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sumurakenji(44)

kenji


1週間のプラハ旅行から戻って来てホフィを引き取りに行ったら200グラム増えていて(4800グラム)、見た感じもぐっと成長した感じだ。

預かってくれた家族はホフィの性格をほめてくれる。誰か新しい人がやってきても、警戒は数秒だけ。その後は好奇心丸出しで、そろりそろり近づいて行くそうな。

どちらかと言えば犬派のご主人にも,少しづつ距離を狭めて行く(写真)

ミラノに戻る車の中では泣きっぱなしだった。
籠も小さくなったから我慢しづらいのかもしれない。

カロータをはじめ、籠の中で辛い思いをしたら、2度と入らないことが多いし、籠にも近づかない傾向があったが、ホフィは別だ。
家にもどっとてけろっとしているし、又籠の中に入って遊んだりしている。さっきの泣き声は一体何だったのだろうかね。

kenji
今日は電気屋の若い衆が来たけれど,働いている若い衆のジーンズにしがみついて、それからガリガリ。

僕は怒って止めさせたが,お兄さんは笑っていた。

僕が朝起きてジーンズをはき始めると、ホフィは必ず飛んで来て爪研ぎガリガリやるのだ。

アルマーニのジーンズではないので構わないけどさ。

でも人様のジーンズガリガリは良くないと思うよ。

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眠り続けた左耳・・・
71年後に『人工内耳』に挑戦する!(20°Story)


退院した日は、久しぶりの快晴。

窓から入る朝の光がまぶしい。
昨日ボクが手術を終えて病室に帰って来たとき,向かい側のベッドの高校生が、入れ替わりに手術室へと向かうところだった。息子の姿が消えると、若い母親は嗚咽のため涙を拭っていた。小さな手術でも可愛い一人息子のためには不安な大出来事なのだ。夫は彼女の肩をやさしくをささえていた。

その息子も無事に今日退院である。ホッとした表情の両親、彼らの声は明るい。

病院で大きなお土産?をもらう。段ボール製だがスーツケースのような、取手も着いているかっこいい箱で,結構重い。大きく印刷されている文字は製品の名と,メーカーらしい名前だ。アメリカ製か、オーストラリア製か?

「何が入ってんだよ」
「この中には、今後の聴力復活のための必要部品,マニュアル一切がいっさい入ってるんだ」

今回の手術とこれらの器具で、経費は40,000ユーロ(約400万円)懸かることは聞いていた。
手術に200万円、この箱に200万ってところらしい。昨日頭に埋込んだ器具もこの中に入っていたという。
手術が終わったとき、ロッコは手術担当の女性から受け取ったのだそうだ。

「受け取ったときサインでもしたのかい?」
「いいや、ハイ、これ,なくさないで、とポンと渡してくれただけだよ」
サインもさせないでポン!なんて、やっぱりイタリアだ。

「忘れるなよ,その箱、200万なんだからな」
病室を引き払うときロッコが念を押すように言った。
「100万だろう?」
「違うよ。200万なんだよ」
「だって,100万はもう頭蓋骨の中に埋込んでしまったんだろ?」
「あそうか・・・細かいな」
sumura


その日からしばらくロッコの両親の家に泊めてもらうことになる。
5日間ほど、抗生物質を飲まされる。痛みや化膿止めのためだ。

1日2回の抗生物質で、何となく体力が・・・気のせいだろうか。夜はロッコが傷口のガーゼを取り替えてくれる。さすが本職だけあって細かく手際いい。起きていると何ともないが、床に着くと,傷口が枕に触ってその痛いこと。
2時間ごとに目が覚める。時計を見るとまだ2時、夜は続いている。

5日間の抗生物質がおわって、ミラノの我が家に戻って来てほっとした。

腫れはなくても後部の半分がしびれたような感じだ。起きていると何ともないが寝ると痛い。
退院して一週間後に、糸を抜くために病院を訪れる。
ぱちぱちっと糸を抜いて、消毒液で奇麗にしてもらう。小さなガーゼをつけてくれた。

手術から2週間経っても一向に痛みは退かないので、ドクター・デルフィにメールを送ったら,「これは当然のことです。もし心配なら,明日の朝見てあげよう」との返事がすぐ届く。



