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sumurakenji(33)

sumurakenji
すむらけんじ
情愛の表現が暴力的になってきたこのごろ。,起こしに来てしばらくは枕元で辛抱強く待っているようですが,そのうち我慢出来なくなるのか、『起きれッ!”とばかり腕やお尻やふくらはぎに軽く爪を立てます。そのいたいこと!僕は飛び上がって台所に駆け込みます。餌を点検し,その後,コーヒーを湧かし、そのうまいこと!
こうして、ホフィと僕の一日が始まります。
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眠り続けた左耳・・・
71年目に『人工内耳』に挑戦する!(11°Story•––––)




降り注ぐ太陽。
ガラス窓の出窓から、部屋いっぱいに満たされる、明るく幸せなひととき。

ぼくがまだ幼い頃に、大連に住んでいたときの家には出窓があった。
その、ほぼおなじ出窓に今の自分が足を投げ出し、本を読んでいる。

・・・音楽が聴こえてくる。
その響きは部屋の中をはみ出さんばかりにいっぱいになる。。

高らかに響き渡るトランペットは、パリ音楽院のオーケストラなのだろうか。
ジョルジョ・プレートルの指揮を思い起こさせる。

それとも、ずっと高いところから響いて来るのは、天上からなのだろうか?
ぼくはすかり酔いしれてしまっている。

そして、ふと思う。耳の病いは治ったのだと。
そして、幸福感でいっぱいになる。

輝かしいメロディの中で、遠くからソプラノの声が。

その声はどんどん近づいてくる。
透明だが硬い声だ。イタリアのソプラノではない。
ドイツ系のワグネリアンのような。
硬い声だし快いものではない。好きになれない。
不快感さえ感じる。やがてその声はぼくの耳元で、粗悪な不快極まりない声になり、憎悪感さえ感じるほどなのだ。
そのとき、ぼくは何か叫んだような気もする・・・・

そして、眼が覚める。


耳が悪くなって1年以上もたって、初めて見た夢だった。

やはり耳は回復していなかった。絶望と現実。
のろのろと起き上がって、台所でコーヒーを沸かす。

そんな夢をたびたび見るようになった。

納得しなければならない・・・と自分に言い聞かせる。
お前は今まで素晴らしい演奏を湾さ聴いてきたではないか。
スカラ座、メトロポリタン、ウイーン、パリ、ミュンヘン、そしてバイロイト、その他数えきれない劇場で、世界的な演奏をたくさん聴いた。
70年から90年にいたるまで、名演奏家は溢れんばかりに存在した。オペラばかりではない。あらゆるクラシックの。sumurakenji

カール・リヒターのバッハのオラトリオを聴くために、僅かな金を叩いて何度ミュンヘンへ通ったことか。
あれは無駄だったのか?お前にそのときの刹那的快感を与えてくれただけなのか?
そうではないだろう?アートの金字塔として、今だって輝かしくお前の魂の中に生きているのではないか?

リヒターの突然の死にはショックだった。
その前年、ミラノでのオルガン演奏会があり5メートル真近かで演奏にふれた。
そのときにはサインを直々にもらえ、我が家の家宝とし、今でも大切に飾ってある。

リヒターが始めて日本に訪れたのは、60年代の後半で、ボクがイタリアへ経つ数年前だった。
バッハの「マタイ受難曲」、「ロ短調ミサ」、オルガン演奏会などを堪能し、今までオペラに夢中だった自分を、バロック音楽の世界まで広げてくれた、記念すべき出会いだった。
厳しい追求を超えてにじみ出るカール・リヒターの音楽とは何か?それは南国的とも言いたい魂の喜びではなかろうか。リヒターがイタリアを愛していたのは確かだ。スイスやドイツなどでの演奏の後は、逃げるように姿をくらませていたリヒターだったが、ミラノでは一人一人のファンにサインをしてくれた。

リヒターが毎年5月にミュンヘン・バッハフェスティバルを開催していたので、ミラノに住むようになってからは毎年必ず聴きに行ったし、復活祭前夜の、ドイツ・ミュージアム・大ホールでの「マタイ受難局」は、ぼくの一年間での最も重要なプログラムでもあった。だが・・・彼は数年後、呆気なく他界した。

一晩寝られないくらいのショックをうけたが、今、考えんるにつけ、彼の最盛期を惜しみなく聴けたその頃は、ボク自身にとっても、成長期の最も恵まれた時代だったのだと思う。だから、今聴こえなくなったからと言って、泣き言は言うまい。運命がそうなっていたのだと、言い聞かせよう。
耳が聴こえなくなっても、記憶はしっかりと残る。
それは、親しい掛け替えのない人を失っても、魂の中に生き続けることと同じことなのかも知れない。


耳鳴りがひどくなってくる。最初のセミの大合唱から、7つも8つも、いろいろな耳鳴りが、我が世の春と言わんばかりに歌い続ける。
「先生、耳鳴りのために気が狂うってことはないのでしょうか?」

医者はすかさずは答えた。
「ありますよ。たとえばヴァン・ゴッホ」
そして、現代医学では、これを取り除く治療は見つかっていないというのだ。

耳学は遅れているのだ。補聴器をみればわかることではないか。

「耳鳴りに慣れるようにするのです。ある程度までは可能です」
日本人の知人で、子供のときに耳を殴られて依頼、耐えず耳の中でピーンとなっているという人にであったことがあった。ぼくが難聴になるずっとずっと前に話しである。

耳の中で、たえずピーンと聞こえる?自分だったら気が狂ってしまうだろう、そのときはそう思ったものだ。
そして、今自分が耳鳴りに閉口して、将来気が狂ってしまうのではないかと考えたりしているのだ。

「他に気を紛らせるのです。友達と話したり街を歩い足り、動物を飼ったり、気を紛らせる事はたくさんあるはずです。そのうちに気にならなくなります。その度合いは人によって差があるでしょうが。」

そしてその医者はこうもいうのだ。
「目を開けていると、視界にいつも蚊のような黒い斑点が飛び回っているという人がいましたが、その人はそのうち蚊と友達になったと言うのです。思い詰めると逆効果になります」

本当だろうか?

死ぬまで、蝉とおつきあいができるのだろうか?(つづく)
えと文・すむらけんじ

| 日記風・猫ホフィと我が耳のこと | 19:20 │Comments2 | Trackbacks0編集

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コメント

Re: タイトルなし
マコさん。久々のコメントありがとうね。
(文字が読みにくいとのこと、おどろき。マックでは普通に見えるので。)
そうなんだよね。ネコは可愛く楽しいけど。先日ネコ通が来て,その活発さ?におどろいてました。
だから心配。今,コンピュータのど真ん中で寝ていて、遠慮しいしいこれ書いてる所。

2011.10.15(Sat) 11:43 | URL | すむらけんじ|編集

Hofyとの満たされた生活が手にとる様ですよ~~
空腹に耐えられず、爪たてられてるのね。
あの細い爪は、痛いからなぁ~~
でもHofyを写真でみられて、嬉しいわよ~~

今日の字体と大きさが読みにくいです。
洒落たつもりか、気落ちしている内容に合わせたからなの?

2011.10.15(Sat) 09:11 | URL | Mako|編集

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すむらけんじ

作者: すむらけんじ
ミラノに住む広告イラストレーターです。このブログは今まで飼った猫、今飼っている猫のことを綴ったものです。
作者は左耳は生まれつき難聴にかかり、人口内耳に踏み切るまでの耳の歴史、未来のことなども連載しています。

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