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イタリア猫・ショートショート/あと55話
猫の物語エッセイです。
pi1

わが猫ミヌーと黒猫との関係

並木の若葉も色濃くなる頃、一階のアパルタメントに、40過ぎの女性が引っ越しをしてきた。

灰色がかった金髪のショートカットと青い瞳のこの女性、老人ばかりのこの建物の中では新鮮だ。
なにしろ96才のご婦人を筆頭として、80才以、70才の年寄り達がわんさの『老人レシデンス』なのだから。ひと言説明を入れると、この建物は1928年建造。そのときから入っている超老人もいるのである。

おっと、誤解がないよう書いておこう。
ボクもその頃はここに移って来て1年足らずで、まだ40とちょっと。少数派若い(!)グループの一人なのであった。

さて、この灰色の瞳の彼女、淡い爽やかな色調のカーデーガンを羽織り、季節柄、いつも素足にサンダルという出で立ちだが、その白い足は豊満な体つきに比較して、意外とほっそりと、むしろ陸上競技の選手のような筋肉質なのがとてもいい。

たまにばったり顔があって、『こんにちは』と挨拶することもあったが、その大きな瞳は何処か夢見るようにおっとりとして、冷たいイメージはまるでない。

ちょっと気になることと言えば、ほとんど毎夜11時近くに、カワサキのバイクが、彼女のアパートの窓のすぐ下に横附けするようになったことだ。

ある夜更けの2時もとっくに過ぎた頃、画材屋の小憎と近所のパブで飲み過ごし、ボクがほろ酔い加減で戻って来たときである。

大通りの重いドアを入ったときだ。
黒いレザーずくめのごま塩の中年の男と彼女が開け放されたドアの前で、情熱的な別れのキスをしているのを見せつけられて仰天した。

大柄のごま塩男はヘルメットを持ち、片腕で女の腰をしっかりと抱きしめていた。
こっちの気配に全く気づかないのか、完璧にこっちは無視されているのか、2人は身動きもしない。室内から漏れてくる明るい光が大柄な男女を浮き彫りにし、あたかも観客の前でラブシーンを演じている俳優のようであった。

その夜の光景があまりに強烈だったので、以来、彼女はボクにとって、ちょっと『気になる住人』となったのだ。

気になる理由はもう一つ・・・彼女は一匹の黒猫を飼っていたのである。

黒猫が外へ出たがると、自由に出してやっているらしいのだが、その間に女主人が外出してしまうこともあるらしく、戻って来た猫が中に入れなくて、ドアの外でちんまりと座って、辛抱強く待っている姿をたびたび見た。
まだほんの子猫で、泣きもせず怖がりもせず、通りすぎる人間を見上げる姿があどけない。

だからちょっと撫でてやりたい気持ちにかられたこともあったのだが・・・
ボクは何となくこの猫に接近するのを躊躇したのだ。大体こんな子猫が真夜中に家に入れなくて、怖がりもせず平気で座っているのが、不自然で奇妙に思えた。

以前住んでいたアパートで、自分の家を間違えた子猫が、よその家のドアの前で気が狂ったように鳴いているのを見たことがあったから、そんなもんだと思っていたのである。 

真っ黄色い眼球の中の真ん丸い黒目はあどけないが、眼と眼が会うとじーっと視線を反らさないのが、薄きみ悪い。
赤い舌の先が絶えず露出しているのもちょっと奇妙だ。舌を覗かせているときは猫はリラックスしている時だと聞いていたので、この猫もそうなのだろうか。
こんな夜更けに?ほっぽり出されていて?

イタリアでは真黒な猫は不運を持って来ると言って、厭がる人たちがいる。
それに同調するわけではないけど、真黒な猫、真黒な犬は、真黒であるがために、親近感が持てなく、ボクにはきみが悪いのだ。

いつの間にか、黒猫は6階から屋根裏に続く一角に、秘密の憩いの場を見つけたらしい。
そこからたびたび泣くのが聞こえた。
可愛い声だったし、表立って抗議する老人達もいなかった。

