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短編小説人形 2

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 私とミズが初めて出会ったのは、もう何年も前のことである。
 ヴァレンツァというピエモンテ州の片田舎の、北イタリアでも結構知られた金細工の職人の街でであった。 
 日本の宝石商とアクセサリーデザイナーのグループの案内と通訳を頼まれて、私が初めてその街を訪れたときのことであった。

 私たちは数人の職人達が働いている石造りの広々とした工房に案内されたが、一人離れたところで仕事に没頭している黒い髪の東洋人の娘に目が止まった。
 彼女は、わたしたちグループが日本人であるのを,わからない筈でもないのに、ちらりともこっちを見ず、仕事に集中しているようだった。

  休息時間に食前酒を振舞われたときに、こっそりと私は彼女の仕事机に近づいた。
  娘は一心に小さな鈴のようなものを作っていたが、非常に細かい仕事のようであった。

  私たちグループと工房の人たちが、小さなトラットリア(食堂)で昼食をとったとき、彼女も一緒だったので、そのとき始めて言葉を交わした。
 すでに20の半ばは過ぎていると思われる娘は、ミズと名乗った。

 背中までたらした黒い髪は、信じられぬほど艶やかに、私にしてみれば意外なほど手入れが行き届いていて、こんなイタリアの寂れた街での巡り会いに、不思議な思いにかられたほどである。

「金沢の美大で彫金を勉強したの。とっても魅力的な仕事だけど、あたしが一生かけてやる仕事ではないってことがわかったわ。むしろ卒業してから勉強をはじめた工業デザインなどの、大量生産出来るものに興味があるの」

 そして笑いながら付け加えた。
「例えば鍋とかヤカンとか計りとか・・・本職はそっちの方かもしれないわ」

 ピーマンに小イワシのソースのかかった料理をつっつきながら、
「これ、バーニョガウダーって言ってね、ピエモンテの典型的料理なの。ここピエモンテでは、ミラノではちょっと手に届かないものも、食べられるの。
 例えば、カタツムリとかカエルとか、驢馬の肉とか。モンカルボって村で驢馬専門のお店があったわ。さすがに私は食べなかったけれど」

 のんびりと雑談している間に、二人の間に初対面とは思えない親しさが通っているのに私は気が付いた。色々な所で色んなことをやって、自分の可能性を確かめたいという彼女の姿勢と、持って生まれた知性のようなものが調和している魅力的な娘に思えた。

 彼女はさきほどまで作っていた鈴を首にかけていた。
  ほっそりとした首を乗り出したり左右に体を動かしたりするたびに、鈴はかすかにチリンとなった。不思議な音色だった。

「何とも言えない音色だ。聴く者の感性にちらっとふれるような・・・もう、出来上がったんだね」

「まあね。後は磨きを加えるだけ。これ、病気の母にプレゼントするために作ったの。外見(そとみ)はどっしりしているようだけど意外と軽いのよ。
 あたし、唯これを作りたいためにここに来ているの。この工房の持ち主のロンコーニさんを知人が紹介してくれたんだけど、イタリアでは結構名の通っている金工師でね。色んな事教えて頂いたわ。彼の手ほどきがなかったら、素人の私には到底ここまでは出来なかった」

  とは言え、ロンコーニ氏も、彼女の並々ならぬ技術と熱意を読み取ったからこそであろう。
「これを作る為にもう二週間以上もここ住み着いているんだけど。でもほとんど仕上がったし、今週の末にはミラノに戻らなきゃあ」

  私たちは住所と電話番号をやり取りして別れた。
  数日後、彼女に2度ほど電話をしてみたが、不在で応答はなかった。きっと病床の母親を見舞うために、あの鈴を持って帰国しているのだろう、などと私は考えた。
 
 半年以上も経って、ミラノ市営のアート・ギャラリーの、舞台コスチューム展をたまたま見に行ったとき、私は再びミズと出会ったのだった。
 闇の中にくっきりと浮かび上がった銀色のラメのオンディーヌの衣装の前に立っていた私が、何気なく振返ると、はたしてミズが立っていたのである。私たちはコーヒーを飲みに行き、そのあと食事をしたり、随分長話をしてしまった。

  彼女は、広島の実家に戻り、母の最期を見て、3ヶ月も経ってミラノに戻って来たとのことであった。
  その後、5つ年上の私とミズの間に特別な関係はなかったが、友情はその後4年も続いていた。腐れ縁でもなし、兄妹でもなし不思議な友情を私は感じていた。

