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イタリア猫ショートショート/あと45
野良猫の物語風エッセイです。

ttt

赤猫トラ・/1

赤猫トラは、僕がイタリア、ミラノに来て初めて巡り会った猫ではなかろうか。
 
「ねえ、この猫、何て名前?」
「ないのよ、まだ。あんた、何かいい名前があったらつけてあげて」

 真っ赤なふちの眼鏡をかけ、水色のブラウスからはち切れんばかりの胸をあらわにした女将が、釣り銭を渡してくれながら言った。
 一週間くらい前から、レストランの中をうろうろしている図体の大きいオレンジ色の虎猫に、まだ名前がないという。いや、もともとあるのかも知れないが、誰も知らない。こいつは迷いこんできた猫なのである。
「そうだなあ、えーっと・・・」
 イタリアに来て数ヶ月しかたっていない自分に、急に名前を考えてと言われても、ちょっと無理な話だ。だから幼稚な、ファンタジーのない名前しか浮かんでこなかった。

「トラなんての、どお?」
 だって、こいつ虎猫なんだもの・・・というお粗末さ。
「トラ? ふーん、トラ・トラ・トラのトラね。面白いわぁ!」
 女将は歌うように言って笑った。

 それからは、カウンターでエスプレッソを入れながらレジも勤めるこの女将をはじめ、サービスのため、汗だくでテーブルを駆け巡る30半ばの息子や、台所を受持つ女房やコック、常連の客たちから、トラ、トラと呼ばれて大虎猫は結構人気者になった。

 トラは夕方の開店時間に、何処からともなく、のっしのっしと必ず現れた。
テーブルの下をごそごそと這い回り、親切な客のおめぐみを頂いて、腹いっぱいになると、また、のっしのっしと何処やらへ姿を消した。
何才かわからないが、栄養が行き渡ってて、まるまると超えて、毛はつやつやとしていた。
そして、黒い小さな瞳の、実に愛嬌のある顔をしていた。

 レストランの名前は女将の息子の名を取った、『ダ・トマーゾ』。
 ミラノの心臓部、ドゥオーモから、市電で6、7分南に下りた、雑然とした下町の小さな食堂(トラットリーア)である。
 ローマ時代の神殿を加護するかのように、500年の歴史を持つサン・ロレンツオ教会が君臨する。

その僅かな隙間をぬって、ぐーっと曲線を描きながら、石畳の上を市電がのろのろと通り過ぎる。

 昼間からヒッピーや浮浪者などが、風化した大理石の円柱に寄りかかって、ギターを弾いたり、半裸で陽を浴びたりしている。けだるい穏やかさのある広場だったが、夜になると麻薬をやる者の溜まり場でもあったらしい。
遺跡と教会を囲むように、古ぼけた看板の店や、壁の崩れかけたアパートが密集していた。

 何処からともなく猫も姿を現わす。イタリアの遺跡には野良猫はつきものだが、ここサン・ロレンツォ広場は街のど真ん中だから、ローマの遺跡には及ばない。でも、仰向けになって昼寝をしている猫たちもよく見かけた。

そんな場末に『ダ・トマーゾ』はあった。
その界隈の下町っ子や労働者、独身のサラリーマン風が食べに来るところで、女客は少ない。
姉弟としか見ない母と息子は働き者で、店は結構繁昌していた。
中は意外とこぎれいで、今思えば懐かしい白地に赤いチェックのクロースの、四角いテーブルで、客達はカラッファの安ワインで食事をしていたいた。

現在のように冷房などない時代でも、何しろ300年以上も経っていそうな建物だから壁が厚く(1メートルはたっぷりありそう)、夏でもひんやりとしている。夏の間はドアを開けっ放しにしているから、トラのような厚かましい猫は平気で入って来れるのである。

