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短編小説 人形 6
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その日、午後からの打ち合わせの取り消しの電話を入れると、再びパヴィアに向かった。
 そしてそろそろ陽も陰り出した時刻、私は例の作品の前に立っていた。
 レンガ作りの古い民家を改築したような、天井の高い民芸館の一室に、目的の作品は他の作品に混じって、ひっそりと飾られていた。
 それは白いパスタを使った表面に、小さなひび割れの効果を出し、艶だしの上薬を塗っただけの、マイヨルカ風の単純なものであった。
 3本のゆったりとリズミカルに流れる線は、紐のような細い線が盛り上がって四面を取り囲んでいた。ごくシンプルなオブジエでありながら、優れた陶芸の味わいがあった。

 私はこの作品の作者が表れるのを待っていた。
 作家の名はフロシルデ・クラウスとなっている。
 ワグナーの『ラインの黄金』のライン川の水の精の一人がフロシルデという名前であったことなど、ぼんやりと考えていたら、以前ミズと一緒にスカラ座にワグナーを聴きにいったことを思い出した。
 あのときミズはいたく感動したように、初めてワグナーに接したのだと言っていた・・・

  一人の女性が私の前に姿を表した。ワグナーのオペラに登場するような大柄なタイプを想像していたのとはちがい、赤毛の実に小柄な女性だった。
 髪を短く刈り込み、男物の白いシャツを無造作に着流したそばかすだらけのこの女性は、ずっと昔訪れた北欧のスオーミ(湖)で戯れていた男の子を私に思い起こさせた。

 閉館時間も迫ったほとんど人気のない、展示場の隅のソファーに落ち着くと、挨拶もそこそこ私は切り出した。
「フロシルデさん、あなたでしょう? ミズの人形を骨董店に持っていったのは」

 暫くの沈黙があった。やがて、 女性は首を横に振り、静かな調子で言った。
「あたしはただ、あなたに展示会の案内状を送っただけなのです」

 私がそれ以上何かを待っているのに気がつくと、しばらく間を置いて、思い出を辿るように彼女は話始めた。
「私とミズは姉妹のように仲がよかった。手遅れの癌だと分ったとき、泣いて私に打ち明けてくれたのです。強いショックを受けていたけど、やがて思い直して、残り少ない日々に 自分には何が出来るのだろうかと考えていると言ってました。
 その後、日本人形のボディを丹念に修理し、着物も古い和服の端切れを使って縫い替えていました。ミズの長い髪毛が切られているので、この人形の髪はあなたのものなのね?って言うと、
『そう、もう必要なものではないので、これに使ったのよ』
 そして、『わたしには山ほどやりたいことがあったのに、何もできなかった。これがあたしの最後のささやかな仕事になったんだわ』
 と呟いていました。

 私が人形に見とれていると、ミズは、
 『見て、この表情。わたしにはどうしてもただの人形とは思えないの。じっと眺めていると、逆に私のほうが見つめられている気分になってしまう。
 そして不思議と亡くなった母の顔が浮かんでくるの。だからもう、この人形は絶対に返したくなかった・・・実はこの人形は流太さんのものなの』

 リュウタ? その名前はミズから聞いたことがありました。
 入院した日に、私が病室に彼女を訪ねると、人形が見当たらなかったので、もう一度あの人形を見たいわと言うと、ミズは人形をパヴィアの骨董店に、付き添いの女性に持って行かせたと言うのです。

 驚いたわたしは、あれは流太の人形ではなかったのって聞いたら、
『そうよ。流太はいつか必ず取りにくるわ。だからそれまでお店に飾っといてもらうのよ』
 そこであたしは聞いたの。
『でも来なかったらどうするの』って。

『いつか必ず来るわ。きっとそうなるのよ。だから、なにも心配はいらないの』
そう言って彼女は微笑んだわ。
 なぜ、そんなことをするのって聞いてみたかったけれど、わたしは黙っていた。ミズってとっても変わった人だったからです。
 わたしには見当もつかないことを言ったり考えたりするひとだった。そのためにむしろ、とても神秘的に見えるミズだったの。 

 わたしは故郷のケルンとボンでの個展の準備をするために後ろ髪引かれる思いで発ったのです。
 オプニングが終わったら、翌日、パヴィアに飛んで帰るつもりだったのに、、、ケルンでミズが死んだと連絡を受けたとき、私は一晩中泣いたわ。私も死にたいと思ったくらい・・・」
 眼に涙を浮かべて話すこのフロシルデのことは、ミズから全く聞いたことはなかった。私にはミズが今まで感じていた以上に秘密に満ちた女に思えた。

