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エッセイ『傘』  つづき
kasa 2
「お願いッ、開かないで!あなた、室内で傘を開くととんだ災難がおこるってこと知らないの?悪運を招くってことを!」

ええェ? いや、知らなかったよ。そんな迷信がイタリアにあったなんて。

だが、この際イタリアの迷信を重視している場合ではない。
こっちは傘をすぐにも必要としている客なのである。

しかも、一生に何回モノにするか分からない、55ユーロもする英国製を買わされようとしているのだ。

「ちょっとだけ。ネ、だって開いてみないと好みに合うかどうか分からないもの。」
そして再び手に力をこめた。

「お願い!だめよ。絶対にだめよ。」
もう泣き声に近かった。
すでに悪運に取り付かれてしまったて感じだ。

こっちも,分けがわからなくて、妙な気持ちになってきた。
けったいな物に取り付かれてしまったって気分だ。
こんなゴタゴタで,代理店の仕事はパーになってしまうかもしれない。
何とかしないと。

そのときである。
若者が頭に雑誌をのせて「チャオ!」と元気に店の中に飛び込んで来たのだ。

 この隣のとなりのバールでときたま見る顔だ。
むこうも笑顔でうなずいた。

「レモ!お客さんが店の中で傘を開こうとするの。あたし恐いわ。あたし、こういうことにとっても弱いのよ。あんたからもよく説明してあげて」

そこまでしつこいと、意地でも開けたくなるのが人情ではなかろうか?

でも、例えばの話、彼女、交通事故にあったと仮定する。
『見て!あのとき、あんたが傘を開いたからよ!』
なーんてことになったらやばい。

 知的で綺麗な店員だと思っていたのに、評価一転、愚かなハスッパ娘に見えて来た。

若者は戸惑ったように薄笑いを浮かべていたが、結局は娘の肩をもった。

「もちろん、屋内で傘を広げたりすることを我々イタリア人はしないんだよね。おれはまあ、それほどこだわらないけど、うちのオフクロなんかだと、それこそ大変なんだ」
そして、店の外に目をやって、
「もし、こんなに雨が降っていなければ・・・」
雨が降っていなければ表へ出て、思いきり開いて、じっくりとあれこれ吟味することができるのにと言いたいのだろうか。ふざけるンじゃあない!

もういい。時間がない。柄がどうのこうの言っている場合ではない。
急いで金を払うと、ほっとしてお礼の言葉を述べる言葉を後に、ドアを開けて傘をいっぱいに開き、雨の中へ飛びだした。
こんな大きな傘ははじめてだ。重い。

さしてみて不思議・・・・広々として自分の体が乾いた空間と一体化して、こんな大雨の中なのにじめじめした気分がない。

買ったのは間違いではなかったと言い聞かせて、バス停に向かって大股に足を運んだのだった。

             *

 それからまた、いくばくも経った雨もようの正午。
ほんの小雨なので、傘なしで急ぎ足の人達もいる。
僕はご丁寧に曰く付きの傘をさして、ポモドーロ作の現代彫刻のある広場で友達を待っていた。
ミラノの中心街である。

約束の時間かっきりに、友人は代理店の正面玄関に現われた。
彼は無遠慮に笑った。

「大きな傘が眼に飛び込んできて、すぐにはKだとは分からなかったよ。人間が傘にのみ込まれているみたいだ」
大柄な友人は遠慮なしに好き勝手を言う。それを、こっちは調子を合わせて笑う。

全く言われるまでもないことなのだ。ウインドーに傘をさした自分を映して、どう見ても傘の大きさとチビ自分のバランスがとれていない。
あたかも傘がフアフア歩いているように見える。
にもかかわらず、ボクはこの傘を無性に気に入っている。

これをさしていると、自分が保護されている気分になるのである。
太い取っ手をしっかりにぎって雨の中に立つと、気分がゆったりする。こせこせ歩かなくても大雨の中をゆっくりと歩くことができる。乾いた空間が、たのもしく外界と遮断してくれる。

柄だってまあまあってとこ。
渋いボルドーカラーに、くすんだグリーンのストライプ。やや玉虫がかっているのも気に入っている。

高級品って、やっぱり違うんだよね、どっか。

この傘をさすとき、必ずこれを買ったときのことを思い出す。
LORD'Sにはあれ以来入っていない。ゴルフにはまったく興味がないし、英国製にもしかりだ。

 あのきれいな愛嬌のある店員が飾り付けのために ウインドウの中に入って、狭い檻の中の動物のようにもそもそ動いているのを見たことがあった。
彼女はガラスを隔ててすぐ近くで見られているのも気がつかず、神経を集中していた。                      (完)K


*けんじのひとこと /この傘は今でも重宝に使っています。安物の傘ならすぐ亡くしてしまう自分なのに。人間ってゲン金なものです。傘にちなんだ忘れがたい思い出もあるので、機会があったら書きます。傘にちなんだ短編小説も読んで頂きたいのもです。        

| 『傘』 | 23:59 │Comments1 | Trackbacks0編集

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コメント

日本では¥500でどこでもいつでも傘は手に入るけどお国柄の違いが興味深かったです。須賀敦子さんもミラノの男たちが傘をささずに上着の襟をたてて走る様を書いていましたね。

2009.05.26(Tue) 03:01 | URL | youko|編集

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すむらけんじ

作者: すむらけんじ
ミラノに住む広告イラストレーターです。このブログは今まで飼った猫、今飼っている猫のことを綴ったものです。
作者は左耳は生まれつき難聴にかかり、人口内耳に踏み切るまでの耳の歴史、未来のことなども連載しています。

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