魚や肉を食べている客の足許で、じっと辛抱強く待っているトラの表情には心うたれるものがあり、笑いを誘った。
猫を煩わしがったり不快な顔をする客はいない。真剣そのもので見上げているトラと眼が合うと、客は淡々として、肉の一片を足許になげ与える・・・

したたかなトラは、別の客がもっと巧そうなものを食ベていると、さっそく場所を移動する。
先の客が再び投げ与えようとして下をみたら、あれ、トラがいない。トラは、別のテーブルに運ばれて来たばかりの、見事な魚のご相伴に預かろうと、同じポーズでじっと待っているのである。

ところが、巧そうに魚を食べている客が、トラに気が付いていないのか、それとも全部自分で食べてしまいたいのか、一向にお裾分けをしてくれないので、トラは又すごすごと元の客のところへ戻って来るのだった。

『ダ・トマーゾ』では、カタツムリの料理も『今日のお勧め品』として度々メニューに出ていた。フランス風ではなくて、ぐつぐつ煮込んだ、いかにも田舎風の料理である。
その当時(1973年頃)は魚屋の店頭でも、箱に入った大きなカタツムリをよく見た。
勿論生きていて、抜け出してのろのろと箱のふちを彷徨うカタツムリ。
時代変わって、いまではそんな光景はミラノでは全く見られない。もう、カタツムリがいなくなってしまったのかもしれない。
そして、兎の料理も・・・兎は週に一回は必ずメニューにあった。


毎週日曜日に、僕はミラノ郊外に住んでいる家族の昼食に呼ばれていた。
「外では、何を食べるんだい?」
テーブルを囲んだとき、五人息子の一人に聞かれた。
彼らは僕がアパートもまだ定まらず、下宿をしていて、外食を強いられていることを知っていたのだ。

「えーと・・・昨日は、兎を食べたんだっけ。旨かったなあ」
のんびりと答える僕に、五人の息子達が、顔を見合わせてクスリと笑った。
「気をつけろよ、兎には」
長男が、くそ真面目な顔で言ったものだから、兄弟達は又、笑った。
「何がおかしいんだい? 結構旨かったよ」

怪訝な顔付で問い返すと、大学に行っている次男坊が後を続ける。
「僕達は外では兎は絶対に食わないんだよ。だってさ、兎ではなくて実は猫かもしれないもの。気をつけた方がいいぞ」
まさかと、半信半疑の僕に、次男坊は繰り替えした。
「冗談言ってるんではないんだよ。皮を剥いでしまったら、兎も猫も見分けがつかないほど似てるんだから、客には絶対にばれっこない。違いといえば、猫の方がいくらか味がいいんだそうな。もちろん俺はまだ食ったことはないけれどね」
「おい、食ったことがあるんだろう? 白状しろよ」と一人がけしかける。

猫狩りというのがいて、野良猫を生け捕って肉屋に売りつける、けしからん奴もいるという。
僕は、あの陽気で善良そうな店の若旦那、トマーゾが顔をしかめながら、猫の皮を剥いでいる姿を想像した。
そのときから『デ・トマーゾ』だけではなく、外では絶対に兎は食うまいと決心したのだ。

数日後、仕事の帰りにまた『ダ・トマーゾ』に飯を食いに行った。7月半ばのとてつもない暑い日だった。
トラの姿がない。
「今日はまだ、トラが来てないみたいだね?」と女将に聞いてみた。
「そうなの。この2日間見かけないのよ」
「夏バテしているのかも知れないね」と 調子を合わせると、
「もしかしてヒッピーにでも食べられたのかもね」(つづく)

| 猫.cats,gatti 100の足あと | 00:01 │Comments0 | Trackbacks0編集

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すむらけんじ

作者: すむらけんじ
ミラノに住む広告イラストレーターです。このブログは今まで飼った猫、今飼っている猫のことを綴ったものです。
作者は左耳は生まれつき難聴にかかり、人口内耳に踏み切るまでの耳の歴史、未来のことなども連載しています。

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