上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --:-- │Comment- | Trackback-│編集

verdi
 我々『スカラ友の会』一向は昼食でたっぷり時間をとったあと、サンタ・アガータの屋敷に足を運んで、楽しい意義或る午後を過ごしたことは、言うまでもない。

その日はルチオも案内役をやり、庭の大木の陰で説明する彼に老婦人たちは、一生懸命耳を傾け、質問したりしていた。
ヴェルディが円熟期に造り上げたこの隠れた城は、思いのほか質素で、彼の生い立ちや人柄をおもわせるものがある。
 森のような広大な庭には、池もあり、小山のようにこんもりと盛り上がった自然冷凍の倉庫などもある。養鶏所や温室栽培などもあり、ヴェルディは農酪にも精通していて、小作人達に手ほどきをしていたほどなのだ。
 屋敷には、今でも子孫が住んでいるとかで、我々訪問客が見れる所はごく限られている。愛妻ジュ ヴェルディはシェークスピアの三つの劇をオペラに書いたし、マンゾーニの死を悼んでレクイエムも作曲した。

                                  *

 2年後、オペラファンが待ち望んでいた映画『ヴェルディ』が出来上がり、数週間にわたって放映された。
 全ドラマに、たびたび真夏のスカラ座広場での撮影場面が出て来てくる。

 故郷ブセットからミラノに出て来た、夢多き若きヴェルディがカフェに向かうところや、どん底にあったヴェルディと、スカラ座の支配人との雪の夜の運命の出会いのシーン、そして2度目の妻、ジュゼッピーナに先立たれた晩年の散策や、グランドホテルから出る霊柩車の行進のラストシーンなどなど、すべて、夏休み返上のスカラ座広場で撮影されたのであった。

 ・・・凍えるような冬の夜、あてどもなくさまよっていたヴェルディとすれ違ったのは,スカラ座の支配人であった。その頃ヴェルディは2人の子供と愛妻マルゲリータを失い、初演作も失敗してしまう絶望的な時代であった。顔を伏せ、わざと気が付かないふりをして、通り過ぎようとするヴェルディを呼びとめた支配人は、青ざめた作曲家の顔をまじまじと覗き込み、
「どうしたんだい?、この頃全く顔を見せないじゃあないか。・・・ちょうど良かったよ。気が向いたらこれに曲を付けてみてくれないかね」
と、無理矢理に台本らしきものを、彼のコートのポケットに押し込んで立ち去ってしまう。

 火の気のないアパートに戻ってきたヴェルディは、その台本を床に叩き付ける。床に散らばった台本を拾い上げようと身をかがめた彼の眼は、ほのかなランプの下の一行の詩句に釘ずけになったのである。
『Va pensiero.Sull’ali dorate(飛べ、思考よ、黄金の翼に乗って!)』
 一脈の旋律がひらめき、脳裏を広がって行く。彼は取り付かれたように、寝食をわすれて書き続けた・・・このテレビドラマの忘れられないシーンである。この作品こそ、彼のスカラ座の門を開いてくれた出世作『ナブッコ』である。

 連続ドラマ『ヴェルディ』が終わった頃、ミラノを訪れた友人の希望もあって、再び彼の故郷を訪ねた。冬にはまだほど遠い季節ではあったが、朝から霧の深い日であった。サンタガタの屋敷の広大な庭園には、枯れ葉が積もり、他の見学者もごくわずかで、閑散としている。

  ここで撮影された場面を思い出す。
 妻、ジュゼッピーナの最期のシーンはしんみりさせる。
 老いたヴェルディは最後まで妻に寄り添い、時たま空っ風の強い庭に出て、小さな花を見つけると、摘んで病室に持って行き、病床の妻を喜ばせる。(つづく) 

| オペラノスタルジー | 20:07 │Comments0 | Trackback-│編集

| top|

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

すむらけんじ

作者: すむらけんじ
ミラノに住む広告イラストレーターです。このブログは今まで飼った猫、今飼っている猫のことを綴ったものです。
作者は左耳は生まれつき難聴にかかり、人口内耳に踏み切るまでの耳の歴史、未来のことなども連載しています。

09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

すむらけんじへメールする

名前:
メール:
件名:
本文:

イラスト、写真、文の無断使用を禁止

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。