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イタリア猫ショートショート_あと25話


oku


おくりねこ


「・・・わたくし、ティンティンに枕元で見取られながら死にたいの」
老婆はうわごとのようにくりかえす。

(医者・・・この言葉、3日間に50回は聞いたな)

「あなたのネコへの情愛に頭が下がります。ネコちゃんはきっとあなたの望み通りにしてくれるでしょう」

「・・・ティンティンはまだ、8歳なの。わたしが死んでしまったらどうなるんだろう」

「ロザンナさん、ご心配要りません。わたしが見てさしあげますわ。わたしとティンティンはとってもいいお友達になりましたの」
アンナは老婆の手を取ろうとした。

だが、老婆は手を引っ込めた。

「あんたがティンティンの面倒をみてくれるんだね?お礼としてわたしの資産全部あんたに託すんだから、それくらいのことはしてくれないとね」

(医者・・・おやおや、ネコの面倒くらいで、気の遠くなるような資産を譲るんだって?やっぱり正常ではないな)

「ロザンナ夫人、あなたの生命力はすごい。98歳とはとても思えない。気持をしっかり持つのです」

「わたしは孫を失ってから、どーっと年老いたてしまったのよ。ぐうたらでどうしようもない孫だったけど・・・」

アンナはひとつひとつ老婆の言葉にうなずいている。

「ティンティンはどこだい?わたしの枕元に連れてきておくれ」

アンナは口ごもったが、やっとこう言った。

「今日はとってもいい小春日和なので、お庭を散歩しているようですわ。うっとおしい雨季が終わって、ティンティンもうれしいのでしょう」

老婆はレリーフの天井を、うつろな目で眺めている。
「この天井が私には高すぎてねえ、吸い込まれそうだよ。目がくらくらしてくるよ」
「5メートル近くもありそうですからね。全く立派なお屋敷です」
医者はあいづちを打った。

「あなたは誰?バルビエ-リ先生ではないのね?先生はなぜいらしてくださらないの?」

オッホン!小さく咳きをして医者は言った。
「すでに(もう5回も)ご説明申し上げたように、バルビエーリはですね、暫くの間どうしてもうかがうことが出来ず、わたしが代わりとしてロザンナ夫人の健康管理をさせていただいているわけです」

「・・・わたしはティンティンの傍で死にたいんだよ」
うわごとのように繰り返すと老女は目を閉じた。



「先生、ちょとお話が・・・」

医者とサロンに移ったとき、アンナは声を落として言った。
「先生、実は今朝、ネコのティンティンが死んだのです」
「ええっ?死んだ?」

「私が夜明けに病室に入っていったとき、ティンティンはすでに死んでいたのです。いつものようにロザンナさんの足元に丸くなって寝ているのではなく、彼女の枕元に横になっているので、不審に思って近づくとすでに冷たくなっていたのです。私は夫人が目を覚まさないように、そっとネコを抱きかかえて病室をでると、獣医さんにすぐに電話をしてここに来てくださるようにお願いしました・・・ティンティンは老衰で息絶えたのだそうです」

「老衰だって?だってあのネコはまだ8歳なんだろう?」

娘は顔を横に振った。
「いいえ、本当は19歳なのです。一ヶ月くらい前かしら。お知りあいいがお見舞いにいらしたとき、いつまでも綺麗ねえ、ティンティンって。7、8歳くらいにしか見えないわ、とおっしゃったので、ロザンナさんはそれ以来、ティンティンを8歳と思うようになったのです」

「綺麗で毛並みの見事なネコだったものね。私もそう思い込んでいたんだ」

「ロザンナさんの最期まではなんとか生きていてもらおうと、ビタミン剤を打ったり、獣医さんも大変でしたの」

「待てなかったんだな、ティンティンは。ご主人のために頑張ったんだろうけど」

「あんなに綺麗でやさしいネコ、はじめてですわ。私にもとってもなついてくれたし。わたしの気分もなごませてくれましたわ」

医者は考えているふうだったが、やがて真顔で聞いた。

「アンナ、立ち入ったことを聞くようだが、ロザンナ夫人が他界したあとは、あんたの将来はどうなるんだね?あんたは看護婦の資格も持っているそうだし、新しい勤め口を探すくらい私だって力になれると思うよ。バルビエーリが死んで、私が代わりとしてくることになり、まだ3日しかたっていない。でも君の献身的な介護ぶりは胸をうつものがあるんだ」

アンナは感謝の眼差しで医者を見た。

やがて・・・
「あの・・・ロザンナ夫人のお孫さんが亡くなってしまって、わたしが今では唯一の身内の者なんですって。2ヶ月前、私が勤めていた老人ホームに、ロザンナ夫人の弁護士さんが訪れて、身内の老婦人が病床で先も長くないから、看病に携わってほしいとおっしゃたのです。じゃあ、他界されるまでとの約束で、このお屋敷に伺いましたの。そし、弁護士さんから、私がたった一人の相続人だと聞かされたのです」

医者は驚きを隠せない。
「そうだったのか。まるでシンデレラ物語だな」

中老の医者はしみじみと娘を眺めた。
全く化粧はしてないが、顔立ちの整った賢そうで品のある娘だ。

「あたし、ここへ訪れたときに、夫人にこれから何とお呼びしたらいいのかしらってお聞きしたら、ロザンナと呼びなさいとぶっきらぼうに言われましたの。無理もありませんわ。わたしたちは他人と同じようなものですもの。事実上の身内なんて何の意味もありませんわね。そのときはまだ夫人は頭もはっきりしてらして」

「そのうちボケがひどくなってきて、ネコの面倒を見てくれるお礼に資産を全部プレゼントするんだなどと・・・ロザンナ夫人はこの州の大資産家の10指に入るんだそうだ。君の将来は変わるよ」