我が家のキジ猫ミヌーが、それを放っとくわけがない。
一見幼い雌猫のような我がミヌーは、実は女盛り。その声につられて、こっちがちょっと油断しているすきに、4階から一目散に階段を駆け登って行く。そして半日も経って、埃と煤でどろどろになって戻って来るのである。以外とすっきりした顔で。
いつも家の中に閉じ込められていたミヌーにとって、この黒猫は久々の「相手」に違いないのだ。

バカンスに出かける朝のことだ。 
飛行場に行く時間も迫っていたときだった。ちょっと油断したすきに、例によってミヌーが、屋根裏へと猛烈な勢いで駆け上って行った。
さあ、大変だ、こっちも負けじと後を追ったが、とても追いつけるものではない。辿り着いた所は、小さな丸い穴からぽっかりと青空が覗いて見える屋根裏の最端。

何とミヌーと黒猫は穴の外から、ボクを見下ろしているのである。
『さあ、ミヌー、いい子だから下りてくるんだ。飛行機に乗り遅れてしまうじゃんか!』

だが、ミヌーはどこ吹く風でボクを見下ろしている。
時間が迫っていて気が気ではない。
ボクは家にかけ戻ると、冷蔵庫から鶏のささ身を取り出して小皿に盛り、また一気に屋根裏まで駆け上った。
ミヌーは鶏や七面鳥の胸のささ身が大好きなのだ。
ところがミヌーは大好物のささ身よりも「自由」のほうを選んだ。

『そんな手には乗らないわ』あどけない顔はそう言っている。
それでも、しつこく気を引かせようとやきもきしていると、いきなりこっちの肩に飛びかかってきたのは、なんと黒猫のほうだった。すばやく桟に足場を見つけると、歯をむき出し、ガツガツとあっという間に平らげてしまった。
皿を引っ込めることさえ忘れて金縛りとなってしまった僕は、そのどう猛さに身震いした。

あの見慣れた可愛い黒猫ではなく、貧欲と凶暴さをむきだした獣だった。
首の付け根あたりから血が滲みだしたことが、手で触ってみて分った。
ボクはミヌーを捕らえるのを諦めて、アパートに戻るとすぐにタクシーを呼び、飛行場に着くと知人に電話を入れた。
彼女に事情を説明して、今日は早めに来て猫をつかまえてほしいと頼んだのである。
                            *
            
バカンスから帰って来て、九月も終わり秋の気配が濃くなって来た。
だが不思議にもあの黒猫には、どうしたことか一度もお目にかからない。
黒猫どころか、あの豊満な女性もヘルメットの中年男も、勿論カワサキのオートバイも皆目見ないのである。

ニュースと言えば、うちのミヌーが妊娠してしまったことだ。

黒猫の持ち主について、いくらかの情報を提供してくれたのは、彼女のアパートの真ん前にアトリエを持っている画家、B氏である。
「俺の絵を見たいと言ったので見せてやったことがあるけど。彼女なかなかセクシーだよね。モデルになって欲しいとけしかけたら、まんざらでもなさそうだったよ」そして、笑いながら言う。

「名前はガリーナだってさ」
ガリーナさん?・・・・へえ、随分奇妙な名前だ。ガッリーナはイタリア語ではめん鳥のことである。でも確かそんな名前の、ソ連の有名なソプラノ歌手がいたような気もするけど・・・

「彼女はサン・ピエトロブルゴの出身で、ロシア語の個人レッスンをしているんだそうな」

 ロシア語の個人レッスンのサン・ピエトロブルゴの女か・・・言われるまでもなく、イタリア人とは違った雰囲気がある。知的で都会的でありながら、どこか牧歌的。自分の猫が外をうろつき回っているのを、ほったらかして平気で外出してしまうような、いくらかだらしない女。
まあ、そんな大陸的イメージとでも言おうか。

「彼女の黒猫のお陰で、うちの猫が妊娠してしまってね」と言いかけたが、何となく口を閉ざした。

ガリーナ女史は黒猫をピッポ、ピッポと呼んでいたそうである。 (つづく)

| 猫.cats,gatti 100の足あと | 21:36 │Comments0 | Trackbacks0編集

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すむらけんじ

作者: すむらけんじ
ミラノに住む広告イラストレーターです。このブログは今まで飼った猫、今飼っている猫のことを綴ったものです。
作者は左耳は生まれつき難聴にかかり、人口内耳に踏み切るまでの耳の歴史、未来のことなども連載しています。

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