「パヴィアに住むようになって、ある日、あの人形を骨董店で見つけたの。それ以来とても気になっていました。なぜって、1年たっても、2年たっても、流他さんは人形を取りにこない。わたしは店に入って行く勇気がなく、時々外から隠れるように骨董店の前を通りながら確認してたのだけど、そのうち焦って来たの」
 彼女はもう笑っていた。
「なんとかしなければ。店の人間が諦めて誰かに売ってしまったり、店主がかわったりしたらどうなるんだろうかと心配になって来たのよ。まず思ったことは、とにかく流他さんをパヴィアに呼び寄せることだって。そのために私はこんな作品を作ったの」

*
 人形は元のように私のサロンのコモの上に置かれた。その横にフロシルデの作品も。このところ少々年を取って来た猫のポは、人形を見ても全く関心を示さないので私はほっとした。どうやら、年と共に以前ほど好奇心旺盛では亡くなって来たらしい。
私は以前と違って、大いなる関心を持って、毎日人形を眺めるようになった。

考えてみれば、人形との再会は非現実的で全く不思議な出来事であった。
ミズは、人形は必ず私のもとに戻って行くと確信していたのだ。そして、それを全うしたのである。
フロシルデはそれを手助けしただけである。
語学学校時代のマレーシアの女の子の髪毛ではなく、ミズ自身のものを使った新しい髪は、彼女の執念であり、確信であり、無事に私のもとに届いてほしいという強い願いであるように思われた。
そして新しい着物、顔も綺麗に磨かれて蘇ったこの人形は、ミズの化身その物のように思われた。


  年も変わって、春が訪れた。
 ある日曜日の午後、私はサロンのソファーに横になって、本を読んでいた。
穏やかな四月の終わりの太陽がさんさんと室内に差し込んで、すでに初夏の気配を感じさせる和やかな午後であった。私はそのうち、うとうととしてしまった。

・・何かが、ごとん音をたてて落ちたような気配で私は我に返った。腹の上に載せていた分厚い本が板張りの床の上にずり落ちたのかと思ったが、本は両手で持ったままだ。
何気なくコモに眼をやってびっくりした。

意外にも、猫のポがきょとんとして私をみていたのだ。
 そして人形は床の上に落っこちていた。飛び起きて人形を拾い上げたが、幸い顔は傷ついていないものの、髪毛のカツラが半分外れてしまっていた。

  外れたカツラの隙間から小さな穴を見つけ、空洞が見えたので、何気なく覗いてみると、何か入っていているようだ。
 軽く振ってみると、微かな音がした。私は人形の頭を逆さにすると、指を突っ込み、苦労してやっと中の物を取り出した。
 薄い和紙に包まれた、親指の先くらいの大きさの紙包みは、接着剤で頭の内側に貼付けてあったらしいが、床に落ちたショックで外れてしまったのだろう。

 私は慎重に包みを開けた。中の物が完璧に姿を現わす前に、あることを予想して、胸が高まり、指先が震えるおもいだった。
 中から出て来た物・・・予感した通り、それはあの銀の鈴に他ならなかった。こわごわと二本の指でつまみあげると、鈴はチリンと午後のサロンに響いた。 「完」


 短編小説 人形 5

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 そして、3年の歳月が流れた。秋も深まった10月の半ば、私はパヴィア市の大学付近の石畳の裏通りを歩いていた。珍しく快晴の午後であった。
 駐車場に車を預けて、私はゆっくりと人気のない裏通りを歩いていた。何百年もの歴史を誇るこの街は、時間が止まってしまったかのような、静寂と落ち着きがあった。
 ときどきポプラの眼にしみるような黄色い葉がたった一枚、そしてまた一枚、はらはらと足下に舞い降りてきて、私の目線を奪った。

  私はパヴィア市に陶芸家のグループ展を見に来たのである。先週、郵便物に眼を通していたら、この街での陶器展の案内状を見つけたのである。
 8人の女ばかりの合同展らしく、もちろん私の知らない名前ばかりであったが、それでも私は見に行ってみる気になったのだ。
 案内状の二つ折りのカードに、出品者の作品の写真がそれぞれ小さく出ていたが、その一つの何となくピラミッドのような形をしている置物に、心引かれたのだった。

 その頃よくミズのことを思い出していたので、そんな気持にさせられたのかもしれない。私は美術史家団体のための、ヴィジェーヴァノ市のブラマンテ広場での仕事を終えたあと、わりと近くのパヴィア市に足を伸ばすことに決めたのだった。

