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sumurakenji(41)
sumura

ちょっとユウツな日曜日・・・何かいいことないかなあ・・・


ホフィが写真のようなしおらしいばかりのネコではないことが昨日の夜、あらためて思い知らされた。
今朝の4時頃だったけな。ホフィは狂ったようにボクの体に乗っかり、臑や膝を噛み付く。その痛いこと!そして家の中を走り回る。
これはただ事ではないなとボクは飛び起きた。理由が分からない。ふらふらアタマでバルコニーへ。砂の中にウンチが4個してあったので、それを取り除く。ウンチの為に凶暴になったのなら,まあ,これは狂的潔癖症ネコということだが、せっかく取り除いたのに見向きもしない。
SUMURA


水と餌を替える....出来ることはやった。ホフィは相変わらず家の中を走り回っていたが、やがて餌に飛びついた。しばらく食べて,又飛び回る。ときには宙に一回転するくらいだ。

ボクは又ベッドに潜り込んですっぽり布団をかぶった。危険から逃れるたった一つの対策。
ボクは又熟睡。
目が覚めたら9時を回っていた。

ホフィはあどけない顔でボクの顔を覗き込んでいた。いつもの7時の起床の催促をしなかっただけでも偉い。もしやこいつも寝過ごしたのかな?
なんでこんなことが起きたのか見当もつかない。ネコはいつも夢を見るそうだから、怖っそろしいい夢でも見たんだろうか。
こんなことが続けば、ネコ専門の精神分析医に見てもらわなければなるまい。こっちのアタマがおかしくなる前に。

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眠り続けた左耳・・・
71年ぶりに『人工内耳』に挑戦する!(17°Story)

「左耳を先に手術。うまく行ったら、2年後に右もやりましょう」

ドクター・ダルフィーはことも無げに仰言ったが、僕にとっては、左耳に変更しただけでも天地がひっくり返るような出来事なのだ。

両耳に機械を埋め込む・・・人間ロボットになったような気分になるだろう。

ワタシノミミハカンペキデス・・・

それに、うまくいったら・・・なんて先生は言ってたけど、可能性は何パーセント?
71年間眠っていた耳の神経を復活させることって、そんなに簡単なことなのかな?

ドクター・ダルフィイに信頼は持っている。
彼はB病院の耳鼻外科医の先鋭だと、補聴器店のエミリオ氏からも聞いている。エミリオのドクター・ダルフィーへの信頼はすごいから、ボクも安心はしている。北イタリアで、「人工内耳」手術を行なう病院の目ぼしいところでは、ブレーシャ市、ヴァレーゼ市、ミラノ市、ロディ市、もうひとつくらいあったと思うけど、ブレーシャのB病院はドップにはいるくらいだという。
アマンディ氏の直下で働いたダルフィー氏は尤も優れた精鋭だときく。


sumura


手術は10月半ば頃ときまる。もうすぐ夏の休暇に入る。
8月はこういう類いの手術はしないのがイタリアの病院だ。お医者さんも看護婦さんもバカンスに出かけてしまうので、急患以外は休みが終わってからってことらしい。

9月30日にはボクは日本から帰って来る。もう航空券は買ってある。

「では、10月1日以降はミラノにて待機していていること。いいですね」

そしてボクは、8月は、南スペインで泳ぎ、9月は1年ぶりに帰国したのだった。

日本の暑さのことは聞かされていたので覚悟はしていたものの、そのすごさってなかった。

九月の終わり、何十年ぶりかで歩いた神田神保町の暑さったらなかった。
それでも頼まれた古本を探しに歩き回った。
毎日の外出は暑さとの戦いだったにもかかわらず、下痢一つせず、体調は完璧だったのは、手術前という意識と緊張のためだったと思う。

ともかく楽しく意義のあることもいっぱい、大勢の友人や知人にもあった。
イタリアに帰って大仕事?が待っているという緊張感で、自分がタフになっている気持ちさえした。
美味しい物たらふく食べて日本を後にしたが、ローマ空港についた時はほっとした。

そうそう、9月半ばに親友のオペラ歌手、林泰子嬢のオペラ「マクベス」を聴きにいったことは特筆すべきことだ。もう10年近くもナマでオペラを聴いてなかった。
無理して行ったのは、親友で尊敬している泰子嬢が、キャリアの終わりにもかかわらず、マクベス夫人という驚異的至難の役に取り組んだことを確かめたかったからだ。この耳で充分鑑賞できないのは分かっていても、それでもいいではないかと・・・康子嬢の舞台姿も記憶の中にしっかりと残したい。

振り返れば彼女のスカラ座のバタフライを見たのは1971年のことだった。その後、スカラ座のステージはすべて見たし、ヴェローナのアイーダや、マチェラート、ピアチェンツァのバタフライをはじめ、たくさんのオペラに招待してもらった。
そして2010年のマクベス夫人。最高の席をとってもらったが、難聴の自分にとってはその席は良すぎて返ってよく聴こえない。3、4幕は一番前の隅っこに席を変えてもらってかぶり付きで見せてもらった。卓越した発声、それと彼女の舞台経験と執念というか、アートを超えて強い人間性を目のあたりに見た。


ローマに着いて気が緩んだのか、手荷物の小型スーツケースをトランジトのとき紛失してしまう。
失ったものは仕方がないが、3個のからし明太が入っていたのが、最大の損失だ。

永久滞在許可書とアパートの鍵が入っていたために、翌日は警察に行ったり、ドアの鍵を作り替えてもらったり目の回る忙しさだったが、その翌日、病院での精密検査があった。

ブレーシャのB病院ではなくて、ミラノ郊外のモンツァ市である。
後で分かったことだが、外科医のダルフィー氏がモンツァの国立サン・ジェラルド病院に転勤になったためだ。
比較的新しい病院で、とにかくミラノから近いのがいい。