ドクター曰く、手術後はすべて順調にいっているとのことだ。
ガーゼを取り,消毒液でごしごし擦るので、びっくりする。傷はしっかりと定着しているそうだ。

その日,手術後初めて風呂に入った。2週間後の風呂。手術後5日で入っても良いことなど知らなかった。

手術の後の痛みは年を取った人間ほど長引くことが、インターネットでわかった。痛みで2ヶ月も膨れ上がったりする患者もいるそうだが皆中年以上なのだそうな。顔面神経と聴覚神経との距離は1ミリくらいだそうだから、何となく顔の動きが不自然になったらする人もあるそうだが,一時的なことらしい。
赤ん坊や未成年は、頭蓋骨ゴリゴリでも数日後にはいたみがなくなるそう。なら、この年では仕方ないよね。


手術からちょうど一ヶ月後、最初のmapping(マッピング)があった。
頭蓋骨の中に埋込んだ機械と、これから付ける外部の機械を磁力で接触させて音を内部に送り込むわけだが、その活動に先だって,コンピュータでのセッティングがある。

メーカーから出張して来た子供のような若い(今流行のヘヤーをジェルでピンピンとさか毛にした)専門技師が、東芝のコンピュータを拡げて座っている。小部屋だが,合計8人くらいが先生の講義を聴くような感じで座って,待機していた。例の贈り物のケースから外装部の部品を取り出して,耳の装着してくれる。

やがて、キーン!という鋭い音が飛び込んで来て飛び上がってしまう。その後、フォアーン!という大小の響き。
音ではなく響き。つまりコクレアから脳に至る聴神経は生きていることは、証明されたことになる。それだけだって凄い喜びだ。
今後の問題は脳を目覚ませることである。71年も眠り続けた脳がそう簡単に目を覚ましてくれるとは思えない。

いろんなテストがあり,エンリーコというこの若造さんから、いろんな注意事項を聞かされる。脳が目覚めてなにがしの音が聞こえるまでは、最低6ヶ月は懸かるというのだ。

その後、ドクター・デルフィに挨拶をし、クリスマスを3日後に控えてお礼をかねたプレゼントも渡したいと思っても、先生は現れない。手術が長引いているとのことだ。これから長いおつき合いになると思うので,年末の挨拶はして帰りたいものだが。


一緒に来てくれたロッコが体の調子が悪いと言い出した。
彼はヘルニアの持病があり既に3回手術しているが、回復にはいたらず、4回目の手術をすることになっており,今は長期休暇をとっているのだ。

だからプレゼントは看護婦に預けて帰ろうと思った。
ところが、ロッコはそれはやめろという。星の数ほど前を行き来する看護婦の一人に預けるなんて、とんでもないこと。ドクターの手に渡るまでに行方不明になったらどうする?と言うのだ。長いこと看護士として勤務するロッコがそう言うのだ。
実際、入院中のときの看護婦達のズサンさ二は眼に余るものがあった。
女医さん、アシスタントの女性は親切で,姿もきれい。カテゴリーは数段上だろうし品がある。

やっとのことで,ドクターのアシスタントが見つかったので,彼女にことづける。マッピングのときに確かいた彼女。スラリとして、はっとするような美人、女優さんのようだ。これがドクターのアスタントねえ。医者は色好みとかよく聞くが、なるほどなるほど。
ロッコは彼女だったら間違いないと言う。彼女がドクターの部屋に持って行くのを見届けて一応安心する。



帰りの車の中で、ほんの微々たるものだが,カーステレオのドラムやコントラバスの響きが聴こえて来て狂気する。もう効果が表れたのだ!

だが残念、それは左耳からではなかったのだ。補聴器を取り除いた右から聴こえていたのが後で分かる。補聴器を取り除いたら100パーセント聴こえないものと思い込んでいたがそうではなかった。ほんの少々、聞こえていたのだ。だからこそ補聴器が役に立つのだというわけ。(つづく)
えと文・すむらけんじ
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| 日記風・猫ホフィと我が耳のこと | 00:10 │Comments0 | Trackbacks0編集

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すむらけんじ

作者: すむらけんじ
ミラノに住む広告イラストレーターです。このブログは今まで飼った猫、今飼っている猫のことを綴ったものです。
作者は左耳は生まれつき難聴にかかり、人口内耳に踏み切るまでの耳の歴史、未来のことなども連載しています。

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