 コスチューム展で再会して間もなくの頃だ。この不意の出来事で、私はミズに特別な、切り離せられない『きずな』のような友情をを感じるようになったのである。

  ミズは自分の書いたイタリア語の手紙を私にチェックしてもらいたいからと言い、我が家をおとずれることになっていたので、わたしは夕食後仕事を続けながら彼女を待っていた。

  約束の9時をとっくに過ぎても彼女は訪れない。
 そのうち私はソファーの上で寝入ってしまったが、けたたましい電話のベルで叩き起こされたのだった。時計を見ると、すでに真夜中になろうとしていたが、掛けてきたのは意外にも救急病院からで、ミズが事故を起こし、私に出来るだけ早く来て欲しいということだったので、タクシーを飛ばして駆けつけた。
 何と彼女はその夜、予定の時間に私の家の前で車を止めて、さて大通りを渡ろうとした矢先、すれすれに走ってきたオートバイにはね飛ばされてしまったとのことである。
 救急車が来たり野次馬で大騒ぎになったのに、中庭に面した仕事部屋にいた私は全く知らぬが仏で、もしや、いつもの気紛れで、来ないのかも知れないなどと考えながら、ソファーの上でうとうとしていたのである。
 ミズが右足の腿の骨を痛めたため、切開して補強をしなければならないなどと、医者から説明を聴いた時、私は胆をつぶさんばかりであった。
 頭にも包帯を巻いてベッドに横たわっている姿が痛々しくて、我が家の真近くで起きた事故ながら、何も手助けが出来なかったことも不運だったし、この上もなくミズを不憫に感じたのである。

  2週間後、退院した日にエレベーターのない彼女の六階のアパートまで、門番の女に手伝わせて、私はミズを抱えて上らねばならなかった。
 アパートは1900年初期の趣きのあるがっしりした建物だが、エレベーターがない。やっとたどり着いたときには、担ぐ方もかつがれたほうも、くたくたになっていた。
 その後3ヶ月近くも彼女はアパートに閉じ込められるはめになった。
 
  そのとき初めて私はミズのアパート兼仕事部屋を見せてもらったのである。
  2部屋だけのものであったが、デザイナーらしく如何にもアイデアのある内装と使い方が、玄関から一歩入るなり、私に感嘆の声をもらせるほどであった。
 天井から漏れてくる太陽の光が家全体を明るくし、萌黄色と白のストライプの壁が、生き生きとしていた。奥の部屋も、フランス風サイズのベッドがある意外は仕事部屋として使えるように、最大の工夫がしてあった。
 最初の部屋も小さなキッチンを除くと、モザイクを敷き詰められた楕円型の大型テーブルで占められ、そこで食事も仕事もできるようになっていた。

 紙切れや布切れ、アンティックのドレスや帽子やベルト、色ガラスや金属の棒やアルミの破片にいたるまで、いろんな物がきちんと整頓して置いてあった。
 小さなバーナーやガスボンベ、ミシンもあった。
 もちろんコンピューターもある。私より後に始めたのに、こっちがいろいろ質問をするほど、彼女はコンピューターを旨く使っていた。立体デザインやグラフィックも学んだと言うミズ。作品を見た限り才能を感じさせる娘には違いなかった。付き合って行くにしたがって私にはそう思えた。

 多種多様のことをそれほど苦労もせずにやってのけ、どんなことにもアイデアが泉のように湧いてくる頭脳と、それをつくり出す技術を持っている娘に思えた。
 彼女はフランスの某製紙会社の企画した『紙で作ったポケット用灰皿』コンテストに、一晩のうちに、さっと作り上げて賞を取ったり、有名ブランドの靴店のための、デ・キリコ風のウインドウデザインも話題になって、一流雑誌に取り上げられたりした。

 育ちの良さもあって、そんなことをまるで鼻にかけないミズが私は好きだった。
 これだけ才能に恵まれている人間だから、たまにとんちんかんなことを言って、笑わせたり怒らせたりることもあったが、そこがまたミズらしいと思った。

  だが、器用で何でも出来る人間に有りがちに、彼女も収入に関しては頭をかかえていた。
「父からの仕送りが無かったら、やって行けないわ」
 きちんと定期的に送金してくれるやもめの父親は、一人娘に一度も『帰って来い』と言ったことがないと言う。(つづく)

| 『人形』 | 12:53 │Comments0 | Trackback-│編集

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すむらけんじ

作者: すむらけんじ
ミラノに住む広告イラストレーターです。このブログは今まで飼った猫、今飼っている猫のことを綴ったものです。
作者は左耳は生まれつき難聴にかかり、人口内耳に踏み切るまでの耳の歴史、未来のことなども連載しています。

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