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sumurakenji(40)

sumura

ここはボクだけの憩いの場所です。
この中にうずくまってヴェネツィアーノ(鎧戸)の隙間から遠くを眺めるのがボクの日課の一つです。
もう秋も深まって,寒いだろうと主人は心配しますが,ボクは全く平気です。
鎧戸がいつも下りているのは、ボクが滑り落ちないためなのだそうです。
先代のカロータ氏が、朝早くやって来たホシムクドリを捕まえようとして,滑って落っこちたことがあるので,ボクがこの家に迎えられて以来,いつもしまったままです。

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sumura

Facebook のねこファンメンバー,裕子さんの誕生日のためのメッセージ。
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眠り続けた左耳・・・
71年目に『人工内耳』に挑戦する!(16°Story)



そして2010年の5月。

「高音はもう最高にレベルを上げているので、これ以上は無理だね」

エミリオはズバリ!こう言った。
カラス嬢の高音がめっきり冴えなくなって、コントロールしてくれないかとエミリオ氏に頼んだときだ。

この補聴器にも限界がきているということなんだ。
イヤ、ボクの耳に限界が。

「もう、お前さんの耳はオレの力じゃあどうしようもないよ」と補聴器に言われているのだ。

そうかぁ。フルに働いてもらって3年間。ご苦労だったね。
一回だって、修理に出されたこともなかったってことは製品として上質だったこと?それとも使い方が良かった?

この3年足らずに、テレビでたくさん音楽が聴けたのは、君のおかげだ。


「もっと進歩した補聴器も昨年からでているけどね。君の耳のレベルでも使えそうなのが。しかもレシーバーは必要としないんだ」とエミリオ。
レシーバー・・・テレビを観るときは必ずレシーバーを必要としたのだった。レシーバー無しで聴くことは不可能だった。テレビのスピーカーから出た音が耳に到達するまでに、空気に触れてしまうとめちゃくちゃに破壊されるからだ。

エミリオの説明から難聴のテクノロジーは、まだまだ進歩しつつある。

「エミリオ!意見をきかせてほしい。新しい補聴器に買い換えるべきか、手術に踏み切るべきか」

いつもの柔和な表情で、彼はしばらく暗中模索的だったが、やがて、
「ここまで来たら手術をしたほうがいいと思う」

これで決まった。

そうときまったらすぐに手術に向かって前進すべきである。
まず、ドクター・アマんディに会い、決心を伝えなきゃあ。B病院での手術の手配をしてくれるはずだ。

ところが・・・親友のロッコがまずインターネットで下調べをしてくれたのだった。
「ドクター・アマんディは、もうB国立病院のプリマリオ(主治医)を引退しいるよ。だから力になってもらえるかどうかだ。オレがB病院に直接談判してやるよ。「ミラノの家」に無駄金払うことないもんな」


「Sig.SUMURA KENJI・・・覚えています。私たちが手術をしたければしましょうと言ったとき、彼はその気はないと断ったの。7年前、2003年の5月23日」
B国立病院耳鼻科の女性担当者は過去のカルテを探し出してきて、電話でそう言ったという。

「ところが彼は今年手術をお願いしたいと言ってます」と、ロッコ。
kenji


そして、予想してたよりもりもずっと早く、アポイントメントの連絡があった。

と言う訳で、7年ぶりにブレーシャのB国立病院に足を運んだのだった。
ロッコが休暇を取って、車で連れて行ってくれた。
その日は聴力の検査や補聴器を付けての言葉の検査や口頭試問などがあったが、ドクター・ダルフィーとは会えなかった。
担当の女性と向かい合っての『言葉』のテストは初めてだった。補聴器を付けたままで行う。
簡単な単語ではじまり、だんだん複雑になって行く。解るのは50パーセントと点は低い。
それから単文の反復だが、解る単語だけで、多分こういうこと言ってるのだろうと、想像して言う意外はない。
それは75パーセントとまあまあの点数。担当者曰くボクにはファンタジーがあるのだそうだ。


ミラノに戻って頭のレントゲンを撮ってもらう。10年前にも撮ってもらったことがあった。
車と同じように、10年経てば何でもすごい進歩があるのを実感する。機械がすっごくモダンになっているし、時間だって3分の1くらいにスピードがある。

レントゲン結果の袋に中の『概要』をロッコに見せた。悪いことは書いていないそうだ。
写真の上にところどころ薄い雲のような物が見えるのは『老化現象』なのだそうな。イヤーな気分だ。
レントゲンの結果を届けに又、B病院へ。

その日も、外科医のDr・ダルフィーとの面接はないとのことで、ちょっと失望する。
『レントゲンをチエックした後、Dr・ダルフィーとの面接があります」とのことだ。
手術を決めるのにはまずレントゲンの結果を見てからということらしい。

その日、いいこともあった。
前回、ボクに「言葉」のテストをしてくれた担当者が、1年前に手術をしたという男性を紹介してくれたことだ。
この人はたまたまリハビリに来ていたのだった。
彼は81歳。大柄で元気いっぱい。手術をしてとても良かったと、手振り身振りで大声で説明する。
「手術後の4ヶ月の辛抱。始まるのはそれからだ。1年我慢すれば結果は良好」と激励してくれる。


                     ;;;; 

その後5日経ってやっとDr・ダルフィーとの面接のため呼び出しがあった。
7年前のイメージは確かではないが、痩せて背が高いという記憶そのままの男性が、5、6人の女性を侍らせて、大きな事務机の真ん中に座っていた。

「レントゲンの結果は良好なので,手術をすることはほぼ確実です」
そして既に用意された書類を見せながら、ドクターはこう言ったのだ。

「レントゲンで見ると、左側の(右ではなくて)聴神経がまだ生きて残っている。
あなたのように70年も使わずにいた神経は、近年まで手術は不可能だったが、現代では行われるようになりました。ですから、まず、左耳の手術をしたいと思う。了解ですか?

ドクターの顔をまじまじと見つめながら、ボクはうなずいていたとおもう。

何かが変わろうとしていた。
奇跡?手術の結果のことではなく、71年後にこんなチャンスが降って湧いたことが、ボクにとって奇跡以外になにものでもなかったのだ。(つづく)
えと文・すむらけんじ
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| 小説とエッセイ | 08:11 │Comments0 | Trackbacks0編集

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すむらけんじ

作者: すむらけんじ
ミラノに住む広告イラストレーターです。このブログは今まで飼った猫、今飼っている猫のことを綴ったものです。
作者は左耳は生まれつき難聴にかかり、人口内耳に踏み切るまでの耳の歴史、未来のことなども連載しています。

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