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イタリア猫・ショートショート /あと54話
ねこの物語的エッセイです。

猫を取り囲む人々の話は楽しい。
stabilini 2

わが猫ミヌーと黒猫ピッポの関係(2
ミヌーのお腹も結構目立って来た。

ある夜、1時をとっくに回った頃に戻って来たボク。
ほの薄暗いランプの真下で影法師のような黒い影。何と真っ黒な猫が、例のドアに向って座っているのだ。
一瞬足を止めた自分だったが、こいつはあの黒猫なのだろうかと疑いたくなるほど、ひと回りもふた回りもぶくぶくに太って肉はたるんでいた。

同じ猫だとすれば、数カ月の間に随分醜く年を取ってしまったものである。

だが、ドアに向って行儀よく座っている姿は同じだった。
ボクに気が付くと、以前と同じように、首だけ動かして、見上げるようにこっちの視線を追ってくる。黄色の眼球の中の黒眼。いくらかはみ出した真っ赤な舌。恐れも警戒心もなく、ふてぶてしいまでの顔は、人間でいえば、へらへらと相手を見下した面(つら)と言える。

「ピッポ!」と呼び掛けようとして口を閉ざした。
そんな気になれなかった。深閑とした真夜中に、ドアの外で主を待つ真黒な影のような猫・・・

僕は顔を背けるとわざと見ないふりをして、ぐるっと輪を描くように黒猫から離れて通りすぎ、エレベーターのドアに辿りついた。ボタンを押して待っている間、そおっと盗むように黒猫を見たら、うつろな眼で相変わらずこっちを見ている。なんとも薄気味悪い猫だ。

ミヌーの奴、あんなけったいな黒猫とやって姙んでしまうなんて・・・ 

やっとエレベーターに乗って動きだしたとき、ガラスを通して再びちらっと見ると、真ん丸いうつろな眼はいまだに僕を追っているのであった。

                        *

ブザーが鳴ったのでドアを開けると、お向かいの95才のフォンターナ夫人が立っている。

「ほら、これを見て御覧なさい」と言わんばかりに、彼女は無言のままタイルの上の我が家の半円形の靴拭きを指さした。
寝ぼけ眼を擦って見るまでもなく、眼に飛び込んできたのは、タワシのような靴拭きの上の、でっかく真っ黒な動物の糞だった。

朝、ドアの外を掃こうとして出て来た老婆は、あら、なにかしらんとびっくり仰天。
眼鏡を取って来て、さてさてと女ホームズよろしく観察した後、結局は被害を被った我が家のベルを鳴らしたとのことだ。
「お宅のミヌーちゃんのものでないことだけは分るわ。ミヌーがこんな大きいものやるなんて、考えられないものね」

ふーん・・・きっとあの黒猫の仕業には違いないぞ。
だが、そうやすやすと断定は出来ない。あの黒猫が一度なりとも、この階をうろうろしているのを見たことがないのだから。
それに正直なところ、この建物の中で、猫は我がミヌーと黒猫だけなのか、他にも飼っているのか、僕は考えたこともなかった。犬を飼っている人もいる。上の階のほうからワンワンうるさく吠えてているのをたまに聞くことがある。この一物は犬のものかもしれないではないか!

五階に住むP老人が階段を降りて来た。この雲つくような体付きの老人は、いつも威張り腐っていて、あまり好感をもたれていない。
問題のうんちをぎょろりと一瞥すると、「これは犬のクソじゃよ!」と自信たっぷり言い切ったので、ボクもフーっとそんな気になった。

フォンターナ夫人とP老人を交えて、朝っぱらからがやがや言っているのを聞き付けたのだろう、階下のほうからも、暇で早起きの年取った男女が顔を出し、上がって来て、こんなふしだらな出来事は放ってはおけないなどと言う。
動物を飼っていない人たちにとっては、公共の場を動物の排泄物で汚されることは堪え難いことらしい。
さて、我が家の靴ふきの上の堂々たるモノは、犬の糞ということに一同の意見が一致した。

