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おでん
 odenn

「金曜日の夜、食事にいらっしゃいませんか?」
E嬢からの電話があった。料理の腕前は自他ともに許す、久しぶりの彼女のご招待であるから、即座にOK。
「もちろん!」とボクは喜んで受けた。
 E嬢はミラノの高級ブティックで店員として勤めている。
イタリアに来る前は、神戸でバッグの小さなお店を経営していたそうだが、神戸大震災で店を完全に破壊され、この際ゼロから未来を開拓しようと、単身ミラノにやって来たフィーバーある女性である。

お父さんの仕事の関係で、子供の頃、ケルンやヘルシンキにも住んでいたと言うE嬢は、服装や顔立ちからでも、どこか国際的センスを感じさせる魅力ある女性だ。将来はコーディネイターとして身をたてることを夢見る彼女は、今、夜学の講義に通いながら、チャンスを狙って、着々と準備を進めている。
 秋も深まった約束の金曜日の夜、手みやげに小さなアーモンド・ケーキをたずさえて、彼女のアパートを訪れた。
 琥珀色のブラウスのすらりとしたE嬢が、にこやかに僕のコートを受け取って、ドアの側にかけてくれると、いつもの彼女の癖の、相手をじっと覗き込むような瞳で、開口一番こう言った。
「今夜はね、おでんにしたの。おでん、お好きかしら?」

 え?おでんだって?

 ヨーロッパ風に洗練された彼女と『おでん』のイメージがちょっと結びつかないので、無言のまま、つい彼女を見上げてしまった。(彼女のほうが6、7cmくらい長身なのである。その点でも国際的サイズ)二人の眼と眼が合う。

「・・・勿論」
 と、僕は一応嬉しそうに眼と口で答えたが、正直言って、この意外なメニューにちょっと失望した。おでんは僕にとってあまり魅力がある食べ物ではないからである。せっかく招待してくれるのなら、料理の得意な彼女のこと、もっと他にもいろいろあるのに・・・ラザーニャ、ロースト何でもござれ、いずれ料理の本まで出したいと考えているほどのE嬢なのだから。何でまた、洒落た彼女のサロンで、よりに寄っておでんを食べなくてはならないとは! 

でもE嬢としては、久しぶりに僕に日本の味を味合わせてあげようと、優しい気持ちでおでんにしてくれたのかもしれない。その好意を無にしてはいけない。キッチンからそこはかとなく漂って来る、あまり有り難くない蒸れた臭いを、胸一杯に吸い込み、「よし!食うぞ!」と心を決めた。
 
 どうしておでんが嫌いのか?
舞台変わってここは日本。
おでん屋ののれんをくぐる。まず醤油と出汁(だし)を煮込んだ蒸れたような、得体の知れない臭いが、腹ぺこだったはずの胃に、いきなり食欲を減退させる。いつから、なぜこのたぐいの匂いが嫌いになったのかは覚えていない。食料事情の悪かった小さな時からだったかも知れない。僕は子供のときから臭いには敏感で、嫌いな臭いを嗅いで、胃痙攣を起こしたこともあった。学生時代には四十キロそこそこの体重だったし、胃痙攣には悩まされた。

 だが、僕のようなおでん嫌いとは反対に、おでん好きにとってはどうだろう。
 外は木枯らしで凍るような寒さでも、きり炬燵を囲んで食べる湯気もうもうのおでんは、一家団らんの幸せのひとときの食事ではなかろうか? 
または仕事を終え、疲れはてたサラリーマンたちが、我が家に戻る前にたったの30分だけ、屋台のおでんと焼酎でいっぱいやりながら、仕事場の不満をぶち負け、女房との不和をもらす・・・おでんには、なにかそんな安らぎや悲哀を感じさせるものがあるようだ。

 年末に実家に戻った時のことだ。
 大晦日の夜遅く、高校時代の友達と一緒に何処かへ飲みに行こうということになった。だが、飲み屋もバーも飲食店も何処もここもすでに閉っている。
諦めかけていたとき、『あそこなら開いているかもしれない』
と友人が言った所・・・二人は白い息を吐きながら、細い夜道を右に左に曲がって、街の中心からやや離れた、それでも飲食店らしいのが数軒黒く影を落としている中を、やっとたどり着いた店。
ただ一軒、すかなともしびの洩れる小さなおでん屋であった。

