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猫ショートショート
<あと75話>
stanza




猫のいる部屋
オレンジ色のバラを買った最後の客が店を出て行くころ、そろそろ閉店の時間になっていた。
ロムが一息つきながら、通り過ぎる人や車をぼんやりと眺めていたときだ。

店のまん前に一台の黒い高級車が止まった。
運転をしていた背の高い女が降りてきて、ロムに言った。

「くちなしの鉢植えを届けてほしいの。明日の夕方7時に。時間は守ってちょうだいな」
店の奥にいた主人に金を払い、ロムに住所をメモした紙片を渡すと、女は再び車に乗り込んだ。

ロムの目が車の後席に何気なく移ったとき、顔色の悪い痩せた女と目があった。
異常に大きく病的な瞳のこの女もロンを見ていたようだった。
車が動き出すと、女は目をそらした。

翌日の夕方、ロムはメモされたアドレスへ、自転車でくちなしの植木を届けに行った。
市内でも有数な高級住宅地で、石畳の広い通りの左右には、古風でいかめしいアパートが並んでいるところだ。

約束の7時かっきりに、ロムが門のブザーを押すと、返事はなく大きな鉄の門がギーイっと音を立てて開いた。
門番はロムの訪れを知らされていたかのように、エレベーターのところまで案内してくれた。
最上階で降りると、例の背の高い女がドアのところに立っていて、ロムをサロンに導いた。
鉢植えを床に置き、帰ろうとするロムに女が初めて口を利いた。

「しばらくここで待っててちょうだい」
ロムはソファーに座って待っていたが、誰も現れず、夕日がかすかに部屋を明るくしていた。
くちなしの香りを鼻腔に感じながら、彼はそのまま眠ってしまったのだった。
            *

誰かに胸の辺りを触られている気配で、ロムは目を覚ました。
自分の胸にすり寄っているのは、一匹の白と灰色のぶちの猫だった。

ロムが両手で取り上げて抱きしめると、猫は顔をすり寄せてきた。
アーチ型の大きな窓から、朝の光が部屋いっぱいに差し込んでいる。
天井の高いとても立派な部屋のベッドに、自分が寝かされているのをそのとき気がついた。
広い室内を見回すと10匹くらいの猫が、ものめずらしそうに彼を見ていた。
トラ猫や、白黒のぶちや、いろんな色の猫が、思い思いにポーズを取って、ロムを見ているのだ。

どの猫も立派で、美しい姿をしていた。大理石の彫刻が施された暖炉の上や、棚の上や、楕円形のモザイクのテーブルの上、または優雅なソファーの上に猫たちは思い思いのポーズで休んでいた。

ドアが軽くノックされて車椅子の女が入ってきた。昨日、黒い車の後席にうずくまるようにしてロンを見ていた女に違いなかった。彼女の下半身はかけ布で覆われていた。車椅子を引いてるのは、あの背の高い女だった。

「何にも心配することはないのよ。食事ができているのでキッチンにいらっしゃい」
車椅子の女はにこりともしないが、思いやりのある声の調子で言った。

新しい服を与えられて、キッチンに行き、この主人らしい女と食事をした。
貧しいロムが今まで口にしたこともないような立派な食事だった。トースト、玉子焼き、野いちごやベリーズのママレード、ミルク、オレンジジュース、珍しい果物。

「あなたに猫たちの面倒を見てもらいたいの。どの猫もとってもおとなしくお行儀がいいし、私の愛する猫たちなの」
女はリリアンと名乗った。彼女はすでにロムの名前を知っていた。

リリアンはこれからロムがしなければならないことなどを、ゆっくりと話した。その大きな瞳をロムから一時も目を離そうとせずに。

こうしてロムは猫の世話をしたり、昼寝をしたり、テラスの花に水をやったり、ネコたちと一緒に音楽を聴いたりしながらの生活が始まった。日々は過ぎ去っていったが、ロムは帰りたいなどと悩むことはまったくなかった。

ある夜、もうそろそろベッドに入る時刻になっていた。
ロムがテラスから出て寝室に向かっていると、どこからか女のすすり泣きを聞いたような気がした。
長い廊下の突き当たりのドアが少し開いていて、光が漏れている。

ロムがそっと中を覗いてみると、リリアンがソファーに沈み込むように座っている姿を見た。

「どうしたんだい?どうして泣いてるの」

女は涙を拭きながら、
「なんでもないの。ちょっと寒いだけよ。暖炉に火をおこしてくれないかしら?」

ロムは言われたように火をおこした。
「お願い。寒いの、あたしを抱いて。あなたの体温がきっと暖かくしてくれるわ」
ロムは躊躇したが、彼女の後ろに回ってそっと抱きしめた。
「いい気持ちだわ。あたしをベッドまで運んでいただけないかしら?」