  ミズはこのパヴィア大学の付属病院で息を引き取った。癌だと宣告されても彼女は日本には帰りたがらなかった。

「広島の病院に入るよりここのほうがいいわ」
 ミズはニコレッタにそう言ったという。日本から駆け付けた父親は見晴しの良い特別一等室に部屋変えさせた。そこからは葡萄畠が連なる丘陵が一面に見渡せた・・・・

 ちょうど私は、一軒の骨董店の前を通りかかっていた。
 そして何気なく足を止めた。店のウインドウは西陽をまともに受けて、それをさえぎるために、白い日除けが深々とさがっていた。
 いつもの癖で眼をこらして大きなガラスの中を覗いていると、次第に眼が慣れてきて、薄暗い店内の様子が少しづつはっきりとしてきた。
 古い家具やテーブルの上に、ヴェネティア・ガラスやカーポ・ディ・モンテらしい置物などがおいてあり、壁は肖像画や絵皿でびっしりと埋められていた。

・・・私は瞬間息を飲んだ。ずっと奥まったところに、日本人形が足を投げ出すように座って、暗がりの中で私をじっと見つめていたのである。
 私はなぜかその時、反射的に『ミズ!』と小さく呟いたのだ。
 我が眼を疑い、いっとき眼をそらせて、また改めて人形を見た。人形は一層強烈に、私に向かって婉然と微笑んでいるように見えた。
 暗闇の中で、人形だけが幻のように光を放って、私に迫ってくるような錯覚を憶えた。

  我に返った私は店の中に入り、あの日本人形を手に取って見たいと言った。

 白いレースのブラウスを着た金髪の若い娘が、何となく探るような眼付きで私を見たが、やがて人形を抱き上げてから、無言のまま私に手渡した。
 ガラス越しに熱心に見ていたこの客を、彼女は、ずっと観察していたのに違いないのだ。

 人形の髪は黒くたっぷりしたもので、着物も華やかではないが、みすぼらしいものではなかった。
 そのことが私を失望させた。私は気を取り直して、改めて人形の面を見た。そして、眼を離すことが出来なかった。
 仏様のように慈愛のこもった表情、謎めいた、私の心の奥まで見透かしているような微笑み・・・
 私はこの人形を買おうと決めた。

  だが、娘は、意外なことを言ったのだ。
「残念ながら、この人形は売り物ではないのです」

 解せなくぼんやりとしている私に、彼女は続けて言った。
「これは預かり物で、私たちは持ち主が取りにくるのを待っているのです。
 もう三年も前のことですが、わたしの祖母が店にいるとき、ある女性が訪ずれて、『いずれ、きっと持ち主が表れるから、それまで預かっていて欲しい』と頼んだのだそうです。祖母はそのとき、一応断ったようだけど・・・」

  若い店員は人形の髪毛の乱れを直しながら、続けた。
「その女性は日本製の皿や壷など見せて、
『ぜひ、お願いします。これはそのお礼です。古いものばかりではないが、結構価値のあるものだそうだから売るなり何なりしてください。もう、必要ではくなったので』
 そして去って行きましたが、それっきりなのです。
 祖母はこの不思議な依頼に非常に興味をもったらしく、人形は確実な持ち主が表れるまで、誰にも手渡さないようにと、昨年死ぬ前に言い残したのです」

 ミズのやったことなのだ! これはあの人形なのだ、と、私は心の中で叫ばずにはおれなかった。
 そして、人形を持ってきた女性とはニコレッタのことではなかろうか。
 やっと、持ち主が現われたようです。それは私です、私はそう言いたかった。だが、娘は先回りして言った。
「何かはっきりした証拠を示してくだされば、この人形を持って行ってくださって結構ですよ」

 この人形が自分のものであることを証明するにはどうしたらいいのだろうか。
 まず、いったい誰が人形をこの店に持って来たのだろうか。
 当然のことながらニコレッタのことを考えずにはおれない。だが、持って来た女性がニコレッタなら、なぜ私にそれを言ってくれなかったのだろうか。
 私はミズとニコレッタの二人の女の企みに掛かっている様な気分になった。

 私は思いに沈んで店を後にした。ミズの顔と今しがた見た人形の顔がだぶって、頭脳から取り去ることが出来なかった。
                                                     *
 
ミラノに戻ると、東京の小河夫人に電話を入れて、一部始終を話した。

「流太、あんたに言ったでしょう。誰にも上げないで、自分で持っていてねって。でももう人でに渡ってしまったのだったら、諦めるしか仕方がないわ」
 彼女の声を聴きながら、私はミズにあげてしまったのではなく、髪の毛を作るというから彼女に貸しただけなのだと言い張った。
小河夫人のいかにも残念そうな声に、いくらかあわてふためいたが、私は何が何でも人形を取り戻したいと言った。