 ガラス障子を開けて入ると、例の蒸れた臭い。ドアぎりぎりに三人くらいが何とか座れそうな木の長椅子がはべり、カウンターの奥の湯気の向こうに客待ちの老婆の顔があった。友人にはいくらか顔なじみの店らしい。
 肥満体の友人と二人して腰掛けただけで、ほぼ満席である。四角い鍋の中には、これ又、これ以上は無理、と言いたいくらいに真っ黒く煮染まった汁の中に黒い個体が、どぼん、どぼんと浮いている。

老婆はゆっくりとかき混ぜる。中をじーっと見つめていると、もう一週間も二週間も煮詰めっぱなしなのではなかろうか、などと勘ぐってしまいたくなる。めったに食べない僕にとっては、この薄暗りと湯気の中で、もうどれが大根でどれが厚揚げか、見分けがつかないくらいなのだ。

「よーく味がついてるぞ!好きなだけ食えぇ!」

上機嫌の友人は、焼酎をついでくれながら叫んだ。
「ばあちゃんも一杯飲めやい!」
 老婆との距離は一メートルにも満たない。細々とした裸電球の下の彼女のプロフィール・・・接待を終えていかにも無関心げに、煙草を吸いながら何かを書き付けている。我々の皿に盛った物をメモしているのだろうか。はんぺん1、さつま揚げ2、大根2、それから・・・それともおでんは、どれを食べても値段均一なのであろうか。

客のどんな細かい言葉も、吐き出す息の音までもキャッチしてしまいそうな、そんな老婆の顔を、僕はそっと盗み見る。大声で喋りまくる友人の、禿げて、てかてかした額と口に眼を移しながら、僕は無言で、小鉢の中の物を箸で突っ付くのである。
そして、どうしてこんなものが美味いのだろうかとじめじめと考える。

とにかく2畳そこそこの店の中は、我々三人だけだ。そして、遠慮なんかすっこったあないと友達の開き直った喋り方。こっちは老婆の耳も計算に入れて話さなくてはならない気分になり、実際そういうふうに、まるで昔、サラリーマン時代に気の合わない上役の前で喋っていたときのように、ぎこちなく言葉を選んで喋っている自分に気がつく。
手が空いてぷかぷかと煙草を吸いながら、老婆は無関心を装っていながら、実はときどき相づちを打ったり、あたかもそれが客に対する義務でもあるかのように、教訓めいたことをちらっと言ったりする。このしたたかな耳も舌も、客から聴き拾った話題や愚痴でぐつぐつと味付けされた、眼の前の黒いおでんのように見えてくるのだ。


さて、又,イタリア・ミラノのE嬢のサロン。
 おでんの夕べに話を戻そう。
 その夜の客はイタリア人の夫妻も呼ばれていて、少々遅れてやって来た僕がサロンに入って行くと、彼らは愛想良く手をさしのべてきた。女性のほうは有名なH書店に、旦那のほうは旅行代理店に勤めているらしかった。E嬢とこの女性、2人の勤め先は隣りどうしで、ほとんど毎日、顔を合わせる間柄だそうである。
 アペリティーボの白ワインを飲みながら、雑談をしている間、僕はふとこんなことを考えた。

『この夫妻はおでんを今までに食べたことがあるのかな? もちろんそうに違いない。だからE嬢は作ったのだ・・・いや待てよ、もし初めてだったとしたらどうだろう。二人ともうまいうまいと食べるだろうか?』
などと、いつものお節介の黒い雲がむくむくと沸き上ってきたのである。
『もし、初めてだったら、これは大変な事になるぞ』

 まだ東京に住んでいたころ、学生や若い夫妻の指導にあたっている、あるスペイン人の神父さんがこう言ったことがある。
「大切なことは、感謝の気持ちです。例えばの話だけどね、その人は『おでん』が嫌いだとするね。でも、彼におでんをご馳走してくれた人の親切な心を感じることが大切なのです」

 僕はあれっと思った。
「分りましたよ! 神父さんはおでんが嫌いなんでしょう?」
「いや、そんなことはないですよ。わたしはただ,一つの例として言っているだけでね」
とやや赤らんだ顔になって、神父は口を濁した。
「隠さなくていいんですよ。僕もおでんは嫌いなんだから」
 そして、顔を見合わせて笑ったものである。

