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猫ショートショート/ あと69話

yanaci

同居猫ヤナーチ 

靴とコートを放り出し、狭いベッドに疲れた身をなげだそうとした時、腹を空かせた猫のヤナーチが、のっそりと窓から入って来て、若者の足許にすり寄った。
「おまえ、腹へってンだな。今日はネズミの収穫はなかったのかい?」
若者は人間に話すように声をかけ、冷蔵庫を開けた。

冷蔵庫の中には人間のためにも猫のためにも、何も食い物はなかった。

「あ、お前運がいいぞ。いい土産があるんだ」

サンドイッチの食べ残しを持って帰って来たのを思い出したのだった。
残業が終っての帰り道、夜更けのバールで、ビールと一緒に流し込んだサンドイッチの残りだった。

最後の僅かの牛乳も与えたが、猫がそれだけで満足するはずがない。
ミャオと泣いたが、無駄だと分ったのか諦めたようにベッドに登って来て、若者の足元で丸くなった。

「オレだって腹減ってんだ。我慢しな」

正直言って若者は、猫など飼う気持ちなどまるでなかった。
このヤナーチという猫は、勝手に入って来た奴だし、今でも出て行きたいなら出て行ってくれと若者は思っているほどなのだ。

幸いにして、この猫は糞や小便をこの家の中でしたことがない。便意や尿意を感じると、出してくれと泣くので窓を開けてやる。そしてしばらくしてから、さっぱりした顔つきで戻ってくる。

ある夕方若者が仕事から帰って来ると、ヤナーチは窓のところに座って凄い形相で彼を睨みつけていた。
窓を開けて出かけるのを忘れていたのだ。

猫は気でも狂ったように飛出して行った。
いったい何処で始末をするのか今でも若者には分らない。
この近くに、でっかいテラスのある家があって、そこの植木の鉢の中で始末するのか、寂れた工場の屋上あたりで、やるんだろうなどと考えた。
この猫が殺されるとしたら、糞や小便で辟易しているテラスの持ち主か、工場の荒くれ男の仕業だろうなどと若者は考えるのだった。

この猫が、厚かましくここが自分の本拠だと居座ってしまった経緯はこうだ。

彼の屋根裏のアパートの隣に、もう一つ同じようなアパートがあって、そこに、中年のだぶっとした、不愉快な感じの女が独りで住んでいた。
話しかけたことなどなかったから、クロワツィアの人間かポーランド人なのか、さっぱり分らないが、イタリア女ではなさそうだ。とにかく彼女がこの三毛猫を飼っていたのである。

2、3度、廊下で女が『ヤナーチ! ヤナーチ!』としゃがれ声で呼んでいるのをドア越しに聞いて、若者も名前を憶えたのだった。
この三毛猫が女の窓からはい出して、すぐ隣の若者の家に通うようになった。

斜めの天井窓を開けていると、いつの間にか忍び込んでくる。それがあまりにも度がはげしいので、ある日彼は首を引っ掴んで隣の家のドアを叩いたら、例の女が出て来た。

肥り気味の不潔そうな醜い女だった。何か料理をしていたらしく、妙な煮詰めた匂いが鼻をついた。
『これはあんたんところの猫でしょう?』

そう言って床に下ろすと,猫は諦めたように、のろのろとドアの中に入って行った。女はブスッと黙りこくったままドアを締めた。

彼は不快を感ぜずにはおれなかった。こういう類いを無知で品がなく、いわゆる下層階級の人間なんだろう。(悲しくも自分も含めての)。
でも、オレだっていつかは・・・若者はそう自分を納得させていた。

窓を開けはなしにしていると、猫は必ず入って来た。また首筋を掴んで彼女のもとに連れ戻すことを繰り返したが、ある日、いくらドアを叩いても返答がない。

彼女は猫をこっちに押し付けたまま引き払ってしまっていたのだ・・・

                      *

若者に今までの生活から一新する時がきた。
今まで安くこき使っていたオーナーが病気で引退したため、下請けの印刷工房は某会社に買い取られた。
新しい若いオーナーは、若者の仕事ぶりに眼をつけ、月給を人並みに払うことを決めた。

いままでのしょぼくれた収入ではもう仕事をする気はしないと、はっきり言ったからだ。
それに死んだ親父の借金の始末までしなければならなかったので、若者の生活は地獄のようなものだった。

若いオーナーに認められての最初の仕事は高く評価されたために、若者の地位も上がった。

若者はまず、もっとマシなところに移転したいと思った。
今住んでいる屋根裏は汚く不潔で悪臭に満ち、彼自身『貧困の穴ぐら』と呼んでいたほどなのだ。

オーナーが仕事場の近くにさっぱりとした小さなアパートを見つけてくれたので、すぐに引っ越しをすることにした。

若者は猫のヤナーチのことを考えた。

特別の情愛があるわけでもなかったが、彼はいつも人間に対するようにヤナーチと話をしていた。
猫を飼うと言うより、猫という動物の同居人がいるという感覚だった。
ヤナーチもやっぱり、若者を同居人と思っていたにちがいない。

彼はヤナーチを新居に連れて行くことにした。
「お前がその気ならオレと一緒に引っ越ししろ」

荷物を運び出し、アパートを引き上げるとき、
「どうする?ヤナーチ?」
若者は言ったが、猫はのっそりと外へ出て、帰って来なかった。

猫は人よりも家につくか・・・

「このミゼリアの場所が、お前の死ぬまでの縄張りってことか。まあいいさ、しょぼくれヤナーチ。アッディオ!」
若者は暗い階段を軽快に下りて行った。(K)

| 猫.cats,gatti 100の足あと | 23:10 │Comments0 | Trackbacks0編集

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すむらけんじ

作者: すむらけんじ
ミラノに住む広告イラストレーターです。このブログは今まで飼った猫、今飼っている猫のことを綴ったものです。
作者は左耳は生まれつき難聴にかかり、人口内耳に踏み切るまでの耳の歴史、未来のことなども連載しています。

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