上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --:-- │Comment- | Trackback-│編集

 短編小説 人形 4

nd

 私が長い夏の休暇を終てミラノ戻って来たとき、留守番電話に会計士のニコレッタからメッセージが入っていた。 早速電話をすると、
「驚かないで。ミズが死んだのよ。もう3週間も前かしら。わたしはミズがそろそろ危ないって頃に、病院から電話で知らされたの」

 ニコレッタは私の税金申告などを、もう5年以上もやってくれている経理士である。ミズにも紹介して、彼女ももう長いことニコレッタに頼んで、経理をやって貰っていた。ニコレッタは仕事以外でもミズの相談にのってやったりして、とても仲がよかったようだ。

  私はミズの死の知らせにショックを受け言葉もなかった。

  ミズは癌でパヴィアの大学病院に入院していたという。そして過酷な運命と戦って、ついに命を断とうとしていた。ミズが慕っていたニコレッタは、死期もま近かになって知らせを受けたのである。すっかり変りはてたミズだったが、気持はまだしっかりしていたという。

「幻滅だわ。こんなに若いのに、もう死んでしまうなんて」
 と、ミズは呟いた。彼女は死後の自分のアパートの整理一切合切をニコレッタに頼んだのであった。
  日本から父親が来ていて、火葬して遺骨を持って帰国した。
                                               
                                          *

 私は、はっと我に返った。いくらか汗ばんでいた。私は夢の中で鈴の音を確かに聴いた気がする。数日の間、私はミズのことばかり考えていたからなのであろうか。真っ暗な闇の中で私は確かにきいたのだった。
 私は起き上がって台所に行き、コーヒーを湧かした。私はそれほどコーヒーのファンではなかったが、大のエスプレッソ党のミズに、いくらか感化されたのである。私は窓を開けて、寝静まった街を眺めながら、コーヒーを口に持って行った。そしていろいろなことに思いを巡らした。

 最後に彼女とコンプピュータの雑誌のことで口論したのは、夏休みに入るずっと前だった。あのときミズはいらだっていた。声の質からも疲れている様子だった。そしてつまらない議論でもって、自分たちは仲たがいしてしまったのだ。

 私は因りを取り戻そうとして、2度も電話をして、留守番電話にメッセージも入れておいた。彼女は私が連絡を待っていることは百も承知だったはずだ。
 だが、ミズからの連絡はなかった。取るに足らない友情だと分ってしまえば、ばっさり切り捨ててしまうことだってあり得るだろう。時間が経つにつれて、ミズにとって、私は友達としても意味のない人間になってしまったのであろうか。
 そんな考えが私のプライドを傷つけた。だから、自分のほうからも、きっぱりと型をつけよう。連絡などするものか。彼女のことは頭の中から完璧に葬ってしまおうと思った。

 夏休みにメキシコとグアテマラを回ったとき、ふと、ミズが言ってたことを思い出した。
「いつかメキシコに行ってみたいわ。あたしマリンバが大好きなの」
 だから、カンクーンから絵葉書を送ろうかと思ったが、結局は出さなかった。

 私はふと考えた。
 私たちが電話で口論したあのとき、彼女は救いがたい病いに掛かっていることを知っていたのだ・・・生きることを断ち切られ、死への恐怖におののいていたのではなかろうか?

 私はその夜、飲み付けないエスプレッソのためなのか一睡も出来ず、悶々として明け方を待った。
 朝、私はニコレッタに電話をした。

「ねえ、ミズの病室で、日本人形を見なかった? それとも人形のこと、何か言ってなかった?」

  私は、人形を返してもらいたいために、こんな質問をしているのではないことを、知ってもらいたかった。そんなことを、今だにけちけち考えていると、ニコレッタから非難されるのではないかと思うと辛かったが、どうしても聞いてみたかったのである。

 ミズはあの人形を一目見た時からすっかり魅せられてしまったのだ。ミズは死んでしまったが、人形はもしかしたら存在しているかもしれない。
 それとも一緒に棺の中に納められたかもしれない。今となってはどっちでもいいことであろう。ただ、ニコレッタはあの人形の結末は知っているのではなかろうかと考えたのだった。

 思いのほか、彼女はやさしい口調でいった。
「人形?・・・そうねえ。病室でもアパートでも見なかった気がするけど。勿論ミズからは、そんな話は何もなかったわ」
「例えば、死んだ者が生前愛着を持っていたものなど、棺の中に納めることだってあるだろう? あの人形、ミズは何か異常なほど、気に入ってたんだ」

 私はニコレッタに人形の経緯について簡単に話した。日本から持って帰ってきた市松人形だが、ミズがすっかり魅せられて、自分のアパートに持って帰ってしまったことなどを。

  ニコレッタは電話の向こうでしばらく考えているふうだったが、 やがてきっぱりと言った。
「あたしはミズの遺体が棺に納められるとき、その場にいたんだけど、人形は入れなかったと思うの」
 ふと思いついて私は聞いた。
「もうひとつ。ミズは銀の鈴のネックレス付けていた?」
「ああ、あの鈴ね。どうだったかしらねえ。きっとそうだったかもしれないわねえ。でも覚えてないわ」

 もうこれ以上、こんな話は続けたくなさそうな気配を感じて、私は話を止めた。(つづく)

                                               

| 『人形』 | 13:12 │Comments0 | Trackback-│編集

| top|

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

すむらけんじ

作者: すむらけんじ
ミラノに住む広告イラストレーターです。このブログは今まで飼った猫、今飼っている猫のことを綴ったものです。
作者は左耳は生まれつき難聴にかかり、人口内耳に踏み切るまでの耳の歴史、未来のことなども連載しています。

04 | 2017/05 | 06
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -

すむらけんじへメールする

名前:
メール:
件名:
本文:

イラスト、写真、文の無断使用を禁止

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。