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イタリア猫ショートショート/あと49話
預かった猫の物語的エッセイ
見知らぬ客2


見知らぬ客/2

「ジャスのこと、よろしくお願いいたします。もちろん、お帰りになってからで結構です」

旅行に出る寸前の花村夫妻の言葉を、ボクはぼんやりと、人ごとのように聞き流していた。
ボケがとんだ災難に巻き込まれたのだ。くどくど考えたって仕方がない。
花村氏は日本に帰ってしまったのだから。

 ジャスは花村氏のご自慢の猫である。
中庭のジャスミンの木の下に捨てられていたのを育て上げたのがジャスなのだそうだ。
今はもう五才くらいにはなっているはずである。

「うちのジャスほど立派な猫に今まで出会ったことがない。成長するに従ってますます素敵になって行く」
これが、花村氏の口癖なのであった。

「なるほどK君。お宅のミヌーはとっても可愛い。でもね、うちのジャスの素晴らしさは格別なんです」などと、その時はなぜだか急にイタリア語になって言う。

花村氏はフリーの翻訳家で結構売れっ子らしい。
猫の自慢ばかりではなく、仕事のことでも自画自賛する。
ダ・ヴィンチ展のカタログを日本語に訳したとき、
「とってもうまく出来ましてね。もしレオナルドがこれを読んだら、涙をながして感動したことでしょう」
と、いったぐあいだから、愛ネコの讃美などは朝飯前なのだ。

『御飯は1日一回、ひと缶全部、朝、8時半に与えていますので、よろしく』

時計を見ると、あれっ、もう9時をとっくに回っている。だが構うもんか。
だいたい我が家では、主人も猫も決まった時間に飯を食うことなど、そうめったにはないのである。
この家に居候する者は、すべてこちらの流儀に従ってもらおう。

それにしても、ジャスの奴、なんで唸っているのだろう。
猫は見知らぬ家に泊まったりすると、不安で興奮状態になるとは聞いていた。
しかも、毎日顔を合わせている主人が突然消えてしまったのだから、無理もなかろう。

 ボクは400百グラムの『キティカット』を全部 プラスチックの器の中に移すと、ベッドの下からでも見える所に置いた。
とにかく凄い量だ。ミヌーは一日にこの3分の1だって食べない。それにどう言う訳かミヌーはキティカットを食べない。嫌いなのだ。彼女の前に飼っていたパンもノリ助も食べなかった。

「花村さんとこでは何を食べさせているんですか?」
そう聞いたことがある。

「キティカットです。うちのジャスはキティカットが大好きでしてね。それ一点ばりです」
正直言って、花村氏はもっと高級な物を喰わせていると思っていた。
ま、いい。よそ様の猫のことだから。

寝室に入ってみて驚いた。
あっ!
四百グラムのキティカットは、綺麗さっぱり、皿をなめ尽くしたように平らげられていたのだ。
数分の間である。
満腹したジャスは、もうベッドの下にはいなかった。
何処に隠れてしまったのであろうか。

                  *

外出から戻って来て、ボクは寝室のドアの前で立ちすくんだ。
 ジャスがベッドの上で、しかも真んまん中に王者のごとく横たわっているのだ。

片腕を胸の中に隠し、別の腕を前に延ばした威厳あふれるポーズで、燃えるようなオレンジ色の瞳を半分開けてこっちを見ている。
黒っぽい褐色の毛並みに、漆のような真っ黒な唐草模様が、オレンジ色の眼とともに異様でもあり優雅でもあった。

その気品と艶やかさ。
「私は毎日必ず2回はブラシをかけています。K君もやっていますか?」

自分は今、花村氏の自慢中の自慢の猫と向いあっている。
そしてはからずしも自慢に相応しい猫であることを認めなくてはならない。

その雄々しさと気品は、仰ぎ見る者を古代エジプトの輝く宮殿の中へと導き、褐色の大理石の階段にくつろぐファラオの愛猫にひざまずかせるのだ。

 ジャスはゆっくりと体を起こし、四肢を思いきり伸ばすと、今度は前足をきちんと並べて座った。
長い逞しい足、そして長い尻尾を綺麗に巻き込んで正座したプロポーションの美しさ、一言で言って「完璧」なのである。

キティカットだけで、こんなに立派に成長するなんて・・・

寝室の唯一の存在感を誇る、テラコッタのベートーベンの影が薄くなる。
『余の前に塞がるとは無礼な!煩わしい。今、シンフォニー第10番を構想中なのだ』

「ヘイ、これは俺のベッドだよ。そこを退いてもらおうか」
初対面の挨拶方々手を差し伸べるtp、牙をむいて、ハーっとやられたので身を退けた。
ベッドはすでに彼のものなのだ。こいつ、ちょっと留守した間に、もうこの屋敷の主人になりおった気分でいる。
どけどけっと追い払ったりしようものなら、何が起るか分からないので、こっちはソファーで横になることにした。

バルコニーの隅に砂箱がある。
いつの間にとてつもなくでっかいのがしてあった。まだ、湯気が立っているって感じのほかほかもの。

臭いなあ、こんなにデッカイと!

砂をかけた形跡がなく、出しっ放しだ。
こいつは少々行儀が悪いぞ。
砂で綺麗にかぶせてしまうのは、猫族の最高のエチケットではなかったのかね?

あのきれい好きで几帳面を絵で描いたような花村氏の猫が、こんな重要な作法を知らないなんてねえ。

待てよ・・・
「家の中に臭いが付くのでね、ジャスがやりたそうな気配を感じると、仕事中であろうと何であろうと、チリ取りを持ってすっ飛んでいってね、その上にさせて、すぐ始末してしまうのです」
なるほど、これでは「出しっ放し」が習慣になってしまうのは当然だよね。

 ミヌーがひっそりとやって来た。
エジプト王宮の貴猫の前では、ミヌーもなんだか『ひっそり』という表現が相応しい。
威厳と優雅さから言えば、天と地の差がある。第一、足が短い。

 ミヌーは箱のなかの出しっ放しをクンクン、じっと見つめていたが、箱の中に入って前足で砂をかいて、一心にかぶせ始めた。

『あらまあ、身分の高い方って、こういうことは、ご自分ではなさらないのね』

 我が愛するミヌーは、ジャスのものを綺麗に始末すると、またひっそりと何処かへ行ってしまった。

そして・・・・
 次の朝のことだ。自分の腕が軽く触られている奇妙な感触で眼が覚めたのだった。(つづき)

| 猫.cats,gatti 100の足あと | 09:01 │Comments2 | Trackbacks0編集

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コメント

まこさんのコメント楽しみです。
これからも飽きずに読んで書いてね。
励みになります。k

2009.08.18(Tue) 19:18 | URL | k|編集

昨日から続きを楽しみにしていたら、今日も又続きあり~~
又楽しい展開を心待ちしてま~す!!

昨日の絵も、今日もお見事ですよねぇ・・・・・・ますますファンに
なっちゃいますよ~~!!

2009.08.18(Tue) 19:14 | URL | mako|編集

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すむらけんじ

作者: すむらけんじ
ミラノに住む広告イラストレーターです。このブログは今まで飼った猫、今飼っている猫のことを綴ったものです。
作者は左耳は生まれつき難聴にかかり、人口内耳に踏み切るまでの耳の歴史、未来のことなども連載しています。

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