「このアパートで、犬を飼っているのはただ一人。それはアンブロジオ夫人じゃ」
そう宣言すると、P老人は、くるりと向きを変えて、もと来た階段を大股で上り始めた。
95才のフォンターナ夫人はそのまま留まったが、階下の老人たちも上って行くので、当の被害者の自分が後に従わないわけけにはいかない。

アンブロジオ夫人は、P氏と同じ階に住んでいて、2人が仲が良くないのは有名だ。
アパートの住人会議のとき、いつも喧嘩腰になるのはこの2人だと画家から聞いたことがある。どうやら原因は、やたらと吠える犬のことらしいのだ。

アンブロジオ夫人は、もう60才をとっくに過ぎていて一人で住んでいる。
フランス人の弁護士に愛を捧げて、一生独身を貫いた人だということも、後になって画家のビアンキから聞いて知った。
「うちの子はそんな行儀の悪い犬ではございません。第一、犬は外でしたがるもので、そのような所ではしませんよ。私は毎朝夕に散歩に連れて行き、今朝も帰って来たばかりなのです。それは猫の仕業に決まっています。皆さんは一階に住むご婦人の、あの大きな黒猫のことをお考えにならないのですか?」

抗議に毅然として答えたアンブロジオ夫人は、「いいからちょっと見にきなさい!」と強引に腕を掴まんばかりのP老人の言葉を振り切って、ドアをパタンッと閉めてしまった。

「お宅のネコちゃんがやったと考えませんか?」
老女が僕にほこ先を向けた。
「飛んでもない。うちの猫はとっても小柄ですから、あんな大きいのはやりませんよ。しかも雌猫で、とっても綺麗好きで我慢強くて、厳しいしつけに慣れていますからね。自分の砂箱以外の所では絶対にしないのです」
すると別の老人が言った。
「もしかすると、あんたの猫に気があって,これ見よがしにあの黒猫がこんなことをしたのではないのかね」

「猫は相手に気があるからといって、ウンチはしませんよ」
何時の間にか95才のフォンターナ夫人が上がって来ていて、息使いも荒く黒い瞳をパチパチさせながら言った。

「わたしが思うに、あの黒猫の仕業だとすれば、きっとなにか恨みがあってそんなことをしたのではないのかしら。あなたはそうは思わない?」

恨み?彼女の黒い瞳は「心当たりはないの?」とボクに問いかけているようだ。
僕は真夜中に薄暗い電燈の下で、黒猫がドアに向って座ったまま首だけ動かして、黄色い眼と赤い舌でへらへらとこっちを見ていたのを思い出した。さかのぼれば、あの旅行に出発の朝、鶏のささみを差し出したら、歯をむき出し、飛びかかってきて爪をたてられたことを。あの時の首の傷は今もはっきりと残っているのだ。

「ふーん、恨みって・・・恨みがあるのはこっちのほうでしょうねェ」
と答えたが、だんだんこんなことに拘わっているのが馬鹿バカしくなってきた。

そのうちいつの間にか、犯人は黒猫ということになった。当然またがやがやと、フォンターナ夫人を除いて、人々は一階のロシア語の教師のアパートのドアまで下り行ったのである。

だが、彼女は外泊したのか朝早くに出かけてしまったためなのか応答はなかった。
僕はホッとした。居てくれなくて本当によかったと思った。

イタリアの年寄りとはこんな下らないことに時間を潰すものなのであろうか。カビの生えた干し柿みたいな老人や、乾燥イチジクのような老婆たちが、熟しきった果実そのもののロシア人の女教師に、猫の糞のことで抗議するため、朝っぱらからベルをビービー鳴らしたり、ドンドンとドア叩くなんて・・・

何てことだ、その老人達の中に自分も混じっているのだ!

