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jiji tytol

「あれっ、また食べられちゃったよ」
ドロの奴、よっぽどお腹をすかせてたんだな。でも何たって厚かましいよ。よその家にずかずか入って来てさ、ボクのご飯をぺろっ平らげて、ぎょろっとボクを睨んで出て行ってしまうんだもの。バスルームのドアの下にボクのご飯があるんだけど、律子さんが足許見てギョッとしたのも当然だよね。柱の陰でボクがぼけっと見てるので、律子さんはそれにも腹をたててしまうんだ。
「ジロったら、何て情けない子なの!『これはオレのご飯だよ』って、どうして立ち向かって行かないの?あんたのママって、とっても気性が激しかったと聞いているけどね」 


 ご主人のチェーザレ氏が出張から戻って来た。
大きなスーツケースをどんと玄関に置くと、僕を抱き上げてくれる。そしてタワシみたいな頬を僕の顔にすり寄せて言った。
「ジロ、留守の間もいい子だったかい?」
 律子さんは待ってましたとばかりまくしたてる。
「あなた、あの泥棒猫のこと憶えてる?ほら、ここまでずかずか入って来るんだから。信じられる?きれいに食べてしまって、『もう、喰う物はないのかよ』と言わんばかりにあたしを見上げるの。スリッパを振り上げたら、すごい形相でハーッと牙をむくので、ぞっとしたわ。それから我がもの顔でゆっくりと出て行くの。完全になめちゃっているのよ」
ジロ 1

 誰だってドロを見たら怖くなってしまうよね。 顔半分黒であとの半分が白で、鼻のところがぐちゃぐちゃっとした感じで、うす気味わるい緑色の眼で睨まれたら、震え上がってしまう。
 チェーザレ氏はびっくりしたような、面白がっているみたいに聞いていたけど、
「入って来れないようにドアを閉めてしまえば、簡単じゃあないのかい?」
「いつもってわけにはいかないわ。ジロは外に出たり入ったりするのが大好きなの。お庭で遊んでいると、お友達も来るようだけど、ドロがやってくると、みんな早々にどっかへ行ってしまうみたい」
「入り口の所に毒入りケーキでも置いといたらいいだろ?」
「ばかねえ。ジロが食べてしまったらどうするのよ?」
「そうだな、ジロもぼけっとしてるから、喰ってしまうかもしれないね。そののドロってやつは野良猫なのかい」
「そうじゃないのよ。れっきとした飼い主がいるの。いたって言うべきなのかしら。ワイン店の横を入ってつきあたりを右に曲がったところのアパートに住んでいるガティーニっていう家の猫なの。ワイン店の若主人がそんな話をしてくれていたとき、偶然、当のガティー二の奥さんがお店に入って来たの。そこで、あたし勇気出して言ってやったのよ。
『お宅の猫らしいドロ・・・いえ、名前は知らないけれど、我が家にどかどか入って来て、うちの猫の餌を食べちゃうんで、困っているの。お宅では充分餌を与えていないのですか?』って言ったら、『ああ、ダヴィデのことね.我が家にもいたことがあるけど』なんて、他人事みたいに言うの。(へえ・・・ダヴィデって名前?まあ、あんな猫にもったいないわ)
『ダヴィデはもううちの猫ではないんですよ。行儀が悪いし、性格も良くないから、追い出してしまったんですよ』なんて、放蕩息子でも追いだしたような言い方をするの。籍は外してしまったんだから、もう関係ないって感じでね。
『でも、お腹が空いたら戻って来るのではないのかしら?』
『どんなに欲しがっても一切与えないのよ。家では台所以外は絶対食べ物を置かないことにしています。それにいつもドアを閉めていますからね。そのうち猫のほうが諦めて寄り付かなくなったの。お宅もそうなすったら?』なんて、しゃーしゃーして言うのよ。
『我が家ではドロって呼んでいますの。泥棒のドロのことよ』って言ってやったけど、話していてしまいには馬鹿馬鹿しくなったわ。」
 聞いているチェーザレ氏がげらげら笑うもんだから、律子さんも吹き出してしまって話にならないのだ。