ロムは再び前に回って、両腕で彼女を抱きかかえた。
かけ布をかけたままのリリアンの下半身は骨さえもないのではないかと思われるほどだった。
ロムは注意深く彼女をベッドに横たえた。

「ロム、しばらくここにいて。あたしを抱いて。眠くなるまで」
ロムもベッドに入り、後ろかやせ細った体をしっかりとだきしめた。

「気持ちいいわ。あたし、あなたのこと大好きよ。あなたの黒い瞳と黒い髪。大理石のような白い肌・・・ロムってとってもやさしいのね」

ロムは片手で抱きしめ、もうひとつの手でやせ細った体をやさしくなぜた。
体にはほとんど肉がなかった。特に足のほうに。
彼は彼女のことを本当に不憫に思って、心をこめて抱いた・・・

ロムはかすかにリリアンの体温を感じながら、すっかり記憶の外にあった故郷の弟妹のことを思い出した。

海を越えてこの国にやって来たのは自分だけだった。弟妹は今どうしているのだろうか。そんなことを考えていると、目がしらが熱くなった。
やがて一滴の涙が頬を伝わり、女の首筋に落ちた。

「あなた、泣いてるのね」
「遠く離れている弟や妹のこと思い出したんだ」
「帰りたいの?」
「・・・うん」

      *

寝室に戻ってきたとき、ロムは窓から射し込む夜の光を頼りにベッドのほうに歩いて行こうとした。夜、明かりをつけることはリリアンに硬く禁じられていたからだ。

ロムは暖炉の上の鏡を見た。だが、暗くて自分の姿を見ることは不可能だった。
それでも彼は鏡に向かって独り言をいった。
「お兄ちゃんは帰ってくるからな。待っていな」

自分の声と同時に猫がミャオミャオとつぶやいているような気がした。気のせいだったのだろうかなどと思っているうちに、深い眠りに落ちていった。

朝、目が覚めたとき、すでに日の光が広い室内に射し込んでいた。

室内を見回して、ベッドに見知らぬ若者が寝ているのを見て驚いた。
おや、変だな?ベッドでは自分が寝てたんじゃあなかったっけ。

若者も目が覚めたようだった。

ロムは若者に挨拶をしようと思いベッドに近づいた。青い瞳の美しい若者だった。
ベッドに飛び乗ったロムを若者は抱き上げて、快活に言った。
「チャオ。素敵な黒ネコくん、はじめまして」

そのとき、ドアがかすかにノックされ、車椅子に乗った女が入ってきた。
車を引いているのはあの背の高い女だった。(K)

| 猫.cats,gatti 100の足あと | 12:18 │Comments3 | Trackbacks0編集

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コメント

猫のいる部屋のこと
とても参考になったよ。読後すぐの感想はやっぱり説得力がある。
ロムの今までの生活環境、リリアン、背の高い女(彼女はタダの無表情の付き人にすぎないんだけど)
の描写を整理してみる必要ありと思う。ショートってそういう所が難しいよね。
最後の所で驚いてくれたことはうれしい。(K)

2009.06.11(Thu) 12:16 | URL | カロ|編集

カフカもどき?
沢山いた猫たちは全てもとは人間だったのか、という最後の落ちがすごいね。カフカもどきだよ。ただリリアンとロムの愛情交換はもっと描いても良いんじゃあないのかな。ポルのまがいとまではいわないけどね。浦島太郎のように楽しいことの連続で時を忘れ、ある日突然ふるさとのことを思い出す、という設定の方が説得力あるんと違う?。
ところで背の高い女は一体何者なのかね?
実は猫使いの女だったというのもありかなあ。

2009.06.11(Thu) 05:23 | URL | t-kuro|編集

ロムの立派な食事の内容が当たり前すぎちゃう! だって私がいつも食べてる物なんですが・・・・あはは。
食器の豪華さを書いたらドウかしら?
夜泣いている彼女の肩にいきなり手をかけるのは早すぎません?確かに屋敷に住んでから時間は経っていますけれど いきなりすぎる感じです。
やせ細った足と書いたほうが下半身よりいいカモ?!
家に帰りたくなると猫になっちゃうお話。ニャンとも すごいミステリー!ドッキリでした。登場人物の名前も良く思いつきますネエ!最初の部分の部屋の様子の描写は素敵と思います。頑張って また次を楽しみにしています。

2009.06.09(Tue) 07:16 | URL | fumiko|編集

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すむらけんじ

作者: すむらけんじ
ミラノに住む広告イラストレーターです。このブログは今まで飼った猫、今飼っている猫のことを綴ったものです。
作者は左耳は生まれつき難聴にかかり、人口内耳に踏み切るまでの耳の歴史、未来のことなども連載しています。

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