 結局、黒猫の持ち主が不在というわけで何ともしようがなく、あっけなく解散となり、僕もやれやれといった気分でアパートに戻って来た。これを片付けてしまえばそれでいいのだ。新聞紙とスコップを持って出てきたら、またフォンターナ夫人に会ってしまった。

彼女は悪戯っぽく人指し指を立ててちょいちょいと左右に動かし、
「だめよ、ほっとくのよ。飼い主が名乗り出るまでは」
と、ウインクしながら言ったので噴きだしてしまった。この建物の最長老でありながら、この老婆には全く老醜というものがないし、何となくユーモアがある。とにかくそう言われて、

「はいはい分かりました。じゃあ放っときましょうか」と、そのままにして僕は出かけた。

午後帰宅したとき、ドアの鍵を回しながら、妙に漂白剤の臭いが鼻をついたので下を見たら、靴拭きがいつもよりきれいになっていて、そのときはじめて例の糞のことを思い出した。
掃除婦が顔を出した。
「見た?ここにすっごいのがあっただろう?犬のモノか猫のモノか、今朝議論になってね」

「勿論あれは猫のものよ。犬は雑食動物だから、あんなに黒いのはしないのよ。きっとあの黒猫がしたのね。あたしが始末しといたわ」
彼女は笑いながらこともなげに言った。

「先日、このドアを開けたら、黒猫が階段のところに座っているの。『ピッポね?さあ入りなさいよ。あんたの奥さんに会いたくないの?』って言ったら、じーっとこっちを見ていたけど、そのまま階段を下りていってしまったわ。可愛いわぁ。あんたがどうして薄気味悪いなんて言うのか、あたし理解出来ないわ」

その後、ついに黒猫ピッポが我が家の階段のところに座っているのにぱったりと出会った。

その時も僕がエレベーターから出て来ると、驚きもせず、丸いうつろな眼でじっとこっちを眺めているのであった。僕も以前ほど警戒心はなくなったが、それでも友情を感ずるところまではいかないので、知らぬ顔で家に入った。もう建物全体一階から屋根裏までを征服した気でいるのにちがいない。例のモノもそれを誇示するための行為だったのであろうか。

 ガリーナ嬢には不思議と会わなかった。同じ建物に住んでいても、めったに会わない人がいる。
その人のことがちょっと気にはなるのだが、さっぱり出会うチャンスが訪れないのである。
たまに薄明かりの窓の下にオートバイを見かけることがあったので彼女の健在を知る程度であった。

それからまたしばらく経って、ある日曜日の朝階段を下りて行くと、画家が野外展に出品するとかで作品を車に運んでいたので、手伝いながら彼女のことを聞いてみた。

「彼女?もうここにはいないよ。ごく最近引き払ってしまったんだ」
「え、出て行った?」
「うん、彼女は観光ビザで一年に数ヶ月だけイタリアに滞在できるそうだけど、法律ではややこしくて、俺もよく分らなかったけど、ミラノとモスクワを行ったり来たり、もう何年もそうしているらしい。『もちろんミラノに戻ってくるけど、この次からはずっと南に下がってロッツァーノの方面』って言ってたな」

僕はぼんやりと真夜中の強烈なラヴシーンを思い出した。そしてドアに向ってのんびりと主人の帰りを待っていた黒猫ピッポのことも。それらが克明に描かれた2枚のイラストのように脳裏に浮かび上がった。

「ちょっと見せたいものがある」
画家は僕の肘をつかんで、アトリエの中に誘い込むと、スケッチブックを開けて、鉛筆の肖像画を見せてくれた。柔らかいタッチでさっと仕上げた肖像画、モデルは紛れもなくガリーナ嬢だった。

灰色のつぶらな瞳のところだけ、ちょっと指でこすって暈して効果を上げていた。おっとりとして、セクシーな瞳が、こんな走り描きにもかかわらずとても良く出来ていて、見直す気持ちで画家を見た。


それから数ヶ月後にミヌーは3匹の小ネコを産んだ。
1匹はオヤジと同じく真っ黒だった。(おわり)

| 猫.cats,gatti 100の足あと | 00:26 │Comments0 | Trackbacks0編集

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すむらけんじ

作者: すむらけんじ
ミラノに住む広告イラストレーターです。このブログは今まで飼った猫、今飼っている猫のことを綴ったものです。
作者は左耳は生まれつき難聴にかかり、人口内耳に踏み切るまでの耳の歴史、未来のことなども連載しています。

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