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イタリア猫ショートショート<あと11話


voce del pad

カラス・ヴェードヴォ(1)

もう夏もほど近い、いくらか汗ばむ感じの午後。
いっぱいに開けたバルコニーからは、通りの騒音など全く感じない。
今日は日曜日、どこの店もしまって、街中がお昼ねって感じだ。
そして僕も・・・

つんざくブザーに夢を破られた僕はソファーから転げ落ちそうになる。
ドアを開けると・・・
頭はくしゃくしゃで充血した目の女が、いきなり噛み付いてきた。

「いい加減に止めて!何よあれ!キーキー、キーキー、おかげであたし一睡もできないのよ」
こっちだって、あんたのヒステリーで目、覚めちゃったんだ。

僕は小ヴォリュームのステレオを止めた。
「奥さんはマリア・カラスがお嫌いなんですね。申し訳ありませんでした」

「3時間も続けられて、こっちは神経障害をおこしちゃうわ。睡眠妨害で警察を呼ぶわよ!」
すっごい剣幕だ。
カラスの「狂乱の場」を聴かされて狂乱した女って感じだ。
3時間はちょっとオーバーだが、ともかくカラスがヒステリックに歌い続けていたのは認めぬわけにはいかない。
CDは終わったらまたくりかえし、また繰り返していた。気がふれたように。

女は言うだけ言うとサンダルの音も乱暴に階段を下りて行った。

もし、カラス・ヴェードヴォ(死んだカラスの熱烈の崇拝者のこと)であるならば、ベルリーニの「夢遊病の女」のアリアにかんしゃく起こす者なんていないだろう。たとえ、草木も眠る丑三つ時だって。



でも、カラスが嫌いな者、カラスの声をこの上なく汚らしい声と思っている者、第一オペラなんてまったく関心のない人間だって世界中にはたくさんいる。
そんな人間には、遠く微かではあってもカラスの声は神経障害を起こさせるものらしい。
あの女もそのひとりなのだ。やれやれ、アートに見放された哀れな者達よ。

「誰だったっけ、あの女?」
僕はバルコニーから外を眺めながら寝ぼけ頭で思いめぐらす。

たしか・・・数日前に真下に引っ越してきた彼女?
昨日、タクシーに乗るところをちらりと見たけど、どえらく綺麗な女だった。
すらっとしていて、ふっくらした額のプロフィーロが完璧で、ワインカラーのスーツが並木の緑と調和していた。
それに引き換えさっきのあれは・・・女って魂の状態でガラリ形相が変わるものらしい。

翌日、僕はこりもせずカラスを聴きながら仕事に熱中していた。
グラフィック・デザイナーの僕は「カラス・ヴェードヴォ会」の幹事でもあり、来年のカレンダーの製作にもあたっている。6月末に入稿なので、昼寝なんかしている暇なんかないのだ。
9月には印刷完了、もう、予約は始まっている。
無報酬の仕事だがカラス・ヴェードヴォにとって、楽しい仕事にはちがいない。
部屋の中は、壁にも床にもカラスの写真で充満している。
スナップ、ステージ写真、スタジオ写真その他もろもろ。100キロ近くあったデブさんのときの写真も悪くはないが、カレンダーには使えない。ヴェドヴォ達は醜いアヒルの子を待っているのではないのだから。

ブザーが鳴る。
ドアを開けると速達便を手にした見慣れた若い配達夫が立っている。
彼は足元を指して言った。
「このネコ、家に入りたいみたいですよ」
ネコ? オレ、ネコなんか飼っていないけど・・・足元を見る間もなく、ネコはするりと我が家に侵入してきた。家を間違ったんじゃないのかい、このにゃんこ!
配達夫いわく、階段を上がってきたら、ちょこんとドアの前にお座りしていたというのだ。
ネコはカラスの顔の上をお構いなく歩いて行く。
おいおい、気つけろよ。コレクターから拝借した貴重な写真だってあるんだよ。

ありふれた灰色のネコのようだが、えらく耳が大きくピンっと立っている。
鼻がちょっと尖がってるからそう感じるのかもしれない。
でも大きな青い目してあどけない。

ネコはスピーカーの近くに来ると行儀よくおすわりした。
そして、じっとスピーカーを見つめている。
いや、聴き入っているって感じだ。
亡き主人の声を聴き入っている、コロンビアレコードのマークの犬のように?
しばらくすると、横になって体をうずめた。目を細めてまるで眠っているようだが耳は盛んにぴくぴく動している。

僕は出かけなければならない。
ステレオを消すと、猫はむっくりと起き上がり怪訝な顔でこっちを見る。やがて諦めたように身を起こして一緒にドアを出る。そして、さっと姿をくらましてしまった。

翌日からはバルコニーから入ってきた。もくれんの木を登ってそれからツタに飛び移り、そして我が家のバルコニーへ。
帰るときはドアから。当然だ。ネコは登るのは得意でも、降りるのは苦手なんだもの。
ドアのノブに飛び掛ったりするので、ドアのメカニズムは承知のようだ。


カラスが歌っているときに限って訪れる。
入ってくるとおとなしくカラスに耳を傾ける。別の歌手にすると、退屈そうに出て行ってしまう。
「こいつ、カラス・ファンなんだな」
僕は愉快な気分になった。ネコだってカラス・ヴェードヴォがいたっておかしくはなかろう。
カラスの不得意な高音で、バランスが崩れると、ネコは耳をビビビーっと小さくふるわせるのだ。カラスの欠点まで聴き取る天才ネコなのである。


***


あの美人がバルコニーの籐椅子に座って雑誌を見ている。
例の天才ネコらしいのがその近くの小テーブルの上にうずくまっている。
なんだおまえここに住んでたのか。
ネコは僕を見たが興味なさそうに目を閉じた。
(つづく)


| 猫.cats,gatti 100の足あと | 17:27 │Comments1 | Trackbacks0編集

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コメント

音楽に疎い私でさえ、カラスさんの声はすぐ判る!!
(ドラマティックな歌唱法大好き人間としては・・・・)
それも貴重な事・・・・という訳にいきませんかねぇ~~

ネコちゃんにも愛される程なんだし・・・・・ウフフ

2010.02.20(Sat) 11:02 | URL | mako|編集

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すむらけんじ

作者: すむらけんじ
ミラノに住む広告イラストレーターです。このブログは今まで飼った猫、今飼っている猫のことを綴ったものです。
作者は左耳は生まれつき難聴にかかり、人口内耳に踏み切るまでの耳の歴史、未来のことなども連載しています。

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