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短編小説『人形』 1

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 イタリア語通訳と翻訳の仕事をしている私は、帰国したときは東京に留まることが多く、目黒の小河夫人のマンションに居候させてもらうのが、常となっていた。

小河夫人のマンションは小田急線の駅からほど遠くない閑静な住宅街にあった。
落ち着いた環境と便利さで、私はとても気に入っていた。
10才以上も年上の夫人は私の姉と女子大学時代の親友で、そんな関係から私を弟のように面倒をみてくれていた。

 私はいつも、小河夫人が『人形の館』と呼んでいる小部屋のソファーベットに寝かされたが、その部屋には、ずばり、数えきれないほどの古い人形が飾ってあった。

  夫人が何年もかけて集めたものだそうだが、日本人形、西洋人形などの結構古いものや、眼の無い人形、裸の人形や、かた腕のない人形もあり、『館』の名に相応しい一種独特の不思議な雰囲気をかもし出していた。

 実を云えば、その中には私がイタリアから持って帰って来た人形も一体あった。
  それはたまたまミュンヘンの骨董店で見つけた、ステイナーの男の子の人形である。小河夫人から、
「男の子の人形は以外と少ないのよ。そんなに簡単に手に入らないの」
と、聞いていたのをたまたま思い出して、プレゼントに買ったものであったが、彼女は大喜びして、あたしもいい人形があったら、流太にプレゼントしたいわ、などと云った。

  ある年、横浜での某国際会議で仕事を終え、ミラノへ経つ最後の数日を、いつものように小河夫人のマンションで厄介になっていたときのことである。
  彼女は私のためにベッドを作ってくれたあと、人形の群れの中から一体の市松人形を取り出た。

「流太、この人形どう思う?」

 その人形は五体揃ったまともな仲間達の中では、もっとも貧しいものに見えた。
 以前は藤色に沢山の花模様のあったにちがいない、豪奢な着物はすっかり色褪せてほころびが多く、しかも茶色に変色してしまった髪の毛があちこち抜けてしまっていた。

「とってもいい顔しているけど・・・」

  夫人ほどには人形に興味を持てない私は、質問に少々困ってしまった。
  それでもじっと眺めていると、まずしい着物や抜けてしまっている髪毛にも冒されない、まるで、飛鳥時代の仏像を思わせるような、やさしさと気品を感じさせた。

「美と静寂をとことん追求した人形師の技、他の人形とはちょっと違うね」
 私は思いつく限りの大袈裟な表現をした。

「やっぱりね。さすが流太だわ」
 そして彼女はこう言ったのだ。
「これ、流太にプレゼント。ミラノに持って帰ってね」

  私にその気があるかないか聞きもしないで、夫人は勝手にそう決めてしまった。
 夫人の説明によると、彼女の三味線のお師匠さんの発表会の準備と接待を手伝ったとき、心付けの金一封と、彼女が以前から眼を付けていたこの人形をプレゼントしてくれたのだそうだ。明治、大正初期のものらしく、
「結構価値もある物らしいの」

そして、「可愛がってあげてね。人に上げちゃったりしちゃあだめよ」
 夫人は、やや念を押すように言った。


  ミラノに戻って来て、さて、その人形をどこへ飾ろうかと迷ったが、結局はサロンのComo(コモ)の上に決めた。
  コモは日本の箪笥と全く同じ形式のものである。四段の大きな引き出しが付いていて、高さは一メートルとちょっとある、クラッシックな典型的イタリアの家具である。
 白一色のモダンで殺風景なサロンに、味わいをもたせるためにノミの市で購入した、我が家の数少ないアンティックの一つである。

 いつの間にか、人形は飼い猫のポの戯れの相手にされてしまった。
 ポは、すっかり人形に魅せられたらしく、コモに飛び上がると人形にじゃれつき、すでに少なくなっている髪毛に奥歯をからませて、食いちぎったりした。

 私は最初は怒って猫を追い払っていたが、そのうち面倒くさくなり、やるがままにさせていた。

  そして、とうとうある日、ポは勢い余って人形をコモから板張りの床へ落っことしてしまったのだ。
 幸い破損はなかったが、仰向けになって薄い髪毛の間からじっとこっちを見つめている人形の表情が、何となくうす気味悪くて、このまま飾っておく気には到底なれず、私は物置のずっと奥のほうにしまい込んでしまった。

                                      *

「ミズちゃん、ワイン取って来てくれない? 好きなのを選んでくれていいよ」

  久しぶりに夕食に訪れたミズに、物置きにワインを取りに入ってもらった。ところが彼女は、あっさりと人形を見つけてしまったのである。サロンに持って来て、しげしげと眺めているミズに、私は驚た。

「あれ? 君、人形をよく見つけたね」
 それには答えず、ミズは随分長いこと人形に見入っていたが、やがてほっとため息をついて言った。

「不思議ねえ、この表情。仏様みたいだし・・・でもやさしい表情だけど凄みもあるわね。流太、これ何処で手にいれたの?」

  ミズに言われるまでもなく、猫に喰いちぎられて僅かになった髪毛のなかから、じっと微笑みかけている人形の表は、あらためて震撼とさせるものがあった。だから、眼の届かない物置きの奥に入れてしまったのだ。
  私は人形コレクターの親友の小河夫人にもらったことや、髪の毛がもともと少なかったのに、猫のポにやられて、こんな不様な姿になってしまったことなども、笑いながら話した。

「髪の毛なんてどうにでもなるのよ。そんなことより、あたし、今まで随分古い市松人形見たけど、こんないい顔には、めったにお目にかかわらなかったわ。じっと見入っていると吸い込まれそう」

  ミズはこの人形に一目惚れしてしまった、と私は思った。私は、欲しければ持って行っても構わないよ、と口から出そうになるのを、やっとの思いで我慢した。さすがに、小河夫人との約束を裏切る気にはなれなかったからだ。

「あたし、いいこと思い付いたわ!」
 ミズが、何かいいアイデアが浮かんだりしたときにする、例の頓狂な声を上げた。

「此の人形の髪毛を作ってあげる。勿論本物の髪気でよ。イタリアに来てすぐ、ペルージャの語学学校に通っていたときだけど、同じ部屋に下宿していたマレーシアの女の子、腰のところまで届きそうな、それは見事な髪をしてたの。
 ある日あたし、彼女に頼まれて切ってあげたんだけど、切り取った髪、捨てるのが惜しくってね。今でも大切に持っているのよ。その髪で、この人形の頭を作るわ。胡粉塗りの顔だって年期が経っているので味わいがあるけど、いくらか汚れは取れると思うの。きっと見違えるようになるわ」

  そうまでしてくれなくても、と言いたいところだったが、私は黙っていた。一度言い出すと、絶対後に引かないミズの性格を知っていたからだ。
 だから望むままに人形を持って帰らせた。 だがその後、ミズはすっかり人形の事を忘れてしまったかのように、ひと言も言わなかった。

 私はミズの気紛れな性格を知っていたから、もしかしたら、永久に人形を返してはくれないのではないだろうか、などと思いはじめ、少し不安になった。再び小河夫人のことを思い出し、ミズに持って行かせたことを後悔した。(つづく)

                                        

| 『人形』 | 22:24 │Comments0 | Trackback-│編集

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すむらけんじ

作者: すむらけんじ
ミラノに住む広告イラストレーターです。このブログは今まで飼った猫、今飼っている猫のことを綴ったものです。
作者は左耳は生まれつき難聴にかかり、人口内耳に踏み切るまでの耳の歴史、未来のことなども連載しています。

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