             *

 ローマに住んでいるチェーザレ氏のお兄さんの子供がやって来た。
 まだ小学校の2年生。 日曜日の朝、チェーレ氏が飛行場へ迎えに行って、連れて帰って来たけど、『ステファノ、疲れたかい?』、『ステファノ、何が食べたい?』、『パパとマンマと別てて寂しいだろう?』などと、ものすごい可愛がりようなんだ。お母さんがおばあさんの看病に行ってるし、お父さんは仕事で夜も遅いので、ここに一週間ばかり預けられることになったのだ。
jiro 2

 ステファノは長い睫毛のとっても大きな眼して、その上度の強い眼鏡を掛けているので、顔中、眼がいっぱいという感じだ。
 彼は大切そうに、小さなヴァイオリンを抱えていた。
「聖チェチリア音楽院で、アルビノーニの『アダージョ』を聴いて、バイオリ二ストになることに決めたの」と幼い少年が、ちょっとませた口調で言う。
「ほう、すごいなあ、兄貴からそんなこと聞いてはいたけど。練習を始めてもうどのくらいになるんだい?」
「3週間とちょっとくらいかな」
「ふーん。じゃあ、食事が終ったら聴かせてもらえるかい?」
「もちろん、人に聴いてもらうことはとってもいいことだと、先生も言ってたから。みんなの感想も聞きたいし」
と、また、ませた感じで答える。
jiji mozart

 お昼の食事が終って、みんなはサロンに移った。小さなステファノはヴァイオリンを取り上げて、くそ真面目な顔になり、譜面を見ながら重々しく弾き出したのだけど・・・キーッと鳴り出したとき、チェーザレ氏と律子さんは思わず顔を見合わせた。それからキィッキィッキィーツと始るヴァイオリンの音に、二人は耳を塞ぎたい気持ちになっているのがわかった。でも我慢して聴いている。本人は一生懸命だから聴いてあげないとね。
 音楽がちょっと中断したとき、すかさずチェーザレ氏が言った。
「すごいなあ、ステファノは。将来は大ヴァイオリニストだな。アルビノーニの『アダージョ』って、とってもいい曲だね」
「これは、『アダージョ』ではないの。先生が、まだ僕には早いって言うから。これはね、モーツアルトの初歩のための練習曲なの」
 律子さんが吹き出したいのをかみ殺して苦労している。『この人ったら、イタリア人のくせに、アルビノーニのアダージョも知らないんだから』

 ステファノは、我を忘れたように弾き続けるのだ。回りのことなんか何にも頭にないって感じ。律子さんも、『この子、偉いわねえ、根性があるわ』と感心して眺めている。

 玄関のベルが鳴った。
 律子さんが出てみると,お隣のリーザおばあちゃんが微笑んで立っていた。
両手に大きなチョコレートケーキをのせて。

「おい子さんがローマからいらしたのね。いいわねえ、にぎやかになって。はい、これをみなさんで召し上がって。今朝、娘が来て作ってくれたのよ」
「まあ、素敵。主人の大好物よ。さあ、リーザさん、入ってくださいな。コーヒーでもいかが?」
「いいえ、これで失礼するわ。・・・バイオリンを弾いているのはおい子さんなのね?今までは聴かなかったもの」
「そう,意外と真剣にやっているみたい。ローマではちゃんと先生についているんですって」
「偉いわねえ・・・ところでお願いがあるのよ。気にしないで聞いてちょうだい。甥子さんのヴァイオリンのことだけど、しばらく滞在されるんだったら、弾くのは朝と夕方にして頂けないから。午後からは、ほら、おじいちゃんがお昼寝をするでしょ。だから・・・」
「わかったわ。ご心配なく。すぐに止めさせますわ。」
 おばあちゃんは、ほっとしたように帰って行った。

 リーザおばあちゃんはとっても柔和で感じがいいけれど、おじいちゃんの方は、律子さんも一寸敬遠ぎみなのだ。挨拶をしても返事がかえってこないこともある。おばあちゃんの話によると、おじいちゃんは極度の神経痛らしいのだ。2軒はあまり離れていないので、律子さんは窓を開けているときは、テレビのボリュームなども、いくらかは気にしているくらいなのだ。