 この神父さんは、もう日本に四十年以上も住んでいる著名人で、あらゆる階層の人々と付き合っている人だから、日本料理なら高級料理も大衆料理も何でも食べている筈である。そしておでんだけは、何回食べても好きにはなれなかったのだ。
『神よ、日本人はどうしてこんなけったいなものを食べるのでしょう?』
おでんを出されるたびに彼はそう問いかけたにちがいない。招かれた先で、不幸にもおでんが出て来て、無理して呑み込んでいる神父の顔がちらつく。

 それ以来、おでんはヨーロッパの人達には、あまり好かれないのだと、僕は勝手に思うようになった。その理由は? おでんには日本人の舌にしか分らない(愛されない)、逆に言えばヨーロッパ人の舌ざわりには拒否反応を起こさせる、独特の風味と色がある・・・という定義みたいなものをつくってしまったからだ。
だからこのイタリア人夫妻のおでん反応には、すごく興味がわいたのである。

 洗練されたイタリアンスタイルのアンティパスト(前菜)が終って、いよいよおでん様の登場。彼女がスパゲッティなどに使う、我が家で使っているものなどより数倍しゃれたジノリ風の深めの皿に、おでんを山盛りにして、客の前に並べてくれる。

だが、出て来たのはおでんだけ、ずばり『一品料理』である。
外人も呼んだのだから、もうちょっと工夫した出し方はなかったのだろうか。僕だって、口直しに柴漬くらい出してもらいたいと思う。
 そしてやはり、予想していたことが起こったのだ。

イタリア人の夫妻にとって、やはりおでんは初めてだったのである。
この生まれて初めて食べる東洋の料理に、旦那のほうは『俺も男だ!』と果敢に挑戦し、『なかなか行ける!』などとの宣って、全部平らげてしまった。あまりのスピードに、いっときも早くこの悪夢から抜け出したい一心なのではなかろうかと、つい勘ぐってしまう。
美人のE嬢を失望させてはならないとのイタリア男の思いやりから? もしかしたらこいつ、E嬢に気があるのでは?

 だが奥さんのほうが・・・正直な彼女は、匂いだけで拒絶反応を起こして、
『あたし、どうしてもだめ!』
を繰り返し、一口もフォークを運ばなかった。イヒヒヒっと僕は忍び笑いをし、「ほらね、ここにも『おでん拒否』の外国人がいますよ」

 正直言って、E嬢のおでんは、僕にとっては想像していたほどには悪くはなかった。それは、あまり煮詰めすぎていないためだったからだろう。だから,一応全部たいらげた。

 その後なんと、『オデン大好き!』という風変わりのイタリア人にも2、3出会ったのだから、今までの固定観念を変えなければならない気にもなる。
出張で日本に行ったとき食べたり、ミラノの親しい日本人の家族の家でたびたびご馳走になるらしいのだが、不思議! 最初から全く抵抗がなかったのだそうな。

「お前、オデン作って招んでくれよ。俺、オデン大好きなんだ」
 そんなことを言われたらボクは困ってしまうだろう。作った事もないし、作り方を勉強しようとも思ったこともないし、まず嫌いなのだから、おでんで招待するなど夢にも考えられないのだ。

「あれはすごくやっかいなんだから勘弁してくれよ。それよりも、最近覚えたばっかりのピッツアをご馳走するよ。自信満々なんだ」
と、僕は答えるに違いない。(完)
 

| けんじの自己流イタリアングルメ | 11:39 │Comments1 | Trackbacks0編集

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コメント

「今日はね、イラクサ料理にしたの。イラクサ、お好きかしら?」
冗談はさておき、腕を振るってお待ちしています。
振るう腕が見つからないけれど。。。

2009.05.20(Wed) 21:48 | URL | Yoko|編集

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すむらけんじ

作者: すむらけんじ
ミラノに住む広告イラストレーターです。このブログは今まで飼った猫、今飼っている猫のことを綴ったものです。
作者は左耳は生まれつき難聴にかかり、人口内耳に踏み切るまでの耳の歴史、未来のことなども連載しています。

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