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ハリー嬢の死

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『お早う、おばあちゃん・・・(もう一度大きな声で)お早う、ハリーさん!』

『あら、坊や、お早う。あなたも随分早起きなのね。こんなに気持ちのいい朝ですもの・・・ところであたし、坊やにいままでお目にかかったことあるかしら?』

『さあ・・・僕はときどき上からハリーさんのこと見下ろしているから、よく知っているんだけど。
僕、ここに貰われて来て、まだ3ヶ月しか経ってないんだ』

『それじゃあね。あたしはこの頃は上を見上げるのが大義になってね。でもときどき、上の方から小さな泣き声聴いた気もするけど、坊やだったのね。名前は?』

『僕の名はパン』

『パン? 面白い名前だけど、簡単過ぎてつい忘れてしまいそう』

『僕の主人はね、友達に、「パンにしようか、ごはんにしようかのパン! 覚えやすいだろう?」なんて言ってるの』
『ゴハン? それ何かしら? 食べる物?』

『そう、お米を炊いて、湯気が出てて、雪のようにまっ白で、ふわーっとしたもんなんだ』
『それ、リゾットみたいなものなのかしら』

『ううん、それともまた違うの。説明するのは難しいから今度、うちに食べに来て』 

『ありがと。柔らかいものだったらいただきたいわね』

『ほら! ハリー、ハリーって、おばあちゃんのこと呼んでいるよ』

『あら、ほんとだわ。ロレンツィ夫人が起きてきたのよ。これから、お庭に出してもらって草を食べるの。わたしにとって一日中で最も素敵なとき。草が夜露に濡れて、口の中に入れると、新鮮な緑の匂いがして・・・』

『知ってる。おばあちゃんがいつも美味しそうに草食べてるの。草を食べるなんて、ちょっと牛みたいだなあ、なんて思ってたもの。』

『そのうち、大きくなってきたらきっと食べたくなりますよ。草の尖ったところが、ちくちくっと喉の奥を刺激してね、体の中に入っていって、また、ちくちくってする感じが何とも言えないの』

『ときどき吐き出しているのも見たけど』

『あらまあ、そんなところまで見られて恥ずかしいわ。でも、体の中のぬるぬるした物と一緒に出してしまった後の、すがすがしい気分って何とも言えないの。足どりも軽くなって、眼だって冴えてくるような・・・命を永く保つ秘訣よ。
さあ、もう行かなくちゃあ。どっこいしょっと・・・お庭に出たら、また、お宅のバルコニーを見上げるから、そこを離れないでね。でも、お話するのは無理かもね。この頃眼も耳も遠くなってしまったの。年を取るっていやねえ。
そうそう、この週末には家族で山の家に行くの。何ヶ月ぶりかしら。わたしだけが知っている小さな岩の窪みがあって、そこに入ってお昼寝するのよ。

でも、こんな年ではあと何回行けることやら・・・』

            *

 子猫のパンを膝の上に抱いて、ボクは裏庭のバルコニーで本を読んでいた。太陽が向かい側の建物からほんのちょっと顔を出しかけた、真夏の朝の清々しいひと時だ。

 斜め下に住んでいるロレンツィ夫人が出て来て、洗濯物を干し始めた。雀が一羽飛んで来て、バルコニーの手すりに泊まったので、パンがむっくり起き上がってミャッと小さく泣いた。

その声で夫人が僕達の方を見上げたが、日頃の見慣れたにこやかな表情とはうって変わった、しごく沈んだ表情だ。いつも歌を口ずさんでいる彼女なのに、今朝はそれもない。ハリーは元気ですか? と声をかけようとしたとき、ロレンツィ夫人のほうが先に口を切った。

「死んでしまったの、ハリーが。週末に山の家に連れて行ったとき、岩から足を滑らせてしまったのよ。すぐに山を降りて獣医に駆けつけたんだけど、もう、どうしようもなかったわ」

 夫人はそこまで言うと、前掛けのポケットからハンケチを取り出して、大きく鼻をかんだ。

「主人はもうすっかり気落ちして食欲もないの。夜、主人のすすり泣きで、あたし目が覚めてしまったほどよ」

 あの大男の眉毛の険しい旦那さんが、愛する猫の死で、布団の中ですすり泣きをしているとは・・・
ご主人がとってもハリーを可愛がっていたのを知っているボクは、ただただうなずくしかなかった。

 ロレンツィ家の三毛の雌猫ハリーは、綺麗でお行儀がよくて、この建物の評判猫だった。15歳だが、長い尾を立てた優雅な歩き方は、妖精の変身ような、とでも例えたくなるほど。

「もう、猫は飼わないわ。だってこんな辛い思いをしなければならないなんて。ハリーは我が家の宝物、いちばん大切に扱われていたの。娘が嫉妬するくらいだったのよ」

旦那さんが,早朝出勤とやらで出て来た。奥さんと挨拶のキスをすると、門の方へ歩いて行く。

「昨日はすっかり気落ちして、彼、出勤しなかったの。勤務中に事故でも起こしたら大変ですものね」

旦那さんは警察官で長年、防犯のための市内巡回をしているのだそう。(K)

| 猫.cats,gatti 100の足あと | 20:16 │Comments0 | Trackbacks0編集

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すむらけんじ

作者: すむらけんじ
ミラノに住む広告イラストレーターです。このブログは今まで飼った猫、今飼っている猫のことを綴ったものです。
作者は左耳は生まれつき難聴にかかり、人口内耳に踏み切るまでの耳の歴史、未来のことなども連載しています。

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