「もしも本当にあの人形なら、ボディの何処かに「舟」とか「舟次郎」というサインがあるかもしれない。でも私も確信はもてないの。必ずサインが入っているとは限らないし。
 もう、百年近くも前に作られたものなんだろうけど、作家は舟次郎というひとらしいの。気がふれて死んだ若い妻に思いを込めて作ったと言う、伝説までのこっている、曰く付きの人形らしいのよ」

 翌日、私は再びパヴィアの骨董店に姿を現わした。店の娘は私が再び訪れたことを、なぜかよろこんでいるようすであった。

 私は紙の上に「舟次郎」という字を書いてみせ、作家のサインとしてこの文字が体の何処かに書き込まれているかも知れない、それが見つかれば確かな証拠だと言った。

  二人は慎重に人形の着物を脱がせて、ボディをくまなく探したが、「舟」という文字、またはそれらしき物は、どこにも見当たらなかった。
 失望の色を隠しきれず、呆然としている客の前で、娘は新たに着物を着せられた人形を抱き上げ、しげしげと眺めながら言った。

「ほんとうにいい表情をしている・・・祖母の大変なお気に入りだったことも理解できるわ。
 ここに長いこと置いてあったのに、わたしはあまり注意して見なかったけれど。
 でも、祖母が言ってたわ。この髪の毛はもちろん後になって作られたものだし、着物だって古い布地を使って作り替えたものに違いないって。ヨーロッパの人形だってそうだもの。
 完璧なオリジナルのものばかりではないのよ」

  どうしてそれに気がつかなかったのだろうか。これが、あの人形なら、ミズが手を加え、作り直した物なのである。これはミズの作品ではないか。
 彼女は自分の作品に、あの銀の鈴にまで必ずサインを入れていた。「川」という文字を横にしたような、三本の線の水のイメージのサインを。もしかしたら見つかるかもしれない。
 ミズのサインを紙に書いて、私と娘はまた丹念に調べ始めた。緊張のあまり、体が小刻みに震えるのを覚えた。
 そして・・・私は見たのである。人形の襟足にあたるずっと上の方、隠れるように小さく、注意して見なければ見逃してしまいそうなミズのサインが、克明に書き込まれていたのである。

 人形は私の元に戻ったのである。
 その夜、私はニコレッタに電話をして、いきさつを話した。信じられないというふうに、感嘆のため息が電話を通して聞こえてきた。

「ねえ、ニコ、白状したらどうなんだい? あの骨董店に人形を届けたのは君だろう?」
「そんなにあたしを疑わないで。この奇跡にわたしもすっかり驚いているのよ」
 嘆願するように言うニコレッタに、これ以上しつこく攻めるわけもいかず、私は電話を切った。

 翌日から再び翻訳の仕事に取りかかった。
 ゆっくりと朝食を取った後、私がコートのポケットから手帳を取り出そうとしたとき、一枚の印刷物が足下に落ちた。
 それは陶器のグループ展の案内状であった。
 私はその展示会を見るためにパヴィア市に行ったのだったが、人形のことにかまけて見ずじまいに終わったのだった。
 忘れていたわけではなかったが、もう興味も失い、人形を抱えてそそくさとミラノに戻って来たのである。私はその案内状を壁にピンでとめながら,改めて作品の写真に眼が入った。
 ピラミッドを少し長くしたような白い置物は、なんとなくミズの鈴の形に似ている。
 私はこの作品に引かれてパヴィアに行った。そして人形を見つけたのだ。何という奇遇であろうか。 

  しみじみと写真を眺めていた私は、稲妻を受けたようにはっとした。
  よくよく見ると白い面の下の方に僅かではあるが、数本の線が、いや、確かに3本、五線譜のように平行に波打って、四面を囲っているようである。
 それはごく細く彫り込まれているようでもあり、盛り上がっているようでもあった。ライトの当たり具合で、はっきりしているところと、ほとんど見えないところもあるが、確かに3本の線には違いなかった。(つづく)
                                                   
 

| 『人形』 | 13:28 │Comments1 | Trackback-│編集

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コメント

かんげき
短編小説”人形”に感激!!
私の涙もろさを刺激された~

若き日のお話を題材にとられ
たのですね。

2009.04.30(Thu) 11:35 | URL | まさ|編集

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すむらけんじ

作者: すむらけんじ
ミラノに住む広告イラストレーターです。このブログは今まで飼った猫、今飼っている猫のことを綴ったものです。
作者は左耳は生まれつき難聴にかかり、人口内耳に踏み切るまでの耳の歴史、未来のことなども連載しています。

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