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イタリア猫ショートショート<あと24話>
mario1


『マリオと捨てねこ』<その1>

マリオがはじめてボクの事務所を訪れたとき、街をうろつくヒッピーが、家を間違えてぬっと入ってきたのではないかと思ったほど、奇妙な印象を受けた。
インド製のだぶついたシャツ、長い首にはじゃらじゃらと数珠を首に巻いている。
螺旋状に渦巻いている褐色の長髪はほつれ合って、その隙間から片目だけがギョロリと光っていた。
「チャオ」
と挨拶し、さし出した手はぐにゃりとしている。

「絵が好きだからイラストでもやってみようと思っているんだ」

若僧はボソっと言い、壁を埋めているボクの作品を眺めながらふんふんと頷き、
「従兄弟のフラビオが言っていたよ。Kはとっても優秀なんだって」と、敬意を示しすことだけは知っていた。


「何だよ、このマリオという奴。あいつ麻薬やってるんじゃあないんだろうな?それに本当に両親と一緒に住んでるのかい?」

マリオを紹介してくれたイラストレーターのフラビオに電話で不満をぶちまけると彼は笑った。
「いかにもお前らしいな。そんなことが気になるなんて。心配ご無用,オレが保証するよ。マリオは親戚中でたった一人、俺と気が合う奴なんだ。いくらかむら気ではあるが、従順で真面目、麻薬なんて絶対やってないよ。ちゃーんとした家庭の倅だ。どうだい、安心したかい?」

 ボクの所に来らせるアシスタントは、ミラノ市内に住む真面目な家庭の伜であることを第一条件としていた。
若者を一人おいて外出したり、鍵もわたさなければならない場合もあるから当然のことだ。
友人達はこんな僕のこだわりを笑うのである。


 マリオのデッサンはまあまあだったし、どんなことでも、のろのろだが全く嫌な顔をせずにやってくれた。
そのころ日本人の吉田君とか桑原嬢などがたびたび電話をかけてきたが、電話を受けるごとに、
「日本人だよ」とだけ言って受話器をこっちによこすので、
「みんな名前があるんだから、ちゃんと聞いてくれ」
 彼は薄笑いを浮かべていたが、それ以来かかってくると「日本人の友達だよ。オンナのコ」とだけ言ってこっちにまわした。

マリオが通って来るようになってから1ヶ月も経った頃、彼の両親から夕食の招待を受けた。
家族はブレラ美術学校から少し下った、旧市街のびっくりするような立派なアパートに住んでいた。
チーク材のシックな書斎を埋め尽くしたた本の群れは、そこだけでは納まりきらずにサロンの中まで占領していた。

以外!父親はミラノの有名なボッコーネ大学の教授なのであった!
古い絨毯、クラシックな家具や骨董品で溢れ、代々ミラノに住んでいる恵まれた家庭、というイメージを受けた。

マリオの兄貴は、大学を出て兵役に服していて、その夜たまたま戻って来て食卓に加わっていた。兵役にいる者の義務で髪を短く刈り込んだ兄の頭と、マリオのそれとが極端に対象的だった。
兄はきびきびとしてよく喋り、見るからにスポーツマンタイプである。

技術専攻の彼は、兵役も航空軍部を希望して合格し、意気ようようと出発したが、軍用機に乗ったり落下傘の実習などを夢見ていたにも拘わらず、実際には飛行場のトイレの掃除ばかりやらされると笑いながら話た。

ほとんど無言だったマリオが「死んでも兵役に服するのは嫌だ」と、ぼそりと言った。
はっきりした健康上の理由でもない限り、イタリアの若者は誰でも一年間の兵役に服すのが義務なのである。(現在は廃止されている)
とにかく教養ある落ち着いた家族の中でマリオだけが異質で、その辺をうろついている浮浪者が食事に招かれたような・・・奇妙な感じだった。


 ある日出勤して来たマリオがよれよれのコートを脱ぎながら、一匹の小ネコをポケットから取り出した。生まれてまだ,2、3週間くらいしかたっていない、ありふれたトラ猫だった。
マリオはこの猫を今朝、空き地で拾ってきたのだという。

家出したパンとノリ助は身元のはっきりしたところからもらっていたので、こんな野良猫を家にいれることに躊躇したが、たった一日くらいと思って黙っていた。
それに、やっぱり猫ってかわいかった。野良であろうが、良家の出身であろうが。

夕方マリオは、猫のことなど忘れたように出て行こうとする。お前ずるいぞ!
「おい、忘れ物だ」
「何を?」とぼけるマリオ。
 ボクは絵の具のチューブのふたで戯れている小ネコのほうを顎でしゃくってみせた。

「君のために,持って来てやったんだよ。よく、猫の話するからさ」
 一瞬言葉につまったが、ボクはっきりと拒絶した。

「オレは今は飼わない。2匹飼ってこりごりしたんだ。さあ,連れて帰ってくれ」
マリオは黙って猫をすくい、鞄に入れて出て行った。

翌日マリオはまた、ネコを鞄に入れてやって来た。
「おいおい、これから毎日ネコ同伴でご出勤かい?それとも自分のアシスタントにしたいのかよ?」
マリオは苦笑いしたが、螺旋状の髪の隙間から片目が深刻そうに光っていた。

何と,マリオの父親は絶対に動物を飼わない主義なのだそうだ。
だから昨日もそっと自分の部屋に隠して、今朝またそっと家を出て来たという。

何とも心動かされる話ではあったが、このネコを引き取る気持ちにはなれなかった。
仕事で雇っている小僧と公私混同するのがまず、イヤだと言う気があった。

翌日の金曜日にマリオは言った。
「このウイークエンドに引き取り手を探すから、月曜日まで預かって欲しいんだ」
  

月曜日は彼は一日中黙り込んでいた。ボクも子ネコについて何も言わなかった。
子ネコは無邪気に我々の足下で遊んでいる。

夕方、帰る時に彼は又、子ネコを鞄に入れて、出て行こうとした。
「貰い手は決まったのかい?」
さりげなく聞くボクに、彼は首を横にふり何も言わずに出て行った。

それ以後,彼は子ネコのことに何も触れなかった。
意識的に言うまいと決めているふうだった。
辛い別れをしたのかもしれない。

ネコ狩りなどが盛んだった時代の思い出である。ボクもフリーになったばかりの厳しい時代だった。(つづく)

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| 猫.cats,gatti 100の足あと | 14:03 │Comments2 | Trackbacks0編集

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コメント

Re: タイトルなし
あの頃かフリーになって暫くした頃で、仕事のことばかり考えてた。
家も狭かったしね。ネコ飼う気持ちなかったんだな。
それにイタ公の小憎の思いのままになるのもしゃくでね(笑)

2009.10.26(Mon) 11:10 | URL | ban|編集

子猫ちゃん、何処へ行ったのかな~!
心にキューンと来る話ですね
けんじさんの心も揺れていたのね~

2009.10.26(Mon) 00:59 | URL | AKI|編集

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すむらけんじ

作者: すむらけんじ
ミラノに住む広告イラストレーターです。このブログは今まで飼った猫、今飼っている猫のことを綴ったものです。
作者は左耳は生まれつき難聴にかかり、人口内耳に踏み切るまでの耳の歴史、未来のことなども連載しています。

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