 朝の散歩から戻って来ると、ちょうど僕の食事の準備が出来たばかりだった。
「ドロが来ないうちに早く食べてしまうのよ。ジロ、わかった?」などと律子さんは言い、出かけてしまった。
 ボクが食べようとしたときだ。・・・ふと振返ると、ああ、やっぱり。ドロが怖い顔をしてボクの鼻すれすれに顔を近づけていたので、震え上がってしまった。
「ほらね、君のために手を付けないで取っておいたんだよ。どうぞ」

 ボクが身を引く前に、ドロはもうガツガツと食べはじめた。ガツガツ、ガツガツ、凄まじいなどというものではない。怪物のようだ。ボクは柱の陰から,息を潜めて眺めているだけだった。
 そして、半分くらい食べてしまった頃だ。
じじ

 キィッキィッキイッと、ステファノのヴァイオリンの音が、サロンから聞こえてきたのだ。例のモーツアルトの練習曲が。
 ドロのガツガツがぴたりと止まった。酔ったように、頭を上げて聞き耳を立てているようだった。ドドソソララソー、ファファミミレレー・・・
 あれ?ドロはいきなりドアの方に向かって猛烈な速さで突進した。そして、食べたものをゲーゲー吐き散らしたのだった。
ヴァイオリンの音色がキィッキィッキッィッと、まだ聞こえてくる。ドロは気が狂ったように体をよじって、走り去っていったのだった。
rituko fb

 次の日、ドロは午後にやってきた。
 僕はサロンの絨毯にうずくまってお昼寝をしていた。律子さんはソファーに横になって本を広げたまま眠っている。
 僕は眼を開けた。
あ、又来た。ドロはしなやかに窓から律子さんの頭の上を飛び越して僕のお茶碗のある所へ直行し、いつものようにガツガツと食べ始めたのだ。
 突然・・・あれ?不思議!また、あのキィッキィッキィッのヴァイオリンの音が聞こえてきたのだった。
 きらきら光る、お空の星よ・・・
律子さんがヴァイオリンに合わせて小声で口ずさんでいたっけ。とっても素朴で、快活なメロディー、モーツアルトの可愛い練習曲。小学校の音楽の時間を思い出すわねェ、なんてつぶやいてたけど。なのにドロったら、悪魔の暗示にでも掛かったように、食べるのを止めて、苦しそうに喘ぐように首を動かすのだ。。
ヴァイオリンの音に飛び起きた律子さんは、混がらがった頭で、天井を見上げている。律子さんはソファーから飛び降りると、階段を飛ぶように上って行った。
じじ
「ステファノ!よーく言ったでしょう」
 律子さんのちょっと厳しい声が聞こえてくる。
「お隣のおじいちゃんがお昼寝するから、午後は絶対、ヴァイオリンを弾かないでって」
「ごめんなさい、リツコ叔母ちゃん。ボク、そんなつもりではまったくなかったの。ボクもお昼寝してたんだけど、ぱっと目が覚めてね、衝動的に弾きたくなったの。自分でも分からないの。どうしてそんな気持ちになったのか」


翌日1日中ドロは来なかった。
 ボクはすっかり安心してしまった。もうドロは来ないのだ。ドロはステファノのヴァイオリンの音が嫌いなのだ。ステファノの奏でるヴァイオリンは、ドロにとって、呪いの音なのだ、きっと。
 ステファッノがローマに帰らずに、もっとここにいてくれたらいいのになあと思う。
「ジロはこの頃、ぱっぱっと食べてしまうので助かるけど、時々吐いてしまうみたいね。慌てないで食べるのよ。胃が普通よりもちょっと上の方についているんだから注意しないと。ところで、この頃ドロを見ないわねぇ」

 でも・・・3日後にまた、ドロがやってきたのだ。夜の一時もとっくに過ぎた頃に。
 ボクは、サロンのソファーの上で眠っていた。気配を感じて眼を開けると、廊下に灯された小さな電灯の下を黒い陰が通りすぎた。やがてボクの食べ残しをガツガツと食べている音が微かに聞こえてきたのだ。

