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ラゲットで昼食を
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今年のメーデーは,憂つな雨からやっと解放された快晴の一日だった。
ピエモンテの知人が小さな湖を持っており、そこで食事をするというので、楽しみにして出かけた。

湖と言ってもラゲットと俗に呼ばれる沼のような小さな湖で、何十年も前に元の地主が水田用に掘り起こしたものらしいのだが、最近、知人が単なる投資の意味で、買い取ったものだ。
ラゲットはゆっっくりひと回りするのに、6、7分もかからない。それを縁取る輝く芝生、野性のすみれ、たんぽぽ、白いマーガレットなどが、あたかも童話の中の星のように散らばって、初夏の陽射しを享受している。
ただ、それだけのことだから、冬の間は閑散としているにちがいない。

 正面の鉄門のすぐ近くに木造の大きな納屋があって、知人はそこをきれいに整理して、長い木のテーブルと椅子を置き、食事やトランプに興じることが出来るようにしたので、一年に四、五回くらいこうして顔なじみが集まるのだそうだ。
 その日は老人が七割、後は、若い人や子供で、総勢30人くらいだったろうか。
 ボクは手みやげとして、ピスタッキオと椎の実500グラムずつ持って行った。

参加者全員が何でもいいから気持ちだけのものを持参することになっている。

気持ちだけと言っても、皆が持ち寄ったワイン、サラミ、生ハム、蒸しハム、乾燥トマトの油浸け、オムレツ、マヨネーズとジャガイモが入ったロシア風サラダ、オリーブ、ピーマンのロースト、多種のチーズ、自家製ケーキ、やはり自家製の無花果のビン詰め、果物など、差入れはいっぱいだ。

大きな木のテーブルに店開きされたこれらの持ち込みは、みるみる内に客の胃袋の中に姿を消していく。隣の元警察所長の老人がボクに盛んに赤ワインを注いでくれるので、良い気分になって来て片っ端から飲んで食べていたら、『本番』に入るまでにもう満腹してしまった。

前菜は控えめに、という自分で作った掟を守れないのはいつものことだ。

 さて、プリモ。
リゾットは、マルタさんが、自分の家で大鍋2つにかなり煮込んで来たものを、納屋の火で仕上げたものである。
彼女の家族は知人の家のすぐ裏に住んでいるので、もう顔見知りの人である。
『たくさん食べてよ』などと言い、、差し出した皿に、でっかい木のしゃもじで、どん! とにのっけてしまう。
すごい量だ。
ああ、こんなに食べられない、少し減らしてくださいと嘆願すると、
『あたしを怒らせるの?』などと言いながらも減らしてくれる。

リゾットはキノコとサフランがたっぷり入ったものである。このキノコは昨年の秋、この村を少し丘へ登った森の中で取った、いわゆる野性のキノコである。これまた大ヒットで、鍋はすぐ空になってしまった。

 納屋を出た所に炭焼きの設備が出来ていて、男性3、4人が付きっきりで肉を焼いている。回りで腕を組んで喋っているのもおじさんたち。
男の仕事。女は口出しせずに、納屋でまってろ、って感じなのだ。

羊と豚のあばら骨つきの肉がメインだが、その他に、サラメッラ(腸詰め)や鶏の腿などもある。
ピーマンやズッキーナ、フィノッキオが味をそえる。油がしたたり煙がもうもうと立ち上ぼり、フィノッキオとローズマリーノの香りが納屋の中まで漂う。

ワイン製造を営んでいる太っちょで。マンゴの愛称で呼ばれている老人がシェフ。
大きな2本歯のフォークとへらで手際よくさばいている。奥さんは、

「マンゴは家では何もしないのに、こういうときだけは、人が変わったように働くの」
などと言って、回りを笑わせるが、当人は聞いているのかいないのか、くそ真面目で精を出している。彼女の話では、旦那は恒例のラゲットの昼食で肉を焼くのがとても楽しみなのだそうだ。

やがて、テーブルに座っておしゃべりをして待っている女性達の前に、焼き上がった肉を載っけたごつごつしたアルミの大皿が届いた。
80近いおばあさんが豚のあばら肉を取り上げ、かぶりついているのを見て、腹一杯のボクはフーッとため息が出てしまった。
それはもう、信じられないくらいによく味がついているから、空き腹に食べたらどんなにうまかろうに。
サラミやリゾットをあんなに食べなければよかったと後悔してももう遅い。

腹いっぱいになったところで、人々は外に出て来てラゲットの回りを散歩したり、久々の再会を楽しんだり、寝転んだり、さまざまだ。食べてしまえば用はないとばかり、さっさと引き上げてしまう若者たちもいる。
けたたましいバイクの爆音が遠くなると、また、にぎやかな「中年以上」のはしやぎだけが続く。

老人たちの半世紀以上の長い付き合いは、こんな田舎では当たり前のことらしい。
それもそのはず、僕の隣に座った2人の老人は幼ななじみで『生まれた時からの友達』などと言っていた。一人は近くの街の警察所長だったそうで、もう一人は米作に従事して、現在は娘夫妻に譲り渡したとか。
2人は5歳のころからズーッと友達だったのだそうだ。

 話は逸れるが、知人の祖母の葬儀で、ミサに参加した人々の数に驚いたものである。
教会の中に参列者が入りきれず、多くの人達が外で「待機」していたほどだった。
ミサのあとボクも、墓地までの行列に参加した。
こんな閑散とした村に、これほど多くの人が住んでいたのだろうかと不思議な気がするくらいだったが、もちろん、近隣の村からも駆けつけて来た知人もいっぱいいたとか。

『だって、93年前にここで生まれて、ここで死んだのよ。誰だってピーナのことは知っているのよ』
とは、歩きながら当然とばかりに言ったのはマルタ夫人だ。


 ベルギーに長年住んで酪農に従事し、老後ピエモンテに戻って来たという夫婦と、芝生に座って話した。
 今はベルギーから送られて来る年金で生活しているそうである。この人たちは昔の出稼ぎの人達なのだろう。一人息子はアントワープで外科医をしているそうで、それが自慢のようだ。

 食べ物はまだ終っていない。若い奥さん達が手製のケーキを持って来てくれる。フルーツケーキ、ティラミスー、松の実をたっぷり入れたチョコレートケーキなどだ。僕はさすがにケーキは辞退して、無花果のビン詰めを冷たく冷やしたものと、スプマンテだけをもらった。

チンチン!
ああ、甘い!冷たい!

そしてやっと一人になってひっくり返って青空を眺めていたら、いつもの癖で正体もなく寝込んでしまった。

明るい声がボクをよんでいる。
薄ら寒い。陽はそろそろ傾き初めている。

マルタ夫人が笑ってボクを覗きこんでいる。
随分行儀の悪い日本人だと思ったかもしれない。(K)
 

| けんじの自己流イタリアングルメ | 16:21 │Comments0 | Trackbacks0編集

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すむらけんじ

作者: すむらけんじ
ミラノに住む広告イラストレーターです。このブログは今まで飼った猫、今飼っている猫のことを綴ったものです。
作者は左耳は生まれつき難聴にかかり、人口内耳に踏み切るまでの耳の歴史、未来のことなども連載しています。

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