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 今、僕の住んでいる建物にはお年寄りがいっぱいいることは以前に書いたと思う。
 お向かいのD夫人は別格としても、(ちなみに彼女は九八歳! )、80才前後のおじいちゃん、おばあちゃんがわんさといるだから。
 『これじゃあ、「老人の館」って名前がぴったりだ』
 なんて、口の悪いのに言われたけど、まったくその通り。今だにぴんぴんしている住居人は、僕を含めて10人くらいってところだろう。
  老人夫妻
   我が家の一階下に住んでいたデ・ロッシ老夫妻が一昨年の秋、2人とも亡くなった。
 そりゃあもう、仲睦まじくて、愛すべきご夫婦だった。
 お天気のよい日曜の朝などは、小柄な2人が必ず腕を組んでゆっくりゆっくり、カタツムリのように歩いて、近くの教会にミサをあずかりに行くのをよく見かけたものだ。すれ違うと、
 『日本へはいつ行くんです?』
 『いつも忙しそうに仕事仕事って、そんなに稼いでどうするんです?』なんて聞かれたりした。
 あんなに夫婦仲が良いと、一人が先に逝ってしまったら、残った方はどうなるんだろう、なんて、つい気になってしまうくらいだったけど・・・
 作家のモラヴィアにちょっと似ているデ・ロッシ老人は、顔色が悪いところまでそっくりで、先は長くはないぞと想像はしてたんだが・・・

 意外! おばあちゃんのほうが先に逝ってしまったのだった。
 昼寝から覚めたら、横に寝ていた奥さんが息絶えていた・・・まあ苦しまずの大往生だっったろうけど、後に残されたデ・ロッシ老人が気の毒だった。
葬儀のときの泣きじゃくっていた彼の顔は忘れられない。

 まだ奥さんが在命中に、たった一度だけ、僕は彼等のアパートを訪ねたことがある。回覧版を届けに行った時のことだ。 出て来たデ・ロッシ氏から、
 『さあ、冷たい物でも飲んで行きなさい』
 などと言われて、奥に通されたことがあった。真夏の真っ昼間だというのに、西日を防ぐためとやらで、家の中はきっちりと閉め切ってて、ちょっと異様な感じだった。
 それに、老人独特の臭いっていうのか、ぷーんと鼻についた。 

 廊下の突き当たりがサロン兼キッチンになっていて、籐椅子にもたれた奥さんが、鎧戸の隙間からかすかにもれて入って来る陽のひかりを頼りに、シャツのボタンを付けていた。
 デ・ロッシ氏が冷蔵庫を開けて、冷たいジュースを持って来てくれる。
 穏やかな老夫婦は、このちっちゃなアパートで、家具調度も必要なものだけを置いて、睦まじくひっそりと住んでいる感じだった。
 昔はこの棟の五階のもっと大きなアパートに住んでいたそうだが、一人息子が結婚して出て行った後、引き払ってここに移ってきたのだが、それからもう30年近くになると言う。

 やっと目が慣れて来た。もうすっかり古くなった縦縞の模様の壁には、たくさんの写真が飾ってある。それもイタリアの家庭でよく見るように、壁を埋め尽くすばかりに。
 興味津々ながめている僕のために、老人がわざわざスタンドをつけてくれた。

 まず、眼を引いたのは、楕円形の額に入った茶色に色褪せた少女の写真だった。
 白いレースのドレスを身にまとった首のほっそりした乙女が、ちょっとぎこちなくポーズをとっている。あまりしげしげと見入っているこっちに、写真の僅かな傾きを直すために手をふれながら、デ・ロッシ氏が言った。
「わたしの母親なんです。だからこれはもう百年も前の写真なんですよ」
「きれいでしょう。彼のお母さんはとっても美人だったのよ。だからわたしは苦労したの」

 奥さんは手をちょっと休めて笑いながら言う。デ・ロッシ氏も別にそれを否定もせずに笑っていた。
 デ・ロッシ氏は定年になるまで、レストランの給仕頭をしていたそうで、真っ黒な鬚を貯えてチョッキ姿もイキに、テーブルのお客さんといっしょの写真などもあったが、このお客は一度は大臣にまでなった人なのだそうだ。

 小さな男の子と子犬を連れて、公園のベンチに座っている若きの写真が眼に止まった。
「この男の子、息さんでしょう? どことなく似ていますよ」
昔はなかなかの色男だったに違いないデ・ロッシ氏に違わず、幼い息子さんも整った綺麗な顔立ちをしている。
「わたしらのたった一人の息子です。20年前に事故で死にました。わしらの生き甲斐だった・・・」
老人が、ぽつんと言ったとき、心なしかその顔は疲れと悲哀に満ちていた。

 もう一杯ジュースをどうかと勧められるのを断って、僕はいとまをした。正直なところ、とざされた部屋の空気に息が詰まりそうだったからなんだ。
                                                             ・・・

 デ・ロッシ老人は奥さんの葬儀が済んで、義弟に引き取られたとかで、まったく姿を見かけなかった。それで、もしかしたら彼も奥さんの後を追って、死んでしまったのかも知れないなどと僕は考えていた。閉ざされたドアのまえを通るたびに、暗がりの中にひっそりと寄り添っていた二人の姿と、あの老人独有のにおいがかすかに漂ってくる思いだった。

 ところが、一ヶ月もたった頃、ぼんやりと幻のように、エレベーターを待っているデ・ロッシ老人にぱったり出会ったのだ。以前よりももっと鉛色になっていて、やつれ果てた大きな眼のふちは、真っ黒に隈ができていた。
「わしにはこの家がいちばんいいんでな。帰ってきたんじゃ。」
 老人は呟くようにそう言った。 その後は、すりガラスの内ドアからうっすらと光がもれているのを、かい間見ることはあっても、2度と老人に会うことはなかった。それからいくばくもなく、ロッシ老人も死んでしまった。

 ここまでがプロローグ。
 本文はこれからなのである。1年くらいデ・ロッシ氏のアパートはそのままになっていたけれど、今年の春頃から貸家になったってわけである。(つづく)

| 短編小説 | 17:03 │Comments0 | Trackback-│編集

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すむらけんじ

作者: すむらけんじ
ミラノに住む広告イラストレーターです。このブログは今まで飼った猫、今飼っている猫のことを綴ったものです。
作者は左耳は生まれつき難聴にかかり、人口内耳に踏み切るまでの耳の歴史、未来のことなども連載しています。

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