で、彼女には見覚えのあるものだった。
これは兄専用の箱だったのだ。と言っても母親が勝手にそうしたのだったが。

ジュリアは慎重にふたを開けた。中にはびっしりと書類のようなものや、手紙、絵葉書、メモやスケッチ風なもの、山男たちのグループ写真や、少年がスキーをやっている写真などがいっぱい入っていた。この箱の中に兄の青春がぎっしり詰まっているのだ。

母さんに感謝するには、私たちはもう年をとり過ぎている・・・と、また独りつぶやいた.

彼女は写真を一枚一枚慎重に見ていった。
ふと、女の子の写真が出てきた。20歳前後の醜くもそれほど綺麗でもない普通の娘。
「ロベルタだわ」

茶色く変色した写真の中の女はクラスメートのロベルタに他ならなかった。
写真の娘は子ネコを抱いている。

「わたしの大好きなセルジョにこの写真を贈るわね。
可愛いヨハンといっしょです。(あんたがバッハのファンというのでこの名にしたの)

あなたを心から愛するロベルタ」


埃にまみれた裸電球の下でいろんな思考が駆け巡った。
箱の中を改めてあさっていたが、ロベルタらしき写真はもうなかった。

それにしても実にたくさんの未開封の手紙がある。

だらしない兄はいちいち開いて読むことをしなかったのだろう。
裏の差出し人を見てオヤッと思った。何とそれは自分の夫からのものではないか。
彼女はすでにこの世を去った夫の手紙を開けた。

「親愛なる未来の義兄セルジョへ。
借りてる金はもうしばらく待ってくれないか。今、キリキリなんだ。年末までにはきっと返す。ジュリアには極秘だ。婚約破棄になったら困るから。頼むよ」

ジュリアは吹き出してしまった。
こんな手紙も開封されずに半世紀、こうして眠っていたことがおかしかった。

返済を延ばして欲しいとか借金申し込みの手紙は他にいくつかあった。
兄は仕事以外はだらしなかったが、友人たちには寛大でもあったようだ。

女にも男にももてたセルジョ。ほとんどの友人はすでにこの世を去って、独り残された兄セルジョがいとおしかった。残っているのはロベルタだけなのだろうか。



ついに・・・未開封の手紙の中からロベルタの封書を見つけたときジュリアの心臓は高ぶった。

「あんたは誰とも婚約しないと言いながら、さっさと結婚してしてロンドンに転勤するという。絶対に許せない。あんたを憎むわ。一生憎むわ。あんたみたいな女たらしは地獄にいけばいい」


「ジュリアさん、わたしに何かお役に立つことがありますか?」
はっとして振り返ると手伝いの女アラが立っていた。
瞬間、ロベルタが立っていると錯覚したほどだった。

「いいえ、もういいのよ。兄はどこに?」
「寝室でおやすみですわ。毎日2、3時間はご休息のようです」

「さあ、上に行きましょう。話したいことがあるの」
ジュリアは腰を上げ、先に立って階段を上っていった。
     
          *


「ネコをもらってきたのはあなたなのね?誰かにそうしろと言われたの?」
ジュリアの短刀直入の質問にアラは驚いた。

「それと、ヨハンの名づけ親はあなたなの?」
「そんな!ヨハンという名前は旦那さまが考えられたのです。何だかそんな名前のネコが昔いたような気がする・・・などとおっしゃって」
ジュリアは先ほど見たロベルタの写真を思い出していた。

名前はヨハンにしたの・・・
アラの言うことが本当なら、兄の記憶の中にあの名前のことがどこかに残っていたのだわ。ロベルタのことは忘れてしまっていても。

「ジュリアさん。隠してても仕方ないことですから、一切合財お話しますわ」

アラはコーヒーをジュリアに進めてから、ゆっくりと話しだした。

「ロベルタはわたしの叔母なのです。未亡人になってスイスからこの街に戻ってきて一人暮らしですが、苦しい家計のわたしたちにも援助してくれる、優しい人なのです。
わたしがセルジョ・トニーニさんのところで働いていると知ったとき、とっても驚いて、彼にあってみたいなどと申していました。
若いとき、もう60年も前に、叔母はセルジョさんに熱烈恋したそうですが、人気者のセルジョさんは女性たちに囲まれて、全く関心をしめしてくれず、そのうち結婚されてロンドンに転勤されたとか。叔母はとっても辛い時期を過ごしたそうです。

そんなに懐かしいのならどうして会いにいかないの、淡々とした気持ちで?、と言ったら、わたしは昔、失望のあまり中傷の手紙を送った、セルジョさんは今でもそれを覚えておられるかもしれない、会う勇気がないわ、などというのです。
セルジョさんがお独りでお暮らしなのをとっても不憫に思って、子猫をプレゼントしたいと言い、名前が決まったら教えてねと言われました。旦那様がヨハンとと名づけたと伝えたら、とってもびっくりしてました。昔、自分が飼っていた猫と同じなまえだったのです。

わたしは午後旦那様がお休みのときに仕事が終わると、子猫を籠に入れて叔母のところに連れて行くことがありました。ネコは賢く、そのうち独りで叔母のうちにいけるようになったのです。何しろ叔母は可愛がっておいしいものもたくさん与えていましたから、なつくのも当然でしょうね。

ある日、わたしは初めての再開のチャンスを企てました。いつも叔母が本を読んでいる公園です。

旦那様が入らしたとき、叔母はもう緊張してしまって、そそくさと帰ってしまいましたが、翌日からはもっと自由に話せたそうです。でも旦那様は叔母の名前も全くご記憶なく、そのままの親しい友情が始まったとのことです」


           *

「今日もロベルタは来てないなあ、どうしたんだろうねえ、ジュリア?」
3日もロベルタは姿を見せない。セルジョ氏は子供のような口ぶりで失望を伝える。

           *

「ロベルタはもう4日も姿を見せないのよ。どうしたのかしらね」

「実は叔母は風邪をこじらして寝込んでましたの。もう回復に向かっているようですけど」
「どうしてそれを言ってくれなかったの?」
「どうしてって・・・ジュリアさんは、あまり叔母のことを・・・」

           *

「兄さん、ロベルタは風邪で寝込んでいたらしいの。ヨハンを連れてお見舞いに行ってあげたら?」(K)

| 猫.cats,gatti 100の足あと | 22:56 │Comments3 | Trackbacks0編集

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すむらけんじ

作者: すむらけんじ
ミラノに住む広告イラストレーターです。このブログは今まで飼った猫、今飼っている猫のことを綴ったものです。
作者は左耳は生まれつき難聴にかかり、人口内耳に踏み切るまでの耳の歴史、未来のことなども連載しています。

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