 そのとき・・・おや?
 例のきらきら星のヴァイオリンが、静まり返った深夜に響いて来たのだ。
 ガツガツはぴたりと止まった。ドロの唸り声を聞いたような気がした。そして、ゲーゲー吐き散らす音までが。やれやれ、また、律子さんに叱られるのはボクなんだ。そして彼女『ジロを獣医さんに一度見せたほうがいかしら』って思うかもしれない。
JIJI

 ヴァイオリンはまだ鳴っている。夫婦の寝室は2階にある。ステファノの寝ている小さな部屋の隣だというのに聞こえないのかな。何と、お隣のおじいちゃんの方が先に眼を覚ましてしまったのだ。

「うるさい!気違い小僧、ポリスを呼ぶぞ!」

 おじいちゃんが怒鳴っている。やっと律子さんが眼を覚ましたようだ。けたたましい足音。
「ステファノ、どうしたのよっ!頭がおかしくなったの!真夜中の2時っていうのに!」
「ごめんね、リツコおばちゃん。自分でもさっぱりわからないの」
「真のアーティストには時間の観念がないのだ。ステファノは世界的なヴァイオリニストになるぞ!」
チェーザレ氏が大あくびをしながら叫んでいる。
JIJI
      

 ステファノがローマへ帰る日が来た。
チェーザレ氏がお土産をいっぱい買ってあげたので、来たときよりも3倍くらい荷物が膨れ上がってしまった。
 チェーザレ氏のステファノの可愛がりようにはおどろいてしまう。たった1週間の滞在だったけど、ルナ・パークや,この街で一番美味しいピッツェリアに連れて行ったり、あれやこれやの持てなしなのだ。
 でもステファノは、それほどうれしかったのかなあと、ボクは思ってしまう。
beethoven 2-1

『広場で子供達がサッカーして遊んでいるわよ。ステファノもやってきたら?』
『ううん、ボク、ローマに帰るまでに、この『ベートーヴェンの生涯』読み終わってしまいたいの』って調子なんだもの。

「夫は今、ステファノを飛行場まで送って行ったの。何しろ甥への愛情はすっごいのよ。チェーザレは小さいときに両親を無くして、お兄さんに自転車で毎日小学校の送り迎えしてもらってたのが忘れられないんですって。イタリア人の肉親への絆の強さといったら、あたしたちには信じられないくらいよ」
 律子さんは電話でそんなことを話している。
 ボクはといえば、ステファノがいなくなったら、またドロがやって来るだろうな、などとこわごわ考えてしまうのだ。


 ステファノがローマに帰ってしまっから、十日くらい経った。幸いにしてドロはやって来ない。やっぱりあのヴァイオリンに懲りたのだな。きっと。
 夕暮れも真じかだった。
 ボクが散歩の帰り途、煉瓦造りの塀の上を歩いていたときだ。
 道の反対側の植え込みから、いきなり黒い影が飛び出してきて、塀の上に飛び上がったのだった。なんとそれは忘れもしないドロだった。やがて彼の形相が変わった。両の眼が、緑の炎のように燃え上がった。
 ドロ、お願いだからそんな怖い顔でボクを見ないでくれよね。
 お願いだから・・・ドロの毛はハリネズミのように膨れ上がった。そして醜い顔に牙をむき出してハーッと・・・ボクは後ずさりした。きっと殺されるだろうと思った。
 でも後ずさりしたのはボクだけではなかった。ドロはいきなりきびすを返すと塀を飛び降り、矢のような早さで逃げて行ってしまったのだ。
 赤い夕陽の中に消えてしまったドロ・・・僕、どうしても信じられないよ。(完)

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ひとこと サロンの家具の位置が変わったために、飼い猫が不機嫌になったり凶暴になったり・・・家族の団らんの笑い声が大嫌いなネコもいるそうです。そんな話を読んでいて、この物語の案が生まれました。K
少し大きい文字

| 猫が語る10の物語 | 22:54 │Comments0 | Trackbacks0編集

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すむらけんじ

作者: すむらけんじ
ミラノに住む広告イラストレーターです。このブログは今まで飼った猫、今飼っている猫のことを綴ったものです。
作者は左耳は生まれつき難聴にかかり、人口内耳に踏み切るまでの耳の歴史、未来のことなども連載しています。

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