その日はマルコもロッコも都合が悪いとかで汽車で一人で行く。
血液の検査をはじめ、検査という検査を全部やらされる。その上、今までにやった大病は?何か病気持ち?快便又は下痢持ち?運動は?性格は楽観的又は神経質?などなど根掘り葉掘り聞かれて、5時間後にはもうくたくたになる。
終わったのが2時過ぎで、しばらく待たされて、OKの知らせを受ける。合格?したわけ。

ジャーン!
全く大変なんだ。頭蓋骨を削る手術なんだから。
その機械から蝸牛に糸を通し、脳神経に直結出来るようにする。
何しろその一帯は超ミクロの世界、近くには顔面神経などもあって、その距離の差は1ミリなんだって。
早朝からやるんだから、ドクターにも充分睡眠は取っといて下さいと言いたい。

担当の女性は入院の前の心がけを書いた紙と、前日の夜にする注射器などをくれる。
「今、ドクター・ダルフィーが挨拶に来られるから、帰らないでね」


「Sig.Sumura,こんにちは。ご機嫌いかが?手術をすることに決まりましたよ。2週間くらい先になりますが」
「ありがとうございます。手術の数日前に入院するのですか?」
「いえ、その必要はありません。当日、早朝に出頭してくだされば結構です」
たったそれだけの会話だったが、担当医と患者が事前に顔を会わせての挨拶は良いことだと思った。

日本やアメリカでは2、3日前に入院するのが通例となっているようだ。
でもヨーロッパではそれをしないらしい。しなくて済むのだったらしない方がいいかも。
病院のベッドは小さいし、食事はまずいもんね。



だが、それから20日近く待っても病院からは連絡が来ない。
イライラし始めた頃、連絡が入る。機器(頭に埋込む)が品不足なのだそう。
外国製品なんだけど、船が遅れてる?

またたっぷり待たされて、手術は11月の22日との連絡が入る。
「先に渡した紙切れをよーく読んで、前夜に注射することを忘れないで」と、担当者が念を押すように言う。
はいはい分かってます。


手術の前夜、言われたように8時には夕食を終えなければならない。
病院に一緒に行ってくれることになったロッコは、自宅のピエモンテから泊まりがけで来てくれる。
何しろめちゃくちゃに天候が悪くて寒い。既にみぞれのような物が降り始めているのだ。

朝、7時半の出頭だから6時過ぎには家を出なければならない。
朝のラッシュもすごいのだ。

寝る前にわき腹に注射をうってもらう。
ロッコはもともと外科の看護士だし、優秀なことは解っているので、彼が同行してくれるのは嬉しい。
ドクター・ダルフィーとの第一回アップンタメントもロッコなしでは,あれほどてきぱきと行かなかったかもしれない。

ロッコにはサロンのソファーベッドに寝てもらうことにして、11時前、僕はさっさとベッドに入ってしまう。

日本から貰ってきた「睡眠促進剤」を飲もうとしたら、ロッコが辞めとけという。
手術前は、一切こう言うものは、控えるべきだと言うのだ。

うつらうつらして,また目が覚める。午前3時過ぎだ。サロンの電灯が明々と着いてるので覗いてみると、ロッコはまだコンピュータに向かったままだ。

「おい、面白いものみせてやる」

それはYOUTUBのヴィデオで、何やら手術の最中の記録だった。
ずばり、明日ボクがしなければならない人工内耳のアニメ。
棒の先についた丸っこい物がごいごり音を立てて回っている。しろっぽい粉が周りに飛び散る。
頭がい骨を削っているのである。

「怖いかい?」
「別に」

ボクはそう言って、また床についた。(つづく)
えと文・すむらけんじ
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| 日記風・猫ホフィと我が耳のこと | 06:40 │Comments3 | Trackbacks0編集

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コメント

Re: Re: タイトルなし
> v-12
> そうなんだよね。ホフィの顔が人間の顔に見えてきたり、自分の顔が老ねこに見えて来たり、(まあ、それは構わないけれど)ちょっとホフィって強引なんだよね。お腹すいてもじっと我慢するってこと,出来ないみたい。その辺もご主人様とそっくり。けんじ

2011.11.20(Sun) 22:05 | URL | すむらけんじ|編集

Re: タイトルなし
v-12
そうなんだよね。ホフィの顔が人間の顔に見えてきたり、自分の顔が老ねこに見えて来たり、(まあ、それは構わないけれど)ちょっとホフィって強引なんだよね。お腹すいてもじっと我慢するってこと,出来ないみたい。その辺もご主人様とそっくり。けんじ

2011.11.20(Sun) 07:12 | URL | すむらけんじ|編集

Hofy君との密度の濃い生活ぶり~~楽有れば苦有りで起こされたり、
ミャオケンさんとしては、久しぶりの親バカぶりを発揮中・・・・
記事や絵を楽しんでますよ!!
 
Hpfyのお蔭で?生活にハリが出て、しかも頑張って毎日の更新、
ご苦労様で~~す。

来週は天候が持ち直すと良いですネ~~

2011.11.06(Sun) 11:26 | URL | Mako|編集

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すむらけんじ

作者: すむらけんじ
ミラノに住む広告イラストレーターです。このブログは今まで飼った猫、今飼っている猫のことを綴ったものです。
作者は左耳は生まれつき難聴にかかり、人口内耳に踏み切るまでの耳の歴史、未来のことなども連載しています。

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