「先生、お金持ちになるって、そんなに重要なことなのでしょうか。お金がたくさんあっても不幸だったり、惨めな一生を終えた方も、たくさん見てきましたわ」

医者は笑った。
「そんな屁理屈言わないで、もっと驚きと喜びを感じてほしいもんだね。私も名乗りを上げればよかった。おばあちゃま、覚えていますか僕のこと?あなたに会いに50年ぶりにニューヨークから戻ってきたんですよって」

娘は微笑んだ。
「ロザんナさん信じるかもしれませんわ。でも弁護士さんが・・・」
「弁護士もボケてくれないとね」

「先生、ロザンナさんがティンティンはもう死んでしまったことを知ったら・・・あたしそれが辛くて」
「私にもどうしていいか分からんのだよ。君が心をつくして看病するしか方法はないと思うよ」


医者が帰ったあとアンナは寝室に引き返した。
看護婦と家政婦が老女の体を洗い、シーツを変え終わったところだった。
薬が効いているらしく老婦人はうつらうつらしていた。

看護婦や使用人が出て行った後、アンナはベッドの傍らに腰を下ろして窓の外を眺めた。
赤い西日が温室の窓を染めていた。

本を読む気にもなれず、過ぎ去った出来事が脳裏を横切った。

強烈な恋に落ちて、それがはかなく散ってしまったこと・・・
相手は資産家の息子だった。身分不相応な相手であると知りながら、恋に落ち、そして終わった。
こんな苦しみを受けるなら、もう恋はすまいと・・・

そして、自分はこの屋敷に送られてきた。
自分は唯一の遺産相続者なのだそうだ。
それがどういうことなのか実感が今でも湧かない。
わたしは小さな2部屋のアパートさえ持てなかった両親の、貧しい生まれなのだ。

死もま近かな老女が目の前によこたわっている。
こんなちっぽけな、今まで会ったこともない娘が,唯一の身内であることを受け入れなければならない老婆。

いずれ、死は訪れる。貧しき者にも裕福な者にも。

自分もこの老女のように衰え、肉体は滅びてしまうのだ。
老女を前に涙が出てきた。


「ティンティンは・・・?」
目をさました老婆はつぶやいた。

あの・・・アンナは言葉につまった。

「ティンティンは19歳だものね」
老婦人が天井を見つめたままぽっつり言ったたので、アンナはぎくりとした。

老婦人はティンティンのことをそれ以上聞こうとはしなかった。

彼女はまじまじとアンナの顔を眺めていたが、やがて力なく手をさしだした。
アンナはそれを受け止めやさしく愛撫した。

骨ばった皮だけの手だったが、わずかの温もりを通してはじめて老婆との交流が出来たことが嬉しかった。
手を握られたまま、老女は再び眠りに落ちて行った。


その夜・・・

「先生、こんな夜更けにお電話して申し訳ありません。ロザンナさんが亡くなったのです」
「え?すぐにそちらに向かうからね。気を落ち着けて」

「とっても穏やかな顔だね。まるで気持ちよくお昼寝をしているようだ」

「昨日先生が帰られて、ベッドのところにいましたら、ロザンナさんが目を覚まされて、
「ティンティンも18歳だものね」って。

「あたしびっくりしてお顔を眺めたけど、何かいつもとは違っていたみたい。しっかりとわたしの顔をみていらしたわ。そして、手を差し出したので、わたしもにぎり返しました。ご自分からそんなこと一度もなかったのに。そしてそのまま眠ってしおしまいになったの。そのうちわたしもうとうとっとしてしまったけど、目が覚めたとき冷たくなっていたのです」

「ともしびが消える直前に一瞬の正気をとりもどしたんだな。そして君のことをみとめたんだ。おばあちゃんもネコも最後まで頑張って生き抜いて、至福の死をとげた。さあ、これからは君の新しい人生がはじまろうとしているんだ」(K)

| 猫.cats,gatti 100の足あと | 03:37 │Comments4 | Trackbacks0編集

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コメント

Re: タイトルなし
ほんと!天国で猫に迎えられるのも悪くない。

猫て、目が覚めたときじっと見ている姿ってとっても可愛いですね。戸惑ったような表情。
飼い主への情愛を感じさせます。
・・・・・・・というのはボクの意見。
「そりゃあ、飯のさいそくだよ」とは、猫をよーく知っているという友人。k

2009.10.26(Mon) 19:58 | URL | ban|編集

ティンティンとロザンナさんの18年想像してました。先に旅立って天国で待っていてすり寄って来る
ティンティンが見えるようです。

2009.10.26(Mon) 01:34 | URL | AKI|編集

Re: タイトルなし
これね、枕元シリーズ3部作の3つ目だけど・・・目が覚めた時、枕元に猫がいて、じーっと見られている不思議な感覚をね、書こうと思ったのが、3部作の切っ掛けなんです。その逆に、猫が目覚めたら、人間がじーっと見ていたなんてコトも、描いてみようかな?
とにかくまこさんのコメント嬉しかったよ。久々に徹夜で書いた甲斐あった。k

2009.10.23(Fri) 16:11 | URL | k|編集

読んでいる間、映画のシーンを追って
観ていた気がしましたよ。

善人たちの物語で、とても清清しい、
心地よい気持ちで読み終えられました~~

イイですネェ~~Kさま~~

2009.10.23(Fri) 09:39 | URL | まこ|編集

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すむらけんじ

作者: すむらけんじ
ミラノに住む広告イラストレーターです。このブログは今まで飼った猫、今飼っている猫のことを綴ったものです。
作者は左耳は生まれつき難聴にかかり、人口内耳に踏み切るまでの耳の歴史、未来のことなども連載しています。

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